第529話 見送り
『明日、発つ』
実はちょっとだけ、冬場も居てくれるかなーと期待していたんだが。
まぁ、やっぱりって気持ちの方が大きかったけど。
いや別に、遊文館のバイト候補が減っちゃったなーとか、その程度ですよ。
……そうだよ。
その日の夕方は食堂もお休みだったので、手伝ってくださった衛兵隊員の方々とメイリーンさんを招いて無事オープンできた『遊文館初日お疲れ様会』である。
司祭様と神官さん達は、神務士さんたちお留守番組が可哀相なので彼らの分も含めてお祝い膳をお持ちいただいた。
ホント『移動の方陣』があるから、大荷物になっても申し訳なくならないのがいいよね。
そして、教会からお疲れモードのビィクティアムさんとライリクスさんもいらっしゃった。
ファイラスさんは王都に用事があるから、とセインさんを連行……じゃない、セインさんに同行して王都へ。
ライリクスさんは、マリティエラさんとファロアーナちゃんの側に一刻も早く戻りたいと仰有るので、テイクアウトだ。
本日は、鯛のポワレでございます。
外はかりっと中はふわっと焼き上げて、枸櫞のバターソースでさっぱり目に。
芥子菜のおひたしと甘めの人参グラッセ、玉葱のスープもどうぞ。
本当は尾頭付きで塩竃焼きとかやっちゃいたかったんだけど、母さんが絶対に食べてくれなそうだから。
未だに魚の頭や尾が付いているものは、魚焼き……たい焼きのことだが、それ以外駄目なんだよね。
母さん曰わく『魚焼きとは目が合わないから』だそうだ。
俺もメイリーンさんと父さん母さんと同じ卓で、珍しく食堂での食事会だ。
初日に遊文館に来られなかったメイリーンさんがもの凄く残念がっていたが、急なお産が入ったんじゃ仕方ないよ。
安産でよかったよね。
「でもっ、明日はお休みだから、朝から手伝うよ!」
「お休みの時は休んでよ……」
「私の『お休み』は、お菓子を食べることと、本屋さんに行くことだから、間違っていないの」
メイリーンさんは、それはもうにっこにこである。
本が好きなら、今まで殆ど見ることがなかった三万冊を越える本がある空間は夢のようだよね。
「でもタクトくんは、明日は来ちゃ駄目、なの」
「ええっ?」
「ナナレイア先生が、今日のタクトくんの様子、ちゃんと見ていたの。魔法の使いすぎ。だから、明日はお家に居てって」
そ、それは、オープン時にはちょっと派手に使ったけどさ、そんなに大きな魔法じゃないしっ!
メイリーンさんの『めっ!』って感じの顔も好きだけどさ……
「……タクトのいう『大きくない』ってのは、普通じゃねぇってことをもっと自覚した方がいいぞ」
「そうねぇ……タクト、ちゃんと身体が回復するまでは、遊文館は一日おきとかの方がいいかもねぇ」
父さん、母さんまでっ!
「安心しろ、試験研修生の準備はもう終わっているから、衛兵隊で手伝ってやる。陛下の許可施設なのだから、当然だ」
ビィクティアムさんまでニヤニヤしながら加わってきたら……ほらー、周りの隊員の方々も変に頷いちゃってー!
