第537話 加護法具モニター依頼

 翌朝、青通りは五十センチほど雪が積もっている……昨日はどうやら夜中もずっと降っていたらしい。

 これでは歩いて教会に行くのは無理だろうな。このくらいだと氷結隧道はまだできないだろうけど、ちょっと午後まで様子を見よう。

 止んだら今回は溶かすかもしれないし。だが……空を見上げると……まだまだ降ってきそうである。


 ランチタイムになろうかという頃には、残念ながらまたしても雪が激しくなってきた。雪を溶かすこともできないだろうから、やっぱり徒歩での移動は難しそうというわけで、転移で教会前へ。

 おお、前庭をちゃんと雪かきしているぞ。


「こんにちはー……」

 聖堂まで見渡せるということは、中には誰もいないのかな?

 食堂のある右側の扉が開き、テルウェスト司祭が顔を出した。

「こんなに雪の日にいらっしゃるなんて、危ないではないですか……!」

「近くに移動で飛んでからですから、大丈夫ですよー」

 俺は魔法師なので、魔法師組合には俺の目標方陣が置かれている。そこから移動している……というていだが、表に足跡が残っていないので苦しい言い訳だ。


 どうせなら教会にも、目標方陣を置かせてもらおう。お願いをしたらなんと、カタエレリエラとの越領方陣門がある部屋に置かせてもらえることになった。

 この部屋なら、司祭様が一番最初に俺が来たことに気付くから……だそうだ。

 越領方陣門のある部屋は【探知魔法】がかかっているもんなぁ。監視カメラは王都との越領門だけだけどね。

 他の希望者たちの避難用は、教会正面から入ってすぐの広いエントランスや西側の小部屋に置いてあるんだからそこでもいいんだけど、来ただけで解ってもらえるのはありがたいかな。


 もう一度、聖堂に戻った時に食堂側の扉からレトリノさんが……なにやら真剣な面持ちでやって来た。

「し、失礼かとは思うのですが、で、できれば、本日、昼食を召し上がっていただけませんかっ?」

 おや、ランチのお誘い……これはありがたいかな。レトリノさんは『赤属性』が強そうだから、俺としては是非ご相伴に与りたいのだが……何故なにゆえ、テルウェスト司祭が微妙な顔を?

 あっ! 材料かな? 結構ギリギリだったりする?

 レトリノさんに耳打ちしているから、足りるかどうか確認しているのかもなぁ。


「あのー、後日うちの野菜やお肉を持ってきますので、いただいてもいいですか?」

「いえいえっ! そういう意味ではございませんよっ!」

 焦って否定するテルウェスト司祭だが、食材は持って来よう。

 後からだと請求しづらいだろうし、冬の初めから不安にさせたくないし。


 食堂に案内してもらって、席に着くと……なんだか、皆さんもの凄く緊張している。

 今日のランチは、イノブタの揚げ焼き赤茄子ソースがけですか!

 いいですねー! 粉チーズを混ぜた溶き卵を絡ませてソテーする、日本でよく食べたポークピカタに似た料理だ。

 こちらでは牛肉をあまり食べないからか、イノブタだけでしかこの料理は見たことがないけどハムや鶏肉でも美味しいんだよねぇ。

 いただきまーーす!


 ……


 ……


 しょっぱーーーーっ!

 え、なんでこんなに? あ、粉チーズ、マントリエルのペコリーノ・ロマーノに似たしょっぱいやつ使っているのに、塩も入れてる?

 トマトソースも……かなり塩が……多すぎないっ?

 全部、塩味しかしないよっ!


「レ、レトリノさんは、濃い味付けが、好き、なんですか?」

 俺がなんとか笑顔を作ってそう尋ねると、明らかにしゅーーんとした感じに肩を落として小さく頷く。

「私は、美味しいと、思うんですが……みんなにはいつも、塩辛いと……」

 そっか……簡易調理魔具は『本人が美味しいと思う味』になるからなー……でも、ここまで塩辛いのが『美味しい』って、やばくないか? 

 ずっとこういう濃い目のものばかりで、舌が慣れちゃっているってだけでもなさそうだな。


「レトリノさん、ちょっとだけ『視て』もいいですか?」

 何を、と言いたげであったが、はい、と言ってくれたので神眼さんでサーチ開始。

 あ……なんか肝臓の辺りと胃の辺り? 緑っぽい黒のモヤモヤがうっすら視える。

 うん、予想通り肝機能が低下しているような感じだな。


 んんんん?

