第531話 『継ぐ』者

 各所に衝撃をもたらした、レドヴィエートくんとセラフィエムス卿の詳録発表の翌日。

 ビィクティアムさんがしれっとうちに食事に来て、持っていたトレーを落としてしまうほど吃驚した。

 いいんですか、こんな所にいてーーーーっ!


「ああ。皇家と十八家門では既に知られていることだからな。すぐに『生命の書』の精神系魔法についても、中央教会から発せられる。そちらの方も、臣民達の興味を引くだろう」

 いやいや、ご自身をエンタメかのように……まぁ、臣民にとってはエンタメかもしれないが。


 シュレミスさんとか、ご詳録を全部覚えたりしそうだなぁ。

 所謂『オタク』って分類には、俺も親近感を感じるからね。

 俺だって充分、万年筆オタクだし、インクオタクだもん。


 だけどあの詳録、覚えたとしたらちょっとした魔法博士になれそうだよ。

 もう、レシートどころの騒ぎじゃなかった。

 神様ってば、はしゃぎ過ぎだよ。

 巻物にでもすべきですよ、あれは。


 カルティオラ神司祭の『拡影の魔眼』でも一回で全体を見られなかったのか、三ページくらいになっていたもん。

 あれだけ魔法があっておまとめ機能が働いていないということは、魔法だけでなく技能も揃わないと駄目ってのは明白だな。


 技能って魔法以上に『経験』が重要なのかもしれない。

 お貴族様だからこそ、まったく経験していないってこともありそうだしそれこそが必要なんだろう。


 なぜ、まだ全皇国内の教会で詳しい詳録が掲示されていないのに俺が解ってしまっているかといえば……どうも、セラフィラント公ったら撮影機を持ち込んでいらしたみたいでしてね。

 孫の初詳録もそうだが、自慢の息子の晴れ姿を録画して繰り返し見たかったんでしょうね。

 俺の手元にもその映像が、転送されてきていたんですよ。

 ふほほほほほ。


 父さんと同じ『料理技能』……出ていた……『調味技能』まで。

 悔しい。

 俺も簡易調理魔具、使おう。


 しっかり段位も全部映ってて、当然ながら『極冠』『極位』のオンパレード。

 段位説明が『星々の加護の書』に載っててよかったよねぇ。

 じゃなかったら、貴族の魔法網羅の『名鑑』を発表しないとならなかったかもしれない。

 ……そうしたら、レイエルスの『絶対遵守魔法』が解ってしまって、これまた大混乱になりそうだ。


 どうやら、レイエルス侯もレイエルス神司祭も【天水魔法】が『絶対遵守魔法』であることは当分明かさない方向でいくみたいだった。

 今後はどうするか解らないけど、現時点では考えていないってことらしい。

 一族のプライドより、皇国の安定と安寧を考えてのご決断だろう。


 どちらの家門もまこと『皇国のために生きる』大貴族に相応しい覚悟のある方々だ。

 すべてを明かして矢面に立つセラフィエムス、すべてを飲み込んで陰から支えるレイエルス、か。



 さて、そのレイエルス家門傍流の方々が三家族、シュリィイーレにいらっしゃる訳でして。

 既にレイエルス神司祭とレイエルス侯から、遊文館への協力をしてやって欲しいという手紙を受け取っていただいている。

 本日は、そのお伺いに南東地区を訪ねているのだ。

 住所を聞いているだけで、ひとりしかお名前を伺っていないのだが……

 あー、初めての方々だから、緊張するなぁ。


 実はお伺いしますと連絡を差しあげた時に、皆さんお集まりくださるということで指定された南東市場近くの南東・茶通りにやって来た。

 こちらにお住まいの方はトーエスカさんと仰有る、父さんよりちょっと上のおじさんだ。

 父さんより上の世代っていうと、ロンバルさんくらいかなぁ……いや、もう少し若いか。


 緑通りからちょっと東の茶通りに入ると、落ち着いた雰囲気で大きめのお家が並ぶ。


「あー! こっちだよぅー」


 あれっ、なんか見覚えがある人だな……ああっ! 

