第524話 秋祭りの一日目
さあ!
秋祭りである!
収穫祭である!
今年一年の、山と森と畑と果樹、町を潤してくれた恵みに感謝をする祭りだ。
あれから、ガイエスは二度ほど組んだ方陣を見せてくれたが、残念ながら及第点には届かず。
目の付けどころはとってもいいのだが、ちょーっと
頑張れ、頑張れーー!
君はできる子だから、信じているぞ。
レンドルクスさんの所もマーレストさんの所も、秋祭り用でがっつりとケースペンダントと蓄音器を作ってたのであるが前日までにすべて納品が済んでいる。
委託販売分の千年筆関連も、今回はかなりお高め『漆塗り』バージョンと比較的お安め木製バージョンをご用意。
俺は、食堂前でのスイーツ実演販売に集中だ。
今年最後のスイーツ新作は、秋摘み苺のティラミス風クリームを使ったクレープである。
生クリームに枸櫞を加えて作るマスカルポーネ擬きは、まさに『マス・ケ・ブエノ!』なのである。
お菓子には最高のこのチーズを作りまして、粒が大きく、魔力たっぷりのキラキラ苺と組み合わせましたよ。
自動翻訳さんでもホイップした物としていない物の区別がされていなかったので、ホイップした生クリームのことをうちでは『パンナ』で統一しました。
だから、このクリームは『乾酪風パンナ』ってことですかね。
お祭りの時の定番実演販売には、クレープは派手でいいでしょう?
今回もお子様たちは釘付けですよ……なぜか、ガイエスくんもいますけどね!
「……ずっと見ていられると、作りづらいんだけど……?」
「その、くるってする薄焼き、よく切れないなぁ」
感想が素直すぎるぞ、ガイエスくん。
お子達たちも、うん、うん、と頷いている。
だって、練習しましたからね。
ちょっと失敗した物とかは、クリーム塗って重ねてミルクレープになって店内での提供スイーツにしてあります。
おや、神官さんと神務士さん達もいらっしゃいましたね。
毎度お買い上げ、ありがとうございまーす。
ラトリエンス神官が、お忙しいところ恐縮ですが……と、書簡を渡してきた。
ビィクティアムさんからだ。
いろいろ書いてはあるのだが……『秋祭りの菓子を衛兵隊員達に届けてやってくれないか』と……いつものやつですね、了解ですよ。
後ほど、各門の事務所に苺のミルクレープをお届けいたしましょう。
毎年、毎年、ポケットマネーでケーキを奢ってあげるとか、いい上司過ぎる。
「苺……って、甘いのですねっ!」
シュレミスさんが吃驚しているし、レトリノさんとアトネストさんは無言で頬張っている。
「シュリィイーレの苺は、特別なのですよ」
俺の言葉に頷いている方々は……『酸っぱい苺』を食べたことのある方々、つまり貴族家門のお血筋と言うことだ。
うちのお客さん、七割以上そういう人達だよなー。
ガイエスは我慢できなかったのか、二個目のお買い上げ。
あ、お子様たちが羨ましげに見ている……が、気にせず食べるんだな。
いい笑顔ですこと。
メイリーンさんとマリティエラさんも来ているが、おや、ライリクスさんは?
「家でこれを待っているわ。店内のお菓子も、買ってきて欲しいって頼まれているのよ」
「全然、ファロちゃんから離れようとしないの。ふふふふっ。可愛くって仕方ないって感じで」
思い出し笑いのメイリーンさんも可愛いですよ。
ライリクスさん、ずっと率先して子守しているもんなぁ。
しっかり育休とっているみたいなので、今後シュリィイーレ衛兵隊員達のいいお手本になるだろう。
前例があると、休みやすくなるだろうからね。
そして今はビィクティアムさんもレティさんの所に行っているので、ファイラスさんは大変みたいだ。
あとで衛兵隊の皆様には、お菓子のデリバリーに行ってあげなくては。
「タクトさん、明日も、苺のお菓子なのですか?」
アトネストさんは随分と苺がお気に召したのか、キラキラ笑顔で聞いてくる。
「明日はショコラですねー。木の実や乾燥果実もいっぱい使いますから、そっちも美味しいですよ」
周りで何人か、生唾を飲み込む音がする。
うちのお客さんたちは、ショコラ好きが多いからねー。
バナナがあったらよかったんだけど、残念ながら皇国には現在バナナらしき果物はなさそうだ。
……ミューラやディルムトリエンで絶滅しちゃったのかなぁ……しくしく。
ルシェルス辺りに、原種があるといいなぁ。
本日の実演販売が一段落したころ、ミルクレープを各外門の衛兵隊事務所へとお届けに上がった。
秋祭りの時は巡回も多く、皆さんお疲れ気味である。
北西門にお届けに行った時、衛兵隊員のヴェルエットさんが子供達に囲まれていた。
