第538話 文字教室開講のお知らせ

 久しぶりに遊文館に来ました!

 なんかいろいろ作ったせいか、ナナレイア先生の許可が出なくてですねー、八日ぶりですよ。

 外は本日も雪が積もっておりますが、中は適温適湿、本にも人にも最適環境です。

 お子様たちがわんさかいるぞ。おー、遊べ、遊べー!

 試験研修生でお忙しい時期だろうに、衛兵隊からはふたりも来てくれている。


「ああ、気にしなくていいぞ、タクト!」

「そうですよー、僕等今年は試験研修生担当教官じゃないし、ちゃんと遊文館担当の順番も決まっているからねー」

 レンドルフさんとイスレテスさん、めっちゃ楽しそう……

 態々担当者を決めてくださっていて、ローテーションできてくれるのだとか。結局、衛兵隊にはお手数おかけしてしまっているなぁ。


 ビィクティアムさんだってセラフィラントと王都を行ったり来たりでここの仕事が滞りがちで忙しいのに……って、二階のセラフィラントブースにいますけどっ?

 いいのかよ、長官様がっ!

「今日は長官、お休みだから」

「えええええーーーーっ? や、休み……って、休日って意味の休み、ですかっ?」

 ふたりに大笑いされてしまった。

 いや、最近は昔ほどぎちぎちに仕事をしていないとは思っていたけど、まだビィクティアムさんと休みという言葉は遠すぎるのだ。


「まーね、衛兵隊は休みっていっても、いつでも呼び出されれば動ける態勢になっているからさ」

 イスレテスさんは、通信機をちょん、と触れてまた少し笑う。

 そうでしたね。俺がそうしちゃったんだったね。

「これがあるおかげで、どこにいてもゆっくりしていられるし、呼び出されれば移動の方陣で改札がない町中からでも戻れるからなぁ。助かっているぞ、タクト」

 衛兵隊ブラック化の原因になっていなければいいんですが……皆さんも、休む時はちゃんと休んでね。



 さて、今日俺が遊文館に来たのは『美しい文字の書き方講座』の具体的な開催日を設定したお知らせです。

 漠然と冬になったら……だったのだが、雪がここまで早く来ると外で遊べなくなったお子達のフラストレーションが溜まりやすいわけです。

 当然そういう子達は遊文館を使ってくれると思っているんだが、中には結構文字講座、方陣講座を心待ちにしていると言ってくれるお子さん達もいるのですよ。

 ちっこい子から、成人前後の人達まで、ね。

 モチベーションが下がらないうちに、開催したいなーと。


「ほぅ、前・古代文字もやるのか」

 ポスターを貼る俺の真後ろから、ビィクティアムさんの声が聞こえてびくっとした。

 ……いつのまに……

「ここはいいな。腹が減るとすぐに食べられる場所が沢山ある」

「お気に召していただけて光栄です……何が美味しいです?」

「味噌焼きのおむすびが最高だ。あとは、鶏の解し身が挟んであるパンが旨いな」


 チキンサラダサンドは、ちょっと意外だったけど……あ、マヨネーズかな?

 ビィクティアムさんも結構、卵が好きだもんな。あれにはちょっとだけ醤油も入っているから、それもポイントなのかもしれない。今度、ツナサンドも入れてあげよう。


「おまえが文字を教えるのは、子供達だけか?」

「『綺麗な書き方』は、大人にもその内。でも今年は子供達だけですね。俺の……体力作りがあるので」

「よしよし、覚えていたな。今月の終わりにはおそらくもう隧道もできあがっているだろうから、来月、更月さらつき一日に東門詰め所に来い」

「はい、よろしくお願いいたします」

「俺も一緒にやるから、な」


 は……?

 一緒……て、無茶言うてはいけませんって!

 オリンピック強化合宿になっちゃうじゃないですか! 

 そんなところに、一日三千歩も歩かないような引きこもり運動不足を放り込んだってなんもできませんよ?

 なんですか、大丈夫、大丈夫みたいな生温かい笑顔で肩を叩かれたって、信用できませんよっ!

 楽しみにしてろよ、ともう一度背中を叩かれちょっと咳き込む。

 もの凄く、楽しみなんだな、ビィクティアムさんが……どんなトレーニングするのかコワイですよ。


「あー、じをかくれんしゅーするのー?」

「アフェルも遊びに来ていたのか。そうだよ、いろいろな字の練習だよ」

「やる!」

 受講生、第一号決定。

 その後もわらわらとお子様達が集まってきて、俺ってば、モテモテじゃーん?

 子供達に囲まれる俺に、ビィクティアムさんがちょっと引いている。そしてたまに、視界に入らない低い位置にいるちっこい子にびくってしてて面白い。


 文字教室は年齢別で、と思っていたが結構広い教室ができているので、一回目は取り敢えず見てみたいって人を含めて制限なしで待月まちつき十七日のお昼ご飯の後にやるつもり。

 まー、小さいお子たちは遊びたい子が殆どだから、エゼル達くらいのローティーン達がメインだろう。

 現代文字を綺麗に書く、古代文字と現代文字の対応表の解説と書き方、前・古代文字の解説と書き方、そして……それらを使って書く方陣の描き方。一日おきに授業内容を変えつつ、何度かのローテーションをしていつでもとっかかれるように暫くは基礎編をがっちりやる。そして一カ月くらい経ったら、中級編を混ぜ込んでいく感じ。


