第535話 魔力流脈整備について

 翌朝はちょっと天気が悪く、そろそろ早くも雪が来るかと警戒してしまうような曇天。

 早お昼を食べて教会にやって来たのだが、いらっしゃるのはテルウェスト司祭だけで他の皆さんは遊文館に行ってくれていたりまだシュリィイーレで作っているものが買える西市場に行っているらしい。

 では……丁度いいので、聞きたかったことを聞いてしまおうか。


「健康診断はもう終わったのですか?」

「ええ……」

 おや、なんだか元気がなさそうだぞ。

 聞けばご自身の胃に……若干の荒れが見つかったらしい。

 うーん……ここのところ神務士さんのこととか、アーメルサス関連やセインさんのことに加えて、セラフィエムスの方も爆弾文書の公開やらなんやらありましたからね。


 教会関係者たちは、上位であればあるほど胃に穴もあこうかというものですな。

 聖神司祭様達、倒れていないといいなぁ。

 だが、テルウェスト司祭の胃の原因は……どうやらちょっと、違うみたいだ。


「神話五巻とか、新たな文書からの知識の流布なんてものは中央に任せちゃえばいいんですけどね……今、一番の問題は……神務士達でしてね」

「彼らに……なにか?」

「本人達にもまだ全ては言っていないのですが、魔力流脈に問題が見つかってしまったのですよ。三人とも」


 そうか、やっぱり……という感じだな。

 一番深刻なのは、やはりアトネストさんとシュレミスさんのようで、シュレミスさんは魔力量がそろそろ千二百を越えて来そうだから、流脈を整えることが急務のようだ。


「シュレミスは随分と少なくはなってきているのですが、所々に魔毒と思われる溜まりがあります。しかし、流脈が治せなければ一気に流れを良くしてしまうと支障があります」

 流脈を整えるには【整癒せいゆ魔法】という中位の黄魔法が必要になる。

 これは【治癒魔法】であれば数度かければカバーできるが、残念ながら治癒の方陣では魔毒を少しずつ消すことはできても流脈自体の修復はできない。


 困ったことに、【整癒せいゆ魔法】は方陣がなくて、シュリィイーレでそれが使える医師はひとりだけの上、現在妊娠中で魔法の使用は難しいのだという。

 ラステーレやオルツのように、国境の町とか帰化民の多いリバレーラやルシェルスにはこの魔法を持った医師が多いらしいのだが、シュリィイーレでは殆ど必要のない魔法だ。


 そして、精神系と同じように身体系や医療系魔法は、他人に使うと本人にもフィードバックがある。

 跳ね返ってくる微弱な魔法の魔力は、大人であればなんということもないし、自身の魔力であるのだから連続使用や長時間使用をしなければ大丈夫。


 しかし……胎児がいる場合は、このフィードバックが結構危険な場合があるのだという。

 胎児はまだ魔力流脈ができあがっていないから影響があるということと、もしできあがりつつある時だったら魔法による干渉を受けてしまうのは、よろしくないということのようだ。


 そのため、妊婦には自身が【回復魔法】を持っていても使用を避けて、自分の魔力を入れた方陣札だけを使ったりするよう推奨されているのだという。

 子供が母親と同じ加護神とは限らないから、余計に気を遣うのだろう。

 どの世界でも妊婦さんは大変なのだ。


 マリティエラさんの【身循しんじゅん魔法】なら文句はないんだが、今はまだ授乳期間で魔法の使用はマリティエラさん自身にもなるべく使わないようにって止められていると言っていた。

 こちらの世界での授乳というのは、かなり体力がいることのようだ。

 ……あっちをよく知らないからどれほどの差があるかは解らないが、物理的にも精神的にも、結構大変なのは変わらないだろう。


 ライリクスさんが、マリティエラさんの睡眠時間を確保するのが一番大変だと言っていたくらいだから……他人の治療まで、今の時期にやらせるのは無理だ。

 そして、魔力流脈が理解できていない俺にも、残念ながら『修復』ができないのだ。

 下手に俺が治癒なんてしてしまったら、流脈がグズグズなのに溜まりがすっきりなくなって、流れる魔力量がガーーッと増えて……もっと大変なことになってしまう事態も考えられる。