ヴェルエットさんはうちの常連さんのひとりで、蓄音器が大好きな穏やかな方だ。
「あ、あれ、タクトくん……珍しいね、こっちの門まで来るのは」
「ビィクティアムさんから頼まれましてね。秋祭りのお菓子のお届けです。この子たちは?」
「タクトさんだー!」
おや、手習い所の子供達もいるようだ。
「ここの門の三階からだと、遊文館の屋上が見えるかもしれないから入れて欲しいって言われてねー」
「屋上……?」
「だって! 建物なのに木が生えているのよ!」
「そうだよ、寒いのに緑色なんだ!」
あ、そういえば屋上は公園にする感じで、緑化したんだったな。
冬場も可動式の強化硝子ドームで覆う感じの温室になるから、低木がいろいろ植わっているんだよなー。
そんな建物は他にないから、そりゃ不思議だよな。
「もう少ししたら、入れるようになるからそれまで待ってて欲しいなぁ。その方がきっと楽しいよ?」
ぱぁっと、子供達の顔が明るくなった。
「入れるの?」
「子供は駄目って、言われない?」
「あの『遊文館』は子供のための建物だから、子供達は一階から屋上までぜーんぶ入れるよ」
そう、むしろ大人が入れない場所の方が多いくらいだ。
「ぼ、僕も入れるのかなぁ?」
ヴェルエットさん、子供達に混じってニヨニヨですけど……シュリィイーレ在籍なのかな?
「……いや……僕はまだ……コレイルだ」
「それだと、一階の一部と屋上だけ……ですねぇ」
「二階は駄目なのかい?」
「中二階と二階は、蔵書を寄付してくださった家門の方々とシュリィイーレの子供達だけです」
膝から崩れ落ちるほど、落ち込まれるとは思っていませんでしたよ、ヴェルエットさん……
「コレイルは……ルーデライトは、蔵書寄付していないのかいっ?」
「はい、クリエーデンス家門からもルーデライト家門からもいただいておりませんねぇ」
「……すぐにでも、父上に具申しようっ!」
おおっ、ヴェルエットさんはルーデライトの……『父上』って仰有ったってことは、直系ですか!
あのご家門は確か、第一子の方が嫡子で王都勤めだったよな。
でも、直系だとお兄さんが家督を継ぐまで、転籍はできないもんなぁ。
ルーデライトの蔵書、お待ちしてまーす。
ほっほっほっ、順調ですぞ。
「タクトさんっ、お話の本はいっぱいあるの?」
「あるよー。この町の人達が書いてくれる本も、これからいっぱい増えるぞー。それから、遊文館が開く
ひとりの男の子が、それって絵本の募集のやつだ! と叫んだ。
俺がその通りだよーと言うと、俄然活気づく。
冬場、お子達は本当に退屈だろうし、友達ともなかなか遊べなくて淋しかっただろうからね。
「秋祭りのあとも楽しみなの、初めてね!」
「うん!」
「ふゆでも、あそべるの、うれしい!」
きゃっきゃっとはしゃぎつつ、お子達は三階へ上がることはすっかり忘れて走って行ってしまった。
ふう、お疲れ様……あれ?
「……だめだ……」
ヴェルエットさんが激しく落ち込んだままだ。
「どう考えても、東門閉鎖までに蔵書が届かないっ!」
試験研修生が来るのが
だけどその頃には雪も降り出しそうだし、レーデルスへの山道が凍ると早まるんだよね、東門の閉鎖。
今から蔵書を探してこっちに運ぶとなると、量にもよるけど一ヶ月弱だから難しいかな。
今年は……無理かもしれないですなぁ。
まぁまぁ、一階の本だけでも結構な数ですから……と言っても、がっつり子供向けですけどね。
屋上でお子達と遊んであげてくださいよ。
そしてその日の夕方、ガイエスが持ってきた方陣は結構いいできだった。
多分、実際に使えば解るとは思うが五つくらいは鎌鼬の刃が、目の前で五方向に向かって飛び出すだろう。
意識を集中すれば、一体を五回斬りつけることも可能だ。
「本当か? ちゃんと、できそうか?」
「うん、試してみないとどれくらいの威力かは解りづらいと思うけど……」
この上のグレードにするとしたら、速度だな。
「……は?」
「だからさ、浄化効果の斬撃の速度を上げられたら、有利になるかなーって」
また、頭を抱えた。
速さは必要でしょう?
俊敏は並位の汎用魔法だけど、この橋渡しの『空力操作』技能とは相性がいいからすぐに組めると思うよ。
頑張れー。
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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第160話・『アカツキは天光を待つ』の第83話とリンクしております。
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