第522話 本の開示予定
絵本候補の第一次審査が終わり、最終に残った各話の絞り込みが完了した翌日。
久しぶりにビィクティアムさんの家に呼び出されたので、一緒に……ビィクティアムさんは遅めのランチ、俺はお昼の間食を食べることに。
話はきっと、この冬の体力増加トレーニングについてのことだろう。
「まぁ、それが最初だが」
他にもあるのか。
「去年と同じように試験研修生のことがあるから、すまんが暫くは体術訓練が行えない」
ですよねー、それは存じておりますから、大丈夫ですよ。
体術トレーニングが始まるまでに、ある程度は筋力・持久力つけられるようにちゃんと食べて運動をしていきます!
「そうだな、下準備はしていてくれ。訓練は、試験研修生とは別に『衛兵隊員の訓練』への参加で行う」
よかったー。
試験研修生と一緒だと、何で試験も受けていないやつが? っていう白い目に晒されるのではと思って、ビクビクしていましたよー。
俺がそう言うと、おまえがそんなことで怯むものか、と呆れたような声を出された。
やだなぁ、俺は結構小心者ですよぉ?
「訓練については、詳細を決めたら連絡する。それと……」
ビィクティアムさんが話し始めたのは、支配系魔法関連のことを含めた『生命の書』と極大方陣と【星青魔法】について語られている『星々の加護の書』を同時に皇家と貴族家門に開示するということだった。
これは、ちょっと驚いた。
生命の書の方は開示されるとしても、星々の加護の書は一部だけではと思っていたから。
「【星青魔法】のことも、発表するんですか?」
「ああ。それが極大方陣の魔法とまでは言わないが。いくつかの『失われし魔法の復活』は、他の家門の使命にもある。一助にもなるだろうし……その魔法の実在を、俺が示すことができるからな」
きっとその魔法を持つのが俺だけだったら、セラフィエムスでは【星青魔法】の書かれた本を、大貴族達だけとはいえ完全公開まではしなかっただろう。
だが、原因は解らないが現時点で極大方陣に生け贄を捧げて魔法を授かるという、誤った方法が少なくともかつての下位貴族に浸透している。
もしかしたら、臣民達だって聞きかじりで知った気になっている者もいるだろう。
それは、正さなくてはいけない。
その魔法を得るための条件、本当に必要なもの、そしてたとえその魔法が得られたとしても、絶対に『大貴族』にはなれないのだということを示しておかなくてはいけない。
「ビィクティアムさんが、また詳録を開示するってことは……段位のことも解っちゃいますよね?」
「そうだな。だが、おまえはそれを開示する必要はないし、秘匿して当然だから気にしなくていい」
ありがとうございます。
その辺は……もう一度考えます。
取り敢えずの完全公開はまず、皇家と十八家門のみ。
その後、絶対に臣民にまで開示するのは『支配系魔法ではなく精神系魔法』であることとその正しい解釈、防ぐ方法などを記したもの。
【星青魔法】の存在と極大方陣についての情報の訂正だけは必ず行い、それ以外については検討中ということのようだ。
そしてビィクティアムさんの詳録が【星青魔法】実在と、これらの文書の信憑性の証明のために公開されることになるという訳だ。
多分、この【星青魔法/剛】の公開は、マントリエルのコーエルト大河護岸工事を請け負っているせいもあるだろうな。
実はこの工事に、リバレーラの軟弱地盤の護岸をした時の腕を買われたヴェルテムス師匠とセルゲイスさんも参加するのだ。
遊文館建設終了時に師匠が、セラフィラント港湾工事部との連携工事だと楽しそうに言っていたのだ。
セレステ港でも使われている『潜函工法』……所謂、ニューマチックケーソン工法によく似た工法を使うらしい。
魔法があるからまったく一緒ではないようだが、軟弱地盤には非常に有効なのだとか。
「ただなぁ……俺達が出しゃばるからか、マントリエル公が何もしないからか……いろいろ周りの声が煩いんだよ」
ビィクティアムさんの溜息も、納得である。
うーむ……確かに氷系の魔法は、築港作業にも護岸工事にもあんまり役に立つとは、思えない気がするよなぁ。
ハウルエクセムの【塊岩魔法】とセラフィエムスの【星青魔法/剛】にカルティオラの【空封魔法】で、役に立っていない可動堰の完全撤去と岸壁部分の修復が完了している。
運び出したのは魔導船だが、それに撤去資材を載せるための魔法はゼオレステの移動系魔法だ。
そいつを素材にしてセレステで加工された資材が再度運び込まれ、カルティオラの空力系魔法を使って気圧調整をしながらケーソンを設置する掘削作業を行うという。
