第539話 アーメルサス神話

 断続的に続いていた雪もかなり町を埋めてきて、今年も氷結隧道が作られていく。

 北側は昨日の午後のうちに、半分くらいできているようだ。


 育休中だったライリクスさんも流石に駆り出されてしまい、絶対に天光のあるうちだけしか働かないと宣言したらしい。

 ……さもありなん。

 去年はかなり大変そうだったからね。


 まぁ、でも今年は去年の実績とデータがあるので、更に効率よく作っていく計画になっているようで……あ、隧道できちゃうと、俺の体力作り早まるんじゃね?

 いかん、今のうちにアトネストさんの書いてくれた神話をちゃんと読んでおこう。


 シュレミスさんの方もいくつか書き上がるって言っていたし、レトリノさんもコレイルの伝承話を書いてくれているし。

 家で聞いたものだとしたら、絶妙にミューラのものが混ざっていそうだし期待しているのだ。


 ガイエスがちっとも送って寄越さないしさーー。

 いや、岩石は来るよ?

 あとは、やたら気に入ったらしい三色団子とベーコンチーズホットサンドのリピ買い依頼。


 ずっと草原ばかりで入れる迷宮もないって書いてあったけど、オルフェルエル諸島は凍ったり雪が降ったりしないんだろうか。

 あー、でも火山岩とか軽石凝灰岩があるってことは、盛り上がってはいないしさほど流出物や噴出物がなくても爆裂火口跡とか? 


 ガイエスのいる位置から見えないだけで、どっかに噴出孔があるのかもしれないよな。

 だとしたら地熱が高めで、凍りにくいのかもしれない。

 火山の跡だったりしたら、そもそも魔虫や魔獣が惹き付けられる魔力溜まりになる物品が地中になさそうだよな。

 伝承話は、どこかの町とか村に辿り着くまで待たないと駄目かもなー。



 さて、と向かい合ったアトネストさんが書いてくれた神話。

 一番気になるポイントは当然『赤い月の落下』だ。


 あらら、聖神二位が反撃で『燃えさかる星』を地上に降らせているぞ。

 めちゃくちゃだな。

 ……賢神一位は……何をしているんだ……夕刻から深夜まで人々をストーキングして……うわ、生け贄要求しているよ。


 アーメルサスの神話は、まだ神々が地上にいることになっているのか。

 これで全部と言っていたが、凄く少ないなぁ……皇国の神話の一冊分あるかないかくらいだぞ。

 まずは出て来る英傑と扶翼の数を数え、ひとりひとり書きだしていこう。


 案の定、書き出しはすぐに終わってしまった。

 ……五人しかいない……あれれ?

 いくらなんでも少なすぎないか?

 しかも聖神二位の加護を持つ英傑と扶翼はいない……ってことは、意図的に省かれたか。

 嫌われていたって言っていたから、その方々の神話を残さなかったんだろうなぁ。

 ということは、このアーメルサス神話だけでは、完全版ではないから『皇国の貴族達とはまったく違う血筋ですよ』と言い切ることができないな。

 やはりガウリエスタとミューラ、マイウリアのものも参考にする必要はありそうだ。


 アーメルサス語って教典の時も思ったけど、スペルが違うけど同音っぽい言葉が多いなぁ。

 昔のアーメルサス語は、発音が少なくて、文字数も少ない?

 なかった音を今発音するために、皇国文字で補完したのか?

 それを無理矢理別のものを表すために使っているから、皇国語の捩りみたいなものになっているのかな?


 皇国語とまったく同じ文字だけど、違う意味のものが幾つかあってニュアンスや状況の違いというより『物品そのもの』が全く違う場合もある。

 ますます『どこかからパクって来た全然違う場所のもの』を参考に作ったとしか思えなくなってきたぞ。


 アーメルサス語の方に混じっている皇国文字が……所々、古代文字だな?

 ……ん……んんんん?

 もしかして……元々は全部、古代文字だった……とか?

 似ているけど皇国文字ではないってやつが、全部古代文字だったものを『発音するために』今の皇国文字に当てはめてしまっているからだとしたら?

 アーメルサス建国とされている五千四百年前は、皇国でも既に古代文字ではなかったから『アーメルサス用に作り変える時に』書き替えられたのか?


