第529.5話 ビィクティアムとファイラス

「やれやれ、なんとかアーメルサス関連は一段落、ですかね」

「ああ、そうだな……まったく、あのおっさんは相変わらず暴走しやがる」

「タクトくんに監視撮影機、頼んでおいたのは正解でしたねぇ。で、本当にいいんですか? 王都への越領門を冬期閉鎖してしまって」

「構わん。遊文館関連がいろいろ伝われば、今回以上に他の聖神司祭様方も動きがあるやもしれんからな」


「驚きました。まさか、あんなにも本が集まるなんて」

「王都以上だな。これからも増え続けるだろう。リヴェラリムはどうすると?」

「傍流にも一斉に声がかかりましたよぉ。ウチは少なめでしたが、父は蒐集癖がある方なんで手放すのを嫌がってて」

「すぐに戻っては来ないからなぁ……早めに子供達に読ませたいものや、面白そうなものがある家門からやる、なんてタクトも言っていたし」


「うちより絶対にセラフィエムスの方が面白そうなものがありそうですね……だいたい、セラフィエムスの蔵書量が異常なんですよ。なんですか、三万って。うちなんて千ちょっとですよ」

「それだけでなくまだまだ入るという、あの遊文館の規模も尋常ではないし良さそうな本は随分あったな。しかし、試験研修生がいるうちはゆっくり読めんな」


「今年も去年と同様に二十人程度ですが、元従者家系は六人ほどですね」

「家系魔法保持者や魔法師は?」

「魔法師はふたりですが、家系魔法保持者はいません。その魔法師もひとりが元従者家系、もうひとりは従者ではありませんが両親共に衛兵隊騎士位ですね。それと、去年落ちた再受験合格者が四人、いますよ」


「ほぅ! 去年の試験研修生か?」

「はい、四人とも二度目のシュリィイーレの冬ですねぇ。今年は去年よりいろいろ厳しいですから、頑張って欲しいです。僕が弓を見ていた子がふたりも受かっているんですよぅ、ふふふっ」


「今年はタクトに授業などをやらせるつもりはないが、映像であいつのことは見るだろう。まぁ、接触はないとは思うが気をつけておいてくれ」

「タクトくんが、体術の基礎訓練参加で衛兵隊訓練施設に来るんでしたね。試験研修生訓練場と近いから……配慮しておきます。そういえば、ガイエスくんもオルフェルエル諸島に向かうみたいですね。ウァラクに入ったようです」


「そうか。あいつの偽造証の件は、シュツルスに文句を言わんと」

「まさかそのまま、持っていていいなんて言うとは思ってませんでしたねー。まぁ、他国に魔法師と知られるよりはマシでしょうけど【収納魔法】に正しい身分証が入れられたままだと、何かあっても探知どころか【顕智魔法】でも探せないですからねー」

「あの偽造身分証は冒険者ではなかったから、冒険者組合に立ち寄っていれば解るだろうが……オルフェルエル諸島は確か、今は冒険者組合が殆ど稼働していなかったな?」


「探検援助機構団が思ったほどは動けていないようなので、最近はまた冒険者組合も再開しているようですが……ガイエスくん、特に冒険者組合に行く用事もなさそうです」

「金の引き出しに行くんじゃないのか? オルフェルエル諸島では役所での皇国貨扱いはなかろう」

「オルフェルエル諸島で皇国貨を持っている方が危険そうですから、彼なら使わない気がしますよ。そういうところの危機管理能力は、高いんじゃないですかね」

「……なるほど。金段一位というのはそういうものかもな。冒険者という者達のことは、俺達では解らぬことの方が多いな」


「オルフェルエル諸島がどうなっているかは、こちらでも調べています。ミューラやガウリエスタの難民たちは、あの島々の無人島に入っているそうですから」

「アーメルサスもか?」

「いいえ、そちらは……逃げ出す者が少ないようです。あの憂国騎士ってやつらが持ちこたえているのか、それとも入ってきた『敵国』が、上手いことまとめているのかは解りませんが」


