第十一章 つむぎつなぐみち

第533話 魔力を入れない筆記方法

 はい、絵本コンクールから二日が経ちました……

 体力回復していないのに魔法の使い過ぎだとナナレイア先生と医師組合長ドルーエクス医師がっつりに怒られて、昨日と今日はおうちでお休みです。


 お休みとはいってもロードワークと買い食いはしなさいと言われているので、この時期は殆ど食べもの屋さんがなくなってしまう東市場ではなくて南東市場方面へ。

 最近、人参と芋と玉葱をじっくり煮込んだ燻製肉たっぷりのポトフみたいなのを出してくれる屋台を見つけましてね。

 俺のお気に入りなのですよ。


 もうそろそろ試験研修生もやって来る頃なので、衛兵隊は忙しそうだが町中のパトロールを休む訳にはいかない。

 そういう方々の憩いの場ともなっていて冬場でもやってる美味しい立ち食い店や屋台などが、この南東市場界隈で多いと教えてもらったのだ。


 毎年この時期ってうちでの保存食作りとか、備蓄品の管理計画とかであんまり外には出なかったんだよねー。

 損していたなぁ……こんなに美味しいものが、あちこちで沢山あったなんて!

 ま、そりゃあ? 母さんが作るものの方が美味しいですけどね。


 おおー、今日もいい香りー。美味しそーう!


「タクトは最近、随分来てくれるなぁ」

 そう言ってちょっと多めによそってくれたのは、この店の主で料理人のスーシャスさん。

 うちにも食べに来てくれていたのだが、今まで手伝ってくれていた息子さんが成人し大工の修行でエルディエラに行ってしまったので昼間に来てくれなくなってしまった。


 朝食の屋台もやっているせいか最近は人手不足で、なかなか他の食堂が開いている昼食時間に食事に出られないのだとか。

 だけど最近自分が軽く食べてから、他の店のランチタイムより少し遅めに店を開くということで、また時々だが食べに来てくれるようになったのである。

 そして朝食屋台だけでなく、うちのランチタイムが終わる頃に店を開けてくれる、俺にとって大変貴重なお店なのだ。


「時間的にも美味しさも、この店は最高なんだよ……このくらいの時間に開けてくれる、美味しい店ってないんだもん」

「普通は、この時間だと菓子か夕食準備だからな。うちぁ、もう夕食をやらなくなっちまったからなぁ」


 材料の備蓄量によって冬場は夕食だけとか、昼だけという店が多くなる。

 特に冬の初めだとみんなセーブするから、陽が落ちて寒くなってしまう夕食をやっていない店が多くなるのだ。


「タクトんとこは、いつまで夕食やるんだ?」

「雪が降らない時はやるつもりだけど、今年は雪が多そうだって言ってたよね。隧道次第……かなぁ」


 そうなのだ。

 今年はあの大雪災害の時以上に、早めに雪が来るのではないかと言われている。

 西の海で嵐がなかなか収まらない年は、その傾向が強いのだという。

 確か、随分と長いことガイエスが『嵐で渡れない』って言っていた気がする。


 そのせいもあって、今年は試験研修生を迎えるのもいつもより少し早めるということになった。

 毎年待月まちつき十五日前後だが、もう明日八日にはシュリィイーレに着くらしいのだ。

 レーデルスとシュリィイーレを繋ぐたった一本の山道が、既に凍り始めているのかもしれない。

 おそらく、試験研修生受け入れが済めば、すぐにでも東門閉鎖になるのだろう。

 今年の冬は……長そうである。



 家に戻るとスイーツタイム終盤。

 ちょっと手伝ってから、スイーツタイム終了後は部屋に上がって果物か豆類などを食べながらデスクワークだ。

 あ、雪が来る前に運んで貰いたいから、陛下宛の御礼状も書いておこう。

 いただいた背表紙絵画のシリーズ本、大人気だからね。


 そして、前・古代文字の辞書は、順調にできてきているのでもう少し。

 その他の翻訳作業は慌てるものがないのでちょこちょこ続けているのだが、問題は『本来皇国のものではない伝承』の本を作ることだ。


 ……誰かに頼めればいいのだが、如何せん『この伝承は皇国のものじゃない可能性があるから俺は書けません』と断言できるほどの証拠もまだなく、うっかり書いてしまってからやっぱ違ってました、はまずいと思われる。

 俺が『教会輔祭』なんてものじゃなければ大丈夫なのだが……


 俺が書いた文字から、魔力を抜くというのも試してはみた。

 だが、俺の文字は俺の魔法そのものであるせいか、魔力が抜けると色も抜けるし短時間で消えてしまう。

 あの物品を出した時のように、薄いグレーになって消えてしまうのだ。

 インクでも色墨でも駄目とは……

 ということで、俺の魔力が文字に入らないように本を作らねばならないのだが、筆記を誰かに頼む訳にもいかない。

 しかし『人』に頼めないのであれば、残る手段は『道具』に頼るということになる。


 俺が手書きをするから、文字に俺の魔力が入る。

 しかし、書くのが『道具』ならば、俺の魔力は入らないはず。

 そして筆記者の魔力が文字の中になければ最後に『閉じる』だけの魔法でいいので、それが教会第一等位輔祭であったとしても『これは改竄防止と本という形の維持のためだけですよ』って理由が通る。