 音を優先して入れ込んでしまって、文字列としての『単語の意味』が変わっている?

 ちょっといくつか書き直してみようか。

 それでも大きく意味が変わることはなさそうだが……


 あー! 

 自動翻訳さんで『椰子』になっていたものが違う名前になった!

 しかも、ふたつの別の植物名だ。

棕櫚しゅろ』と『亜棗あなつめ』……亜棗は、なつめ椰子やしのことだな。


 いやいや、これってふたつとも、同じヤシ科だけど全然違うじゃねーか!

 そっか……それで食べられたり食べられなかったりで、食べられないやつは『呪われた』ことになってたのか……


 つまり、南っていう仮説も俺が想像していたよりは、もう少し北方でも大丈夫だ。

 これが書かれた地域ではどちらも生えていたけど、アーメルサスではなつめ椰子やしよりは寒さに強い棕櫚しゅろだけしかなかったんだろうな。元々の地域でも、同じものだと思われていたのかもしれないなぁ。


 そうか、それで賢神二位が尊ばれていたのか。

 植物系の魔法の守護とされているからだな……食べられるものと食べられないものを見分ける魔法が使えることが、必要とされていたことなんだ。

 やっぱり、別大陸から来た人達っぽいなぁ。


 植生が違い過ぎて、食べられる草や木が解らなかったのかもしれない。

 だとしたら、そういう区別や注意なんかをまとめた本なんかもあったのかもしれないな。

 残って……なさそうだよなぁ、アーメルサス。


 あの国って『都合の悪いものは完全排除!』みたいな雰囲気だもんな……教典とかこの神話を読む限り。

 英傑と扶翼の数が少ないのは、辿り着いたのがその人達だけだったってことなのかも。

 数が減ったのは……天災か彼ら同族同士の争いかは、解らないけど。


 あ、れ?

 なんか……書き直した方は『月』も違うぞ?

 いや、音は『ツキ』を表す『コーヴァ』だけど……自動翻訳さんは『月』と『槻』で分けているぞ?

 あ、そっか、同じ音でスペル違いか!

 一文字違いなんだよな、このふたつ……


 自動翻訳で表記が日本語でも皇国語でも『月』になっているところは、アトネストさんが説明してくれた『暦を分ける単位』として使われている意味の『ツキ』だ。

 まぁ、この日本語訳も『俺に解る言葉としての自動翻訳』なので、日本で言う『一ヶ月を表す月』とは違うものだ。

 日付の『日』も同じで『月日の単位ですよ』って意味で自動翻訳さんは『意訳』をしてくれているのだ。


 きっとそれと同じで一年を四つに分けている『ツキ』とは違い、今の皇国と同じ意味での『期間の単位』だ。

 四分割の方は『槻』……になっている。

 皇国で『ツキ』は『ケヤキ』のことだ。


 待て。

 待て待て待て。

 月は『空』の月だとアトネストさんは言ったぞ?

 天の星の名前だと……天……?

 いや、『空』にあった、と言ったんだよな?


『空』は、皇国では夜間の空のことだ。

 昼間だと『天』という。

『昼天』『夜空』と書かれるが、ただ単に『天』『空』と言っても時間帯が違うはずだ。

 これは神話の五巻を訳して初めて明確に違いが解ったことではあるけれど、皇国の今まで読んだ本のどれもその法則に当て嵌まる。


 慌てて、アーメルサス語から訳され皇国語の方の『天』『空』を探すと、昼も夜も関係なくごちゃごちゃにそのふたつの単語が使われていた。

 そしてアーメルサス語の方と照らし合わせると、こちらも明らかに昼間の話なのに『空』が使われている箇所が幾つかある……


 皇国語の訳文を見ると『ルィジェ』なのに、アーメルサス語を自動翻訳さんが見ると『ルシェ』だ。

 音だけで皇国語を嵌め込んでいるが、アーメルサスでは『ルィ』と『ル』がたまに入れ替わっているし……スペルが似ているから間違えてる?


 しかもアーメルサスではこのふたつ『天』と『空』は、区別がされていないのか!

 なるほどーー!

 そーいうことかぁーーーー!


