第512話 従者
ガイエスは俺が教会にいたことで、先日の事件でまだ何か引き摺っているのだと思ったらしい。
やたら心配してくるが、いや、本当に大丈夫だって。
怪しいと解っているやつだったから、教会に来させちゃったことに変な責任を感じているんだとしたら見当違いだから。
おまえのせいだなんて誰も思わないし、むしろおまえが伸しちゃったりしていたらもっと大変だっただろ?
「そう、だけどよ」
「何でもかんでも自分のせいと思っちゃ駄目だよ。それに、俺もアトネストさんも大丈夫なんだから」
軽く肩を叩く。
そんなに弱くないぞ、俺だって。
「……おまえ、筋肉なさそうだからなぁ……」
見た目か!
俺の見た目、そんなに弱そうか!
「そりゃー、セラフィラント陸衛隊に剣技認定とか貰っているおまえとは比べられたくないよっ!」
くっそー!
マジでラジオ体操第一以外にも、ちゃんと筋トレしようっ!
最近サボり気味だったしなー。
あ、神官さん達がぽかんと見ている……うっかりコントになってしまっただろうか。
アトネストさんは……無表情だ。
そっちの方がなんか居たたまれないので、なんか反応が欲しい。
けど……レトリノさんが、もの凄くガイエスを睨んでいるんだが……会ったことでもあるのか?
ガイエスもその視線に気付いたようだが、どうやら知り合いって感じではないな。
うーん……ヤンキー同士のガンの飛ばし合いって感じだぞ?
そこ迄、下品ではないが。
「なんだ?」
「ミューラは嫌いなんだよ。我が家門を貶めたやつらだからな!」
おや、穏やかでない理由だぞ。
「ミューラ人にたぶらかされたから、我が家門では家系魔法を失ったのだからな!」
ガイエスは何も言わず、表情を変えない。
「レトリノ、だからと言って、すべてのミューラの方々にそのような憎しみを持つのは不毛ですよ」
司祭様が宥めるが、レトリノさん自身も解っていても抑えられないのだろう。
……家系魔法は、他国人との間に生まれた子供やその子孫には……絶対に顕現しないと言うから。
テルウェスト司祭や神官さん達は、家門からその魔法が失われることの痛みと苦しみの方が理解できるから、レトリノさんを咎めきれないのかもしれない。
ううむ、日和見的平和主義者としては、こういうのはあまり見ていたくないなー。
「レトリノさん、ガイエスはミューラではありませんよ」
俺は部外者ではあるが、ここは詭弁全開、煙に巻く方向で介入してしまおう。
「彼はマイウリアです」
案の定、レトリノさんは変な顔をする。
「ミューラとマイウリアは、違うのですよ。俺も最近知ったのですけどね」
人種は一緒だとしても、主義主張が違うという意味だけだが。
「し、しかし、赤い瞳はミューラ人の特長で……」
「いえいえ」
反論してくるレトリノさんに、更に混乱情報を提供する。
「赤い瞳は確かにミューラ人に多い。だが『多い』というだけで、そのものを示すものではありません。そして、この色の瞳はタルフ人にもいるのです。色だけで決めつけてはいけませんよ」
「……ミューラ……では、ない人にも……?」
俺は大仰に頷いてみせる。
「赤い瞳はどの国にもいます。瞳の色ですべてを判断することがどれほど愚かなことか、我々皇国人はつい先日まで犯していた、大きな過ちを正したばかりではありませんか」
少しずつ、話の軸をずらす。
「宗神が悪かったのではない。宗神を悪に仕立てた過去の解釈が誤っていただけで、長きに渡り緑の瞳は憎まれてきた。でもそれが間違いだと、私達は認められたでしょう?」
「……はい」
結構素直な人だな、この人。
じゃあ、ちょっと説教めいた方向に。
「あなたの家系に影響した方がミューラ人だとしても、それはミューラ全てではないし赤い瞳の人全てでもない。そんなことは、レトリノさんも解っていることだと思いますが……そのミューラの人がいなかったら、今あなたは存在していないかもしれませんよ?」
吃驚した顔をしているけど、誰でもみんなそうでしょう?