「あの、方陣も……教えてくれるんですか?」

 聞いてきたのは、多分成人少し前くらいの子達だ。

「文字を綺麗に書ければ、方陣の効きも魔力の保持力も上がるから、覚えて欲しいしな。いくつか、描いてもらう練習をしていくよ」

 俺がそう言うと小さく歓声が聞こえ、貼りだしたポスターで第一回の開催日時を確認していた。


 そしていつか、神聖魔法の方陣が組めたら……絶対に完璧にかけるように覚えて欲しいから、しっかり基礎を練習してもらうよ。

 今『神聖陣』といわれているものは、貴重なものではあるが神聖魔法ではない。

 魔法として獲得者が殆どいないものに対して、そういう扱いの方陣が幾つかあるだけだ。

 だが、俺がシュリィイーレで残すために素地を作りたいのは、いつか俺が組み上げたい『神聖魔法』と『星青魔法』を残すための方陣だ。


 それができて、描ける人が現れればその魔法を獲得する試行ができるようになる。

 方陣だから【麗育天元】とか【天翔空軸】をパーフェクトに発動することはできないだろう。だが、一部ずつでも発動できて『訓練』する機会を作る。


 そのために必ず必要なのは『間違いなく整然と書く美しい文字の呪文じゅぶん』だ。


 図形とのバランスや文字の美しさが方陣の質と魔法の強さに影響するのだから、神聖魔法のように繊細な指示が必要なものは相応の精度が求められる。

 そのための準備を今からしておくのだ。その方陣が……いつ頃組み上がるかは解らないが。

 まぁ……フェルマーの最終定理ほどは……かからないと思いたい。頑張ろう。



 さてさて、実はまだ屋上に行っていないので、ちょっとあがってみようと思っていたんだよね。

 さっき稼働させたばかりのエレベーターに、幾人かの子供達と乗って屋上に入ると遊んでいる子達とベンチで本を読んでいる人達がいる。

 一階の本だけは、遊文館内のみ移動可能なのでこの屋上でも読めるのだ。

 レイエルスの蔵書で現代文字のものは割とここ百年ほどのものも多く、他の家門の本と被っているのも沢山あった。

 そういう本は大人でも楽しめる物語や伝記物、地域の名産品のガイド本みたいな物が中心だった。

 中には魔法書だったり、建築の本だったりとなかなか読み応えがある本も多い。


 屋上は遊歩道と芝生エリアがあり、低木とシュリィイーレの緑地帯でよく見られる草などを植えてある。

 配置的にはぴしっとシンメトリーとかではなくて、シュリィイーレの町では見られないくにゃくにゃと曲がった小径が多いイングリッシュガーデン風にした。

 芝生の広場もあるから、心置きなく走り回ってもらえる。

 ……ところどころ枯山水みたいに石が置いてあったりもするが。


 室内より少しだけ涼しいこの屋上は【風制魔法】で定期的に優しい風が吹くように設定してある。

 雪が降ろうと積もらないドーム状の強化硝子天井……うーん……曇り空だとなんだか真っ白でつまらないなぁ。

 硝子ドームにほんのりと青い色をつけようか。

 ほんの少しドームが色づいただけで、お子達のテンションが上がる。

 喜んでくれるなら、たまには虹が出たりする演出もいいかもしれない。

 うちに帰ったら【彩色魔法】だけじゃなく【迷彩魔法】も使って、時間で変化するように魔法付与してみよう。


 屋上の木々は中央広場と同じようにプランターや鉢に入れてある物が多いので、簡単にレイアウトチェンジができる。

 毎月変えるのも楽しそうだ。庭整備で、どなたか『造園技能』とか持っている人はいないかなぁ。

 明日から医師の方々も交代でいてくださることになっているし、自警団のおじさん達も楽しそうに見回ってくれている。


「タクトくん!」

「トーエスカさん、来ていただいてありがとうございます!」

「何を言ってるんだ。こんな楽しいことに誘ってもらえて、僕等の方こそ感謝しているんだよ。見回るのが楽しいなんて、皇宮でもなかったよ」

 ……皇宮……?

「あ、昔は近衛隊にいたことがあるんだ。西宮警備だったんだけどつまらなくって、十年もいなかったけどねー」

 ということは、騎士位を持っていらっしゃるわけだ。

 流石だ、伊達に士家の傍流というわけではない、ということだな。

「剣、とか得意なんですか?」

「僕は弓だったね。家門の魔法は水と風が多かったから、弓と相性が良いんだよ」


 シュリィイーレって本当に、どこに達人クラスがいるかわかんないんだよなぁ。

 トーエスカさんは子供達に引っ張られるようにして、また屋上の見回りに戻っていった。

 一階では、エッツィーロさんとエイドリングスさんが話をしている周りにも子供達が纏わり付いていたよなぁ。


 この町の人達は随分お子達に人気があるんだが……そういう人達にまったく近寄りたがらない『大人たちに護られたがらない子供』ってのも、少なくはなっているもののいない訳じゃない。

 彼等にこそ、ここに来て欲しいんだよな。

 ひとりで居たっていい、大人に愛想笑いなんかしなくていい、ただ、ここが彼等にとっても『避難所』に……なれたらいいと思っているんだ。

 家にも、町の中にも居場所がなくなってしまわないように、エントランスまででもいいから来て欲しい。

 ……夜中でも、いいから。


 雪がこんなに早く来ちゃって……行き場をなくしていないといいんだけどな。

 だけど、氷結隧道が明日にも北側と北西側から作られるらしいから少しはマシかなぁ。


 

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