第536話 加護法具造形

 あーーーー……目が、しぱしぱするぅ……

 眼輪筋、疲れまくってるぅ……ドライアイ、半端ないわぁ……ふぅぅぅーー……

 ガイエスの『遠視の方陣』対策で作った微弱回復のひんやりアイマスク、なかなかいい……温めるバージョンも作ろう。

 途中で一度夕食手伝いで食堂に行ったものの、深夜までまた読み続けてしまった。

 今夜のところは眠って、また明日……


 と、寝ようと思ったら、ガイエスからメモ紙と石が届いた。

 そっか、シュリィイーレとオルフェルエル諸島だと……時差が五時間くらいか? まだ日が沈んですぐくらいかもな。

 これは火山岩……?

 でかい石の一部みたいだから、近くに火山がある場所なのかな?

 あれ? 草原の石って書いてあるから、三宅島みたいな感じなのかな。

 火山列島なのかもしれないね、オルフェルエル諸島。

 ちょっとだけ、親近感。

 あ、いかん、眠い……受け取ったお礼は……すまん、明日。



 翌朝、外に出たらあまりの寒さに吃驚した。

 空を見上げると昨日と同じような曇り空……これは本当に、今年は雪が早く降りそうだな。

 体操して、走って、買い食いをして戻ってきた頃にちらり、と白いものが落ちてきた。

 初雪である。

 自販機の補充を確認し、父さんと母さんに雪が降ってきたと告げる。


「おいおい、今年は本当に早ぇな」

「そうだねぇ、あの大雪の時より早いね」

「あの時より積もるのかな……?」

「早くても多いとは限らないけど、注意はしておいた方がいいねぇ」


 俺達はそんな会話をしつつも、結構……余裕であった。

 あの年よりは確実に、この町は災害への備えができている。

 うちも当然備蓄は万全、保存食もしっかり作ってある。

 いざとなれば俺達家族の食べる分くらいは、地下や硝子ハウスでの【麗育天元】さん大活躍で促成栽培だってできちゃうのだ。


 今日は少し早めに昼食を出せるようにしようかね……と母さんは朝食後すぐに準備に入り、父さんは預かっていた日用品修理を全部終えて依頼人の家にお届けサービス。

 雪になっちゃうと、来られなくなる場合もあるからね。


「でもよ、今年はどうしても急ぎってなっても、遊文館で受け渡しができそうだなぁ」

 そういって父さんは配達に出掛けた。

 ……あ……なるほど!

 登録してある方々同士であれば『移動の方陣』を使って、エントランスホールで待ち合わせが可能な訳か。


 うん、気軽に行ける避難所ってのも俺の目指すコンセプトのひとつだったから、そういう使い方をしてくれてもいいか。

 エントランスには受付があるから、必ず衛兵隊員か自警団の人がいてくれるしね。

 伝言板でも置いておくか? いや、それはやり過ぎかな。

 大人が使うのを便利にしても意味がない。

 お子様最優先。


 そろそろ、オルフェルエル諸島も朝だろう。

 ここよりも北なら寒いだろうから、ガイエスにはあったかほかほかの『とろとろチーズ入り燻製肉のホットサンド』を送っておいた。

 温度キープ劣化防止ボックス入りなので、いつ食べても温かいままでお楽しみいただけますよ。


 ガイエスから送られてきた火山岩と思われた石は、軽石凝灰岩で火山灰が堆積してできた火山砕屑岩ってやつだった。

 よく外壁材としてみられる、大谷石にそっくりだ。

 草原になっているところの地表に出て来ているのだとしたら、噴火と山体崩壊で火山自体はなくなっちゃっているのかもしれない。

 あまり大きな山じゃなかったのかもしれないね。

 アーメルサスといいオルフェルエル諸島といい火山が多そうだなぁ……北側は、ガウリエスタや皇国とまったく違うプレートとか構造帯なのかな。

 マウヤーエートとかイスグロリエストよりも新しい……とか?



 そして、昨日の続きの法具作りに入ります。

 これが終わったら、暫くは魔法を使いません!

