第532話 絵本コンクール入選作発表

 さて、気を取り直して説明再開。

 ここでお手伝いいただく皆さんには、遊文館内の移動に便利な『職員証』をお渡し致します。

 腕輪になっていますから着けていてくださると、館内のあらゆる場所に入れる『職員識別証』でございます。

 館内で何かあっても、ここまで広いと駆けつけるのも大変。

 なので、二階へも屋上へも一瞬で移動できる手段として館内でだけ使える識別証付き移動方陣を作りました。


「こりゃ助かるな。階段は……正直キツイと思っておったからの」

「ここに来る時には、忘れないようにしないといけませんねぇ」

「あ、皆さんの館内保管庫を作りますから、そこに入れておいてください」


 お忘れ物対策である。

 外さずに出ようとするとこの建物を出る時に警告音チャイムが鳴り、所定の場所に戻してもらうようにするのだ。


 受付の奥に作られたその部屋は、休憩もできる『控え室』的な場所になっている。

 当然、皆様の移動目標もその保管庫内へと移し、ご自宅からこの部屋に直接入っていただけるようにする。


「おおー、この部屋はいいねぇ! 壁で館内が全部見えるぞ」

「あちらからは見えなかったけど、これは『遠見の方陣』なのかしら?」

 まぁ……そう思っていていただければ。

 監視カメラのリアルタイム映像なんだよね、実は。


 うちの食堂と工房みたいな『マジックミラー的壁』にしようかとも思ったんだけど、それだと壁により掛かられたら死角ができちゃうのだ。

 四分割にしてあるので、あちこちの場所が見える。

 子供達の相手に疲れてしまったら、ここから全体を見ていてくださってもいいようにしてあるのだ。

 お子様に付き合うのは……体力がいると思うので。


 勿論、この部屋は飲食もできるし、自販機も置いてある。

 でも本の持ち込みはできない。

 この部屋に『子供』はいないからね。

 職員IDがあれば各ご家門の書架がある部屋にも入れるが、その領地の在籍者でなければ本棚から本を出すことはできない。

 そのための許可は、各領地のその家門のご当主の許可を正式文書でもらってきた人だけ登録するシステムである。

 寄付していただいた蔵書でも『誰でも閲覧可』の場合は、一階に置いてある。

 そういえば、レイエルスからの蔵書はまだ全部じゃないってレイエルス神司祭が仰有っていたなぁ。


「ああー、そうだねぇ、ウチの本って、あちこちにあるからねぇ」

「集めるのも大変ですよね、はははっ」

 その分、もの凄く楽しみですよ。今は子供達に読みやすいものを先に入れてもらっているから、ドキドキしちゃうような内容の本は来年になっちゃうかもね。

 ま、今はセラフィエムスの蔵書と神務士さん達からの神話や伝承でかなりドキドキしているから……

 その辺の検証と考察は、冬の間の楽しみにします。



 それから三日後の、待月まちつき五日。

 職員の皆さんに来ていただけることが決まり、態勢が整ってきたところで『第一回絵本コンクール』結果発表の日です!

 朝早くから大勢の皆様にお越しいただき、中に入りきれなかった皆さんが外からも様子をうかがっている。

 ……中の様子が透けて見せられる建物にしててよかったなー。


 音声だけは、スピーカーで敷地内の方々にだけ聞こえるようにいたしましたよ。

 まぁ、ビィクティアムさんが来ているから、その姿を見たいっていう人達も多いんだろうけど。天下のセラフィエムス卿を、客寄せパンダにしてしまったぜ。


 それでは衛兵隊長官立ち会いのもと、テルウェスト司祭様から……まずは『立体造形部門』。入選作品はふたつ。


「刺繍絵本、リシュレアさん。そして透かし木彫り、マーレストさん」

 おおー、と歓声と拍手が起き、製作者席にいたリシュレア婆ちゃんとマーレストさんが前へと進み出てくる。

 ん? リシュレア婆ちゃんの付き添いで、ベルデラックさん……?


 一緒に婆ちゃんを支えているのは一番上のお孫さんで、トリセアさんのお姉さんレルアンさんだ。

 婆ちゃんを支えつつふたりで見つめ合っちゃって、微笑みあっちゃったりして……そーいうことですかい?

 こりゃ、来年辺り結婚のご報告があったりするのかなぁ?