保護者同盟には……逆らえない。
ちゃんと体力向上ができなかった、夏場の俺が悪いのだ。
皆様にこれ以上ご心配はかけられませんので……明日は、食堂のお手伝いにします……ありがとうございまーす。
……ガイエスに、メールしとこ。
明日はうちで昼食、食べろって。
あいつに渡したいもの、今夜中に仕上げちゃわないと。
翌日のランチタイム。
いつもの光景といつものお客さんたち。
遊文館を話題にしてくれている人も多い。
子供達が大喜びだって言ってて、嬉しくってニヨニヨする。
何日かしたら、以前からお話を持ちかけていた非常勤候補の方々に再度打診をする。
遊文館がどんなところか、どういう仕事があるかを実際に見てもらってから決めて欲しかったからだ。
自警団の方とも話がついているので、毎日交代で館内にいてくれるおじさん達もいる。
衛兵隊では、パトロールの順路に加えてもらえた。
神官さん達のご担当ローテーションも、決まったみたいである。
神務士さん達が思っていたよりいい人たちで、本当によかった。
リーン
扉が開いたチャイム。
「いらっしゃーい、空いてる席に座ってー」
ガイエスが普段通りに、何気なく入ってきた。
俺もいつも通りに応対する。
「今日は赤茄子とひよこ豆と乾酪入り玉子焼きと揚げ芋、木の実の入ったパンだよ」
「……揚げ芋、多めで」
「了ー解っ!」
いつも通りのやりとり、いつも通りの、昼の風景。
ガイエスは改めて食堂内を見渡し、口元が微笑んでいる。
シュリィイーレを離れることを、少しだけでいい、淋しいと思ってくれたら……嬉しい。
この町が嫌わない、この町を嫌わない冒険者になってくれたら、嬉しい。
旅立ちは、あいつの好きなもので送り出してあげよう。
母さんに頼んで赤茄子とひよこ豆を煮てもらって、チーズをたっぷり入れ込んだオムレツを今日のランチメニューにしてもらった。
胡桃のパンが好物なのも知っている。
相変わらず、ほっぺたが膨らむほど頬張って、幸せそうに食べる。
「お菓子はどうする? 今日のは、持ち帰りもできるよ」
今日は和菓子。
みたらし団子と、求肥で黒あん、白あん、梅あんを包んだ三色饅頭。
求肥のぷにぷに食感と、優しい甘さのあんこはベストマッチだと思う。
「……途中で食べるから、持ち帰りにしてくれ」
そっか。まぁ、そうだよな。
スイーツタイムまで居たら、レーデルスでもウァラクでも宿が取れなくなりそうだ。
そうだ、保存食……は、沢山持っているだろうけど、追加で買っていくのかな?
「自動販売機で買い物はいいのか?」
「……買うよ?」
うん、自販機使うの楽しそうだったしな。
子供達が見てて、教えてくれたんだよねぇ。
もの凄く楽しそうなお兄ちゃんがいるって……どんな顔して自販機使っているんだろう、とちらりと覗いたら……本当にめっちゃ楽しそうだな!
俺もちっちゃい時は、自販機のボタン押すの好きだったなぁ。
ついつい微笑ましく見守ってしまっていたら、不意に振り返って俺を見つけたのかぴくっ、とする。
そんな『……見てた?』みたいな顔してー。
おもろー。
あ、渡すものがあるんだよ、はい!
「『お出かけ便利道具』を入れておいたから。説明文は中に入っているからな」
「便利、道具……?」
詳しい使い方は、説明書きを読んでね。
便利グッズっていうか、癒しグッズも込み込み。
絆創膏とか、遠視での眼の疲れをとるアイマスクとか、眼球が微弱魔毒に触れないようにするゴーグルとかいろいろ作ったからさ。
魔竜の鱗、使い切っちゃったぜ。
さぁ、もう旅立ちの時だ。
あとは、送り出すだけ。
「来年になったらまた来るんだろ? その時にはまた、新作もいっぱい作っておくから、楽しみにしとけ」
「鉱石は、また送る。あと、本とか伝承とかも」
「おう。ま、いつでも連絡取れるし、な?」
小声でそういって、自分の左耳を指す。
いつでもどこに行っても、声も文書も届くから、届けられるから。
元気で、楽しんで来いよ。
そんでまた、いろいろ冒険話を聞かせてくれ。
カバロに乗った背中を見送る。
振り返らないのが、なんだか嬉しい。
『万全だから、安心して土産でも待ってろ』って感じで、頼もしいね。
鉱石も本も、楽しみにさせてもらうよ。
あ、覚えている伝承話は、早めだといいなー。
そして、食堂の中に戻る。
いつもの空間に。
「タクトくーん、お団子お代わりー」
「……今度、太りかた教えてください、ファイラスさん」
「うわ、嫌味ぃーー」
笑いが起こり、つられて笑う。
ふくれっ面のファイラスさんにすみませんと言いながらも、やっぱり笑顔になってしまう。
俺はこの町が大好きで、どこにも行きたくないんだと改めて思っている。
彼方への冒険は、本の中。
見知らぬ大地の探検は、冒険者の言葉の中だけで充分楽しい。
そんな『旅の記録』と『過去からの言葉』を守り伝えるのが『文字』だ。
俺の旅は、文字と共にある。
さあ、俺もこの町でやることがいっぱいだ!
頑張るぞーーーー!
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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第165話とリンクしております。
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