第516話 誕生
メイリーンさんと母さんが斜め前の衛兵隊官舎へ消えていき、俺は内心あわあわしながら見送った。
その様子を、唖然とした表情で見つめるガイエス……
「……今の、おまえの婚約者だろう? 大丈夫、なのか?」
「うん、多分……あ、悪い……ちょっと今日は臨時休業……かも」
流石にマリティエラさんが出産間際では……誰ひとり平静でいられないだろうし。
解っているんだよ?
こんな時に、男なんてなんの役にも立たないって。
だけどさ。
母さんが飛び出すと同時に、父さんは裏庭からビィクティアムさんを迎えに行った。
多分ライリクスさんは、今頃大パニック……あ、追い出された。
「もしかして、お産、か?」
「そう。なんもできないんだけどさぁ、男なんて……でもなぁ」
「そうだな。子供産んですぐ死ぬ女性は多いっていうから、気を付けないと」
そぉいう怖いこと言うなよーーーっ!
官舎の外扉にへばりつくようにしているライリクスさんを、駆けつけた父さんとビィクティアムさんが引き摺ってくる。
「タクト、すまん、中にいてもいいか。こいつが騒ぎ出すと厄介だ」
「マリー……ああああっ」
はい、それは、もう……
「ほらっ、こっちの部屋で待ってろ!」
マリティエラさんから離れようとしなかったライリクスさんは邪魔だと追い出されたようだが、しっかり目標方陣鋼を家の中に置いているから一瞬で移動できるらしい。
連絡が入るまで無闇に移動しないように、移動鋼をビィクティアムさんに取り上げられてしまった……
ライリクスさんは父さんに首根っこを掴まれ、ビィクティアムさんに利き腕をホールドされて応接室に消えた。
「……大変そうだな」
「ホント、ごめん。明日はきっと誕生祝いができるからさ、来てくれよ」
「解った。神々に祝福を祈っているよ」
ありがとう……ガイエス。
俺も様子見に行きたいが、既に何人かの医師らしき女性達が入っていくのも見えたからきっと大丈夫だろう。
あのブルーアンバーの髪飾り、着けてくれているといいんだけど……こういう時は無理かなぁ。
身分証のケースペンダントもハーフムーンのやつだったら加護が付いているんだけど、マリティエラさんは他のも結構着けているから……
ライリクスさんに聞いてみようか。
覚えているかな?
応接室に入ると……ライリクスさんは気絶寸前くらいの顔色で動けない様子だし、ビィクティアムさんも壁の珊瑚を睨んだまま貧乏揺すりが止まらないし、父さんはウロウロしちゃってキョロキョロと視点が定まっていないし……本当に男共情けない。
俺も変にざわざわそわそわしちゃってて、このままでは何の連絡が来ても誰もすぐに動けないだろう。
一応、菓子とか、すぐに食べられる軽食を用意して、気持ちが落ち着くようにカモミールティーでも香らせましょうか。
「ライリクスさん、ちょっとだけでも食べておかないと、マリティエラさんから呼ばれた時に動けないですよ?」
「……タクトくぅん……」
ほら、そんな情けない声を出さないで!
こりゃ、髪飾りなんて覚えていなさそうだな。
夕食前だけど……多分誰も、まともに食べられそうもない。
でも、目の前に食べ物を並べておかないと、何時間かかるか解らないからいざ呼ばれた時にお腹空き過ぎて動けなくなるかもしれない。
ライリクスさんは、ストレスとかで食べなくなるタイプだな。
父さんは……逆にどか食いするタイプだ。
ビィクティアムさんは、やたら飲み物ばかり飲むんだなー。
父さんには噛み応えのある生野菜スティック、ビィクティアムさんの側にはピッチャーに入れたフレッシュ果汁のジュースと水。
ライリクスさんは……お菓子なら少し食べられるかな。
プリンを出したら、見つめながら泣き出した。
「マリーが、大好きな……」
あー、面倒くせぇー……気持ちは解るけどさぁ。
ライリクスさんが通信石を身につけていたみたいだから、何かあれば連絡が入るだろう。
少し落ち着いたからか、ビィクティアムさんが移動の方陣鋼をライリクスさんに返したら両手で抱きしめて離さない。
なんとかプリンは食べてもらえたので、少しお三方は放置かな。
俺は外に出て、少しだけ衛兵隊官舎を覗いてみる。
外扉を開けると、アンシェイラさんとチェルエッラさんがいた。
あ、そうか、三階は女性衛兵隊員の人達の部屋だったから、降りてきてくれているのか。
アンシェイラさんは……お休みだったのかな?
