第528話 秋の終わりの来訪者

 自販機購入したイートインスペースでは、何人もお昼を食べてくれてる人がいるようだ。

 ここでの販売はワンプレートファストフードと、幾つかの種類のお菓子。

 ハンバーガー、ポテト、フライドチキン、サンドイッチなどの普段おうちではあまり食べないものがメインだ。

 おむすびシリーズの自販機もある。


 最近『手で持って食べる食事』が増えてきたこともあり、驚かれることなく受け入れられているようだ。

 一見、不健康そうなメニューだが、お子様に提供しても安心の『完全色相補完食』である。

 ただ保存食ではないので、ここで食べてもらうだけだ。


 座席に利用者証を翳して初めて座れる設定なので、誰が利用しているかのリサーチができる。

 このイートインは試験研修生用食堂と一緒で、食べ終わった器やゴミはそのままにしててもすぐに回収されるが……お残し厳禁。


 ちょっと少なめのお安め設定なので食べきれると思うけど、残してしまうと座席を離れゴミが回収された時に座っていた人にペナルティが付く。

 五回以上お残しがあった場合は、警告がありイートイン利用が制限されることもある。


 ここは『学び』の場でもあるので、普通の食堂のように買った人に『残す自由』はないのだ。

 だから『食べ物を大切に』『残さず好き嫌いなく全部食べましょう』が、ここのルールである。


 だけど、お菓子だけは持ち帰ってもらっていいので、ペナルティの対象外。

 そのせいか、やたら沢山出る……うちの物販も、もの凄く保管袋入りのクッキーが出るので、みんな冬の間のお菓子を確保したいのだろう。


 おや、ガイエスと一緒にルエルスがセラフィラントブースに居るぞ。

 ガイエスお兄ちゃんが、本でも読んであげているんだろうか。

 微笑ましい。


 父さんと母さんも館内を見つつ、お子達と遊んでくれている。

 ……立っている父さんによじ登ろうとするちっこい子が多くて面白い……

 あ、エイドリングスさんも登られてる。


 基本的に館内はわいわいがやがやなので、静かにゆっくり本を読みたい人のための『サイレントスペース』もある。

 外の声や喧噪は遮断するが、館内放送は聞こえるようになっている。ブース内にスピーカーがあるので『特定の道具を通した声』だけが聞こえる場所だ。


 柱の周りにそういうスペースをいくつか作っている。

 視線を上げた時に柱や壁が見えるのではなく、顔を上げると館内が見えるように柱や壁に対して斜めに片側三人掛けの机と椅子を設置した。


 くるりと館内を見回した俺の目に、登録手続きを手伝ってくれていたリエンティナさんの急ぎの通信でも入ったかのような仕草が映った。

 耳に手を当て、何かを話しつつ誰かを捜している。


 探していたのは司祭様だったようで、その伝言に一瞬で司祭様の表情が変わる。

 俺はテルウェスト司祭に近付き、なにかありましたか、と尋ねたらとんでもない答えが返ってきた。


「セインさんが……?」

「はい、どうやら長官殿が先に教会にお着きになり事なきを得たようなのですが、申し訳ございませんが、わたくしも戻らねば……」


 あのおっさんはーーーーっ!

 連絡もなしに、思い立っていきなり王都からの越領門で来ちゃったってことだよな?


 現地の司祭に通信石などでの連絡も入れず、先触れの使者も立てずに勝手に聖神司祭や領主、次官が他領に越領門で訪れることは禁じられている。

 昔の改正前の典範であればグレーゾーンだったが、改正後はあの『お粗末隠蔽皇太子来訪事件』のこともあり明確にガイドラインと正しい手続きが決められたのだ。


 それなのにセインさんが勝手に動いてても、みんながイラッとしながらも何も言わずにいてあげたのは『使命』の最後の聖典探しがあったからだ。

 しかし、その免罪符カードはもうない。


 私的な移動のみならず、公的な用件であれば尚のこと、手続きはきちんと行わねばならない。

 神話の五巻は見つかったのだから、もう誰ひとり庇う貴族はいないだろう。

 そもそも、自分の領地に他領の領主がちょこちょこ現れて、勝手に振る舞われることにムカつかない貴族も衛兵もいないと思う。


 そして直轄地シュリィイーレであれば尚のこと、皇王陛下に訪問の理由を奏上して中央省院の許可をもらい、シュリィイーレ教会と衛兵隊に来訪日時を伝えてからでなくてはいけない。

 越領門から出ず、扉越しでの会話くらいならば……お目こぼしにもなるし、使者を待っているという言い訳にもなるが……


 どうやら、サクッと門から出て聖堂内にいるようだ。

 もっとさー、考えようよ、ご領主様!