 ううむ……


 でも、神務士さん達の流脈をまず整えないと、魔毒の『栓』だけなくなって流れが活発になるのは危険ってことだからそっちの対策と治療が優先……

 シュリィイーレの水は浄化水だから、ここにいるうちに流れが良くなる確率は非常に高い。


「シュレミスよりも、アトネストの方が深刻なのですが……アトネストはまだ皇国に来て日が浅く、魔力が少ないから時間も取れるのですけど……レトリノとシュレミスは……」


 ふたりの治療をできるだけ早急に行いたいし、魔力量が順調に増えつつあるからこそ危険なのだ。

 なんとかしたいが、直接俺がどうこうは……いや、できるんじゃないか……な?

 もしかしたら『礬柘榴ばんざくろ銀環ぎんかん』の劣化版みたいなもので、加護法具方式なら……可能では?

 シュリィイーレにいる間だけ着けていてもらったとしても、ある程度治せる気がするんだけど。


 加護法具というものは、効果を保証して他人に渡すには『宝具認定』が必要になる。

 俺が陛下の腕輪と身分証入れを作ったのは『セラフィラント公から依頼された誕プレ』っていう括りだから、効果を保証して渡した加護法具ではないのでセーフ。

 だが、他領の神務士さんに『加護法具で体調整えますよ』は、すぐにできることではない。

 宝具としての認定と、それを渡すに相応しい人物であるかの査定なんてものが挟まるからだ。

 なので、今回も『詭弁・方便』大活躍でいこう。


「実は……テルウェスト司祭にお願いがありまして……」

 テルウェスト司祭は目を瞬かせ、ちょっとだけ笑顔になった。

「最近、俺自身が体力不足と生体放出魔力の調整が上手くいっていなくて、衛兵隊で体術訓練をすることになったんです」

「えええっ? だ、大丈夫なのですかっ?」

 ああっ、泣きそうな顔にっ!


「いえいえ、ご心配なく! ただ、魔法をできる限り使わずに過ごしたいのですが、そうもいかないでしょう? それで、加護法具を作ってある程度調整しつつ、自分の身体の流脈を体力や魔力をなるべく使わずに整えるようにしたいと考えたのです。で……上手くいったら俺だけでなく多くの方々の助けにならないかなーと思っていまして。まず俺用の試作品を作るのですが……どなたか別の方々にも試して欲しいのですよ。魔力流脈の正常位置安定化も目的に入っているので、帰化民の方々の方がいいなぁ……なんて……」


 そう、魔具と同じように、加護法具モニターをしてもらえないか、と持ちかけるのだ。

 あくまで『試作品』を試してもらうためなので、効果は保証できないし加護がかからない場合もあるから当然代金だって要らない。


 皇国民のように『ほぼ整っている』人達だと参考にならないから、現時点で健康診断の結果に若干の異常が見つかった人に試して欲しい……だが、加護法具というものの試用を一般臣民に無闇に依頼はできない。


 だが!

 俺は教会輔祭であり、一等位魔法師であるということで、在籍地司祭の協力を仰ぎ神職、神務士に協力してもらいたいと要請している……という体裁だ。


 ……俺の詭弁だと、テルウェスト司祭はきっと気付いている。

 俺の苦しい言い訳に、小さい声でありがとうございます、と聞こえた気がした。

 そしてテルウェスト司祭は、あの三人に新しい魔具の試作協力という形で手伝ってもらいましょう、と微笑んでくれた。


 さーて、おうちに帰って……の前に、体力と魔力の関連本がないかを確認させてもらわなくちゃ。



 教会から戻って、ランチタイムお手伝いの後に買ってきた何本かの串焼きを食べつつ『魔力流脈整頓魔具』の基本コンセプトを作ろうと机に向かった。

 教会近くのお店で、厚切り燻製肉とジャガイモを串に刺して焼いてあるというなかなか腕白なものを発見したのだ。

 これ、マスタードで食べると激旨なんですよ……!