 よく自販機スペースで見る『苦い』メニューを買っていくおじさまじゃないか!

 黄花清白ルッコラが入った時、もの凄く喜んでくれたんだよなぁ。


「こんにちは、いつも保存食買ってくださってありがとうございます」

「はははっ、覚えててくれたんだねぇ。僕はルシェルスにいた期間が長かったから、黄花清白は懐かしくて嬉しかったよー」


 よかったー。

 ちょっとでも知っている方がいると、気持ちが解れますよー。

 家の中に通されて、皆さんが集まっていらっしゃるという居間に……あれれれー?


「ミシェイラさんとリオルテさん……」

 こちらは千年筆のお得意様で、俺が作る『高級仕様』を何本かお求めくださっている。

 既に遊文館にもいらしてくださっていて、子供達に大人気のおば様達だ。

「ほほほほ、トーエスカはわたくしの夫ですのよ」

 ミシェイラさんと苦い物好きのおじさまがご夫婦でいらしたとは……


 そしてリオルテさんの夫は……

「まさかエッツィーロさんがレイエルスご家門とは思っていませんでした……」

「はっはっはーっ! 猟師組合でも西門でも、よぅ顔を合わせたなぁ」


 自警団の人って、エッツィーロさんかぁ。

 うん、がっしり、筋骨隆々感はレイエルス侯にとても似ているな。

 そしてもうひと方はこれまたうちの常連さんで、チョコレートホリックの商人組合組合長ベンデットさんとタメ張るチョコ好きイツィオルさんだ。

 みんな知っている人達ばっかりじゃーん!


「……感謝しとるよ、タクト。おまえさんが『レイエルス』を次の世代に継いでくれて」

 エッツィーロさんの言葉に、皆さんが微笑む。

「やっと、始められたばかりです。全部これから、なので、お力をお借りできますか?」

「まぁま! 楽しみですよ」

「そうだねぇ、僕も子供達が遊び回っているのを見るのは大好きだから、この話はとても嬉しかったよ」


 蔵書を保管しその知識を継いでいくことは、容易いことではない。

 レイエルス家門は領地も民も持たないからこそ、その歴史と知識を一箇所に留めて守ることはできなかった。

 だから家門の多くの方々が、言葉で伝え続け文字で書き記して広く多くの場所で一族の叡智を繋いできた。


 同じものを何冊も書き記してあらゆる教会司書室に保管し、どこで何があっても途絶えないようにしてきたのだ。

 だからこそ、子供達へ伝え残すことにとても価値を見出していらっしゃる方々ばかりなのだろう。


「遊文館では、本と『読む』『書く』『見る』『描く』ということを楽しんでもらえるように、文字と絵で遊びつつ学べるようにと考えています。なので、皆様には子供達の様子に注意を払っていただきながら、子供達が楽しんで学べる手助けをお願いします」


 きっと本を読んで、疑問に思ったことなんかを聞いてくる子もいるだろうし、読めない単語を教えて欲しいって子もいるだろう。

 ここにいらっしゃる皆様は既に遊文館にご登録ということなので、現場でどのようなことをしていただきたいかご案内致しましょう。

 それでは『移動の方陣』で、サクッと参りますよ!



