第517話 祝い膳

 弦月つるつき二十二日。

 思わずラジオ体操の歌でも歌ってしまいそうな、清々しい碧羅の天。

 真っ青な雲ひとつない空は、この時期のシュリィイーレでは珍しいことだ。

 これはもう、神々からの祝福としか思えませんよ。


 お産疲れで爆睡中のマリティエラさんと、赤ちゃんサポート隊のメイリーンさん達病院スタッフ。

 そして緊張疲れで、気絶するかのように眠ってしまったライリクスさん。

 母さんも勿論、今日はマリティエラさんに付きっきりだ。


 と、いう訳で!

 本日は、祝ご生誕の大盤振る舞いスイーツ祭り!

 道行く方々にも、お祝い菓子の無料配布である。

 縁起物なので、妊婦さん達には必ず差し上げるこのお菓子は安産のお守りにもなるものだ。

 無事に生まれてきた子供と、その母親に肖るってのはよくあることだよね。


 これもレティさんの時にご懐妊祝いで作られたもののように、日持ちがする飴菓子が多い。

 焼き菓子も勿論あるのだが、皇国では飴細工の菓子はお祝いものによく使われる。

 子供が生まれた時は、多くの加護まほうが授かるようにと星形のお菓子や贈り物が好まれる。

 当然、色とりどりの可愛いキャンディ詰め合わせをご用意。


 五星の星だけでなく七芒星・九芒星もひとつずつ。

 そして、金平糖も作ってみました!

 やっぱりさ、なんかこう、手のひらに載るサイズのボンボニエールに入れるのがお祝いって感じじゃん?

 そしたら星形キャンディだけでなく、淡い色合いの金平糖も可愛いじゃん?


 無料配布は【文字魔法】複製の量産品ですが、関係者には最高の磁器製ボンボニエールを作ってありますよ!

 金の縁取りとステンシルで蔦なんて描いてみちゃってね。

 中身は一緒だけどね!


 そして皆さんからのお祝い品は、これまた定番『五星の刺繍』が入った手絡てがら……刺繍リボンである。

 星形を菱形になるように区切って、蒼・緑・赤・藍・橙の色違いの糸でひとつの星が刺繍されたリボン。

 ひとり一本、母親になった人にプレゼントして子供の腕などに巻いてあげて、加護を祝うのだ。

 この星々に見守られて生まれてきたのだよ、これからも神々のほしは、あなたを見守っているよ、と。


 刺繍が得意な人達は自分で刺したものを、そうでない人達向けにはちゃんと刺繍店や装具店で刺繍が入ったものが売られているのだ。

 ここんところ、シュリィイーレはベビーラッシュのようで、どの店でも景気がいいのかリボンの種類も刺繍のバリエも増えているみたいだ。

 俺は刺繍まではできないので、マダム・ベルローデアに教えていただいた南東市場の店で買ってある。

 メイリーンさんと母さんは、張り切って作っていたが。


 無料配布も少し落ち着いた頃に、ガイエスがやってきた。

 おお、リボンも!

 必ず渡しておくよ、ありがとう!


「はい、祝い飴」

「……相変わらず、とんでもなくいい器だな」

「身内のは特別だよ。配っているのは、もっと簡単な作りだからさ」


 陶器で蓋はネジ式だから、小物入れで使える程度だよ。

 身内分は、ちゃんと魔法付与してあるけどな。


「昼食、食べられるか?」

「ああ、勿論! 今日は昼だけだが、無料で食べていってもらえるよ!」


 夜は家族でお祝いだから、食堂はクローズなのだ。

 ライリクスさんの家まで行ってのお祝いだから、ガイエスは呼んであげられなくてごめんな。

 謝ったら、そういう席は苦手だから来いって言われても無理、と言われてしまった。

 俺の時は特別ゲストで、絶対に呼んでやろう。



 祝いの料理は『オールスター』である。

 これも、こちらでは子供が生まれた時のお約束と言える祝い膳。

 鶏肉、シシ肉、羊肉、イノブタ肉を少しずつ料理したものを、ワンプレートに盛りつける。

 肉の下には葉物野菜、根菜類、香味野菜などこちらも様々な食材を敷いて『ありったけの祝福』を振る舞うのだ。


 普通は、まあ、これだけで充分。

 季節によっては野菜も肉も少なくなることもあるから、食事を振る舞うってことだけで祝ってくれる人達への御礼になる。

 だがっ!

 うちの全力はこんなものではない。


 出でよっ、特製生誕祝い幕の内重箱御膳っ!


 流石に漆塗りまでは無理だったが、花見弁当のように小分けのお重を二段。

 勿論、パンは別皿でご提供。

 いろいろな木の実が入ったものや、ドライフルーツ入りのプチパンはおかわり自由ですよ!

 祝い膳の中身については、料理本を作る時に撮ったカメラの画像を使った『お献立表』をご用意。


 葉物野菜も根菜も、香味野菜にハーブに木の実や茸も使い、あらゆるものを茹でたり蒸したり揚げたり焼いたり。

 メインのお肉はイノブタは勿論、鶏は『似比内鶏』と『黒鶏』、そして西の森でよく捕れる小綬鶏コジュケイに似た野鳥。

 シシ肉はいつもの赤シシだけでなく、前年から熟成させておりました『熟成青シシ』も入っています。

 羊はロンデェエストから一種しか入って来ないのだが、今年は牙兎がありますからね!


 さ、ら、に!

 二の重は、セラフィラントからの海の幸ーー!

