第523話 方陣魔法中級講座

 ビィクティアムさんがセラフィラントに行った翌日、どうやら無事に『セラフィエムス卿の第一子』がお生まれになったようだ。

 男の子、嫡子の候補である。


 そのことが発表されたのは五日後の本日、充月みつつき十五日。

 当然、皇国全土がお祝いモードだ。

 迅雷の英傑の人気は、伊達ではない。


 名前は既に決まっているが、一般臣民への発表は半月後になるらしい。

 その時に『生誕時の詳録』も発表するのだという。

 ……包み隠さな過ぎですよ、セラフィエムス家門。

 その後も、神認かむとめの儀の度に、発表になるので皇国全土で『成長を見守る』感じになるのだ。


 これ……ビィクティアムさんは相当つらかっただろうなぁ。

 折角素晴らしい魔法があるのに、魔力量が低かったせいで使えなかったから段位も上がらず、全然他の魔法も増えなかっただろうし……

 精神力が鍛えられないと、セラフィエムスでいることも難しい訳だ。

 そりゃ【耐性魔法】が出るのも、その段位が高いのも納得だ。


 一年後は、ビィクティアムさんとレティ様のご婚姻式……かぁ。

 その時に初めて、レティ様がお披露目になる訳だね。

 見たいなぁ。

 カメラを誰かに渡して、録画してもらえないかなぁ。


 あ、前に法制からもらったコレイルのダイヤモンドで、結婚祝いを作って差し上げようかな。

 だけど……そうだ、ちょっといいこと考えたぞ。

 いやいや、まだ先のことだから、それまでにまた気持ちが変わるかもね。


 あれ、そういえばエルディ殿下の結婚式は……確かもうお二方とも終わっていたはずだが殆どニュースが流れて来ていないな。

 まだ王都での挙式じゃなくて、それぞれの皇妃様達のご領地での誓約だけだからかな?


 王都での挙式はセレディエ様が待月まちつき中旬で、スフィーリア様が晦月こもつき初旬……

 シュリィイーレに、一番ニュースが入って来ない時期だよな。

 うん、春になったらお祝いのお手紙が届くようにしようかな。


 ビィクティアムさんへのお祝いムードのシュリィイーレでも、懐妊時の祝い飴を食べて乾杯である。

 この時は、酒場も昼間から盛り上がる。

 シュリィイーレは比較的、酒飲みが少ないイメージだ。

 あまり酒自体が入って来ないからというのもあるけれど、お貴族様の傍流の方々は……あまりお酒に強くないのかもしれない。


 うちでは、美味しいケーキでお祝い。

 父さんも母さんもにっこにこだが……父さんは嬉しいのか、涙ぐんだり鼻をすすったりしつつ祝い酒を飲む。


 ま、俺も酒を飲んじゃうと神眼が制御不能になっちゃうから沢山は飲めないんだけど、ちょこっと付き合いましたよ。

 キラキラ大暴走で、歩くどころか立てなくなるし本当に少しだけ。

 体力付いたら、飲んでも大丈夫なのかなぁ。

 目って、鍛えられないもんなんだろうか。



 部屋に戻ったら、ガイエスから方陣について聞きたいことがあるから来てもいいかとメールが届いていた。

 買い食いしないといけない時間だったんで『東市場あたりで甘くない美味しそうなものを買ってきてくれ』と頼んで、家で待つことにした。


 ……十分もせずにやってきたんだが……買い物、したのか?

 俺はスイーツタイム後の二度目のお昼、ガイエスにはお菓子を用意。


「また、ちゃんと昼食を食べていなかったのか?」

「『また』って……食べてたよ。今までも今日も。ただ、量が少なくって、もっと食べろって医師に言われた」

 呆れたような顔をされた。

「食わずに魔法使って倒れた、とかか?」


 しまった、否定しづらい……いや、倒れたというか、寝こけたというか、むにゃむにゃむにゃ……

 おまえもエトーデルさんのこと言えないな、と溜息をつかれて靴を作った時のことを聞いた。


 エトーデルさんは案の定、ほぼ何も食べず眠らずで靴作りを楽しんでいたらしい。

 だからって、俺はそこ迄じゃないぞ!

 俺が相当不機嫌そうな顔をしていたのだろう、別に怒っている訳じゃないし、と買って来てくれた食べ物を……おおおおっ!


「串揚げー!」

「旨いんだよ、これ。野菜のもある」


 パン粉や衣をつけたフライ系と言うより、片栗粉をまぶしただけとか素揚げっぽいものだけどキラキラ赤属性である。

 揚げている油が動物性なのか、俺の不足しているものにジャストフィットだ。


「どのへんっ? 東市場だよな?」

「えっと、緑通り寄りの、布製品があるところの奥の方だ」

「今度行こうー。あ、いくら?」


 思ってたより安いし、旨ーい!

 そっか、あっち側全然行ってなかった。

 東市場広いから、雑貨とか服飾の方にも食べもの屋があるんだなー。

 ……あ、マヨネーズつけて食べてる……腕白過ぎないか?