 遊文館に入れる大人達の目標方陣鋼は、広めのエントランスに置いてあるのでそこに辿り着く。

 エントランスからは必ず衛兵隊員が通行を見てくれている『受付』を通過しないと本が置かれている中には入れない。

 子供達の目標方陣鋼は、本が置いてある館内に設置されている。

 ノーチェックで入れるのは、子供達だけだ。


 目標の方陣鋼は完全に重なって置いていなければ、同時に辿り着いても他の人とぶつかることはない。

 重ねて置いてあったとしても、一秒の誤差もなく同時に飛んでくることの方があり得ないだろうから、ほぼぶつかるなんてことはないのだが。

 それは『目標のある部屋の空いているスペース』に飛ぶように指示してあるからだ。

 これは他の方陣の魔法と同じで、呪文じゅぶんで魔法の範囲指定をしているからできることだ。


 そしてここから出る時に、本を隠し持っていたら移動の方陣鋼は使えないように設定してある。

 黙って歩いて表に出ようとしても本だけ館内に戻ってしまうし、本はあらゆる魔法を受け付けなくしているので【収納魔法】に入れることもできない。

 この辺は魔法法制省院や教会にも、セキュリティとして納得してもらうための措置だ。

 本を持ち出させないこと、が一番らしいからね。


 図書室内では、早速お子様達がわちゃわちゃ遊び回っている。

 ちょっと年上の子達は、サイレントスペースで本を読んでいる子もいる。

 今日はヒューエルテ神官とダリューさん、そしてエイドリングスさんも来てくれているしお母様、お父様方も大勢いるから、子供達の見守りも問題なさそう。


 遊んでいる子供達を見て、リオルテさんとイツィオルさんが不思議そうに言う。

「あら、あの子達の遊んでいるもの、面白そうねぇ」

「なんだい? とても柔らかいみたいだね?」


 本当は積み木みたいなものでも用意しようかと思ったのだが、家にあるものをここに置くよりここにしかないものにしようと思った。


「あれはルシェルスで採れるもので、セラフィラントから運んでもらった生ゴムエヴェアから作ったんです。中に空気を入れて膨らませているんですよ」


 風船タイプとスポンジタイプの、大小のボールとか角が丸っこい四角とか三角とか多角形のふわふわなクッション的なものを作ってみました。

 子供って意外とモノ投げるし、乗っかるしで硬いものは置きたくなかったんだよね。


 口にするとにがーい味がするように、苦味成分入りです。

 ……色合いをパステル調にしたせいで、ちょっとドラジェっぽくて美味しそうになっちゃったから対策してみました。


 あっちの世界でも子供が口にしないようにって、玩具の小さいパーツに苦い味をつけてるって聞いたことがあったからさ。

 書道教室で筆の端っこ噛む子がいたよなぁ……あの子……上手く書けないとすぐ筆、噛んでたなぁ。

 筆にも苦い味付けられたらいいのにーって、思ったんだよなぁ。


 おっと、皆さんにやっていただきたいことの説明をせねば。

 基本的には、皆さんの中からローテーションで毎日おふたり来ていただく。

 ……まぁ、毎日何人でも来ていただいていいのだが、必ず来てねって人をふたり決めておくのだ。


 暫くは神官さん達と、衛兵隊員、自警団からひとりずつヘルプが来てくれる。

 衛兵隊の方には受付で『大人』の来館者に対応してもらう。

 館内で危ないことをしないように、自警団の方には見回りをしながら歩き回ってもらう。

 監視対象は、こちらも『大人』である。


 子供に対応してもらうのは、神官さん達とレイエルスの皆さん達。

 毎日おひとりずつ来てもらう神官さんには、手習いを教える時間と本の読み方を教える時間を取ってもらうようにするつもり。

 もう少ししたら、俺の『書き方講座』も開設する。


 そして今、フーシャルさんを始めとする画家の方々の中で、子供達に絵を教えてもらえる方がいないかも検討していただいている。

 これは、絵本コンクールの最終審査結果発表が三日後なので、その時にも募る予定だ。

 勿論、この施設の維持管理にも協力してもらう。


「できるだけ『子供達の前で』清浄や『洗浄の方陣』を使って掃除をしていただいたり、魔法を使って見せてあげて欲しいのです」

「魔法を、ですか?」

「はい。子供の内から、魔法の良いところも悪いところも『大人に聞いて確認』して欲しいんです。そのためには、方陣札の使い方や魔法をより多くの、いろいろな使い方を知っている方々が教えてあげて欲しいんです」


 魔法でどんなことができるか、何をしてはいけないのかっていうのが少しでも解ると、子供は大人より好奇心が旺盛だ。

 当然『知識』を欲しがるようになる。

 遊文館は、それを提供するための施設だ。

 まず子供達に魔法には知識と経験が必要なのだと、知ってもらわなくちゃいけない。


「シュリィイーレの子供達とその未来に『魔法』をより多く継いで欲しいのです」


 リオルテさんがエッツィーロさんを見つめて微笑み、エッツィーロさんが全員を見渡して頷く。

「レイエルス侯の仰有った意味がようやく、解った」

 え?