 もっとルシェルスからマスタードが入ってきて、シュリィイーレでも定番になるといいよねぇ。

 俺が作るのは、うちで使う分だけでなくなっちゃうからね。


 ではお腹もいっぱいになったところで、加護法具試作についての確認に入ろう。

 必要なのは『魔力流脈の整備』とその維持。

 魔力流脈というものには『正しい位置』というものがあり、それが加護神によって違うということは『生命の書』にも書かれていた。


 そして教会で見つけた『生体魔力』と書かれた本には、ざっくりと魔力流脈とはどういうものであるかが書かれていた。

 セラフィエムス蔵書にあった『生体流脈における魔力の詳細』の簡単バージョン、入門編みたいな記載で解りやすいものだった。

 中学生の理科の教科書と専門医の論文くらいの差があるので、とっかかりとしてはやはり簡単なものがよろしい。


 魔力流脈は……加護神ごとに違いがあるのだが、血統維持がされている者といない者ではこれまた違いがある。

 血統維持者の方はかなり複雑であり、結ばれる家門によっていくつもの違いが現れるため、体系化が難しいらしい。

 ただ、血統が維持されなくなった者はある部分の流脈が完全に消え、復活することがないのだという。

 一箇所ではないようだが、それについてはどちらの本にも詳しい記述はなかった。


 まぁ、今回は血統維持の件は気にしなくていい。

 必要なのは『一般皇国臣民』の魔力流脈についてであるが……どうも、他国の人々とは『活動流脈』の範囲も数も段違いのようだ。

 流脈が多いこと、細かいこと、そして四肢の隅々まで毛細血管のように行き渡っていることが魔力量に大きく関係する。

 流脈自体の太さや強さは各個人で鍛えられるものだが、多さ細かさは鍛えるだけではカバーできないから『整える』魔法が必要になる。


 ただ、何をどうするにしても『基本の流脈』が正しく流れていなくては何もできない。

 帰化民、他国人との混血は……これが狂っていることが多い。

 原因はおそらく魔毒であろう、と書かれているが皇国にないからそうだろうと予想されているだけに過ぎず、本当の原因は不明だ。


 しかし加護神の魔力が流れる正しい道筋が解っているので、それに整備し治してあげられれば皇国人ほどとはいかずとも、かなり流脈を強く丈夫にする手助けになる。

 その流脈を安定させられれば、魔力量と魔力の質によって増やすことも太くすることも強くすることもできる。


 俺がガイエスの流脈を整えられたのは『礬柘榴ばんざくろ銀環ぎんかん』によって右足に正しい流れができあがっており、それを左足にも適用できたからだ。

 つまり、『礬柘榴ばんざくろ銀環ぎんかん』には『整えるための加護』がある魔法が閉じ込められていたことになる。


 残念ながら、複製したとしてもその法具に込められていた魔法までは複製できない。

 貨幣の複製でできるのが『貨幣』ではなく『貨幣と同じ形のもの』になるのと同じ理屈だ。

 俺の【文字魔法】であっても『俺が持っていない魔法の複製』はできない。


 ここは陛下の時と同じように【文字魔法】で組み立てていく方が無難なのだが……俺が魔力流脈というものの理解が不十分なのでどういう影響が出るかが……本当に人体実験レベルの可能性があるのだ。

 ……よし、やはりしっかりと、セラフィエムス蔵書の『医学書』を読むべきだな。

 そして考えられるリスクをちゃんとリストアップしてから、魔法を組むべきだ。


 それも……できれば、日本語でなく前・古代文字が望ましい。

 日本語で書く時は、俺は俺の知識の中で知っている言葉に訳されている単語を使っている。

 だが、俺の自動翻訳さんは『元々の世界になかったものを近似値で予測変換する』のだ。

 つまり、似て非なるものが往々にしてあるということだ。


 魔力流脈関連なんて、絶対にあちらの世界にないと解っているものなのだから、すべてが近似値変換と思って間違いない。

 魔効素とか魔瘴素とか外部からのものならば、常の体内にある訳ではないしそれで命の危険があるというものではないが『魔力流脈』は……人命に直結するのだ。

 しっかりとした研究の積み重ねが行われている『医学の雄』と誉れ高い、セラフィエムスの研究を読んでから臨むべきだ。


 ここでは……魔法の使用も、目を瞑っていただきたい。

 ちょーーーーっと量があるけど……【迅速魔法】【文字魔法】【言語魔法】を『感覚操作』『神眼』で使えば最速読ができるはずだ!


 いくぜっ!

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