第526話 専用通信機

 どうしてガイエスがへんてこな顔をしていたのかと思ったら、不銹鋼船の映像をセレステで見たことがあるそうだ。

 なんでも港湾事務所の待合で、時間を決めて映像を流しているらしい。

 そんなにも気に入ってくださっていたとは。


「おまえが作った魔具だったとは思わなかった……動く絵とか音が聞こえるとか……どーいう魔法だよ?」

「【音響魔法】と……他にいろいろ?」

 映像に関しては、光関係だから【極光彩虹】なんだろうけどその辺はシークレットなので。

 それより、ほらっ!

 鏡で確認してみてくれよ。


 俺はガイエスに手鏡を渡す。

 鏡なんてあまり見る機会がないのだろうか、ちょっと変な顔をしてそれでも瞳の色が結構変わったことに驚いていた。


「こんなに黒っぽくもできるのか」

「今、着けている身分証入れに、魔法を付与してるからね。その身分証入れを【収納魔法】に入れたら元に戻るけど、取り出して手に持つだけでもまた瞳の色は変わるよ」


 偽造証が入っている黄色いケースの加護に指示を書き加えたから、本物の方を身につけたら元の色になる。

 本物はおそらく越領の時とか、セラフィラント内くらいでしか取り出さないだろうから偽造証用のケースだけでいいと思うんだ。


「【隠蔽魔法】みたいに制限はないんだなぁ」

「俺のは錯覚させたり、誤認させたりするものだから『錯視の方陣』に近い魔法だよ。瞳の色だけに特化させて指示しているから」


 これは【文字魔法】で【迷彩魔法】の指示をしている……という形だ。

 緑属性の隠蔽ではなく、独自魔法の迷彩だから生体にはほぼ影響がないのだろう。

 影響を及ぼす範囲が違う、ということかもしれない。

 緑属性の隠蔽って、自分だけにしか使えないし、方陣札での隠蔽は元々が緑属性の人以外にはなんだか影響がありそうな気がするんだよな……


「これだと、遠目だったら赤には見えないかもな」

「屋内だと余計に色味は解りづらいと思う。ただ、燈火の灯りとかで近くが明るいと解るかもしれないけど」

「充分だ。これで歩いてるだけで、変なやつらに絡まれなくなるといいんだけどなぁ……」


 マイウリアではそんなに珍しくなかったと言うが、父親だけが同じ瞳の色だったようで同じ町にはガイエスほど目立つ赤い瞳はいなかったらしい。

 こちらの世界だと瞳の色は血筋と言うより、魔力属性や加護神による所が大きそうだ。

 そういえば、真っ赤な瞳の神はいないんだよな。

 聖神三位の瞳だって、赤っぽいけどどちらかといえば暗めの朱色だから迷彩かけたガイエスの瞳に近いくらいだ。


 ガイエスの属性魔法……神眼で見えるキラキラだと、よく解らないんだよなぁ。

 両手からは色が殆どない淡いキラキラが見えているだけで、殆どが胸元の赤い加護神色だけしか視えない。

 これって【方陣魔法】が白属性だからなんだろうか?

 白魔法属性のみって珍しいんだろうなぁ……ガイエスと同じように視える人っていないからな。

 方陣魔法師だからなのか、こいつの特性なのか……


 突然、ガイエスが思い出した、と言って組み直した方陣を見せてきた。

 お、上手いこと俊敏も入ったじゃないか。

 図形の形は、ほぼ満点ですよ!

 あ、惜しい……どのタイミングを早くするかの指示がないな。

 これだと風で刃を作るのは早いけど、飛んでいく速度は速くならないなー。

 リテイクね。頑張って。


 そんなことをしながら、ガイエスの手元を眺めていたら左に『礬柘榴ばんざくろ銀環ぎんかん』そして、その上にもうひとつ腕輪を着けていた。

 セレステでもらった通信用らしい。

 邪魔じゃないのかと聞くと、苦笑いを浮かべる。

礬柘榴ばんざくろ銀環ぎんかん』とカチカチあたっちゃっているしね。

 でもこいつも、触れていないと通信が難しいらしいが……誰からの通信が入るんだ?


「セレステ港の港湾事務所と教会だよ。何かあった時に魔力を入れれば、俺の位置が正確にわかるからって」

 なるほど、魔力GPSか。

 作り替えるにしても……指輪も邪魔だろうし、身分証入れは肌に触れないよなぁ。


 イヤリング?

