第520話 リハビリロードワーク開始

 魔法制限令が出ているが、ケースペンダントとか音源水晶とか小燈火用の電池、湧泉水筒の方陣鋼作成などはそこそこ毎日ある訳で。

 だが、それらは全部『付与の方陣』で【集約魔法】にしている文字をスタンプするだけで対応できるようにしてあるから、なんとかカバーできている。


 方陣鋼の新規作成を一時停止し、リユースできるものを魔法師組合から回収するから水筒は問題ない。

 移動の方陣鋼で魔法が必要なベース作りも【複合魔法】と【集約魔法】でオート化してあるし、作業指示の【文字魔法】プレートは魔効素変換吸収方式だから俺の魔力は要らない。

 保存食のパッケージも同じ方式でノープロだし、自販機の補充も問題なし……


 新曲の音源水晶が、暫く作れないくらいだなー……

 訳を話して音楽家組合にお詫びに行くと、身体の方が大切なんだから気にしなくていいと言われた。


 千年筆も、新作は暫くおあずけだ。

 まぁ、そこそこ作ってあるので、ナトレシェムさんの所の販売分は問題ない。

 三椏紙がなくても、冬前だからガッツリとウァラクから樅樹紙が入ってきているので、ノートやメモ用紙の在庫は平気。


 簡易調理魔具は、一般用もお子様用も腕輪部分を作ってもらえる加工工房を見つければ、方陣の付与は他の方陣鋼と同じでスタンプできるから大丈夫。

 魔石の水晶は既に加工済が沢山あるし、腕輪加工も現時点では俺の作り置き分があるから来年の春で問題ない。

 ……うん。

 意外と平気かな?


 ちょっと滞るのは翻訳作業だが、その辺も今は急ぐものもないから冬中かけてのんびりやればいい。

 辞書と図鑑かなー……問題は。

 冬前に間に合わせたいんだが、俺の魔法が解禁にならなくては最初の一冊が作れない。


 秋祭りの新作菓子、どうしようかなぁ……

 今年はラディスさんの秋摘み苺がそれはそれは素晴らしいできなので、苺を使ったスイーツにしたいのだ。

 来月の、少なくとも十日くらいまでには、制限解除ができなくては!


