第540話 のんびり推奨

 俺がアーメルサス神話のとんでもないことに気づけたのは、アトネストさんの筆記のおかげなのだがそれも『本当にそのままか』は、実際に彼が覚えていた神話と見比べなくては断言できないのだが、今、それを入手することはできないだろう。

 なので、その片鱗が皇国内に伝わるものにないか、他の国の英傑がベースの絵本にヒントがないかと書架の本と格闘している間に、お外は雪に埋もれてしまったようで北と北西だけでなく全方向への氷結隧道作成が急ピッチで行われている。

 ま、南側は一番最後でしょう。

 いつもならこの時期には、初雪があるかないかくらいなのになぁ。


 で……本日、俺が遊文館でお手伝いなどしていた時に、医師組合組合長のドルーエクス医師からお願いがある、と改まって話しかけられた。

「遊文館の一室を借りられんかのぅ?」

 このイレギュラー大雪は、衛兵隊のみならず医師組合にも誤算だったようで健康診断が間に合っていない人達がいるようだ。

 そう、南東地区の傍流の方々である。

 彼等は働いていない方が多く、組合単位とか職場単位での健診ができない。

 だから医師の方々が近くに家を借りて、何回かに分けてやる予定だったらしいが……もう暫く、外は歩けないのだ。

 氷結隧道の後になると、その後の予定にも狂いが生じるらしい。


「……健康診断に、ですか?」

「ああ。外門食堂の玄関広場も考えたんだがのぅ、あそこだと南東地区の方々は目標鋼を置いてない方が多くてなぁ」

 そーだよなぁ……使用人がいたら、たまーに食べに行くくらいで、おうちで用意してもらえるものなー。

 しかも、彼等は魔石が切れても魔力量の多い方々だから、基本的な生活に使う魔法程度ならば困らない。

 前回の大雪災害の年でも、南東地区の皆さんは殆どどなたも避難所には来ていなかった。逆に支援物資を入れてくださっていたくらいだ。


 そういう方々の唯一といっていい移動方陣の目標を置いてある場所が……この遊文館らしい。

 なにせ、自分達の領地の本があれば本家の蔵書が読める訳だし、なくても全皇国中の教会に置かれていたレイエルスの蔵書が一堂に会しているのだ。

 傍流の方々ならば、読みたいに決まっている。


 その上、今後期間限定でセラフィエムスの蔵書の一部が公開されるというイベントも予告されているから、登録だけはしている人達が多いのだ。

 ま、現代語のものと古代文字のものの一部だけで、ビィクティアムさんが許可したものだけなんだけど、公開予定本のタイトルだけは全部お知らせ済みだ。

 魔法書、医学書など、他家門の傍流の方々ならば垂涎の蔵書もある。

 その中には古代文字で書かれた『建築書』や『築港の記録』などが含まれているので、お知らせを貼り出した時は建築組合や石工組合の方々が雄叫びをあげたほどだ。

 子供達を怯えさせないでよ、おじさん達……頑張って訳して読んでねー。


「どうだい? かまわねぇか?」

「ええ、今年は仕方ないですね……いいですよ。この町の方々の健康に繋がることですしね!」

 まだカルチャースクールは全部がオープンはしていないから、入場制限をかけていない部屋もあるし。

 というわけで『健診会場』として、協力することとなった。

 日付を決めて人を集めるのかと思いきや、来てくれたらその場で健診するというのでしばらくの間は医師三名がローテーションで常駐したいといってくれた。

 これはラッキーだぞ。

 子供達のこともあるからひとりは必ずいてもらえるように頼んではいるが、ひとりだけだと何かあった時に替わりの人はいない。

 冬のうちは……できたらなるべくいて欲しいなー……自宅で具合が悪くなった子供がいても、ここに来たら医師が必ずいるって解ったら、かかり付け医の所は無理でもここで応急処置はできるだろう。


 よし、ずっと居てくださるというのならば、診療室ブースが作れるように仮設用壁を使ってお部屋を作ってしまいましょう!

 中からは外が見えるけど、外からは中が見えないようにしておけば、どれくらい待っているかが解るかな。外門のエントランスホールと同じ、移動パネルで仕切る方法なら使わない時は端に寄せておけるからね。

 はい、一階の一角に仮設診療室ができましたー。

 ……なんでそんな変な顔しているんですか、ドルーエクスさん?


「いやはや……おまえさんが体力不足になるのも解るのぅ……こんな魔法をポコポコ使いよって。ほれっ、ちょっとこっち来いや!」

 急に腕を引っ張られて、イートインスペースへ連れて行かれた。

 え、なになに? まだお腹減ってないですよ?

「いいから、食べんかっ!」

 じゃ、ハンバーガー。

 ……あれっ? 一瞬でなくなった……?

