第519話 体重増加計画

 気がついたら朝で、自分の部屋のベッドの上だった。

 昨日、みんなで祝い膳を食べ終わったところまでは覚えているんだが、その後は酒を飲んだ訳でもないのにとんと記憶がないので寝ちゃったのだろう。

 恥ずかしーーーー!

 ごはん食べ終わってその場でコテンとか、お子様過ぎだろうがー!


 お祝い事の翌日は、どこの店でもお休みだ。

 うちも自販機以外はクローズで、父さんと母さんは昨日までのバタバタからちょっと落ち着いている。

 朝ご飯のあと、遊文館の様子を見に行こうかな、と思ったら今日はうちにいなさいと外出禁止令が出た。

 どうやら、昨日の俺はまたしても『体力限界』で寝こけてしまったということらしい。


 まずい。

 このままでは、事あるごとに魔力不足で倒れていた時のように魔法禁止日とか設けられてしまう。

 体力強化が急務だ。

 昔書いた『体力増強』の【文字魔法】くらいじゃ、カバーできないほどにヘロヘロなのだろう。

 その時、父さんから冬の間は衛兵隊で体術の基礎訓練して筋力を上げろ、と言われた。


「え、衛兵隊で?」

「ああ。タクトは少し魔法に頼りすぎで筋肉が少なくなっている。昨日、驚いたぞ。あんまり軽くて」


 おおっと……そんなにか。

 確かに最近全然と言っていいほど、筋トレが上手くいっていなかった。

 それは疲れちゃって続かないってのが、大きな原因だったのだ。

 疲れすぎると魔法に支障が出るから、セーブしていたのだが……それが悪循環だった訳だ。


「衛兵隊で教えてくれるなら、ありがたいよ……俺ひとりだと続けられなくって」

「でもタクト、あんまり無理するんじゃないよ?」

「それは大丈夫だよ、母さん」


 そこ迄追い込んだトレーニング、俺にできるとは流石に衛兵隊でも思っていないだろうし。

 だけど、試験研修生と一緒だったら嫌だなー。

 その辺は、上手いこと調整してくれるのかなぁ。



 食事のあとはお部屋でまったり。

 母さんはマリティエラさんの所に行って、様子見とサポート。

 ライリクスさんも休暇を取っているらしいので、子供の扱いなどをファリエルさんから教わるのだそうだ。

 名前、何にするんだろう。

 女の子だから、ライリクスさんが張り切っていそうだよなぁ。

 教会に届けるのは二十七日以降だろうから、その後に教えてもらわなくちゃ。


 その名前を入れ込んで、以前頼まれた『神餌の器』用の漆器を作るのだ。

 頼まれた時にメイリーンさんと約束した。

 俺が漆器を作ったら、蒔絵は一緒に入れようって。

 そして、親子椀にしよう、と。


 お食い初めまではまだ時間がある。

 だいたい生後二ヶ月目くらいの頃にするのだそうだ。

 実際に離乳食を食べ始める時ではなくて、時期で決められているものらしい。

 もう器は蓋付きのお碗タイプで、三人分作ってある。

 俺が全員の名前の文字を、メイリーンさんが三人の加護神の花を入れて作るのだ。

 名前が決まるまでにはまだ三日もあるから、その頃までにはすっかり回復するだろう。



「……まだ、駄目ねぇ」

「え、どうして?」


 本日も診察に来ているのだが、ナナレイアさんとファリエルさんから一向に魔法解禁が出ない。

 しかもこの三日間、外出禁止のままだったのに、だ。


「食べる量が少ない!」

「食べてますよーっ」

「足りないのよ、全然!」


 そう言われて、体重計に乗って……びびった。

 こちらでは重さの単位もキログラムとかグラムとか、細かいものはない。

『これと同じくらい』という『基準石』の値が刻まれている魔具があり、それが示す重さで『◯◯歳の男性はこれくらい』などという平均値と許容範囲が示されている。

 これには魔力量も関わってくるから、それによって必要体重や筋肉量も変わるので一概に『何キロあれば普通』と言えないせいもある。


 俺の魔力値はビィクティアムさん越えの前人未踏なので、今まで最も魔力があった人の参考値で量るしかないのだが……魔力量の多さを加味しても、成人前くらいまでの許容体重に減っているのだ。


