第515話 伝承の違い
なっちゃってましたよ、立会人。
まぁ、いいんですけどね。
アトネストさん、真っ当な人だし。
口述筆記の翻訳責任者も俺ですしね。
アトネストさんがサインし、すべてのバラ紙の順番を確認してナンバリング。
最終ページにテルウェスト司祭の『偽書認定』の魔力筆記と署名が加わりまとめて綴られた。
署名を含む内容のすべてを固定して改竄できないようにするための【契約魔法】がアトネストさんと司祭様の魔力を登録して発動される。
そして、アトネストさんを司書室に残し、俺と司祭様は聖堂へ。
聖堂の主神像の前で、立会人として見届けたという誓約と綴られた前小口に司祭様と俺の印章が押される。
これで王都の教会での登録が済めば、アーメルサス教典は皇国では絶対に認めないものとしての登録が終了し、それに協力したアトネストさんへの認定にもなる。
「巻き込んでしまいまして、申し訳ございません、タクト様」
でもこれでアトネストも、彼がここにいても、咎められる者は誰もいなくなりました、とテルウェスト司祭は少し哀しげに微笑む。
アトネストさんへの憐れみだろうか、それともまだ彼が帰化したいと言ってきてくれないことへの淋しさだろうか。
「いえ……読みたがったのは俺ですし。ただ、教典はこれでいいのですが、神話に関しては『アーメルサス語での記載』と署名だけに留めておいてもらえませんか?」
「それは、なぜですか?」
「いくつかの古書と集めていた伝承を読んでいて、ある『仮説』が浮かびまして……来年の春になる頃までには、ある程度の目処が立つと思うのでそれからお話しいたします。セラフィエムス卿にも」
アーメルサスに伝わる英傑と扶翼の話が『完全な偽物』なのか『皇国ではない他国の英傑と扶翼の話』なのかではまったく違う。
その辺は今後各地からレイエルスの手で集めてもらっている伝承の確認と、帰化した人達に聞き込みがしたいのだ。
テルウェスト司祭には、神務士達が帰るまででしたら待つことはできますから、と了承していただけた。
そうだな、それまでにある程度掴めなければ『皇国の英傑・扶翼の話ではない』とされるだけなら仕方ないかもしれない。
「それともうひとつ……シュレミスさんは、ガウリエスタからの帰化民ですよね?」
「ええ、そうですね。あ、まさか、彼にも?」
「神話は難しくても、伝承とか御伽噺を覚えていたら、なるべくガウリエスタ語で書いて欲しい……と頼んでいただけませんか?」
「解りました。それが、アトネストの神話を見極める手助けになるのですね?」
「おそらく」
その後、テルウェスト司祭にあるお願いをされ、それを引き受けて俺はもう一度司書室へ戻った。
ガイエスの付き添いが、俺の役目だからな。
それと、アトネストさんに『月』のことを聞かねば。
司書室に入ると、四人で仲良く談笑していたようだ。
……こうして見ると、今このシュリィイーレ教会の司書室内には全員他国の血が入った人しかいないってことになるよな。
皇国は昔から割と、他国からの帰化を受け入れてきた国だ。
血統遵守が魔法維持の絶対条件なのに、珍しいっちゃ珍しい。
臣民達の半数以上は、もしかしたら他国との混血なのかもしれない。
だとすると……十八家門の大貴族たちが、ああも頑なに臣民達との接触を公的なものだけに留めようとするのも解るよなぁ。
ビィクティアムさんが衛兵ふたりか三人連れるだけで歩けているのは、シュリィイーレだからだろうから。
セラフィラントでは、十人を越えるガードがあったもんなぁ……
混血にしてもその割合は世代毎に違うだろうから、それによって皇国人の血筋の割合が低いと魔力量が低いってこともありそうだな。
レトリノさんは今、どれくらいの魔力量なんだろう?