 牡蠣フライと焼き蛤、海藻サラダには烏賊も使ってありますよ。

 魚も今が旬の、秋刀魚、秋鮭をはじめとして鰯のつみれや鰹もご用意。

 流石に刺身は皆さん無理なので、照り焼きとかマヨ焼きとか甘辛タレを掛けたもの。

 豆とか山菜とかチーズとか、あらん限りの全力の品揃え!

 五目寿司には錦糸卵も載せちゃったよ!

 こちらの方々は酢飯があまり好きじゃないみたいだから、寿司とはちょっと違うかもしれないが。


 ……正直、やり過ぎたとは思っている。

 だが!

 これくらいめでたいことなのだ!

 お持ち帰りに、たこ焼き六個入りのご用意もございます!


「全部、旨いが……大丈夫なのか?」

 ガイエスが随分と心配そうだが、今年はちゃんとお祝い用に分けておいたから、冬の貯蔵分にはノーダメージだ。

「ぜーんぜん平気! 気にしないで美味しく楽しんで食べてくれよ」


 今日は小会議室も女性限定で開放して、お喋りを楽しみつつ食事をしていただける。

 裏庭共有の同ブロックの方々は、庭に出したテーブルで青空ランチである。

 ワンプレートのお子様ランチ的な子供用もありますよ。


 そしてなんと、いいタイミングでご来店はヒメリアさんだ。

 いつもと違う雰囲気に、ちょっと吃驚しているみたいだが……いかん、ひとり掛けまでいっぱいだな。


「ごめん、ちょっとだけ待ってて。今日はマリティエラさんの出産祝いだから、食べていって欲しいからさ」

「まぁぁぁぁぁぁっ!」

 おおっ、ミニマダム。

 いや、結婚していないからマドモアゼルか。


「マリティエラ様の……と言いますと、ライリクス統括のお子さんですよね!」

「うん、昨日……というか、今朝早くに生まれたんだよ。女の子」

「きっと、マリティエラ様みたいにお美しくなりますねぇ……」

 うっとりと妄想するヒメリアさんの脳内では、昨日生まれたばかりの赤ちゃんが高速で成長しているのだろう。

 そして、ハッと気付いたかのように真面目な面持ちになる。


「セラフィエムス長官に、お祝いを申し上げなくてはっ!」

 本当にすっかり衛兵隊員モードに……

「いや、昨日の今日だし、まだいろいろと忙しいと思うから、ビィクティアムさんとライリクスさんには俺から伝えておくよ」

「あ、そうですね。わたくしったら、つい……」

 焦らないで……と言っても、もうすぐ冬になっちゃうから焦るか。


 その時、小会議室にいた人達のうちふたりが、ご馳走様ーと、お帰りになった。

 じゃ、ヒメリアさんは奥で相席になっちゃうけど、いいかな?

 頷いてくれたのでお通しして、お重をセットしたら超オーバーリアクション。

 周りの奥様方も思わず笑っちゃってて、なんだか楽しそうに会話を始めた。

 ……凄いな、コミュ力高いなぁ、ヒメリアさん……

 衛兵隊の人達って、そういう人が多いよな。


 食堂に戻ったら、ガイエスに呼び止められた。

 そしてなんだか小声で、俺に尋ねてくる。

「あの……おまえが『お姉様』って呼んでた人って、セラフィエムス家門なのか?」

「ビィクティアムさんの妹だよ。同母妹ってやつ」


 お、めっちゃ吃驚しとる。

 そっか、妹とまでは思っていなかったのか。

 あれ?

 もしかして、こいつ、マリティエラさんが俺の姉って思っていた?

 すまん……紛らわしい呼び方して……


「ライリクスさんとマリティエラさんは、メイリーンさんの後見人なんだよ。だから、別に俺とは血縁じゃないぞ」

「そ、そうか……それにしたって、セラフィエムスの直系なのによく他の町で結婚したな……」

「あのふたりだと、セラフィラントでもマントリエルでも難しかっただろうからなぁ」

 王都だともっと駄目だっただろうしなぁ。

「マントリエル?」

「ああ、ライリクスさんがマントリエル出身だからね」


 ガイエスは、ふぅん……と言っただけだったが、大変なんだなぁ、と小さい声が聞こえた。

 うん、すごくすごく大変だったと思う。

 だから、めいっぱい、お祝いをするのだ!



 ランチタイムはもう少しで終了……

 今食べているお客さんたちが終わったら、本日は店仕舞い。

 お、ヒメリアさんもお帰りかな?

 自販機……いっぱい入っていたかな?


「タクト様、こちらを是非マリティエラ様に」

 そういって差し出されたリボンには、信じられないほど綺麗な刺繍が施されていた。

 五色の星は勿論のこと、マリティエラさんの髪色にそっくりな金赤の糸で、刺草と竜胆のような形の花が刺繍されている。

「……凄い、綺麗だね……」

 語彙ーーーーっ!

 咄嗟のことで、頭の中の辞典が全部オフになってたーーっ!


「蒼い糸が少なかったのですが、足りてよかったです」

「え、今……刺したの?」

「刺繍の速さは自信がございますの!」

「これ、絶対にマリティエラさんもライリクスさんも、とても喜ぶと思うよ。ありがとう……あ、ヒメリアさんは、ウァラクのどの町の衛兵隊なの?」

「ベスレテアでございます。ですから、シュリィイーレにとても来やすくて!」


 そうか、それで頻繁に来てくれるんだな。

 お返しの品は、ベスレテア衛兵隊に送れば平気だろう。

 他領の衛兵隊員からのお祝いをもらったのなら、ビィクティアムさんだったら絶対に返礼品を贈りたがるだろうからね。



********


『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第153話とリンクしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る