 そうだよ。

 なんで忘れていたんだ。

 そもそもこちらの世界でも『夜空に緑色の星はない』んだよ!

 主神の瞳の『紫の星』と宗神の瞳の『緑の星』は、夜空にはないんだ。

 だから『緑のツキ』が見えていたのだとしたら、んだよ!


 赤いツキは『赤いケヤキ』……寒冷地でよく見られるケヤキの紅葉したものは『赤』が多い。

 そして緑のツキは夏場の『緑の葉のケヤキ』だ。

 季節を表してて当然だよな!

 スゲー大雑把ではあるが。


 でも、このケヤキにあたる言葉そのものが、アーメルサスにはなかった。

 だから、皇国語のツキ……『槻』にしてしまった。

 この時に使ったのはおそらく古代文字だが、ツキはもうひとつ暦の区切りを表す『月』もある。

 そして『赤いツキ』がアーメルサスで暦を表すものだったから、音が同じだったため混同されてしまったのではないだろうか。


 アーメルサスには植生的に『ケヤキ』が存在していなかったから『ツキ』は『槻』と『月』があることすら解らず、音で表した皇国古代文字があてられていたから混ざった……が、正解な気がするっ!


 だがきっと『赤い星が墜ちてきた』事実は、別のこととしてあったと思う。

 そうでなければ、こんなすり替えは起こらない。

 その星は『赤』で、間違えて『空』と書かれてしまった『天』から落ちた『ケヤキの赤い葉の落葉』に『喩えられた』んだ。


 おそらく……俺の推測だが『まるで昼天の頃に赤いツキ(紅葉したケヤキの葉)が落ちるように、明るくなった夜空から赤い星が墜ちてきた』……というのが濃厚だ。

 その隕石の炎か光によって辺りが昼のように明るくなってしまったことで、そういう喩えを持ってきたのかもしれない。


 まるで昼かのように明るくなった夜に墜ちてきた『赤いツキ(ケヤキ)に似た星』は『夜空から墜ちたツキ(ケヤキに似た色の星)』になり『赤いツキ(ケヤキ)が(昼の)天から落ちた』が音を重視した表記だったが故に『赤いツキ(月)が(夜の)空から落ちてきた』という意味に間違えられ、星と月がイコールになってしまったから『月というものが空にあった』なんてことになったのだ。


 そーだよなー、たとえ話やなんかが殆ど全部『植物』になっているのに、突然に『夜空の月』の話になる方がおかしいんだよ。

 そして……俺の勘違いは、地球では『月という天体が天(空)にあるのは当たり前』で、夜も昼も天とも空とも言うし、赤い月という皆既月食も知っているし、隕石の落下も当たり前の知識……という『世界的誤認』が、勝手にややこしく考えてしまった原因だ。


 そもそもね、地球にあるあの月って衛星が、かなり特別なものだってのを忘れていたんだよね。

 その中身が空洞で磁力がない、いつも同じ面しか地球に向けて自転してないように見える衛星があれほどの至近距離にあるとか、そっちの方が宇宙的に見て相当珍しいことなのにね!


 なんにしてもこの神話の大部分が『まったく違う地域の話』ってのは間違いなさそうだが、このヤシとツキからだけだとどこらへんの神話か……までは解らないなー。

 どっかに英傑たちの特徴とか、ないかなぁ……


 あっ、異名と思われるものがあるぞ!

 英傑についての形容詞的に使われているものが『獣』『拳』『牙』『砲』『鉄』……うん、知らない人達ばっかりだね!

 皇国にはこんな異名の英傑も扶翼もいないね! 


 皇国の大貴族達とは、明らかにカテゴリーが違うな。

 戦うことが前提の……しかも割と肉体系?

 扶翼は出てこないけど、いるのかどうかも解らない……けど、いないっぽいなぁ。


 そーいえば、アーメルサスの司祭家門は五家だったよなー。

 それを神聖視させるために、他はそぎ落としちゃったのかもなー。

 こんな戦うこと前提の家門が司祭……って似合わないなーっていうのは、俺のイメージなのかねぇ。


 取り敢えず、偽物っていうより、違う家門っていう方向は言えそうだな。

 あとはその他の国々の伝承話を整理すると、また見えてくるものがあるかも……暫くは絵本三昧だな!

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