第534話 訓練前の事前診断
魔法使っちゃ駄目って言われていたのに、息をするように魔法を使って自動筆記&映像化印刷を組み上げてしまってからなんでこうも言われたことを守れないのかとちょっと凹みつつ、いっぱい食べてしっかり眠って回復しました。
……母さんには、ばれたけど。
そして、魔法使用セーブを監視されつつ食堂を手伝っていたら、衛兵さんたちが去年より八日ほど早く、今年の試験研修生が二十人やってきたと教えてくれた。
どうやら、事前にある程度の『お行儀』は、仕込まれているようである。
そして、シュリィイーレがどんな町かも自分達で随分と調べて覚悟をしてきている……らしい。まだちょいと、信じられないけど。
まぁ、いままでだって年によっては『いい人達』ってのもいない訳じゃなかったし、去年のヒメリアさん達みたいに優秀な人だっているかもしれない。
彼等の諸々のことが落ち着くのはきっと十日くらい後だろうから、俺の体術訓練開始はその頃だろう。
のほほんと構えていた俺の所に、衛兵隊からシュウエルさんがやって来た。
去年試験研修生達にも、体術訓練をしていたがっしり目のお兄さんだ。
確か、このシュリィイーレ隊では一番若い人だったはず。
若いっつってもシュリィイーレ隊は三領地以上経験していないと転籍できないから、今年四十七歳だったはずだ。
「俺が、タクトくんの基礎訓練をみるからね。今日の所はー、ちょっと事前調査?」
事前……に、何を?
そろそろ夕食時間の準備に入るので、小会議室の方へ移った。そこで思いの外、がっつりの身体計測。
「うん、うん、やっぱり体重、足りないね」
「頑張って食べているんですけどねぇ……魔法って、どう抑えていいのかよく解らないというか、なんというか」
「魔法師って、息をするみたいに魔法を使う人がいるからねぇ。えーと、常時発動の魔法があるって聞いたんだけど? 今も使っているよね?」
「……全部は、止められませんよ?」
なんせ、自動翻訳とか止めちゃったら、生活に支障が出るどころの騒ぎではない。
「ああ、平気、平気。魔法や魔力を常時使うのは、貴族家門なら殆ど当たり前だし、それを使っていることを前提で、鍛えておかないと意味ないからね」
そうだったのか。
ビィクティアムさんが神斎術を獲得する前は、殆ど魔法なしで過ごしていたって言ってたからそっちが普通かと思っていたけど。
「んー、そうだねぇ。魔力量が少ない時は、常時発動なんて危険なだけなんだけどね。でも貴族家門や皇族だと、傍流でも三千以上は当たり前だからさ。ある程度使うことに慣れておかないと、魔力流脈の状態が悪くなっちゃうんだよねー。だから、魔力を抑えすぎると、溜まりもできちゃうしそのせいで身体に支障も出るんだよ……副長官みたいに『太る』方向の人は、男性ではなかなか珍しいけどね」
珍しかったのか、ファイラスさん……俺はてっきり、甘いものの食べすぎかと思っていたけど、魔法を使わなすぎてるってことなのか?
「人によっては、常時使える魔法を持っていないからなぁ。そういう時は、身体を動かして魔力流脈の巡りをよくすると放出魔力も少し増えるから余分に身体に溜め込まなくなる。タクトくんはまったく逆。流れが良すぎて溜まりがないのはいいんだけど、常時発動以上に魔力の自然放出が多すぎて身体が疲れちゃったままなんだよ」
過ぎたるは
原因は『筋肉量の不足』……ビィクティアムさんがあの魔力なのに、他の人達とほぼ変わらない生体放出量なのはちゃんと身体ができているから。
俺が今までなんとなく大丈夫だったのは、魔力を魔効素変換で補っていたことに加えてあちらの世界で『魔力なしでできあがっていた身体』が防壁替わりになっていたためだろう。
……もう、俺の『筋肉貯蓄』は、なくなってしまっているということだ。
やはり、プロテインとか作るべきなんだろうか。
でもなぁ、自分が作ったものを食べても俺の場合はあまり良くないって言われちゃっているから、誰かが作ってくれたまったく別の魔力や魔法のものじゃないと役に立たなそうなんだよな。
冬場は積極的に外門食堂で食べなさいって、ナナレイア先生に注意されている。
母さんからも、家ではいつでも食べられるからって他の食堂が開いている時間に外に出ていいよって言ってくれている。でもさー、うちの食堂を手伝うのも、今では俺の趣味のひとつみたいなもんでさー。楽しみなんだよね、食べてくれている人達の美味しそうな顔を見るのって。
だが、楽しみを優先して心配を掛けるというのも、本意ではない。
真冬は選択肢が減るのだから、お言葉に甘えさせていただこう。
あれ? 今、シュウエルさん『男性では』って言ったよな?
女性と男性って魔力流脈の形成に違いがあるってことなのか?
俺が疑問を口にするとシュウエルさんは、そーか、となんだか得心したような声を出す。
「タクトくんって、動物系・生体系の魔法や技能があまり……というか、ない、のかな?」
んんん? そういえば……ない、かも?