 更に、これが皇国ものでないと確定したら『これは皇国以外の伝承』という『否定の証』としてのものにもできるのである。


 神典は各国共通だが、神話は国ごとに違う……ということが証明されれば、今はもう血統を繋ぐことができなくなってしまった他国の英傑や扶翼達の輝かしい時代の神話も残せるのではないだろうか。

 皇国の神話と混同さえしなければ皇国の教会は『他国不干渉』の神典の言葉通り、その伝承を守ったりすることはなくても否定する理由がなくなる。

 まぁ、そこ迄壮大な思惑ではなく、ただ単に『他国にもまったく違う英傑と扶翼がいたんだね』程度でいいのだが。


 というわけで、道具作りスタート。

 一番最初に思いついたのは、タイプライター。

 だが、俺がガシャガシャと操作するとやはり僅かながら魔力が入ってしまうのだ。

 俺が『手』を使うのが、駄目なのかもしれない。

 手は動作をすると魔力が最も多く放出される場所だから、影響が出るのだろう。

 てか、俺のだだ漏れ魔力が多いせいなのか?


 どうしたものか……と考えつつ、一度デスクを離れて地下のチーズ熟成庫でお世話をしていた。

 こういう時はちょっと頭を休めて、全然別のことをするのがいいんだよな。


 あ、このチーズ、イイ感じにできあがっているぞ。

 チーズを使って作る美味しいもの……よしっ、今日の夕食は牛肉でサイコロステーキガーリックソースだったよな。


 パンにチーズを入れて焼きましょうか!

 チーズブールみたいなパンは、みんなも大好きだし牛肉に牛乳のチーズは美味しいのだ。

 冬場に向けて、高カロリー万歳!

 このパン、保存食にしておこうっと。

 ふわっと温まると、中のチーズもほんのり温かくなって美味しいんだよねぇ。


 ……あれ?

 そういえば、保存食とかお菓子の袋に書いている原材料とかの文字には……俺の魔力が殆どというかほぼ入っていないよな?

 パッケージに書かれるものは、俺が一度書いたラベルを自動複写している。

 原本からの複写だと……なんとなく、まだ文字の中に魔力がある。


 だが、【文字魔法】で指定した【集約魔法】方式の自動複写だと……魔力は文字には入らない。

 そうか、魔法がかかるのが紙とかパッケージの素材に対してだから、魔法の結果の現象として現れる文字は『俺が書いたもの』ではなくて『ただの印刷』と一緒なんだ。


 まず、俺が手で書く。

 それを複写して……元の手書きのものを破棄。

 複写したものを『原本』として……ただの【複写魔法】ではなく一度【集約魔法】を挟んで複製を作る。

 その複製品には、文字の中に全くといっていいほど魔力が入ってない。


 別方式の書きだしを挟んだことで文字は『記号』か『データ』……いや、ただの『映像』になる……ってことなのかな?

 あれか、画像ソフトとかで文字入力した後に、ラスタライズとかして保存方式変えちゃうと『文字』として修正できなくなる感じ?


 ……うん、これだと俺の文字と同じ形だけど、俺が『書いた』ものではないって認識になるな。

 ちょっと手間だけど。

 それと、初めに俺が書いたものが残らないようにしないとまずい。

 だがこの方法だと原本も文字に魔力がないから、本としてできあがるまで紙の魔力だけで『書かれた映像』としての文字を支えることになり、経年劣化などでの色褪せがかなりある訳だ。


 なるほどー、千年筆以外で普通の人が書いた文字や方陣ってのはこういう感じなのかー。

 だから一番最後に、文字に使われた色墨に対して魔力を注いで書いた人を登録し、更に契約などで使われる『固定化』の魔法が必要になるってことだな。

 そして、固定化の魔法が切れかかれば、文字に入れた魔力の自然放出が始まる訳か。

 そのせいで文字の一部分が欠けたり、文章自体が消えてしまう部分もあるってことなんだなー。

 書かれた文字の色墨の量も均一ではないし、羊皮紙も厚みや作られ方などで完全にすべての箇所で同一の魔力が保たれる訳じゃないもんな。


 別の方法も、試しにやってみようか。

 一番最初も俺の筆記ではなくて、俺の書いた『見本文字』をこの本に書かれた文字の順番に並べる……というような『変換』を指示した【複合魔法】を組む。

 つまり『フォントを差し替える』のと同じように、明朝体をゴシック体に一括変換! みたいなことをしてみる。


 おおおっ!

 俺が書かなくても『俺の文字』で、新たな『原本』ができたぞ!

 しかも、この原本も紙自体に俺の魔力が残りはするが、文字には入っていない!

 差し替えは筆記ではない、ということだな。


 よーし、このどちらかのやり方なら、他国の物語を書いても大丈夫そうだぞ!

 何枚か試しに作って、俺の魔力が感知できるか確かめてもらおうかな!

 この世界の筆記者特定が『文字の形』じゃなくて『魔力感知』だから通じるやり方ってことだよね。

 方陣札とか契約書とか、魔力を如何に多く入れるかっていうのが最も重要なことなのに、正反対のことしようとするから大変なんだよ。


 ……あ、フォント差し替え方式だと、たまに誤変換がある。

 元の文字がくっついて別の字に見えたり、掠れてたりしてると近い文字に予測変換しちゃうのか?

 しまった、これだと校正がちょっと大変かも。

 むむむ、どっちも一長一短、か。

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