 なんか……今まで視えたことにない……なんかの『流れ』が視えるぞ?

 もしかして魔力流脈が視えているのか?

 神眼さんがここに来て進化しているのかっ?


 おそらく【顕微魔法】が発動しているのか、流れる魔力が様々な色の付いた粒子のように視える。

 ベースは濃い緑色の粒……そして次に多いのは赤と橙……たまに青と黄色? レトリノさんの胸元からは緑のキラキラが零れ、両手の先からは赤いキラキラが視える。

 う、しまった、またドライアイ……!

 ちょっと目元に【回復魔法】かけつつ、ありがとうございました、と視線を逸らす。いかん、また魔法つかっちった。


 自分の掌を視てみると、やはり俺の手からは何色かのキラキラが視えるが指先で一番多いのは赤。

 ちょっと『奥』を視ると……各色の粒がガンガン流れている。レトリノさんの流れが小川のせせらぎなら、俺のは豪雨の後の濁流みたいだ……量が全然違う。


 つまり……俺は魔力のキラキラだけでなく、流脈の中に流れる魔力の『種類』を色で判別して視られるようになってしまった……ということですかい?

 セラフィラントの医学書、すげーなっ!

 俺の魔力流脈に関する知識が増えたせいで、神眼さんがレベルアップするほどの叡智が詰め込まれた本だったってことですね!

 いやいや、そこはどうでもいい。よくないが、今は、それじゃない。


「えっと、レトリノさんには全体的に足りていない栄養素がありまして、それを補おうとするあまり塩分を身体が欲しているせいで、濃い味つけになってしまうのではないかと思います」

 まず、前提として彼はミネラル不足なのだと思う。

 あちらの世界でジムのトレーナーさん達によく言われたのだ。

 塩味を欲しがる時はミネラル不足を疑え、と。

 摂取する食材のバリエーションが少なかったり偏っていたりすると、野菜も食べているはずなのになぜかミネラルが足りていないという状況が起こると聞いた。

 そういう時はいつもはなかなか食べないものを積極的に食べたりするべきなのだが、冬のシュリィイーレで贅沢は言えない。


「今、俺の魔眼で拝見した感じだと、レトリノさんには海草類とか、生姜などを多めに摂ってもらいつつ沢山水を飲んでもらった方がいいと思います」

 シュリィイーレの水はガッツリ硬水、ミネラルたっぷり。

 その上で彼の魔力流脈でまったく視えなかった『藍色系』の食材を摂ってもらう。

「そういえば、レトリノはあまり水分をとらないな……」

 ラトリエンス神官の呟きに、レトリノさんが水を飲むとなんだか胸がムカムカすることが多くて、と胃の辺りより少し上を擦る。

 それって、塩分過多で胃の粘膜が傷ついているのでは?

 逆流性食道炎とかも併発していたり? 大ピンチすぎる……!