「『獣類鑑定』……くらいですかね? あ『身体鑑定』と『魔眼鑑定』は含まれます?」
「うーん……『魔眼鑑定』は聖属性だろうからちょっと違うし、他の鑑定系も基本のものだから体内の流脈とかまでは理解できないな。だから自分も含め、身体の内部魔力が解りづらいってのもありそうだねー」
確かに、俺が知っているのは『魔法がない世界』での身体の構造や働きであって、こちらの『魔法や魔力が影響する身体』ってものはよく解ってはいない。
それでも流脈にまで及ぶ治癒ができたり強化や耐性が付けられたりっていうのは、俺がそのために使っている魔法が『まるっと全部に作用できる魔法』だからだろう。
聖属性、神聖属性、神斎術……そして【文字魔法】……
ただ【文字魔法】の属性は解らないが、血統魔法ということならば『まるっと系』でも解らなくはない。
「動物関連や、医療、生体関連の魔法があるとね、魔力流脈や血流がどういう風に巡っているかを感じて調整ができるんだよ。体術にはそういう緑属性の魔法があると、どこをどうすればいいかがすぐに判る」
俺もそれは視えていた気がするのだが……いや、待てよ、視えていたのは『魔力』であって肉体の『脈』ではないな。
体内の魔効素とか
だから『ここに流れがないとおかしい』ってことは、解っていない。今現在、流れがある場所の異常には気付くが、止まった先は視えないし気付かない……ってことか。
そーか、分子が見えるハイパーな電子顕微鏡では、それより大きなものは捉えることができない……というのと同じかもしれない。
俺の神眼はミクロ特化に進化してきているから、大枠が視えないってことだな。水の分子は視えるけど、水道管が見えないってことだろう。
だから、マリティエラさんに教えてもらって初めて魔力流脈が視えたってのも、あると知ったから倍率が落とせたってだけなんだ。
ここでも『過ぎたるは……』ってことかぁ。とほほー。
「なーんか、タクトくんってなんでもできるから意外だったけど、そーだよなぁ、魔法として解らないから『理論』で考えるんだもんなぁ。俺達にはそっちの方が新鮮だったけど、考えたら納得だよなぁ」
「俺の魔法は……多分、緑属性だと植物特化だと思います」
「うん、うん、そうだろうな! 植物の魔力流脈と動物や人ではまったく違うから。でも、植物に長けている人の方が少ないんだよ。そういう意味でも、タクトくんの魔法はとても貴重だ」
……なんだか、俺の植物特化は食い意地が張っているせいな気もしなくもない……というか、それしかしない。そうか、お肉にももっと目を向けたら、なかなか段位が上がらない『獣類鑑定』が伸びそうだ。
医療関連なんてどうでもいいが、美味しいお肉については今後の研究目標にしなくてはいかんだろう。
「で、女性と男性の違いっていうのはね」
おっと、忘れるところだった。
話を戻してくださってありがとう、シュウエルさん。
「女性の方が、魔力流脈が増えやすいんだよ。妊娠をする……ってことも要因かもしれないんだけど、年をとっても魔力流脈が増えたり太くなるのは圧倒的に女性の方が多いんだ」
「へぇ……不思議……」
ホルモンとか、そういうものも作用しているにしたって、年齢に拘わらずというのは不思議である。
「適性年齢を過ぎて魔力の伸びが鈍くなると、魔法の顕現も少なくなるものなんだよ。まぁ……うちの長官みたいな『規格外』以外は」
うん、確かに『規格外』ですよね……俺もうっかり、そうなんだけどね!
「だけど、女性の方は適性年齢を過ぎると魔法の獲得は落ちるものの、魔力は増える人が多いんだ。だから丸みを帯びた体型は、魔力が多い人の傾向でもある。その上、女性は男性より放出力が少ない」
「……それって、女性の方が生き残りやすいってことなのかな?」
魔力が多いだけでなく、溜めておけるというのはこの世界では生存する確率が上がるということだ。
「そうかも知れないねー。同じ魔法を使っても、女性の方が使用魔力量が少なくてすむものも多いらしいし、自身にかける魔法も男より長い時間効果が持続するっていうし……でも、反面毒素とかも溜め込みやすくて、長期間体内に残りやすいんだよ。うっかり耐性があったりすると、痛みとかにも耐えられてしまって治療が遅れがちなんだよねぇ……」
だから、健康診断っていうのは、ものすごーーーーくよかったんだよ! と、シュウエルさんは拳を握り締めた。
どうやら不摂生が服を着て歩いているような衛兵隊員と医師の方々には、随分と有効だったようだ。そのことでいろいろと実感したのか、夏から冬にかけて医師組合が率先して各地区へ健康診断をしてまわっているという。
魔力は多すぎて発散されないと感情が不安定になるとか、溜まりができるとか、昔からいろいろ聞いてはいたけど男女差まであったとは……
そういえば、昔、ノロ・ロタウイルス事件の時もあの感染源の食堂の中で耐えきっていたのは……ふたり共、女性だったよな。
あの時の集められていた患者さんの状態、もっと気をつけて観察していたら違いが解ったのかもな。
……なんて言われたって無理だよ……苦しんでいたり具合悪そうって思ったら、さっさと全部治してあげたくなるものだもん。
ヒメリアさんも、あれほど溜め込んでても何とかなっていたのは……そういう『男女の身体的体質の違い』ってのも、あったのかもなぁ……
確か、教会の人達もそろそろ健診時期だったはず。
神務士さんたち……大丈夫かなぁ。
一番心配なのはアトネストさんとシュレミスさんなんだが、ご先祖にミューラ人がいるレトリノさんもそのことが魔力量に関連しているのだとしたら影響が残っている可能性もある。
世代を経るに従って毒素が強くなったり蓄積していったり……なんてものがないともいえない。
そういえば、司書室に魔力と体力の関係を解説している本とかないだろうか?
セラフィエムスの蔵書の方があるかな?
でも、セラフィエムスの方は、専門的な医学書って感じのが多かったからまず教会を見てみようか。
まだ衛兵隊施設で訓練してもらうまでには時間があるみたいだし、明日辺り買い食いしつつ行ってみようかなぁ。
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