 という訳で、一日のスケジュールを組んで動いてみた。

 まずは早朝に、お子様達との蓄音器体操。

 その後は必ず市場付近を通り、早く開けている屋台などで買い食いをしつつロードワーク。

 家に戻ったら、ストレッチをしてから朝食。


 マーレスト工房とレンドルクス工房から運ばれてくるケースペンダントに、強化などの魔法を付与する俺の意匠マークを付けるから、ここで一回目の方陣札使用。

 音源水晶は十日に一度だから毎日はカウントしないし、湧泉の方陣鋼も同じ。

 移動と目標の方陣鋼に方陣の付与で、札を使用したのが二回目。

 ここらあたりで母さんがランチタイムの準備をし始めるので、手伝って一段落したらみんなで早お昼。


 ランチタイム・スイーツタイムとこなしたら、俺は今度は別の食堂か屋台で遅めのランチを提供している店の軽食を食べたり買い食いをしつつ市場徘徊。

 常に飲み物は水とそれ以外を持って移動し、豆菓子を常備。


 コレクションに入れちゃうのは取り出す時に魔法を使うことになってよろしくないので、肩掛けか斜めがけの軽量化鞄に入れてある。

 市場で買ったものがあった時は、転送も鞄に仕掛けてある『転送の方陣』を使う。

 これで、方陣の使用は三回目。


 ちゃんと自分の足で歩くか走るかして家に帰り、夕食時の手伝いをした後に晩ご飯。

 そしてスイーツ。

 お菓子をつまみつつ、辞書の文字書きと図鑑の説明文清書。

【迅速魔法】が使えないので、ゆっくり書いていくから寝るまででも一ページ書けるかどうか。

 この時の千年筆への魔力使用で、四回目。

 その後、時間があったら本を読む……くらいで、なるべく早く就寝することと言われている。


 三日ほどやって、一日中なんかしら食っているな? と呆れかえる。

 それなのに、満腹感どころか食べ物を目の前にするといくらでも食べられるのだ。

 どんだけ枯渇していたんだ、俺の身体……


 ただ、いままで決まった場所ばかり行っていたが、買い食いをするとなったらあちこちへと今まで殆ど通ったことのない小道まで入るようになった。

 ものすごく可愛い小物屋さんとか、間口が小さ過ぎる本屋さんとか、一般民家の窓をちょっと改造して売っているお菓子やさんなんかも見つかって面白くて堪らない。

 そして、たまにカバロに乗ってポコポコと町中を歩いているガイエスも見かける。

 散歩をさせていたり、壁際の緑地帯で走らせてやったりしているみたいだ。


 騎乗してまわっていても頻繁に降りては、あちこちで買い食いをし『門』も使って移動もしているみたい。

 ……シュリィイーレを満喫してやがる。

 いいことだ。



 そして、俺が外出禁止でモヤッとしていた頃に、マリティエラさんとライリクスさんの娘さんの『生誕の加護』を賜る儀式が終わっていた。

 名前は『ファロアーナ』という、今までドミナティアでもセラフィエムスでも名付けられたことのない名前に決まった。


 どちらも直系なのに、敢えて先祖などに肖った名前を付けなかったことで『シュリィイーレから出る気も出す気もない』と宣言しているかのようだ。

 そんなご両親の思惑なんて関係なく、可愛い名前だからいいんだけどね。


 ファロアーナちゃんは、ライリクスさんとそっくりのエクルベージュよりちょっと濃い亜麻色の髪でふわふわの猫っ毛だ。

 くるくるとまではいかないけれど、お父さんそっくりの癖っ毛だろう。


 そして開いた瞳は、もの凄く綺麗なローズクオーツのような輝きのピンク色だった。

 この色もまた、両家にはまったく現れたことのない色だという。

 魔力が安定する頃に変わる可能性もあるが、五歳までは多分変わらないということだ。


 数千年ぶりに結ばれたドミナティアとセラフィエムスのお姫様に現れたこの色の宝石が、今後流行ることは間違いあるまい……


 そして予想通り、緑属性の魔法があったらしい。

 どんな魔法かまでは聞いていないが、血統魔法ではなかったようなのでふたり共少し安心していた。


 血統魔法があったら、どちらかの家門に名前が連ねられてしまう。

 そのことをとても……多分、ライリクスさんが嫌がっている。

 そんなに『ドミナティア』が信じられないんだろうか……ご実家と何があったんだろうなぁ。

 詮索する気はないが、気にはなる。


 たまに、市場で買い物をしている神官&神務士コンビも、よく見かける。

 今の時期は西市場の林檎と栗、そして南東市場の根菜類と教えてあるので、実践してくれているようだ。

 そろそろ、最後の肉ゲットのスパート時期だということも覚えているだろうか。

 明日辺り東市場で見かけなかったら、教会に行って教えてあげなくては足りなくなりそうだ。



 充月みつつきに入り、町の中が秋祭りの準備モードに切り替わる。

 そして、俺としてはお祭り前の大仕事。

 絵本コンクール入選作品の選定だ!

 思っていた以上に応募作が集まり、中には『子供向け絵本』を飛び越えた素晴らしいものも提出されている。

 ……もうね、皆さん才能あり過ぎですよ!


 集められた応募作は全部しっかりと拝見いたしまして、子供達に誤解を与える『いい加減』な絵ではなく『良い案配』のデフォルメができているか確認中。

 精密で緻密な作品から、大胆で大らかな画風、可愛くて思わずグッズが欲しくなっちゃうものまで。


 そしてその手法も実に様々で、よくこんなことを思いついたな、というものもある。

 近日中に司祭様とビィクティアムさん、そしてレイエルス神司祭にもお越しいただいて、うちの応接室で第一次審査を行う。

 第二次審査……というか、最終審査は遊文館の落成式の時に候補作品を展示して、いらしてくださる皆さんに投票をしてもらうのである。


 今日は、父さんと母さんもデートでうちのランチがお休みだから、帰りに外門食堂にでも行こうかなぁと思いつつ、司祭様のご予定確認とレイエルス神司祭やレイエルス侯にご連絡をお願いするために、教会へとやって来た。


「という訳で、テルウェスト司祭のご予定は如何かと」

「万障繰り合わせ何時如何なる時にでも伺います」

 そ、それは、ありがとうございます……?

 そんな、キラキラした瞳で……

 こんなに絵本を楽しみにしていてくださったとは、感激ですよ!


「タクト様、そろそろ昼食にする予定なのですが……もしよろしければ、ご一緒に如何ですか?」

「え、でもいきなりひとり増えたら、作るのも大変でしょう?」

 神務士さん達はまだたまに失敗があると言っていたから、食材の備蓄だってギリギリでしょ?

「彼らはタクト様と一緒なら喜ぶと思うのですが……ちょっと、厨房に確認に行きましょうか」


 教会の厨房は、この間チラ見しただけでちゃんと見ていないんだよな。

 ちょっと見たい……という好奇心で、ご一緒させていただくことに。

 すると扉が開いていて、シュレミスさんの声が聞こえた。


「……別に僕は近付きたいとか、お話をしたいというのではないのだよ! ただ同じ空間にいる、それだけで素晴らしいではないか!」

「しかし、それだと別に……今、同じ町にいるのだからそれだけでも……」

「より! 近くに! だが決してお邪魔にならない距離で、僕の存在に気付かれなかったとしても、なるべく近くでいろいろ拝見したい! どんなものをお召しになっているとか、どんな声なのかとか、何がお好きなのかとか、どれくらいの歩幅で歩くのかとか! そういう、一挙手一投足を、この目で見たいと思うものだろう、憧れるということは!」