 今頃、ビィクティアムさんにきつく叱られていそうではあるが『移動の方陣』で戻ったテルウェスト司祭に迷惑かからないといいんだけどなぁ。


 なにも、こんな日に来なくったってよかろうものを。

 いや、嗅覚が鋭くなってきたのかな?

 ……ないな、それは。


 それにしても、テルウェスト司祭とビィクティアムさんの予想が当たったってことだよなぁ。

 以前俺が、絵本の第一次審査日に教会で片付けたテルウェスト司祭からされた『お願い』が、王都との越領門の部屋に『監視カメラを取り付けること』だったのである。


 今年の冬は『神話五巻』『生命の書 第一巻』『星々の加護の書 第一巻』と立て続けに大きな発見があったため、ビィクティアムさんの王都行きが増えると思われる。

 そしてなんといっても第一子誕生の詳録公開が、生まれた子供だけでなくビィクティアムさんも一緒に開示となる。


 ビィクティアムさんの方は…… 星々の加護の書第一巻に記されている【星青魔法】の証明のために行われるものだろう。

 その本に書かれている『星』と『色』の示される魔法が実在するものであり、神聖属性であるということと、そこに書かれている『極大方陣の開け方』の情報が開示されるのだ。


 そのため、越領門の冬期完全閉鎖ができないのではないだろうか。

 そんな時に……こっそり聖神司祭様や他の金証の方々が来たりしないようにと、王都との越領門が稼働したら、すぐに監視カメラがその姿を衛兵隊司令部に送り警報アラートが鳴るのだ。


 まさか、冬前に『ちゃっかり第一号』が来るとは思わなかったですよ!

 テルウェスト司祭が『遊文館が見たくてお忍びで来たいと言い出す方々がいそうですから』と、オープン前につけて欲しいってお願いされたんだよね。

 それにはビィクティアムさんも賛成してくれて、前倒しで付けたんだけどさー。

 テルウェスト司祭もビィクティアムさんも、こういうところの勘が鋭くなったのだろう。


 あ、セインさん、こっそりライリクスさんの子供を見に来たのかもしれない。

 生まれたことは伝わっているし、女の子だってことも知っているだろう。

 会いたい気持ちは解るけど、ライリクスさんに許可なく『来ちゃった、てへっ』は通じないよなぁ。


 あとで、事の顛末をビィクティアムさん……よりは、テルウェスト司祭の方が教えてくれるかな?

 ま、知ったところでやれやれ、ってくらいなんだけどね。



 一通りの登録作業が一段落したのは夕食前。

 皆さんお腹も減ったでしょう。

 本日の営業時間もそろそろ終了です。

 絵本の投票はまだまだ集まっていないけど、かなり皆さんご興味をもっていただけていたようでじっくり考えて選んでくださいね、とお願いした。


 その時、ガイエスが声をかけてきたのでもうすぐ終わるよ、と答える。

 セラフィラントの本を読んでいたのか聞くと、面白そうな本ばっかりだな、と破顔する。


「セラフィエムスの蔵書だからね。まだ古代文字だけしか辞書がないけど、結構読める本があるだろう?」


 間違えて前・古代文字を誤訳しないように、古代文字の本には印がつけてあるからね。


「方陣はないけど、魔力については古いものと新しいもので随分違ってて飽きなかった。ここにずっと居たら、カバロの餌を忘れそうだ」

「そりゃ、可哀相だ。でも、この中では『門』の方陣は使えないからね」

「ああ……試した。まったく使えなくて焦った」

「利用者心得に書いてあっただろうが」

「あとで全部読んでおく……ちょっと時間あるか? この間の方陣、もう一度見て欲しいんだけど」


 おおっ、修正版!

 うん、うん、随分と呪文じゅぶんを書き直してある。

 そうか、上で辞書を引いたんだな。

 過不足なく修正された呪文じゅぶんは、ガイエスの望む『複数の高速鎌鼬かまいたち』を全体攻撃として使える方陣に仕上がっていた。

 そのことを伝えるとほっとしたように息を吐き、微笑んだ。


 これからこいつは、もっと凄い方陣を手にするんだろう。

 どこからかみつけてくるだけではなく、自らの手で作り出せるほどになるかもしれない。

 そしてガイエスは、ああ……と軽く、思い出したように言った。


「明日、発とうと思う」


 俺は、そうか、としか言えなかった。



*****


『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第164話・『アカツキは天光を待つ』の第87話とリンクしております。

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