「赤月というのは、どうなっている?」

「それについては解らないことだらけです。現在はまったく表には出てこないみたいで」

「……ウァラクからの情報待ち、か。もうルシェルスやリバレーラに難民は来ていないのか?」

「ええ、落ち着きましたね。セラフィラント海衛隊には、随分と助けていただきました」

「海側は、なんとかなったか。あとは……マントリエルだな」


「そういえば、護岸工事お疲れ様でした。『港』はできたんですか?」

「ああ。あれ程護岸がグズグズとは思わなかったが……ゼオレステの移動魔法はたいしたものだな」

「……ドミナティアは、いかがでした? タクトくんからの『強化煉瓦』ってやつ、上手くいったんですか?」

「上手くいったなんてものじゃない。あの煉瓦、うちでも欲しいくらいだ。【氷結魔法】が加工に使われたなんて、初めてのことだったんでラーミカでもシェトナでも今後すべての建物に使い、既存のものもできるだけ作り替えるそうだ」


「そりゃよかった。それにしても、セラフィエムスからの提案でよく素直に取り入れてくれましたね?」

「渡した方陣の文字をみて、タクトのものだと解ったからだろうな。ドミナティア卿は、元々タクトには随分と良い印象を持っている。家門の使命に対して協力してくれたということもだが、トリティティスとは……仲がよかったみたいだからな」


「ああ……そうでしたね。ドミナティア卿も楽器がお好きでしたし。でもよかったですよ、これで領民達もマントリエル公に対して、随分と好印象になるんじゃないですかねぇ」

「その魔法を使ったのがドミナティア卿だから……おっさんに対してはあまり変わらんかもな。なんだってああも他領に出向きたがるのか、全く解らん」

「いろいろ……家庭内が面倒くさそうですよねぇ、ドミナティアって」

「だから、ライリクスが帰りたがらないんだろうな」


「あ、ライリクスの娘さん……ファロアーナちゃんでしたっけ? 加護神はどうだったんです?」

「聖神二位だ。血統魔法はないが、緑属性の上位【植物魔法】があった」

「ええええーーっ? う、生まれたばかりで、上位魔法って……子供じゃ使えないじゃないですか。使える魔法は、なにか?」

「土系の魔法があったから、俺のような苦労はしないで済みそうだ」

「どちらも両親ともまったく持っていない系統ですね。緑属性とはいってもドミナティアは動物系でしたし、セラフィエムスは医療系ですよね。植物に土……タクトくんが喜びそうだなぁ」

「その内、西地区で一緒に畑でも作りたがるかもしれないなぁ。はははは」


「長官の第一子も……楽しみですけど……本当に全部公開なさるんですねぇ、セラフィエムスって」

「そのことで覚悟が決まるからな。それが原因で潰れるようならば、セラフィエムスを継ぐことはできんだろう」

「……怖いですねぇ、僕だったら絶対無理」

「だから、俺が一緒に公開すれば、少しは……いや、どう、かなぁ……」


「……ご詳録公開後は……いろいろ煩くなりそうです?」

「すまんが、俺の方はまた、ファイラスにもルーエンスにも面倒掛けることになるだろう」

「いえ、兄のことなんてどーでもいいんですよ。それが仕事ですからね。僕はシュリィイーレにいられるおかげで、なんとでもできますし」


「そういえば、おまえもシュリィイーレに在籍変更したんだな。吃驚したが……よくアルフェーレで何も言われなかったな?」

「ウチは女系の傍流ですから、ぜーんぜんですよ。それに、血統魔法と聖魔法があれば越領門は使えますし、よくよく考えたら実家の面倒事に拘わらずに済む分『利』しかないかな、と。もしも『純血』の方と結婚するようなことがあったら、在籍地をアルフェーレに戻すという誓約付きですしね。ま、兄達も弟もいてくれるから、僕ひとりくらいは平気です」


「正直、助かる。シュリィイーレ在籍の『金証』の衛兵がいれば、俺の留守を任せてもとやかく言うやつらもおらんだろう」

「ははは、そんな、ご期待に添えるかは……」


「……大丈夫、だよな?」

「えー……鋭意努力致します……」

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