 食べ終わったら、右手の上に今度はおむすびがのせられた。

 唐揚げおむすびー、うまーー。

 あれれ? また……ソッコー食べきってしまった。


「ほらな、腹減ってないって言うくせに、どんどん入るだろうが。減っているんじゃよ、めちゃくちゃ! でも、おまえさんは『腹が減っている』って自覚が遅い。だからデカイ魔法を立て続けに使ってしまうのだろうよ」

 そう言われて、ツナサンドを口に運ぶ。そーか……空腹を感じるようにはなったけど、タイムラグがあったとは。

 このツナサンド、ゆで玉子も一緒に入れたらもっと美味しいかも。今度作る時は、そうしよう。


「まったく、タクトみたいな若ぇもんが増えてきて困る! もう少しのんびりやらんか!」

「はぁい……」

 ぽん、と渡されたオニオンリングとフライドポテトも……一瞬だった。

 オニオンリングの衣、もう少し味がついててもいいかも。今度フライドチキンも入れようっと。

 のんびり、のんびり、か。もいっこ、ハンバーガー食べよ。

 スゲーなぁ、ホント……パカパカ入るよ。旨っ。


 しっかりたっぷり食べたせいか、もの凄く身体が楽だ。

 加護法具のおかげで魔力流脈が今は正位置にあるから、食べたものの栄養がちゃんと身体に使われていくのかもしれない。

 ……消化、早ぇな? 

 いや、物理的な消化じゃなくて、身体が先に必要な魔力を食べ物から吸収しているのかな?

 魔力で身体と流脈が治ったら、物理で消化した分がちゃんと身体の方の栄養になるのかもしれない。この辺のことはもう一度、セラフィエムスの医学書を読んでおこう。



 遊文館の地下にやってきました。

 まず地下一階は、地上には出していない『他国のものと思われる伝承』の本が置いてある。

 でも、他国のものはできれば承認をとった方がいいですよ、とテルウェスト司祭にいわれたのでレイエルス侯に確認してからにしようと思っている。

 なので、早くても春以降になるだろう。

 許可が出たら、たいして冊数はないが専用の棚を作って『他国の物語』として少しずつでも増やしていくつもりだ。

 他国の伝承って解っていたら、それはそれで面白いからね。

 シュレミスさんとガイエスからもらえるもの次第で、これからも検証を重ねていかねばならない。


 その他、山のようになっているのは、まだ修復とチェックが終わっていない一部のロウェルテアとミカレーエル、そしてカルティオラの蔵書。

 チェックは済んでいるものの、複製が半分くらい終わっていないサラレアとハウルエクセムの蔵書もある。リンディエンもあと少し。

 体力回復厳命があるので、無理をしたらすぐにまた魔法禁止令が出てしまう。

 そうそう、のんびり、行かねば。

 焼きおにぎり、中にたらこが入ると旨いな……だけどもう、たらこがないや。

 ……早いところ読みたい本は沢山あるんで、体力増強マジで頑張ろう。


 地下二階は……内緒のスペース。

 ふっふっふっ、うちの地下では手狭になった『茸部屋』と『青菜部屋』を作りました! 

 茸の種類も増えたし、あっちの世界の本でプランターでキャベツを作るやり方が載ってるのがあったんで挑戦中。

 水菜とルッコラも順調だし、芥子菜もすくすく育っている。

 地下だから魔法で日照条件整えているんだけど、完全独立型緋色金使用金属板魔法なので俺的には負担なし。

 魔効素様々ですよ。ありがとう、錆山様。


 うちの地下は、お魚部屋も大きくできたし、チーズの熟成庫も拡大したんだー。

 あ、ガイエスにもらった、山羊のチーズの熟成ができあがったんだった。

 あいつにもちょこっとだけど、蜂蜜と一緒に送ってやろう。

 あれは胡椒をちょっとかけて、パンに挟んでも美味しいんだよねー。

 ガイエスが美味しいって思ったら、来年はいっぱい買ってきてくれるかもしれないぞ。


 冬の保存食はたっぷりできあがったチーズを使ったものを中心に、テトールスさんの芋とワシェルトさん達の鶏肉が大活躍。またしても父さんに第二次チキン南蛮ブームが来ているので、余計にありがたい。

 らっきょうも漬け上がったからカレーも薬味が充実して、ゴロゴロ野菜のカレー丼は人気になってきた。

 ジンジャーシロップとかアップルフィリングとかお菓子の材料も作ってあるし……ベルテア小麦が沢山届いたからね!

 フランスパンベースで、チーズブールだけでなく惣菜パンとかもいっぱい作っちゃうのだ、ふほほほほ! ああ、楽しい……! 美味しいものって最高……


 さて……地下の点検も終わったから、一度おうちに帰って仮眠をとろう。

 今日の夜は、夜間の様子見もいたしますか。

 おむすび、何個か持っていこう。

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