 実際、ここに来た時には六十五キロほどで身長から考えても、平均くらいだったはずだ。

 なのに多分、十五キロ以上は減っている。

 やばすぎる。


 筋肉は勿論だが、ある程度の脂肪などがないと、魔力の大きい魔法の発動に支障をきたす。

 魔力量の少ない人が、身体を作ることで体力で魔法を支えているように、魔力だけで俺の身体が支えられている状態になっているのだ。

 魔力切れなど起こそうものなら……回復できないほどに、体力と体重がなさ過ぎるのである。


「タクトくんは元々魔力が多かったからそれに依存しちゃってて、身体の機能がちゃんと修復されていないわ。とにかく、食べなさい! お腹が空いていなくても!」


 食べる量を増やせば、そのエネルギーを使って魔力が体内で身体の補修を始める。

 だが、その量が足りないと身体より先に魔力と流脈の補修を優先してしまうから、いつまで経っても身体が治らないのだという。

 魔効素変換でもカバーできていないほど、俺の身体はスカスカ栄養失調状態なのかもしれない。


「先ずは、肉と豆。それから麦ね。できるだけ油を使った料理がいいわよ」

「米は?」

「ああ! 米は凄くいいわ! 沢山食べなさい。あと、甘いもので気持ちが満足しちゃうと量が減るから、甘いものは一日一回。夕食のあとだけがいいわ」


 ダイエッターが聞いたら、仰天しそうな食事を推奨されている気がする。

 そしてできるだけ果物を食べることと、とにかく肉を食べるようにと言われた。

 勧められたものの傾向を考えると、俺には赤属性が足りなすぎるらしい。

 それも、調理方法でプラスされる魔力サポートの赤ではなく、素材が赤属性であるものばかりだ。


「ここでちゃんと食べて身体の修復ができないと、いくら衛兵隊で鍛えてもらっても筋肉にならないからね!」

 そうか、俺に筋肉がつかないのは『素』がなかったからか。

 魔力は筋力にならないもんなぁ……!


 と言う訳で……俺の栄養補給大作戦がスタートした。

 スタート日から、一日五食というハードモードである。

 うーん、今までそんなに食べていなかったかなぁ……


「それと、一日に一回、できれば二回は、他の食堂に行って食べなさい。別の店で買うのでもいいわ」

「ええー? 母さんの作るものが一番美味しいのにー?」

 するとふたりは頷きながらも、でもそれじゃ駄目よ、とファリエルさんに窘められた。


「確かにミアレッラのは美味しいよ。でもね、そればっかりになっているから偏っているのよ。入っている魔力が、あんた達家族のものだけじゃないの。ひとりで外で食べたくないなら、何か買ってそれを間食で食べなさい」


 五食のうち一、二食を外で食べる……か。

 まぁ……できなくはないと思うのだが、買い食いを増やせと勧められるというのもなかなかないことだろう。


 しかし最近、殆ど他の店のものを口にしなくなったのは確かである。

 昔は食材のことを知るためだったり、料理の味を確かめるためとかで、ちょこちょこ買い食いもしていた。


 確かにここ一年くらい、ロードワーク中の買い物でも、市場での朝市でも、素材ばかりでできあいを買ってみんなで食べるってこともしなくなっていたな。

 よし、これからは時間がある時に走り込みをしつつ、色々な所に寄ってお総菜を買いまくろう!

 そんで、食べるタイミングも調整した方がいいよな……


「あ、それと、魔法を全然使うなっていうのは表に出ると大変だと思うから……」

 ナナレイアさんの言葉に、解禁か! と心躍らせたがなかなか厳しい条件が。

「使っていい魔法は、方陣札だけ。それも、魔力の八割以上は、他の人に入れてもらったものにしなさい。その方陣札も一日に四、五回だけよ」

「……凄く、難しい……」

「その分、身体を使えばいいの! あ、千年筆の使用もその内の一回、一刻間だけね」

 二時間だけってなんもできないっしょ?


 表計算ソフトにマクロ組まず関数入れずに、電卓叩いてデータ入れろみたいなこと言われてもーー。

 だが、普通の人はそれくらいなんだよ、とファリエルさんにも言われてしまい、了承せざるを得ない……

 今は健康的な身体を取り戻すために、ローテクにすることが必要なのだ。

 でもその条件、俺には厳しいよぉ!

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