第530話 準備、万端

 ガイエスがシュリィイーレを出て三日が経った。

 一気に冬に近付いた気がするので、あいつの判断は賢明だったのだろう。

 今年はいつもより早く『雪』が来そうだ。

 大雪の警戒レベルは上げておかねばなるまい。


 今まで、食材を俺の魔法で複製するとすべて俺の加護色の『青』になってしまっていたのだが、その後ひと月ほど『鮮度を保ったまま保管』しておくことで元々その食材が持つ色相が戻ってくることが解った。

 戻るとはいっても、すべて元通りという訳ではない。

 三割くらい元の色が復活するという程度で、青が強いのは変わらない。

 だが、予め複製を作って保管しておけば、非常時にもある程度の色相を補完することができるということだ。


 なので肉類や葉物野菜は、冬前にガッツリと複製をキープしておくことにした。

 加工した後の複製が元の色に戻ることはないので、素材のうちに複製をある程度作っておくことは大切だ。

 そして芥子菜、水菜、黄花清白ルッコラは、地下で温度管理と日照管理をしつつ栽培している。

 俺の魔法なのでやはり青みが出るが、土の肥料さえきちんとしておけば複製品よりは青が強くはならない。

 この辺は、今後も観察が必要だな。


 本日は朝イチで今年最後のウァラクからの卵とジャガイモをテトールスさんが、カカオをエイリーコさん達が運んできてくれた。

 皆さん、寒い中を本当にありがとう!

 そして今年のお礼と、マリティエラさんの出産祝いで作った祝い飴もお渡ししたらもの凄く喜んでくれた。


「お祝いモノ、いただけルと、翌年ずっとシアワセといいまスから、とてもとても素敵ですノね!」

 リテアさんからそう言ってもらったのだが、それは初めて聞いたなぁ……あっ!

 マイウリアの伝承かな?


「リテアさん、エイリーコさん、もしマイウリアの伝承とか神話をご存知だったら、マイウリア語で書いておいてもらうことってできますか?」

 おふたりはきょとんとしたが、すぐに笑顔で『いいでスノよー』と了承していただけた。

 よっしゃっ!

 ガイエスのマハルとは違う町だから、微妙に伝承が違う可能性があるよな。


「テトールスさんも、もしお婆さんからウァラクの御伽噺や伝承を聞かせていただけるなら……お願いしてもいいですか?」

「はいっ! 婆ちゃん、話し好きなんでいっぱい知ってますよ!」


 よっしゃー!

 民間伝承は本になっていないものも多そうだから、嬉しい!

 ではでは、皆様には千年筆セットと樅樹紙のノートを進呈。

 こいつで是非是非、たーくさん書いていただいて、来年の春にでも持って来てくださいよ!

 そして皆さんを笑顔で見送り、ランチタイムの準備に入った。


 ランチに来てくれたメイリーンさんに、今日の夕方で大丈夫かリマインドを取る。

 ファロアーナちゃんの神餌の器に蒔絵を入れるのだ。

 メイリーンさんからノープロのお返事をいただいたので、スイーツタイム後に材料を準備。

 俺が名前を、メイリーンさんが加護の花を描く。


 ……上手いんだよね、メイリーンさんも絵が……

 特に草花の絵とか。

 薬を作る時とかに、原材料の状態をスケッチするのだそうだ。

 今度、図鑑の絵も協力してもらおうと思っている。

 お家デートができるじゃん? それだと。


 そして夕食準備の少し前に、こちらも今年最後のセラフィラント便が到着。

 牛乳と海産物、オルツからの柑橘類とリエルトンからの階樹緑果ピスタチオやカルラスからの生姜も届いた。


 あっ、無花果も入れてくれてる!

 鰯、鮭、鰊……おおーーっ、毛蟹ーーっ!

 今年も万全の態勢だ。

 大雪でもなんでも、どんと来いだぜっ!