先祖の誰かひとりが欠けていても変わっていても、自分はここにはいない。
「家系魔法は……確かに価値のあるものだと思います。でも、ここにいるレトリノさん自身にも同じ、いえ、それ以上の価値があると思いますよ」
「でも……家系魔法のない従者家門など……主家の役に立てません」
貴族家門の方々の役に立つのに『従者』に拘ることはないんじゃないかな。
そもそも従者でなくても多くの方々が領地のために、この国のために役に立っている。
そうじゃなかったら、貴族家門が臣民を護る訳がないじゃないですか。
価値がなくてもいい、と言うのはレトリノさんの場合は意味がない。
貴族達に認めてもらいたい人達が『従者』に拘るのだと思う。
だけど、貴族達は認めているから従者としているのではなく、認めているから護っているのだと焦点を変えてもらえたら、気持ちが楽にならないだろうか。
「俺の家系は……傍流で、従者の中でも末席でした……ミューラ人が六代前に……いたから。ずっと、魔力も低くて家系魔法もなくなって、三代前のルーデライト次官の時に大量に任命された従者達からも馬鹿にされて、自ら従者位を降りました。だが、いつか必ず魔力を回復させて……従者にと思って……おりましたが」
ああ、そうか。
この間の身分階位改正で、家系魔法を持たない家門は従者にはなれないことが決まっちゃったから……
復位はあり得ないと、絶望してしまったのか。
「……ルーデライトは、今後従者を置かないことを既に決定済みだ」
ラトリエンス神官の突然の発言に、全員が振り返る。
「すまない。昔、従者から外れた家門の者達がそこ迄の想いを抱いていたことを、主家は汲むことができずにいたのかもしれない」
「ラトリエンス神官……あなたは賢神一位でしたよね? ルーデライトは賢神二位では?」
ヨシュルス神官の疑問にラトリエンス神官は、母方がルーデライトなのですよ、と笑顔で答える。
おお、流石第一位神官、傍流であってもご両親とも十八家門の方ですか。
多分シュリィイーレ教会の神官さん達は、みーんな貴族家門の傍流なんだろうなぁ。
「レトリノ、従者でなくとも君がコレイルとルーデライトの力になりたいと願い、神職を選んでくれたことが何より嬉しい」
これなんだよねぇ、第三者がどんなにご大層なご託を並べたところで、主家や貴族家門の一言の方が何万倍も心に届く。
ラトリエンス神官の言葉に、レトリノさんは言葉も出せずにただ涙を流している。
納得できていてもいなくても、心の中の何かが変わったことには間違いないだろう。
ガイエスは……軽く溜息をついて、眺めている。
「大したものですなぁ、ガイエスくんは」
「何がだよ。何もしていない」
「だから、だよ。登場しただけで、人ひとりの未来を変えてしまうのだから流石ですよ、ガイエスくん」
「だから、その『くん』っての、止めろよ」
ちょっと笑った。
でも、そうなんだよ。
多分おまえじゃなかったら、睨まれても、暴言を吐かれても冷静でいられたおまえじゃなかったら、レトリノさんはもっと激高して取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。
相手も好戦的に対応してきたら、双方怪我で済まなかったことだって考えられる。
それくらい、家系魔法のことは他国の人達が考えるより『重い』。
大貴族だけでなく、従者たちにとっても、臣民にとっても。
怪我も治せるだろうし、争いも止められるだろうけど、レトリノさんはもっとミューラを憎んだだろうし、その相手も皇国の元従者を憎々しく思うだろう。
それは、こんなにも帰化民の多い国ではとても、つらくて哀しいことだ。
おまえだったから、俺は口出しできた。
おまえだったから時間稼ぎもできて、ラトリエンス神官もレトリノさんの悲しみに気付けたんだよ。
だから、おまえで良かった。
その後、レトリノさんがガイエスに頭を下げ、ガイエスも謝罪を受け入れてこの件は終了……と。
あ、ごめんね、アトネストさん。
置いてきぼりだったよね。
でも、もう少し待ってて?
「ガイエス、司書室でも見に来たのか?」
「いや……アトネストの様子が気になっただけなんだが……見せてもらえるなら……見たい」
テルウェスト司祭に俺が一緒ならいいですかと確認して、アトネストさんもご一緒に。
さあさあ、アーメルサス語の書き付け、是非是非見せてください!
そこへシュレミスさんとレトリノさんも……なぜか、付いてくる。
まぁ……いいですが。
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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第148話・『アカツキは天光を待つ』の第71話とリンクしております。
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