いや、ふたり共私服だ。
仕事終わりで、マリティエラさんとお茶でもしていたのかもしれん。
「タクトくん、君でも今はダメよ」
「そうよー、心配しないで!」
「ちょっとだけ、確認してもいいですか?」
ふたりはちらりと視線を交わし、何かしら、と微笑む。
「マリティエラさんは、琥珀の髪飾りを着けていらっしゃいました?」
「琥珀……ああ、あの加護飾りね!」
「ええ、親族からもらった加護の髪飾りは、必ず着けるわよ。マリーさんも着けていらしたわ」
よかったーー。
それなら大丈夫だ。
お産には結構体力と魔力が要るって聞いていたけど、陣痛が始まったら一切食べられないし心配だったんだよね。
あれを着けていてくれるなら、魔効素変換で魔力が補える。
では、改めての『安産祈願』!
神様達っ、よろしくお願いいたしますよっ!
おっと、忘れずにこれもお渡ししておかなくては。
「治癒と清浄、それと回復の方陣札です。あるとは思いますけど、念のため、予備で」
「そうね、あなたの札の方がいいかもしれない。マリーさんは賢神一位だから、タクトくんの魔力の方が回復が早いかも」
体力が充分な時は、いろいろな色相のものや他の加護の魔力を取り込んだ方が不足しているものが補える。
だが弱っている時とか、著しく体力が落ちている時にはできるだけ同神の魔力の方が馴染みがいいのだとセラフィエムスの蔵書にも書かれていた。
流石、医療に長けた家門の本だ。
特に回復系は通常時でも、同神加護の方が効き目があるらしいと載っていたのだ。
マリティエラさんのことだから、自分で魔力を入れた回復系の方陣を用意しているとは思うけどね。
聖魔法の【治癒魔法】にそういう影響があるかまでは判らないが、方陣になった場合は同神加護の方が良さそうな気がする。
さて……現時点で俺ができることはもうなさそうだな。
母さん、メイリーンさん、頑張ってね!
マリティエラさん、どうか無事に元気な赤ちゃんを!
俺は応接室の男共のお世話へと戻った。
こちらの出産というものがどれくらいの時間がかかるかは解らないが、そんなにすぐには終わらないだろう。
ただ、生まれてくる子供はあちらより随分と小さいみたいだ。
もしかしたら、かかる時間は俺が思っているよりもう少し短いかもしれないな。
しかし、ビィクティアムさんの眉間のしわがどんどん深くなるのだが……大丈夫だろうか。
「ビィクティアムさん、そんな顔してても早まる訳じゃないですから、少し気を楽にしましょう?」
「ん? あ、ああ……つい、なんだか力が入るというか……」
ふぅーーっと、大きく息を吐くビィクティアムさんにつられてか、父さんも深呼吸を始める。
「貴族同士だと、子供も魔力量がどうしても多めになるからなぁ。生まれてくる時に母親はかなり負担だって言うし……」
「え、そうなの?」
「ああ……昔聞いた話じゃ、子供はまだ全然魔力の制御ができねぇから、生まれてくる時に母親にそれをぶつけちまうらしい。魔力量が多い子だと、母親の負担はかなりでかいみたいでよぉ」
父さん、ストップ!
ライリクスさんが泣きそうっ!
「……マリティエラは【耐性魔法】をもっているし【
ビィクティアムさんまでそんなことを……きっとこの人、レティ様が身籠もった時にめっちゃ調べたんだろうなぁ。
あ、ライリクスさん、泣いた。
魔力なら大丈夫だろうけど……生まれてくる子供の魔力って、そんなに母親に負担なのか……
本当に命懸けなんだな。
「大丈夫ですよ、ライリクスさん。マリティエラさんを信じなきゃ。それに、加護の髪飾りには、最高の魔法が付与されていますからね!」
「タクトくーーーーんっ!」
もぉー、ぐっちゃぐちゃじゃないですか、ライリクスさんってば。
はい、手拭い。
それから数時間……ただ集まっているだけで、何ひとつできない男共はまんじりともせず過ごしている。
突然、ライリクスさんが、がばり、と顔を上げて立ち上がった。
なんだ?
ああっ!
ライリクスさんの姿が消えた。
「あいつ、耐えられなくなって移動したのか?」
ビィクティアムさんが慌てて応接室の扉を開いたら……チェルエッラさんが!
