第511話 神務士さん達とお話ししよう

 皆様が早速、蔵書をシュリィイーレに送るべくお帰りになったので、本日のお仕事は終了。

 ……ありゃ、意外といい時間じゃないですか。

 ランチタイム手伝えなかったなー……今から戻ってスイーツタイムだけでも、と思ったがテルウェスト司祭に引き留められた。


「昼食がまだで空腹でいらっしゃるでしょう。よろしければ、召し上がっていらっしゃいませんか?」

 いや、でも皆さんの食材をご提供いただくのは、なんだか気が引ける……

 だが、シュレミスさんに、自分が作ったので是非とも、とウルウルの瞳で見つめられてしまっていただくことにした。

 この人、ちょっと齧歯目っぽい……栗鼠とかみたいな感じ。

 若干猫背気味なところも、ひまわりの種を両手で持つハムスターみたいだ。


 食堂に向かう途中、シュレミスさんの後ろ姿を見ていて、魔力の流れがやっぱりあまり良くないな、とうっかり視えてしまった。

 他国出身者は皇国と違って、魔獣や魔虫と近い場所にいるせいだろう。

 微弱魔毒を相当吸い込んでいそうだ。


 シュリィイーレにいるうちに、少しはデトックスできるといいんだけど……

 この町の水は浄化水になってはいるけど、魔毒まで排出できるかは微妙だ。

 冬前の健康診断次第だなぁ。

 アトネストさんも、こんな感じなのかもしれない。

 うちに来た時は、身体の状態より何より、精神的な方が気になっちゃったからよく視なかったんだよな。


 食堂に案内されて、皆さんと二度目の会食。

 今日は何かなー。

 ん?

 あのレトリノさんって人、随分疲れているみたいだけど……魔法の使い過ぎかな?

 あ、夜更かしさんかもなぁ。

 アトネストさんも、ちょっと……


「アトネストさんとレトリノさん、魔力不足になっているみたいですがちゃんと眠っていますか?」

 思わず尋ねてしまった。

 この間、俺がガッツリ怒られたからね。

 食べても寝ないと回復しきらないのは、実体験済みですよ。


「私は、魔法の訓練で……少し。今日から、ちゃんと気をつけようと思っています……」

 レトリノさんはきっと、神官さん達にも注意されたのだろうな。

 ラトリエンス神官が小さく頷いている。

 周りが解っているなら大丈夫ですな。


 アトネストさんは?

 彼が口を開こうとした時に、料理が運び込まれて理由が聞けなかった。

 もしかしたらお腹が空いているだけかもしれないから、食べても回復幅が少なそうだったらもう一度聞いてみよう。


 出て来た料理はイノブタ肉の……ロースト?

 いや、フォークで簡単に切れるし、外側ぱりっと中がホロホロ……

「これ、油で煮たものを焼いたんですね?」

「……! はいっ! そうです、リバレーラでは南部でよく使われている料理方法なのです!」

 シュレミスさんが、ぱぁぁっと明るい表情になる。

『コンフィ』という料理方法だ。


 低温の油で肉類を煮るもので、元々は長期保存のために考案された料理法。

 食べる時に表面を焼いて出されることが多いから、見た目はローストに見えるけど中まで柔らかくて美味しいのである。

 それにかかっているソースは赤茄子と大蒜が使われていて、南仏料理みたいだが……油が、違う。

 オリーブオイルではない。

 けど……食べたことがある油だなぁ……しかも、結構馴染みがあるような気も。

 ハーブで香り付けがされているから自信はないが……


「この油、米油、ですか?」

「凄い……よく、お解りに……この油は、リバレーラでもカリエトの近くだけでしか作っていないのに……」

 そうか、やっぱり地域限定か。

 だが、米油を作っているところがあったとは!

 これ欲しいなーーーっ!

 あ、でも最近はコンスタントに米糠が手に入っているんだっけ。

 作ろう。

 うん。

 糠床はいっぱいあるから余り気味で、畑の肥料にと思っていたくらいだし。


 シュレミスさんは冬場にここが閉ざされる町で、南方からの食材などが少ないことを衛兵隊員から聞いて知っていたから、油や香辛料を持ってきていたのだとか……

「僕のいた教会では神務士が料理を作るのは当たり前でしたから、リバレーラのものを使って欲しかったのです」


 笑顔でそういう彼は、シュリィイーレの米が知っているものと違っていて吃驚したそうだ。

 最近入ってくるようになったシュリィイーレで売られている米はセラフィラントのものだから、少しリバレーラの米とは品種が違う。


 俺がこの世界に来て初めてもらった、インディカ米に似た細長い米の産地がリバレーラ南部とルシェルスの一部地域だ。

 家畜の飼料として使われることが多いリバレーラの米だが、最近は精米して米が食べられるようになっているのだという。

 ミューラやガウリエスタからの人達には、そちらの方が馴染みがあるらしい。


「そうか、それで米糠から油を取るようになったのか……素晴らしいですね!」

 米糠からは石鹸も作れるし、そのまま肥料としても使うことができる。

 きっと葡萄の肥料にもしているだろう。

「米の油と胡麻の油では、まだ胡麻の方が多いんですけどね」


 そう言って嬉しげなシュレミスさんは、どっちの油も持ち込んでいるらしい。

 確かに油は貴重だからね。

 冬場のシュリィイーレでは買えるところが殆どなくなるから、持ち込むもののチョイスとしても大変に素晴らしい。

 料理、好きなのか?