「あーん、なんでレンくんのじゃなかったのよぉ!」

 トリセアさんのちょっと悔しげな呟きが聞こえた。

 惜しかったんだよねぇ、レンドルクス工房の『ステンドグラス絵本』も。

 決め手は『絵にした場面』のチョイスだったのだ。


 作りたい、描きたい場所ではなく、子供達が見たい場所が選べているか、ということなのですよ。

 一般投票の結果は、その辺が大きく影響したと見て間違いない。

 受賞理由がそう司祭様から説明され、落選した人達が天を仰ぐ。

 次回はきっと、もっと素晴らしい作品が増えるだろう。


「でも、刺繍の方はまだしも、木工の方なんて『本』にできないだろう?」

 観客席から上がった声に、ざわり、と会場が揺れる。

 では、デモンストレーションを兼ねて、一冊作りましょう。


 木工の作品の上に、三椏紙を一枚置く。

 俺の手元に、視線が集中するのが解ってちょっとこそばゆい。

 真っ白だった紙に木工で作られたその場面が、写真のように写し取られる。

 次々と、すべてのページの『絵』ができあがっていくと響めきが起きて、大きな拍手が上がった。


 はっはっはっ!

 いやいや、どーも、どーも。


「タクト」

 ビィクティアムさんの声に会場が一気にシーンとなる。

「その魔法は?」

「【複写魔法】ですよ」

「……複写で、造形物を絵にできるのか?」

「それは……俺の【複写魔法】は『極位』ですからね」


 会場から今度漏れたのは、感嘆。

 つい先日発表された、迅雷の英傑だけが持っていると思われた『特位以上の魔法』だ。

 俺が段位の隠蔽を止めようと思ったのは、十八家門の血を引いていなくても到達する可能性を示すことができると思ったからだ。

「最近いっぱい使っているうちに、段位が一気に上がりまして」


 料理のレシピ本に使った写真の複写と、図鑑用に描かれた父さんの絵の複写を繰り返して、気付いたら上がっていたのだ。

 にっこりと笑うビィクティアムさんは、満足げに頷く。


「『極位』でそれならば、その上の『極冠』になったら何が複写できるのだろうな?」

「なんでしょうね。これからも勉強していくのが楽しみです。そのための本は、遊文館ここに沢山ありますからね」


 シュリィイーレの子供達をここで学ばせたい、そう思ってもらえるなら広告塔にだってなんだってなりますよ。

 そして『迅雷の英傑』のネームバリューも申し訳ないですが、利用させてもらいます。


 皆さんの知識欲が高まってきたところで、絵本コンクール引き続き『絵画部門』の入選作発表です!

 こちらは各話で一作品ずつ。

 全十作品ですよ。

 造形部門では、全作品分は集まらなかったんで上位二作品だったけどね。


 その入選十作品のうちふたつのお話では、同じ方の描いたものがトップだった。

 ……なんと、マダム・ベルローデアである!

「ほほほほほほーーーーっ! 光栄ですわーーっ!」


 デフォルメが上手くて、子供達の心をがっちり掴むあの代表的なキャラグッズで有名な横向きで座る一見無表情なにゃんこの絵にそっくりだったのだが、とにかく単純な線で描かれたものだというのに色が鮮やかで可愛いのだ。

 簡単だからこその、わかりやすさと的確さ。

 そして一作品、フーシャルさんの『可愛い絵』も受賞した。

 その他、細密画のようなものや、ホラーっぽいタッチのもの、油絵のようなものなど多岐にわたる受賞作。


「皆様、おめでとうございます。入選なさった方々の大元……原画、というのでしょうか、それは額装してこの遊文館の中にしばらくの間飾っておきますので是非ともゆっくりとご覧ください」


 賞金と受賞記念に水晶の盾が贈られ、今この場で俺が作った『第一号』の冊子も共に渡された。

「残念ながら選に漏れてしまった方々のものも、一次審査に通った作品については一冊ずつ本として遊文館に置きます。受賞作はシュリィイーレ遊文館認定図書として、一年後に王都書院中央司書館への寄贈がされます」


 そう、副賞は『栄誉』である。

 フツーは栄誉が先でお金が副賞だと思うんだが、俺的には栄誉なんてものよりお金や物品の方がいいと思っているのでそっちが上ってことで。

 お貴族様達に睨まれちゃったら……怖いから、言わないけど。


 一年に一度、各領地から王都司書書院宛に『優良図書』が送られて、基準を満たしているものだけが中央司書館に陳列を許される。

 王都の司書館で所蔵される本というのは、この国で最も優れているという証だ。

 寄贈したくても、なかなか受け取ってすらもらえないらしい。

 その中央司書館においてくれる約束を、レイエルス侯が確約してくださったのだ。

 さすが、司書書院管理監察省院の省院長。


 おお、次回の応募に意欲を見せる方々のモチベが爆上がりですな。

 では次回募集のお知らせを公開して、チラシも置いておきましょうねー。

 皆様、ふるってご参加くださいませ!

 遊文館での絵画講師の件も、考えておいてくださいね。



 ……あ、ナナレイア先生と目が合っちゃった。ちょーっと、魔法使い過ぎちゃったけど、今回は許してくださいって。ご飯、いっぱい食べますから!

 ああああ、そんな呆れ顔で睨まないでくださいよー。


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