第525話 秋祭りの二日目
今日はビィクティアムさんも一段落ついたのか戻ってきているので、刺繍リボンで埋まった長官室に苦笑いをしている頃だろう。
軽量化番重を貸してくれないかと、御依頼があったくらいだ。
勿論、お貸ししますのでそのお届けに参りました。
俺や父さんと母さんからのお祝いリボンも一緒に入れて。
「お疲れ様です。甘いものは如何ですか?」
「ああ、すまんな。助かる……子供ってのは……大変なものだな」
本当にお疲れモードだな。
ファロアーナちゃんが生まれて、未だかつてないほど元気丸出しのライリクスさんとは真逆だ。
「レティエレーナ様は如何ですか?」
「信じられないほど元気で、産医が吃驚していたくらいだ。生まれた子も健康だったし……本当に、安心した」
よかった……魔力量が違い過ぎるからって、もの凄く心配していたもんな。
妊娠期間も長かったし、きっと子供の魔力量も……あ、いやその辺は……今は話題にしない方がいいかな。
軽量化番重を三段分が、パツパツになるほどのリボンの山で……いや、まだ溢れているな。
トートバッグも二袋ほどがいっぱいだし……毎日両手両足のリボンを付け替えても、何年分になるのやら。
重ね箱を返すのが少し先でもいいか、と言われたのでいつでもいいですよ、とお預けした。
「あ、それとな、ロウェルテアの蔵書二千冊ほどだが、うちと同じ条件で翻訳が頼めないかと言ってきている。どうだ?」
「大歓迎です。以前お話があった、カルティオラはどれくらいです?」
そう、ちらっとだけ、カルティオラも頼みたいようだが……なんて言われていたのだが、どうやら管理状態が芳しくなく苦心しているようだった。
「うちよりは少なそうだが、カルティオラは放置し過ぎててなぁ。動かしても大丈夫な物だけだと、五千くらいらしい」
ならば、修復の付与方陣でもお貸ししようか……大切な本が壊れちゃったら元も子もないからなぁ。
俺は本棚に修復までは難しくても、強化が一括で入る【付与魔法】の方陣をお貸しした。
代金はカルティオラに払わせる、とビィクティアムさんが溜息混じりに言っていたので、遊文館資金がまた潤いそうである。
二日目の実演販売スタートは、お昼ご飯タイムの少し前。
俺はしっかり食事を済ませ、万全の態勢でクレープ作りをスタートした。
本日は、ナッツとドライフルーツのチョコクレープでございます。
クリームは、こってりタイプの栗ペーストとチョコのマーブルです。
秋のナッツは、栗を外しちゃいけません。
渋栗グラッセのチャンクも入って、激甘仕様ですよ。
ガイエスが、一番に並んでいるのはどうしてだろう。
そんなに楽しみにしてくれていたとは……
昨日と同じ要領でクレープを仕上げていくと、子供達と同じようにじっと見ている昨日と同じ光景。
料理を作るところって、やっぱり見たいものなのかな。
そーいや、オープンキッチンの飲食店は人気あったよなぁ。
俺としては実演販売は好きなんだけど、そういうレストランに行った記憶はあまりない。
レストランでは皿に載って出てきた時に、初めて目にする料理の美味しそうな見た目が見たいのであって、それを作り上げるところはどうでもよかった気がする。
その辺の線引きは……自分でもなんでなのかよく解らないが。
知っているものを作るところは見たいけど、知らないものは出て来るまで種明かしして欲しくないってことかもなー。
はい、とできあがったクレープを渡すと、誰もがすっごい笑顔になるのが一番嬉しい。
これが楽しくなけりゃ、実演販売なんてできないよな。
ミオトレールス神官とヨシュルス神官が『全員分』ということで、クレープを十人分お買い上げくださった。
子供達も、近所のお姉様方も、皆さんが次々と食べてくれている。
さぁ、美味しいものを、楽しくどんどん作っていこうか。
祭りは楽しむことだけでいいんだよ。
……と思ったら、なにやらけたたましい叫び声のような怒号が聞こえた。
「ちょっと遠いが……喧嘩か?」
「そうみたいだけど、衛兵隊が行ったから平気かな」
「祭りん時ぁ、たまーに、はしゃぎすぎるやつがいるからなぁ」
俺と父さんはそちら側を見もせずに話していたので、詳しい顛末は解らなかったが……
少し経って衛兵隊員ふたりが、軽量化カゴ台車に収められたぐったりと動かない商人風のふたりを連行して行き……それに付き添うように歩いて行くガイエスの姿。
何やってんの、あいつ。
軽量化カゴ台車は、遊文館建設時に使ったものを衛兵隊で使いたいと言われたのでお売りした品だ。
屋上に植える低木をエレベーターで運搬する時に使ったやつだから、何に使うんだろうと思っていたが……まさか、閃光仗の麻痺光で動けなくした困ったちゃん達の運搬用だったとは。
いや、有効利用だよな。
檻に入れて運ぶのと一緒だし、軽量化しているから運びやすいし。
麻痺がとれるまでに、一刻間くらいかかるから縄をかけて歩かせられないもんなぁ。