 まさか、魔法もあるのかな?


「魔法はなくて、調味だけは技能があったのですが第四位でした。でも魔具を使わせていただいて、一気に第二位にまでなったのです!」

 簡易調理魔具は、いいサポートをしてくれたみたいだな。

 魔力量が千二百を越えたら、一般成人用にグレードアップしてもらえそうだ。

 お子様用でも『故郷の味』の再現ができるとは、なかなか良い成績ですよ!


 魔具のグレードアップに食い付いてきたのはレトリノさんだ。

「魔力が伸びたら、魔道具も上位の物が使えるのですか?」

 上位ってほど、上ではないのだが。


 一般成人用だと使用魔力量がちょっと多めになるから、上といわれればそうかも。

 こっちの方が品目制限がないし、方陣の劣化がほぼないから魔石さえちゃんと取り替えてくれていたら方陣が破損するまで使い続けてもらえるしね。


「魔力とは……どう、伸ばせばいいのか……」

 レトリノさんは元従者家系だそうだが、だとしたらどうして魔力量が少ないのだろう?

 もし、家系魔法を継いでいなかったとしてもそこそこ多めの筈なんだが。

 それについては……まぁ、プライベートなので聞きませんが……魔力の流れる量が少ないってことだとしたら、コンスタントに小さい魔法を使えばいいのですよ。


「小さい魔法、でございますか?」

「今は魔力量が少なくても、続けることで流脈に少しずつ魔力が流れやすくなるのですよ。そのためには、身体を鍛えて体力保ち、食事から栄養をきちんと摂って睡眠を充分に。その上で小さい魔法を使う。千年筆から色墨塊を抜いて、その状態で魔力文字を一日に十五文字だけ書いてみてください」

「十五文字だけでいいのですか?」


「まだ魔力が少ない千以下だったらそれでも結構大変ですよ? 千から千二百だったら……二十文字くらいかな。神典の言葉を書いてみるといいですね」

「はい……! やってみます!」

「でも、それ以上書いては駄目ですよ? できれば夕食の前、ゆっくりと丁寧に、その時自分が書ける一番綺麗な文字で書いてみてください」


 一ヶ月後には、結構伸びていると思うんだよねー。

 この辺は、エゼルとレザム、蓄音器体操仲間にも試してもらっているのだ。

 成人でどこまで伸びるか……いい臨床例になるかもしれない。

 ふぉっふぉっふぉっ!


 アトネストさんに視線を移すと、食後だというのにまだあまり顔色が良くない気がする。

 魔力流脈が整っていないと、回復も遅いのかもしれない。

 だとすると、魔力不足状態になりやすいということか……これは、普通の人より危険だな。

 何をしたのだろう?


「アトネストさん、何か魔力を沢山使うこと、しましたか?」

 俺の問いかけに、神官さん達が吃驚したように振り返る。

 テルウェスト司祭まで……え、気付いていなかったのかな?

 ……俺、神眼で視ちゃってたか?


 アトネストさんは、少し申し訳なさそうな顔で言う。

「実は……書き物をしていて、夜更かしをしてしまいました……千年筆を使っていたので、魔力を使い過ぎたのかもしれないです」


 聞けば、三刻……ほぼ六時間ぶっ続けで、夕食後から書いていたらしい。

 駄目でしょ、それ!

 魔力八百もない人が、二刻間以上千年筆使っちゃだめっ!


「それは、もしかして私が依頼したことですか、アトネスト?」

 テルウェスト司祭が?

「ああ、すみませんでしたね……そんなに急いで書かなくて良かったのですよ」

「いいえ、私が勝手に書き続けてしまっただけなのです。急かされたとは思っておりませんし、その……結局は、書き直しになりますので……」

「書き直し?」

「実は、記憶していたものがアーメルサス語でしたので……最初の一枚以外がすべてアーメルサス語になってしまってて」


 アーメルサス語!

 シュリィイーレでは全くと言っていいほど、資料が手に入らない他国の言語だぞ!

 見せて欲しいーーーっ!

 お願いだけはしてみようっ!


「あの……そのアーメルサス語で書かれたもの、見せてもらう訳にはいかないですか……?」

 テルウェスト司祭とアトネストさんがお互いに『どうですか?』って感じに顔を見合わせる。

「私は、構いませんが……」

 アトネストさんはいいって!

 テルウェスト司祭っ!


 ちょっと悩んで、アトネストがいいと言うのなら……と仰有ってアトネストさんが書き付けを取りに行った後で、耳打ちをされた。

「絶対に訳文を書かないでください」

 ……?

 どういうことだ?


 食堂を出て書き付けを見せてもらう部屋に移動しようとした時に、教会の表扉が開いて聖堂前の待合部屋に誰かが入ってきた。

 おや、ガイエスくんではないですか。


 もしかして、司書室目当てかな?



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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第147話・『アカツキは天光を待つ』の第70話とリンクしております。

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