六代も前だって言っていたのにまだ影響があるのだとしたら、その後に結婚した人達の中にも混血の人がいたのかも。
家系魔法がなくなってしまっていたら、解らないものなぁ。
「何、そんなところに突っ立っているんだよ?」
ガイエスに言われて、入口付近でうっかり観察モードになっていた俺は愛想笑いをしながら中へと入る。
そろそろ夕食準備時間だから、手っ取り早く確認しよう。
「アトネストさん、アーメルサスには『月』が空にあったんですか?」
「……はい」
「は? なんだ、月とは?」
「季節の名前だろう? アーメルサスでは冬期を『赤の月』、夏期を『緑の月』っていうと聞いたよ、僕は」
アーメルサスでは『日』をまとめたものが『月』なのに、いくつかの『月』をまとめたものにも『月』を単位として使うのか?
アトネストさんが、疑問を口にしたレトリノさんとシュレミスさんに説明する。
「アーメルサスは暦が少し違うし、皇国では二十九日ごとに『月』のつく名前になっているから今はそれが当たり前だけど……大昔は一年を四つの『月』に分けていたんだ」
「じゃあ、二十九日ごとにまとめてはいなかったのか……」
「『月』の中に十八日から二十日ごとに『句』があったみたいだけど、もの凄く古い暦だから今ではまったく使われていなくて知っている人は少ない。その『月』という言い方は、空にあるその星が何色で見えるかっていう期間で付けられていた名前だと聞いたんだ」
ふたりはまだ不思議そうにしているが、一応は納得した様子だ。
空の月を暦に入れている……ということは、そのように見える特殊な天体が観測できていた場所の暦だ。
少なくとも、現在のシィリータヴェリル大陸では該当する天体があるとは思えないんだが……
「アトネストさんは、アーメルサスでその『月』を見ていたんですか?」
首を横に振り、現在では『赤い月』は空から墜ちてなくなり、そのせいで『緑の月』は輝きを失って地上から見えなくなった……という伝承があるという。
これは、アーメルサスの神話で語られていることかもしれない。
アトネストさんのこの話を聞き、シュレミスさんは全く聞いたことのない伝承だという。
「月なんてものが空にあったなんて、信じられないよ。ガウリエスタでも、そんな神話も伝承もなかったし」
「……マイウリアでも、聞いたことがないな。その不思議な分け方の暦? も、どの伝承でも御伽噺でも耳にしたことはない」
ガイエスも知らないとなると、アーメルサスの暦と神話はマウヤーエートのものとも違う可能性があるな。
これはシュレミスさんとアトネストさんから提供される伝承や神話が、結構楽しみになってきたぞ。
あ、しまった、そろそろ戻らなくては!
ガイエスに食堂の手伝いがあるから帰ると告げると、読みたかったものは読み終わっていたようだ。
アトネストさん達も夕餉の支度に入るというので、みんなで一階へと戻り聖堂にいたテルウェスト司祭に挨拶をして俺とガイエスは食堂に戻った。
……ガイエスの『門』で。
おおおーー、初めてだーー!
移動の方陣鋼とも、俺の転移とも違う感じで面白いなー。
固定されている教会の越領方陣門とも、感覚が違う。
「夕食、すぐだけど中で待ってる?」
「一度戻る。カバロに餌をやったらまた来る」
了解ーー。
戻ってすぐに厨房へ。
今日は、ルッコラとベーコンの炒め物と鶏の唐揚げである。
唐揚げは漬け込みタイプなので、何もつけなくっても揚げるだけで美味しいやつだ。
本日のパンは、カンパーニュタイプのプチパン。
最近は、希望者はごはんにチェンジもできるのだ。
この間届いたセラフィラントの新米がねー、めっちゃくちゃ美味しくってですね!
糯米もたっくさんあるし、冬場もいろいろ楽しめそうですよ。
和菓子も作りたいよねー。
さぁて、聖典関連は全部一段落した。
本格的な冬の準備と、保存食作りに入って、そろそろ完成する遊文館の内装工事に入らねば!
秋祭りの準備もね!
張り切って唐揚げを作り出そうとしたその時、メイリーンさんが走り込んできた。
「お義母様っ! お姉様がっ!」
その声に母さんが厨房から飛び出す。
もももももももしやっ!
生まれるのかっ?
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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第151話・『アカツキは天光を待つ』の第74話とリンクしております。
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