 素晴らしい熱弁だ。

 だが……どこかで聞いたことがある……あ、そうそう、カルチャースクールに来ていたおば様が、某アイドルグループに嵌った時に同じことを言っていたなぁ。


『推しに認識してもらいたい訳じゃないのよ。ただ知りたいの。その姿が見えるだけで、同じ空間にいるというだけでそのすべてが輝くのよーー!』


 という理論展開で、カリグラフィー講座の曜日を変えて欲しいとか言われた記憶がある。

 おば様の『推し』が出るレギュラー番組が、受講曜日とかち合ったとかで。

 録画してください、とご要望はお断りしたが。


 シュレミスさんの『推し』は誰なんだろうなぁ……と、ちょっと吹き出してしまったせいでふたりに気付かれた。

 ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ。

 いや、いいと思いますよ『推し』のいる人生って。

 俺がインクとか万年筆のメーカーを応援するのに、新商品全買い! とか言っちゃうのと一緒だもんな。


「シュレミス……気持ちは解りますが……手が止まっていますよ?」

「はいいっ!」

「それと、作っている途中で申し訳ないのですがね、タクトさんもご一緒いただきたいのでひとり分、増やせますか?」

「万難を排し必ずや最高の料理をお届けいたしますのでお任せください」


 戦場で敵将を討ち取ると主君に誓う武将のようですよ……シュレミスさんは、チャレンジに燃えるタイプなのだろうか。

 少なくなっちゃう分の食材は、今度買って来ますからね。


 あれ?

 気にしていなかったけど、簡易魔具で作った料理って方陣に魔力を入れた人の色相になるのかな?

 起動した人と違っていたら、どっちが強く出るんだろう。

 これはちょいと、観察してみなくては。


 作っているところを後ろから見ていると、魔具が起動されると起動時には本人のものが大きくその後は緑魔法であるからか、本人の魔力に緑が墨流しみたいに入り込んでいる。


 パンを作っているアトネストさんも同じだ。

 シュレミスさんは聖神一位で、風系が得意なのかな?

 同じ青魔法系でも、アトネストさんは水系だからか微妙に色が違うのが面白いなぁ。

 アトネストさんは『洗浄の方陣』に慣れれば、風系もその内使えるようになりそうだから余計に楽しみだよね。


 テルウェスト司祭に聞いたところによると、方陣にはサポート神官さんの魔力も入っているらしい。

 だが、取り出す時に使われる魔力の色相や加護に影響されるみたいだな。

 ふむふむ、ふたり以上が同じ魔具を使うところを見るのは初めてだからいいデータになるなぁ。

 今度是非とも、レトリノさんの料理もご相伴に与りたいところだ。


 そして意外と、方陣の耐久性がいいようだ。

 使い方が上手いのか?

 ちゃんとすっからかんにせずに、気をつけて魔力チャージしてくれているのだろう。

 やはり、道具は使い手次第だなぁ。


 昼食は、ローストした鶏肉の葱ダレと茹でたジャガイモのマヨネーズ和え。

 美味しいー!

「シュレミスさん、料理上手ですねぇ」


 俺がそう言うと、ご本人よりもアルフアス神官とヨシュルス神官がドヤ顔だ。

 指導している神務士さんにできることが増えていけば、そりゃ嬉しいか。

 蓄音器体操のお子達がいろいろできると、俺もそうだもんな。

 楽しくお話などして、美味しくご馳走になってしまった。


 そしてシュレミスさんの『推し』が貴族家門の方々で、セラフィラントとリバレーラが『最推し』だが、基本は『箱推し』らしい。

 ふっ、この言葉、使ってみたかったんだよな。

 口には出しませんけどね、流石に。


 ならばシュリィイーレの衛兵隊は、シュレミスさんにとってはアイドルグループ以上なのだろうなぁ。

 どうやら副長官のファイラスさんがリヴェラリムの方とは知らなかったようで、話が出た時にはめちゃくちゃ感動していた。

 レトリノさんもちょっともじもじしているから、貴族家門は基本的に芸能人的に捉えられている一面も大きいのだろう。


 確かに遠すぎるもんな……そうか、アイドルというよりは『銀幕のスター』って方がしっくり来るかな?

 九星家門も九彗家門も、まさしく『星』だしねー。


 そして翌日に、御礼も込めてお肉とか小麦粉とかをお贈りした。

 少なくなった葉物野菜の補充にと、家で育てたルッコラ、水菜もご一緒に。

 お醤油も一瓶どうぞ。

 肉にも野菜にも合いますからね。

 ちょっと奮発し過ぎたのか恐縮されてしまったが、俺の作った野菜もあるんで食べて欲しいのですよ。



 そしてそれから、八日目。

 そろそろ食べることにも慣れてきたし、運動のルーティンもできあがった。

 今一度、いざ征かん、関ヶ原!

 ではなくて、健康診断!


「……まぁ、いいでしょう」

 よっしゃーーーーっ!

「だけど、魔法を使い始めたら一回に食べる量をもう少し多くなさい。また、十日後に来ること! いい?」

 はいっ!

 ナナレイア先生!

「タクトくぅん、肉はもっと食べるのよぉ?」

 はい、ファリエル看護師長!


 これで遊文館内装の仕上げができるーーー!



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『アカツキは天光を待つ』の第79話とリンクしております。

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