「侯も聖神司祭も、君が『継ぐ者』だと仰有っていた。もしかしたら、君が我々と同じレイエルスなのかとも思ったが……もっと大きな意味だったのだな」

「……継ぐのは、俺ではなくてシュリィイーレの子供達ですよ」

「その子達と私達とを『橋渡しつなぐもの』だよ、タクトくんは。それにさ、君だってまだ子供なんだし、充分継いでもらえると思うんだけどなぁ」


 いやいやいやいや、さすがにもう、二十九になりましたし?

「ふぅむ、身体の年齢に随分と拘るな……ああ、そうか、まだ適性年齢前だから『感じられない』んだな、君は」

「……? 何を、です?」


「確かに成人の儀で『大人』として区切ることはあるよ。だけどね、適性年齢を過ぎたとしても『成長途中』にある者は『子供』なんだ」

「ほほほほっ、言葉が悪いのよねぇ、子供っていう。未熟な者という意味ではないのよ?」

「そうよ、どちらかというと『可能性がある者』ということねぇ」

「そーいう意味じゃ、セラフィエムス卿などもまだまだお若い」


 エッツィーロさんが言うには、適性年齢を越えると自然放出魔力の……波動、のようなものが変化するらしい。

 その変化は、身体ができあがり魔力流脈がほぼ完成するのを意味しているという。


「そうなるとな、魔力の増え幅が少なくなるから放出される生体魔力量も少なくなるし、獲得魔法による変化もあまりなくなるから所謂『落ち着く』という状態になるんじゃよ」


 そして、他人のそうした変化を感じ取れるのも三十五歳から四十歳になる頃で、自分自身が『落ち着かない』と解りにくいのだそうだ。


 なるほど……俺がここに来た時からずーーーーっと『子供扱い』なのは、魔法をパカパカ獲得しているせい……な訳か。

 そうだよなぁ、きっと俺の中の『魔力流脈』なんてものができたのだってこの世界に来てから神様が作ってくれたんだろうし、そこに魔力が流れ始めたのだってその時からだ。


 ……あれ?

 だとすると、当初の十九歳っていう魔力の認定は、俺自身の魔力の流れってんじゃなくて【蒐集魔法コレクション】の中に入っていたものが持っていた魔力……?


 確かに、そう考えるとなんか納得だ。

 俺がずーっと空き瓶をとっておいた『コレクション第一号』のインクは、俺が九歳の時にお小遣いを貯めて買ったやつだ。

 ……つまり、この世界に初めて来た時の俺のコレクション歴十九年。


 異世界転移当時、俺には魔力なんて自身の身体に、ほぼ流れていなかったに違いない。

 ならば、魔力を帯びていたコレクションの中に入っていたものの年数が、鑑定板の魔法に『年齢』として読み取られたってことも考えられる……


 となると……俺の身体……肉体に作られている魔力流脈の年齢は、やっと十歳そこそこ……?

 俺自身があちらから移動してきてしまった『大人の身体』だったから……勘違いしていたけど、魔力流脈が全くなかったんだから育ってなくて当然だよな!


 ナナレイア先生に『まったく違う魔力を持った人の作ったものを食べなさい』って言われたのも、子供達が魔力流脈と身体を整えるのと同じ理由ってことか!

 なのに、神聖魔法とか神斎術とか使っちゃっていたら、そりゃ流脈ぶっ壊れるわ!

 その修復がメインになるんだから、体力足りなくなって当然だわ!


 改めて、誓います。

 この冬の目標、フィジカル・ケア。

 沢山食べて、衛兵隊で基礎訓練!


 俺の身体、こんなにも子供みじゅく過ぎだとは思っていませんでしたよーーーーっ!

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