 ……なるべく。

 俺はガイエスのものみたいな腕輪を考えていたんだが、どうやら身体の左右のバランスをとった方がより良いということが解った。

 ガイエスは重点的に左側を整える必要があったから、左手に着けられたのかもしれない。


 だが、全体的に整えたいのであれば中心から、満遍なく加護が行き渡るのが望ましいということだ。

 俺としては一番いいのって腹巻きなような気がするのだが、肌に直接触れる貴金属で腹に巻いたら……冷えそう。

 なので、一番いいのは首まわりということになる。


 ここで問題なのは『首回り全体に』前も後ろもなるべく同じように加護が入ることが望ましいので、身分証入れでは鎖が細すぎるしケースに付与では偏ってしまうのだ。

 だから、磁気ネックレスのように短めの、どちらかというと首輪くらいの感覚で着けていてもらう方がいいのである。

 首が絞まっている感がなく、軽くて邪魔にならず、襟ぐりから見えても変だと思われないちょっと太目のネックレス……


 神職の方々なので、華美になってはいけない。

 ここで参考にすべきは、以前司書室で見つけた『法具大全』ですねっ!

 教会関連の方々も、組織内で階級があるからね。

 使える貴石とかもさ、いろいろ制約がありそうなんだよね。


 デザイン自体はシンプルに。

 そして使う貴石は神務士さん達がしていてもとやかく言われない『水晶』にして、支える金属は銀とチタンの合金である。

 花粉症用のマスクとかソックスなんかに入れられている、蛋白質分解とか臭い除去ってのとは全然違う。

 包丁とかに使われていた方の『銀チタン』である。


 やはり、付与した魔法を支えるのは銀が最も最適だ。

 もしくは、俺が作った金とチタンの合金である緋色金ひいろかね

 だが、どちらも煌めきすぎる上に法具としての格が上がりすぎてしまうのだ。

 なにせ、聖神司祭や大貴族たちが身につけるものと同じになるから、支える魔法に使う魔力量も多くなる。

 魔力量が少ない人にとっては、逆に負担になってしまうくらいの強い法具になっちゃ意味がない。


 なので輝きとグレードを落としつつ、それでも装着者の魔力が要らないように負担を限りなくゼロにするためには金属自体の魔力保持を強めなくてはいけない。

 チタンについては『陽極酸化処理』ってやつで、酸化被膜の厚さ変更による着色処理をして色味を変えることができるという。


 そして銀を混ぜ込み【冶金遷移】さんで合金にしますと……煌めきすぎず高性能の、加護保持に最適な台座素材ができました。

 量産はできないが、今回は『俺も使うもの』なので、これくらいの保持力を持ってもらえないと困るのだ。

 ここでハンバーグサンド、ドーピング。旨。お、体温が上がった気がする。


 この銀チタンで平べったい半円状にして中が空洞の『管』を作るのだ。

 そして更なる保持力アップと、加護を満遍なく身体に巡らせるために必要になるのは『磁力』である。

 銀もチタンも非磁性なので、その管の中に極小のネオジムを入れ込むことで保持力を更にアップして自然放出を防ぐ。


 びっしりと入れるのではなく、魔力の安定と保持のために八箇所。

 そしてその間に水晶も入れ込み管の中には八個の磁石と六個の水晶……残った二個の水晶は、手前に来る部分で鎖骨に触れるように金属の先につける。


 表から見えるのは金属の輪っかとふたつの直径七ミリほどの水晶だけ。

 加護魔法は大きめの貴石か、純度が高くクラックのないものが最も魔力と魔法を支えられるが、今回は全身を全方位からカバーするようにしたいので小さくても数がある方がいいのだ。


 そして丁度両肩の辺りから、左右に開くように開閉できるトルクヒンジのようなパーツを付けてある。

 装着時にきちんとセットできたら『カチ』と小さい音が鳴り、加護が発動。

 外すために開いたら、余分に魔法を使わないように一時停止して次に同じ人がセットした時だけまた加護が発動する。

 フライドポテト、やっぱりケチャップつけると旨いな。


 問題は全体の形であるが、ただの円では駄目だ。

 なるべく肌に触れる面を多くしつつ、締まっている感なく首に着けていられるものにする。

 三人の……首回りから肩にかけての型を、とらせてもらった方がいいなぁ。

 いや『形状記憶』……できないかな?