 俺は醤油かなー……今度ウスターソース、作ろう。

 この間、レイエルス侯からもらった調味料の中にも似たものがあったんだよね。

 ロンデェエストのエルェラァラって町で、よく使われているものらしい。

 甘口だったから、もう少しピリッとしたものも欲しいなーと思って。


 揚げもの祭りをしてしまい、ガイエスにはデザートに今年最後のメロン様。

 スイーツにするのもよかったのだが、めちゃくちゃ美味しくできたのでそのままで食べてもらった。

 俺もこれなら、腹一杯でも一緒に食べられるし。

 うまままままーー!


 ふたりして満腹うきうきになったところで、方陣について何が聞きたいのか……という本題に入った。


「……風刃に、炎?」

 しかも、全体攻撃用だと?

「解ってる、おまえが攻撃系は作らないってのは! だから、どういう考え方で作ればいいかだけ、教えて欲しいんだよ」


 まぁ、そういう気を遣ってくださるのは大変ありがたいのではあるが、いきなり方陣改造初心者が手を出す案件じゃないって!

 もそっと、初歩からやろうや!


「そんなに、難しいのか?」

「かなり、難度は高いな。『空系』で揃えているからできなくはないって考えたんだろうけど、使用魔力量が段違いだから橋渡しの技能系方陣がしっかりしていないと無理」

「……やっぱりか」


 おや、予備知識なしでもある程度の認識があったとは、流石は方陣魔法師だ。

 それとも、この間の教会の本でいろいろ書かれているものがあったのかな?

 あそこのは、まだ全部は読めていないもんなぁ。


 では、基本はあると考えての中級編になっちゃうけど、やりたいって言っているから説明いたしましょうか。

 組んだ方陣を見せてもらうと、組み込んだ技能系がちょっと弱いしいろいろ足りない。


「足りないのか?」

「方陣っていうのは、基本的には『地系』だ。だから『空系』の魔法として使う場合は視界に縛られる」


 使用者のいる位置から、視界の方向だけにしか魔法を『飛ばす』ことはできない。

 だから、有効範囲の指定を明確にしないと、魔法が行き場を失うことが多い。


「それで、火炎にも風刃にも『眼界において』なんて呪文じゅぶんが書かれていたのか」

「『地』は上方向には弱いからね。区切ってあげないと。で、魔力はどうしても中位の方に集中しがちなので、余分なことをしないように形と数を指定」


「刃の形と数……か。それって、都度変えることはできないのか?」

「方向を犠牲にしていいならやたらめったら出すこともできなくはないけど、その場合は魔力量がかなり必要になる割にひとつひとつは弱くなるよ」

「……意味がないな」


 どの程度の攻撃を望んでいるのかと聞いたら、場合によるが光の剣の『殲滅雷光』とは違う伝播方式で相手を怯ませるものが欲しいのだという。

 でっかいギロチンみたいな刃でズバッと一刀両断完全焼却という訳でも、鋭い回転する風の漸撃でミンチにしてすべてを燃やし尽くすとかでもなく……足止めだけでいいのかぁ。

 なかなか、穏便な全体攻撃だな。


「んー……風刃を全体攻撃に使うのはいい発想だと思うんだけど、火炎である必要は?」

「いや、単なる思いつきで。どうせ、燃やすか浄化のどっちかだから」


 拘りないんかーーい!


「んじゃ、風刃に浄化効果を足す方が、方陣との相性もいいと思うんだけど、どう?」


 驚いているので、想定外だったのか……あ、殲滅光があるから、浄化の方は考えていなかったって感じかな?


「相手は、魔獣か魔虫なんだろう? 燃えにくい環境だってあると思うし、浄化の方が使い勝手はよさそうだと思うよ。そうしたら『浄化の方陣』はあまりいじらず、風刃を沢山出せるように組み替えればいい。浄化には『地系』特性があるから、橋渡しの技能系方陣も選択肢が増える」


 浄化が効きにくくて炎しか駄目っていう魔獣がいるとしたら、むしろ変に混ぜものがない【炎熱魔法/緑】の方がいいだろうし。

 サポート的な全体魔法でいいというのなら、カットした箇所に浄化が入った方が魔獣へのダメージはありそうだから足止めとしても優秀だと思う。


 ……あ、頭抱えた。

 うん、方向転換する時は、そんな感じだよね。


 自分で試してみるって言ってたから、橋渡し用に技能系方陣をいくつか教えてできあがったらまた見せてもらうことにした。

 本当は『方陣魔法大全』を読ませてあげたいところなんだが、あれは改訂版も既に『神書』認定されてしまっている。

 所持は勿論、複製も複写も駄目ということだ。


 持っていてはいけないものなのだから、俺が『本』として見せることはできないが、聞かれたら俺の知識として教えることはできる。

 そもそも『神書』は、内容を誰にも話してはいけないなんていう『禁書』ではない。

 外に持ち出したりしないで、指定された場所で読むだけという『禁帯出』ってことだし、自分で覚えて実践することを咎められることもない。

 それに、折角の理論だって実践されなきゃ発展もない。

 特に……火炎とかに代表される攻撃系は……俺は検証する気がないからな。


 頑張ってくれ給え!

 皇国における攻撃系方陣魔法の発展は、君にかかっているぞ!



********


『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第159話とリンクしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る