 あ、お魚も少し、複製しておこうっと。

 遊文館におむすびとかいっぱい入れておくから、鮭が沢山欲しい。



 夕食後、メイリーンさんと一緒に父さんの工房を借りて蒔絵作り。

 ……父さんと母さんがちょこちょこ覗きに来る。

 まぁ、いいのだが。

 漆器はしっかりと硬化させていれば、気触かぶれることなどないもの凄く素晴らしい器だ。

 お食い初めには相応しいものである。


「タクトくん、これで平気かなっ?」

「うん、じゃこっちは銀粉を蒔いていくよ」

「次の絵は、金粉よね」

「刷毛も使って……あ、上手い」


 今回は金と銀の平蒔絵だ。

 色漆を使わない、シンプル仕上げ。

 乾漆作業は俺の魔法でやってしまうので、研ぎと磨きがメイン作業になる。


 本当はまだ夜光貝の薄貝が残っているから、一部に螺鈿を入れても綺麗だと思ったのだが金銀のみの『めでたい』感じがいいかな、とメイリーンさんとふたりで決めたのだ。

 螺鈿を使ったものは、また別の機会に作ってあげよう。


 紙やすりなどの研ぎ道具と、磨き用のものは魔石の研ぎをするのでシュリィイーレの人達は結構手慣れている。

 凄いよね、【加工魔法】がなくても、『研磨技能』とか『成形技能』なんかを使って石が磨けちゃうんだよ。


 あの大雪の時以来、研いだり磨いたりして『魔石を整える』ことで魔力保有量が多くなりもちがよくなるからと自分達でやる人達も増えたのだ。

 きっと、そういう方々は魔法の顕現もあるに違いない。

 おっ、輝きが出て来たぞー!


「うわぁ、綺麗になるのね……!」

 磨くと蝋黄花が金色の輝きで浮かび上がる。

 そして銀色に浮かび上がるのは竜胆だ。

 ふたつの花が描かれているのはファロアーナちゃん用。

 勿論、お名前も入っている。

 ライリクスさん用には蝋黄花ろうおうか、マリティエラさん用には竜胆りんどうだ。


 もの凄く綺麗にできたなぁ!

 やっぱりステンシルより、筆でかいた方が味があっていいなぁ……

 俺の周りの人達、絵が上手い人が多過ぎる。


 メイリーンさんが、喜んでくれるかなぁ、と呟くので当たり前だよ、と答える。

 できあがった器を眺めながらメイリーンさんはずっと笑顔だ。

 俺は、この笑顔が隣にあるだけで充分だなぁなんて、改めて思ってしまった。

 ……ライリクスさんのこと、言えないなぁ。


 依頼品ではあるけれど、これは俺とメイリーンさんからファロアーナちゃん誕生のお祝いとしてプレゼント。

 どうか、一生素晴らしい食に恵まれますように。

 ま、俺が絶対に、美味しくて身体にも魔力にもいいものを食べさせるけどね!

 食事に関してだけは、あの夫婦にまったく信頼がないからね!



 そして翌日朝、できあがった器とマリティエラさん用の完全栄養食を追加でお届け。

 母乳で育つこの時期は、お母さんの栄養状態が最も大切なのだ。

 勿論、おふたりは漆器も蒔絵も途轍もなく喜んでくれた。

 特にライリクスさんは『お揃い』ってのにいたく感動してくれたようである。


「そうよねぇ、貴族家門では父親と娘が『お揃い』のものを持つなんて、あり得ないもの」

「じゃあ……母親と息子も?」

 残念だけどそうね、と微笑むマリティエラさん。

 ……そっか。


 レティ様と息子さんで……何かお揃いのものを用意してあげよう。

 たった、五年なのだ。

 そのあともまったく会えない訳ではないだろうが、ずっとは一緒にいられない。

 ビィクティアムさんもそうだったらしいが、子供の頃は父親より祖父と一緒にいることの方が多いようだ。


 まぁね、父親はまだ本宅で仕事をしていないし、仕方ないんだろうなぁ。

 何がいいかなぁ。

 三人がちゃんとお互いを感じられるものって……何があるだろう。


 そんなことを考えていた正午にセラフィエムス卿第一子の名前と詳録が発表になった。

 そうか、今日は待月まちつき一日……半月経ったからか。

 名前は『レドヴィエート』で、第八代セラフィラント公からとられたものだ。

 第八代は医療において非常に領地に貢献し、毒物研究所を立ち上げて魔毒の解明に尽力なさった天才と言われている方だ。


 そしてその詳録は、大いに人々を驚かせた。

 セラフィエムス血統魔法のひとつである【焔熱魔法】を持っていたからである。

 生まれたその時から、彼は『セラフィエムス』なのだ。


 ……どうやら、これはビィクティアムさんの時と同じらしい。

 だが、並位魔法もいくつか持っているので、ビィクティアムさんの時のように『魔法がまったく使えない』という事態は防げそうだ。


 魔力は……生まれた直後だというのに七百八十越え……

 普通の貴族の子供でも五百から六百ないくらい、ファロアーナちゃんは六百二十ほどでこんなに魔力が多いなんて、とテルウェスト司祭を驚愕させたらしいから破格であることは間違いない。


 そして更なる驚愕は……同時に発表された『星々の加護の書』と、それに記載されている魔法の獲得者が既にいるという事実。

 そう、セラフィエムス・ビィクティアム卿の詳録公開である。


 ああ、王都の大混乱が目に浮かぶようですよ……

 省院の皆様、ファイト!

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