 落とさないようにピアス……は、ちょっとまずい。

 身体を傷つけるような装飾品の文化はないし、神々の言葉に背くことになる可能性がある。

 んじゃ、イヤーカフはどうかな?

 耳の外側じゃなくて、一番こめかみに近い位置に載せるように着ければ邪魔じゃないし肌にも触れる。

 マイクとイヤホン機能もつけておけば、俺からの通信にも使えたりするんじゃね?


 という訳で、セレステの通信石と折角取ってきてもらったのだから、電気石トルマリンを使って作ってみよう。

 セレステの通信石は黄色いシトリンで、手で触れない限り魔力が流れることはない。

 同じアクションにしてしまうと、間違って石に触れた時にセレステに通信が入ってしまうのはまずいので『呼吸法』で魔力が入り込むように設定する。


 こちらの電気石もあちらのトルマリン同様加熱すると微弱に帯電し、変形させると電流が流れる。

 そして魔力を流すと組み合わせる別素材によって、高温の熱が発生したり白熱電球に通して明るく照らせるほどの電気を発生できる。

 勿論、この効果は永久的ではあり得ないのだが……長持ちさせる金属がある。

 チタンである。


 アーメルサスではこのことに気付いていなかったのだろうが、偶然それを含む鉱石を使っていたのだろう。

 ただ含有量の違いで、製品にばらつきが出た。

 そのせいで壊れやすいとか、望んだ効果が出にくいなどの不具合もあったはず。


 昔、アーメルサス製といわれていたトルマリンがなくなったり使えなくなったりした道具類には、だいたい『鋭錐石えいすいせき』が組み合わせられていたのだろう。

 当時はこんなに鉱物のことを調べていなかったから、解らなかったんだけどね。

 鋭錐石アナテースは、酸化チタン鉱物で金紅石ルチルのお仲間だ。

 俺が精製したチタンであれば、トルマリンの効果を支えるに充分であり魔力の無駄もない。


 まずは電気石トルマリンに、魔法を付与する。

【音響魔法】と【制御魔法】を組み合わせ範囲指定と魔力指定をする。

 衛兵隊で使っているシステムとはまた違う方式の、所謂『電話システム』である。


 予め登録した者同士でしか通話ができないのは、魔力の節約のため。

 黄魔法と聖魔法の組み合わせだからね。

 余分に通話料まりょくがかかり過ぎるのはまずいでしょ。


 そして呼吸法での魔力チャージは、結構みんな普通にやっているのである。

 白魔法……それも、身体強化系や耐性魔法を使う時って、鼻で息を吸って口から吐いて『整える』んだよね。

 そうすると、身体の隅々までしっかりと強化や耐性が行き渡る魔法になる。

 自分に魔法をかける時ってこれをやらないと弱くなったり、時間が短くて効果が充分じゃないことがあるのだ。

 魔法は落ち着いて、特に自分自身にかかる時は意識をしてから使わないと上手くはいかないものなのかもしれない。


 なんで、この呼吸法魔力チャージでイヤーカフに魔力が入るのかというと、当然【文字魔法】での指示もあるのだが魔力は額、胸元、両手からの放出が一番多い。

 鼻から息を吸って口から吐く時に一番魔力が放出されるのは額である。

 胸元は全身に力を入れた時、両手に溜まるのは頭で考えてから腕を動かしたり指を使ったりと意識して使う時。

 なので深呼吸を三回してもらうのを、通信開始の起動魔力チャージになるようにしたという訳。


 イヤーカフの表側に通信石シトリン、裏側に電気石トルマリンを着けて……石が肌に触れていれば魔力が簡単に流れるよな。

 それで、正面から見えるのはチタン部分だけにして、シトリンは耳の後ろ側に。


 どっちも三ミリ程度の石だし、裏側のトルマリンがあたっても痛くないように……いや、なんかツボとか刺激しちゃって健康に……は、ならないか。

 微弱電気は静止状態の時には流れないし、マイナスイオンだっていつも出ている訳じゃないからな。

 さて、いかがですかな?