 ネックレスというよりは、最も首に近いところに置く肩載せ。

 太さが五ミリくらいあるから、その方がいい。

 載せて魔力を流したら、その人のその部分の形になって形状記憶するようにしよう。

 で、登録が済んだら形状が変わらないように固定すればその魔法は継続している必要がない。

 ……鍛えて首回りに筋肉がついてしまったら……苦しくなるだろうから、その時にはまた再調整をすればいい。

 フロントが開いているからある程度までは再調整が簡単だ……ボディビルダーみたいな激烈マッチョに変わってしまわない限りは。

 チーズ、いちいち切る方が美味しいんだけど、スティック状のも作ろう。

 食べやすさ、大事。


 法具の形は決定したので、お次は魔法を組み立てる。

 ……文字に関してのみ、自動翻訳さんをオフ。

 俺の視界から、日本語表記が消えた。

 意外と読めるものだな……前・古代文字。


 その文字の『読み』が、頭の中に浮かび耳に響いてくる。

 これはおそらく【言語魔法】と【音響魔法】の効果なのだろう。

 こーやって勝手に発動するのは、どうしたらいいんだ。

 しまった、ポテトもっと持ってくればよかった。


 ヌ・キュア・ヴェノレエ・プ……?

 ははは……発音は絶対駄目だな、こりゃ。


 初めてだなぁ……前・古代文字で【文字魔法】を組み立てていくの。

 なんだろう、もの凄く……気持ちいいな……やっぱり、この世界の文字だから魔法に馴染むってことなのかな……ん……?


 前・古代文字で【文字魔法】の指示を書いていると、文字がひとつひとつ光り出して勝手に魔効素循環が始まった。

 なんだ、なんだ?

 どういうことだ、これ?


 まるで……あの、三角錐の中の石板みたいじゃないか?

 俺が三角錐の石板修復をした後、石板の文字はほんのりと光っていた……それと似ている。

 同じことを古代文字で書いても、現代文字で書いても何も起こらない。

 日本語で書くと……ほんの少し色が鮮やかになる程度で、魔効素循環までは起こらない。


 前・古代文字も、羊皮紙だと何も起きない。

 樅樹紙だとほんの少し、チタン入り三椏紙だと合金に日本語で書いたくらいの光だが、魔効素はピクリとも動かない。


 金属の含有量で変わるのか?

 ……もしかして、前・古代文字は最も魔法というものとの親和性が高い文字で、それを引き出せるのは……金属ってことか?


 そうだ。

 主神は『大地の神』で、前・古代文字は『神々と人とが初めて契約を結んだ文字』で……その契約は石板によって行われている。

 石板や粘土板、金属板という『大地の一部から作られたもの』に『前・古代文字』で魔法、則ち『加護』を書くことは神々に最も『届く魔法』なんだ。

 届くのは物理の距離ではなく、考え方の概念的距離ってことか?

 精神的、魔力的とでもいうのか?


 試しに魔法発動させる【集約魔法】の一文字を付与した水晶に、金属板に書かれた前・古代文字の魔法を有効にしてみる。

 そして『神眼』に『遠視の方陣』をかいた虫眼鏡を持ち『液体鑑定』『感覚操作』『身体鑑定』と使いつつ【探知魔法】【顕微魔法】を発動させて自分の手、そして足を視る。


 魔力流脈を視ることを意識して、何度か瞬きをすると……ぼんやりと流れが視えてきた。

 ちょっと精度の低いエコーみたいな画像だ。

 手に魔法付与済みの水晶を握り込む……手の皮膚表面の少し下がもぞっとするような痒いような感じがして、光の流れ方が変わった。


 その視線を外さず水晶を手放すと、少しの間はその変わった流れのままだったが徐々にまた元のように少しうねって流れ始めた。

 もう一度水晶を手に取り流れを変えて、今度は暫く握ったままにしてから離してみた。


 元の流れに戻るまでの時間が長くなった。

 よっしゃーーーーっ!

 上手くいったぞ!


 まずは自分用を作って一日使ってみよう。

 寝ている時もずっと着けておいて、変化があるかを確認する。

 う、それにしても『体内を視る』って、すっげー目と脳が疲れるっ!

 医師の人達、マジでスゲーなっ!

 もう……お腹、空いちゃった。あんなに間食したのに。

 お昼ご飯食べて、ランチお手伝いかな。


 外を見ると、細かい雪がチラチラと降ってはいるが積もる気配はない。

 母さんも、これならお昼のお客さんは来るだろうから店を開けようね、と一階に降りたら……扉の外にはお客さん達が何人か。


 お寒いでしょうから、中で待っててね。

 今日は菠薐草とジャガイモごろごろの鶏肉のクリーム煮ですよー。

 チーズも入っているから、パンにつけて食べても美味しいですよー。

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