 んー……俺の『治癒の方陣』を使うと治りすぎちゃって駄目だから、ちょっとだけ弱い『回復の方陣』を使って身体は治してもらった方がいいな。

 でも健診でその辺も解っているのかもしれないから、方陣札だけ後でテルウェスト司祭に預けておこう。

 取り敢えず、この食事の味をどうにかするか。このままでは悪いが食べられない。

 しかし、残したくはないのだ。

 レトリノさんが一所懸命に作ってくれたものを、食べたいと強請ったのは俺なのだから。もう一回、魔法、使っちゃえ。


 濃くなってしまった料理の味付けは、戻す方法ないしも薄めることも普通はできない。だが、魔法なら別だ。

 これは『毒』ではないので、浄化系は効かないから【顕微魔法】と【加工魔法】を使い『粒子操作』。

 素材の隅々にまで入って染み込んでいる『塩分』が取り除けちゃうから、あら不思議。

 ただの加工じゃなくて時間系も使っていそうだけど……その辺はスルーだ。


「ちょっとは塩味が和らいだと思うのですが、如何でしょうか?」

 俺はそう言って、テルウェスト司祭に味見をしてもらった。

 おお、めっちゃ表情が引き締まったぞ。

 そんな、覚悟を決めて取りかかる食事ってどーなんですか……

 一瞬だけ間があき、テルウェスト司祭の顔が緩む。

「……美味しいです」

 神官さん達から、歓声が上がる。


「レトリノさん、ちょっと口に入れてみてください。味、感じますか?」

 案の定、全然味がしない、という表情である。

 では、ここで作ってきた『モニター法具』のご登場だ。装着方法を説明して、早速首につけてもらう。よかった、あまり首が太くないぞ。


「これは『魔力流脈整頓魔具』の試作品です。実は俺自身が体力と魔力流脈の均衡が今ひとつでして、それを整える為に魔具が作れないか……と考えたものです」

 自分の襟ぐりを引っ張って、同じものを着けていることを見てもらう。

「できるだけ近い年齢の方々に試して欲しくて……他のおふたりも、試用に協力していただけると嬉しいのですが……」

 ちらり、とシュレミスさんとアトネストさんを見る。

 その後ろで『なんで同世代だけなんだよ』とでも言いたげな、ミオトレールス神官とガルーレン神官の姿は見なかったことにする。


「ぜぜぜぜ是非ともっ!」

 おお、前のめりだな、シュレミスさん。

 アトネストさんは少し尻込みしていたようだが、一歩前に出てくれたのでお受けいただけるようだ。よかったー。むしろおふたりに必要なのですよ、こいつ。

「実は、昨日から自分で一日中着けているんですけど結構楽になるんですよ……肩凝りとかなくなって」

 これは本当だ。磁石のせい……かもしれないが、それだけとはいえないくらい肩胛骨の辺りとかスゲー柔らかい。

 まぁ、非磁性体の中に入っているんだから、磁石の身体への効果なんてないと思うが。


 皆さんが首にかけてくれたところで、形状記憶の魔法をオン。

「あ……首に馴染む」

「凄い、全然重さを感じません」

「身体が……温かい気がします」

 おおー、三人ともキラキラが少し強くなったぞ!

 アトネストさんは藍色が解るようにはなったけど、多分レトリノさんと一緒でミネラル不足もあって体内魔力にもバリエーションがないんだな。

 そして俺にキラキラが視えなかったのは、外にこぼれ落ちるほど『体内に存在していない』からなんだろう。


 シュレミスさんは、少なくはないけど偏っている。

 聞いていたように『溜まり』……若しくは『栓』があちこちにあるからかも。

 そちらの方は『治癒の方陣』で少しずつ取り除いてもらいつつ、シュリィイーレの浄化水でデトックスしていただくのがいい。

 魔力流脈が正位置になっていれば、魔力が身体を回復するようになるから相乗効果で治りが早くなるはずだ。

 そして三人とも体内の流脈が隅々まで……細くはあるが、流れ始めた。

 おっと、またしても目が……目薬、欲しいなぁ。

 いや、目に特化した『回復の方陣』か?


「レトリノさん、もう一度お料理を食べてみてください」

 俺が皿とフォークを差し出すと笑顔がさっと曇り本当に嫌々、ピカタを口に運ぶ。

「え……?」

 見開かれた瞳と、信じられないという呟き。

「味が……します。う、うまい、です……!」

 予想通りである。


 流脈が末端や舌先に届いていなくて様々な感覚が正しく働いていないっていうのもあるかと思ったんだ。

 俺が空腹や疲労を感じにくかったように、味が感じにくいとか、音が聞き取りにくいとかもありそうだと。

「多分、魔具の効果で魔力流脈が補整されて、鈍っていた感覚が戻ってきているんです。この魔具は流脈を安定させるものですから、しばらくの間着けていてもらえたら正位置になって、外しても大丈夫になると思うんで……毎日どんな変化があったかなど、一言、二言でもいいので書き記しておいていただけますか?」


 三人が大きく頷き、神官さん達が羨ましげに三人を見つめた後、俺に視線を送ってくるが……皆さんは治すものなんかないでしょー?

 あ、テルウェスト司祭には、胃の修復に俺の方陣札差し上げますからね。


 そして翌日、俺は天草を使ったゼリー寄せのレシピと見本のレトルト、そして皆さんにも不足しがちな生姜などの黄色・藍色系素材を中心に差し入れをした。

 次の彼の料理の時に、またご馳走してもらえたらいいな。


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『アカツキは天光を待つ』の第97話とリンクしております。

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