「……これいいな。邪魔にならないし、魔力流しておけば外れないんだろ?」

 そうそう。

 勿論、全部超絶過保護セキュ……あ、いやいや、ま、外れないし、落とさないから、ね。

 それで電話機能の方にも、魔力登録完了ですよ。

「で、ついでだから双方向会話もできるようにしてみた」

「は?」


 俺は呼吸法通話開始のやり方を伝えて、実験に入る。

「空気を鼻で吸って、口から吐く……を、三回?」

「そう。それで『通話』の起動魔力が入る。そしたら、俺の伸糸部品の石に連絡がくるんだ。ちょっと離れるから、喋ってみて」


 ガイエスが深呼吸を始めたので、俺は小会議室の方へと入る。

 あいつがイヤーカフに魔力を入れ終わると、俺のリールに付けてあったシトリンからガイエスの声が聞こえ出す。


〈おい、タクト……?〉

「あ、聞こえる聞こえる。おまえも聞こえてる?」

〈うわ、耳元で……なんか変な感じ……〉

「切りたかったら、指で触って」

〈こう……?〉

 ぷつっ


 音声が途絶えた。

 俺はもう一度食堂へと入り、どうだった? とガイエスに聞くと……微妙な表情をされた。

 ま、通信システムとかイヤホンの知識がなけりゃ、気持ち悪いかもなー。


「緊急用、というか、何かすぐに確認したい時なんかには使っていいからさ」

「……おう……」

 これで台座だけ売っちゃうとか、阻止できたらいいな……という下心もあるのだ。

 だってさ、やっぱり見たかったんだもん。


 本当のことを言うと、カメラも持たせたいところなんだが『撮影する』っていう習慣がないと、そんなもの持っていたって使わないんだよな。

 ……俺だって、スマホのカメラは殆ど使っていなかったくらいだし。

 写真で記録するってのは、馴染みがないと全然やらないことだからなー。


「俺の声はおまえにしか聞こえないし、おまえが喋っている声も俺にしか聞こえないから。だから、人前とかで使うと『独り言喋っている怪しい人』になるから、気をつけてな!」

「わかった……けど、こんなもの、随分簡単に……」

「電気石だからってのもあるけどね。この石じゃないと、こうも簡単にはいかないかもしれない。おまえが魔力さえ入れてくれれば、ずっと使える」

 頭とか額の辺りって常に魔力の放出があるから、身に着けてさえいてくれれば、大丈夫だと思うけどね。


「今日の献立とか、確認が簡単にできそう……」


 おまえの緊急連絡って、それか。

 いや、食べ物は大切だな。



 ふと、会話が途切れた。

 ガイエスが秋祭り、今日までだよな、と言うので、そうだな、と答える。

「……もう、行くのか?」

「遊文館が開くのは、二十五日だったよな。一度見てから……出ようと思ってる」

「そっか」


 雪が積もる前にとなると来月、待月まちつきの初旬には出ないと、道が凍ってしまったら東側のレーデルスへの全ての門が閉ざされる。

 そうなったら、シュリィイーレの町中から他領に方陣門で行くことはできない。


 この町の外は東門から魔法での検閲を受けて出ない限り、自由にどこに行ってもいいという訳ではないと定められている。

 南側、西側の門から出ても、皇国内に戻ることが許されるのはシュリィイーレだけ。


 外門の外側であっても、東門からでない限りは『門』の方陣札の使用も禁止されている。

 そのまま他国に行ってしまうと正しく手続きが行われずに出国したことになるので、ペナルティが付く。

 シュリィイーレでは『出国手続き』ができないのだ。


 そもそも……この町は、自由な出入りができる町ではないのだから。

 俺は法で定められていない方法で、お出掛けしてしまってはいるが……ばれたら大目玉では済まないだろう。


 俺は引きこもりもお出掛けなしもまったく苦にならないタイプだから平気だが、ガイエスもカバロもシュリィイーレの冬を過ごすのはつらいだろうからなぁ。

 でも、遊文館のお披露目まで見ていってくれるのは嬉しいね。

 そのオープン日が、絵本コンクール最終審査始まりの日だ。

 候補作品をすべて展示し、来館者達に各話で一票ずつ投票をしてもらう。


 ガイエスは楽しみだと言ってくれた。

 これが終われば、季節は完全に冬へと変わる待月まちつきとなる。


 ……おかしいな。

 楽しみなことが沢山あるのに、なんだかいつもの秋の終わりより……淋しい気がする。



*******


『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第162話とリンクしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る