魔魚遡上もあるかもしれないし、自然に沈下していくのを待つことができないから、圧気しての作業が必要なのだろう。
ここでも大活躍は、ゼオレステとセラフィラントチームだもんな。
マントリエルのことなのに領主様何やってんだ? って、領民達がざわついても仕方ないかもしれない。
「地下水を抜く作業や転圧はどなたが?」
「俺とレナリウスだな。あいつが空間範囲を魔法で指定して、俺が【制水魔法】と【制御魔法】を『水性鑑定』と一緒に使うと割と簡単にできる」
そいつはとんでもなく魔力を食うんだろうなぁ、と想像できる。
多分、カルティオラ卿とふたりで上手くいくか試したんだろうな、既に。
本当にセインさんもドミナティア卿も、まるで出番なしだなぁ。
せめて、港近くの村や町の整備をする方に、ドミナティアの魔法が使えれば臣民達の人気も上がりそうなんだが。
「港近くの施設建設はやっぱり石造りなんですか? それとも、セレステみたいに金属で補強とか?」
「あの辺りは全体的に地盤が緩いから、転圧までは俺達と土系の魔法が使える魔法師と石工師で行うのだが……土台は石造りでも、
そっか、煉瓦……寒冷地だと、凍結融解とかしちゃうからセラフィラントやリバレーラで使われているものだと脆いってことじゃないだろうか?
それくらいだと【強化魔法】で、なんとかなるのかな。
だけど、寒さ対策とか、液状化対策で重さの軽減とかも必要だから石でも煉瓦でも魔法付与と維持は大変だろうなぁ。
ん?
断熱……で、軽量化できる煉瓦……あったよな?
遊文館作る時に、調べたんだよね。
元々の断熱効果が高ければ、魔法が多少弱くなっても大丈夫だから。
俺は内装のタイルにしたけど、煉瓦にもできるんじゃね?
「断熱、煉瓦?」
「地盤に水が多くて、転圧したとしても重いものが載れば液状化の危険も増しますし、魔法付与の効きが悪くなっても寒さの軽減ができた方がいいと思いまして」
そう、煉瓦の中に気泡を作るのだ。
といっても、空気系の魔法ではない。
今回はドミナティア活躍の場を設けるために『凍り豆腐』の作り方を参考にした断熱煉瓦を作るのだ。
「粘土に水を混ぜて凍らせ、乾燥させてから焼く……ということか?」
「それだけでは強度が保てません。氷の結晶が、大きくなり過ぎてはいけないのです」
そう、俺が読んだ本には水はゲル化し、更に氷の結晶を発達させ過ぎずハニカム構造を維持させる『孔』をなるべく均等に開けるため『不凍蛋白質』を混ぜ込むと書かれていた。
その蛋白質は水の周りに纏わり付いて必要以上に凍らないようにしてくれる、極地の魚の血液とか昆虫、植物にも含まれるものだ。
身近なところではキャベツや人参に含まれているので、雪の下に埋めて冬を越させ甘ーくなるのもこの蛋白質の作用で凍らないからである。
本当はメイリーンさんにリルーゴの蛋白質を見せた時のように、そういう物が存在するところから視せて理解してもらうのが一番いい。
だが時間もないし、ここでドミナティア以外の人が活躍してしまうのも主旨に反する。
「材料を揃えて、その入れ物に俺が作った方陣で魔法発動の文字を付与してください。できあがった『煉瓦の材料』を成形して急速に凍らせてから空気の圧力を下げ乾燥させて、焼成してください。今までの物より硬くて、断熱効果の高い煉瓦になります。そうすれば付与する魔法は【強化魔法】に重点がおけますから、魔力の保ちもよくなるはずです」
「作ったことがあるのか?」
「遊文館の内装に使っている飾り羽目石を、同じような作りの陶磁器で作っています。俺が作ったものは凍らせてはいなくて、空気の粒を入れ込んだだけで強度が低いのです。でも、この急速冷凍乾燥法を使えば、焼き上がった煉瓦は強くなるはずです」
「おまえの、生まれた国の技術か……」
はい、その通りでございます。
魔法があるから簡単にできちゃうけど、結構大変な画期的製法なのですよ。
「ただ、この煉瓦はあんまり水には強くないので、常に水がかかるところは不向きです。防水ができる魔法も、付与しておくといいかもしれません」
「その材料を作る魔法付与の方陣は、どれくらい使える?」
「最初に起動した時から、だいたい十日間……くらいですね」
「充分だ」
いつかこの魔法も【文字魔法】以外でもできるようになって欲しいから、蛋白質の判別方法とかゲル化のやり方とか本にしておきたいね。
セラミックスの加工になるから……陶工の人達向けかな?