よかったー、外開きの扉だったら思いっきりぶつかっちゃっていたところだよ。
「……どうした……?」
ビィクティアムさんが驚いて固まっているチェルエッラさんに声を掛けると、にぱっと笑っておめでとうございます、と聞こえた。
「無事にお生まれですよ!」
おおっ、ビィクティアムさんも掻き消えたぞっ!
てか、ライリクスさん、凄ぇな……報せが来る前に察知するとは。
こんな近距離で、移動の方陣鋼とか使わなくても……って、チェルエッラさんが呆れ顔で笑いを堪えている。
「タクトくんも、ガイハックさんもどうぞ」
はいっ、では、いってきますっ!
俺も父さんもダッシュで衛兵隊官舎へ。
アンシェイラさんに扉を開けてもらって、ライリクスさんのお宅へ……あ、メイリーンさん。
俺を見つけて、最っ高の『ドヤ顔笑顔』である。
扉が開かれていて奥まで見える別室では、ライリクスさんが横になっているマリティエラさんの手を取って本格的に大泣きである。
その奥から、真っ白なおくるみに包まれた……多分、赤ちゃんを抱いた母さん。
そして何人かの笑顔の女医さん達は、マリティエラさんの病院に勤めている人達だ。
「マリー、よく頑張ったわね。可愛い女の子よ」
ライリクスさんの隣に立っていたビィクティアムさんの安堵の溜息。
……やっぱり、男の子じゃなくて安心したのかもしれない。
赤ちゃんはマリティエラさんが回復するまでの間に、しっかり健診。
マリティエラさん自身もそんなに衰弱した感じもないし、ブルーアンバーの髪飾りはちゃんと魔効素変換をしてくれているみたいだ。
「メイリーンさん、お疲れ様でした」
「あたしは、ちょっとお手伝いしただけだもん」
そう言いつつめっちゃ笑顔で、でも泣きそうで。
感動的な光景だ。
こんなに祝福されて、多くの人達が待ち望まれて生まれた彼女は、きっと幸せになってくれるだろう。
改めてマリティエラさんに、そしてライリクスさんとビィクティアムさんにおめでとうございます、と口にした時に、不覚にもうるっと来てしまった。
無事に赤ちゃんは健康であるという確認が取れて、マリティエラさんの腕の中へ。
うはー……ちっちゃー……
あっちの世界だったら未熟児サイズかもしれないけど……すっごく健康だな!
キラキラしすぎてて、全然顔がわかんないくらいだよ。
「ふふふ、髪はライにそっくりね。癖っ毛みたい」
「目を開けてくれるのは……まだですかねぇ」
「慌てないで。きっと綺麗な瞳だわ」
ほんわかと見つめながら、メイリーンさんの肩を抱き寄せる。
幸せってきっとこういうものなんだろうなぁ……なんて考えていた時に、ビィクティアムさんから声を掛けられた。
「タクト、おまえの魔眼であの子の加護神は解るか?」
「生まれたばかりで魔力が安定していないのでは……」
「でも、お姉様のお腹に随分長いこといたから、かなり細部まで流脈はできているみたいよ?」
メイリーンさんにそう言われ、ちらりと娘ちゃんの方を見る。
そういえばスフィーリア様の姫君は、生まれてすぐに皇家の血統魔法が解ったくらいだもんな。
でもあれって、聖神司祭様の鑑定でしょ?
俺には、サラレア神司祭みたいに視えるかどうかは……
……視えたね。
そうでした、神眼、でしたよ、俺ってば。
最近お子様たちの観察で加護神ごとの好みの違いとか統計取っていたせいもあって、お子様視るのに慣れたのかね。
キラキラがちょっと収まってきて、色が見え始めた。
俺の神眼さんは、切替ができるようになってきたらしい。
「どうだ、タクト?」
「お腹の辺りに……藍色が視えますね。多分、聖神二位です」
そうか、と微笑むビィクティアムさん。
まさか視えてしまうとは……と、もう一度赤ちゃんを視ると両手のひらに緑色がぼんやり。
緑属性の魔法を持っているかもしれない。
ドミナティアは緑属性強いし、セラフィエムスはオールラウンダーだからどんなエリート魔法を持っていてもおかしくないよな。
生まれつき魔法を持っている子供は少なくはないけど、技能先行がスタンダードな緑魔法は極端に少ないはず。
まだ、突然変異的な黄魔法の方が多そうだ。
名前が決定する五日後には教会で最初の魔力登録『生誕の加護』の儀式をするから、その時にもし魔法があったら解るかも。
さーて、俺はうちに帰ってお祝いの準備だ!
夜が明けたら盛大に、大盤振る舞いの祝い膳大サービスだぜ!
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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第152話とリンクしております。
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