クレープ焼いてなきゃ見に行ったんだが、並んでいるお客さんたちを無視して声をかける訳にもいかず、ガイエスが衛兵さん達と一緒に中心部の方へ歩いて行くのを見送った。
多分、衛兵隊詰め所まで行くんだろうなぁ。
ガイエスは巻き込まれただけなんだろうし、怪我して……はいないだろうが、させてなきゃいいが。
冒険者さんは、トラブルに巻き込まれやすいねぇ。
「あのおにーさん、さっきおかしたべてたひとだ」
「強いのかな」
「衛兵隊のお仕事を手伝っている人なのかな?」
「すごーい」
おお、お子様人気も集めたぞ。
ここに来る冒険者は質が悪すぎて、ガイエスひとりだけだとなかなかイメージアップしないから素晴らしい飛躍だね。
……あ、でも、冒険者とは言っていないから、イメージアップ作戦にはならないか。
丁度、店頭での実演販売が終わる頃、ガイエスが戻ってきた。
随分疲れたような表情で、溜息混じりだ。
「なんか、また人違いされた」
「……多いね、おまえ」
「赤い瞳ってだけで、いろんなやつに間違われているみたいで面倒くさい……」
詰め所で話を聞かれていて、昼を食べ損ねているらしい。
うちも昼時間は終わってはいるが……まぁ、いいか。
まだちょっと夕食には早いし、スイーツタイムの人達ももう殆どいない。
食堂の中に入れて特製ふわふわ玉子焼きの載ったチキングラタンを提供し、誰もいなくなって一時閉店した後に何があったか聞いてみた。
ほほぅ……まーた毒関連かぁ。
その辺の事情は、なんか面倒な感じだよなぁ……ビィクティアムさんが居たり居なかったりするこの時期を狙ってってことは……ないだろうけど、衛兵隊はピリピリしていそうだ。
しかし、他国から来た人達というのは、珍しい瞳の色だとそれを待ち合わせの目印にしたりするものなのかね。
うーん、確かにこう立て続けの人違いなんて迷惑だし、しかも間違われ方が危険だよなぁ。
皇国じゃ確かに、ガイエスの瞳の色は珍しい。
だが、他国でもどうやら『赤い瞳』は目立つらしい。
……『赤』ってより、ガイエスの瞳の色が特徴的なのかな?
がらりと変えるってより、くすませるとか黒っぽく見せるっていうならできそうだけど……
ノエレッテさんみたいに完璧な【魔石隠蔽】的に変身させるのは無理だけど、まったく違う色にしなくていい程度ならガイエスは魔眼じゃないから問題なくできそう。
「色を変える隠蔽……それって、喋ったり魔法を使ったりしても解けないのか?」
「俺の【文字魔法】なら、大丈夫。隠蔽っていうより『迷彩』かな。身につける物に、効果を付与することができる」
魔法は『色』の影響をかなり受けている。
だから、色相を隠蔽の魔法などで変えてしまうと影響を受けるのではないか、と俺は仮説を立てている。
魔眼が神々の瞳と同じ色でなければ発現しないように、持っている色合いは所持魔法や使える魔法の属性を左右するはず。
加護神によっての影響の方が強いから補助的なものかもしれないが、色を変えてしまっては今までと違和感のある魔法が出てくる可能性もあるだろう。
それはまずい。
だが、明度や彩度を変えるだけならば、影響はほぼないと思われる。
子供達を見ていても色相が同じであれば、ダークブルーの瞳でもアクアマリンの瞳でも得意魔法の属性にも影響なさそうだったし強さなどもあまり変わらなかった。
ほんの少し暗めの色にするだけでも、人の印象はかなり変わるものだ。
「じゃあ、試しにやってみようか」
書き始めた俺の手元を覗いて、不思議な顔をする。
「……なんだ、それ? 文字?」
あ、そっか。
実は【文字魔法】で色指定入れる時は、あっちの世界の文字じゃないと色を現す言葉が少ないんだよねぇ。
「俺の生まれた国の文字だよ」
厳密にはアラビア数字とか記号とか入っているから純然たる日本語ではないのだが、汎用的に使われているものなので!
ありゃ、なんか吃驚している?
そーいえば、言ってなかったか。
「俺は他国生まれなんだよ。十九の時にこの町に来て、養子にしてもらった。成人の儀を皇国で受けているから、帰化扱いじゃないだけ」
「……そう、だったのか……親父さん達と瞳の色が同じだったから、血が繋がっていると思っていたけど……」
嬉しいね、そう思ってくれるのは。
「よし、できた。ちょっと待ってて」
鏡は、部屋に戻らないとないからな。
戻ってきたら、ガイエスがセレステからの不銹鋼船を見ている。
うん、うん、やっぱり、その格好良さ、惹かれるよな!
……なんでそんな、吃驚したような顔してんだよ?
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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第161話とリンクしております。
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