陶工組合って、シュリィイーレにあったっけ?
「それから、神話の第五巻……なんだが」
おお、そろそろ話題に上ってきましたか?
「まだ少し先になりそうだ」
「……やっぱり」
ビィクティアムさんは心当たりがありそうだな、と言うだけだから、まだ訳文を読んではいないんだろうな。
神話の五巻、最終巻は『夜』が描かれている、つまり宗神がメインの神話だ。
いままで英傑や扶翼達が、神々の言葉を忠実に守り紡いできた数々の物語が神話の一巻から四巻にまとめられ、夜の部分が一巻分しかないのは『誰もが眠っている』から。
ここでの登場人物は少なく、暗闇の中で水平線が曖昧になった『空と海の境が解らない世界』に目覚めている神の言葉を元にした物語だ。
彼らは人々の夢の中などに出て来る話が多く、昼間と違った姿の神々を語る英傑や扶翼達が描かれている。
そう、主神の女性格『シシリアティア』と、宗神の男性格『スサルオーラ』がメインなのだ。
宗神の女性格である『スサエレーザ』が出ている話は、昼間だから五神メインで語られる時間帯のせいか、たまにしか出てこない上に女性格とは解りづらい。
しかし、シシリアティアは物語の中では人々の夢の中に出て来て、宗神の言葉を伝えたり英傑たちを労ったりとものすごーく出番が多い。
だからこそ、皇宮の庭に彫像が作られていたのだろう。
そしてスサルオーラが、シシリアティアを讃える言葉は女性への褒め言葉としか思えないので誤魔化しようがない。
しかも、しっかりと『主神と宗神はすべてをその内に得ているので、男性であり女性である』と、種明かしがされている。
ここら辺を聖神司祭様達は、どう受け止め、どう解釈して人々に伝えるか……が悩みどころだろう。
そういう概念、全然なかったんだろうからね。
噛み砕いて納得するまでは、時間がかかって当然だと思っているので年単位で議論されても仕方なさそうだなーと思っていたのですよ。
ま、俺としてはこちらのインパクトにお悩みいただいて、生命の書と極大方陣のことはこれに比べたら大したことないから開示しちゃおう、って考えてくれたらラッキーだなーと。
開示の時に、ビィクティアムさんの詳録が見られるなら……どこまで記載が増えているか、不謹慎ながらそちらももの凄く興味がある。
芸能人のデータが見たい、ミーハーみたいなものですけどね。
それと……どこにも『月』は出て来ていないんだよねぇ……その辺も気にはなっているんだけど、アーメルサスの教典とはまったく別系統ってことなんだろうなぁ。
本当に、空に『月』という天体があったかどうか、から疑うべきなのだとしたら資料がなさ過ぎるんだよ、まだ。
そんなことを考えていた時、ビィクティアムさんがしていた腕輪から強い光が発せられた。
「……! すまん、タクト、すぐにセラフィラントに行く。後のことは又……」
「はいっ! レティエレーナ様と、お子さんのご無事を祈っておりますので! あ、琥珀の髪飾り、絶対に着けてあげてくださいね!」
「解った!」
……おお……『移動の方陣』か。
教会の、セラフィラントとの方陣門の部屋に飛んだんだろうなぁ。
素早い。
さて、俺は……取り敢えずこの家の戸締まりをして、お家に帰りますか。
女の子かなー、男の子かなー。
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