第510話 蔵書の訳文依頼
さて、神話第五巻訳文提出のお約束日。
朝から……といっても、朝食をしっかり食べてからですが、教会に参ります。
これが終われば、遊文館に全力集中できる訳ですよ。
絵本の方も随分集まってきているので、審査を始めていきたいですからね。
ま、ちょこちょこ読んでいるとたまに条件をクリアしていないものがあって、今はそういうのを弾いているだけ。
締め切りまではあと十日くらいあるから、ここから提出数が増えそうだ。
教会でテルウェスト司祭にご挨拶、そして王都との方陣門があるお部屋で待機。
まだ受け取りの聖神司祭様はいらしていないですね。
セインさんが来るのか、それとも別のお方か。
「お待たせいたしましたかな、スズヤ卿」
姿を見せたのは……お久しぶりのリンディエン神司祭だ。
……と、その後からハウルエクセム神司祭、サラレア神司祭、ナルセーエラ神司祭……そしてレイエルス神司祭までいらっしゃる。
「どうなさったんですか、皆様お揃いで」
「いえ、久しぶりにお会いしたくてですなぁ……というても、それだけでないことくらいはお解りかと思いますが」
ですよね。
でも一度にこんなに大勢いらっしゃるのは、想定外でした。
「まずは……神話の最終巻、お渡ししてもよろしいですか?」
お仕事は先に終わらせたいタイプなのです。
レイエルス神司祭にお渡しして中身の確認と、訳文のチェックをしてもらって……みなさーん、後で見てくださーい。
後ろに溜まって覗き込んでないでー。
「あ、いや、失礼」
こほん、と咳払いひとつでリンディエン神司祭達は改めて席に着く。
「実は、先日十八家門の当主が集まる会議がございましてな。その時にセラフィラント公から……その、セラフィエムスの蔵書である前・古代文字と古代文字の本を、スズヤ卿に訳していただいている、と……」
「はい。承っておりますよ」
そこでナルセーエラ神司祭がついっと、前のめりになる。
「その中に、神話五巻の一部があった……と仰有るのは、
「ええ、ありましたよ。えーと……この部分ですね」
俺はレイエルス神司祭の手にしていた神話から、その部分を指し示す。
「まだドミナティア神司祭がこの聖典を発見される前でしたのに、どうしてそれが神話の五巻の一部だとお解りになったのでしょうか?」
「実は既に陛下からご許可を頂いておりますのでご存知かと思いますが、ただいまシュリィイーレに『遊文館』という子供達が学び遊べる施設を造っております。集めていた伝承をそこに置くので本にするために清書しておりましたら、各地に広まっているのに神話のどこにも載っていない話がいくつもありました。それが、神話の最終巻を元にしたものではないか……と、セラフィエムス卿と話しておりましたところセラフィエムスの蔵書からその原本と思われる前・古代文字の文書が見つかりまして」
この説明はビィクティアムさんから『会議で訳文依頼のことを話すから』と聞いた時に考えていたので、つらつらと淀みなく説明できる。
まぁ、ほぼ事実だし。
「なるほど、それであの会議の時に、神話の五巻と照らし合わせをされていたのですね」
「そー、それでーですな、スズヤ卿……」
「我々の家門でも、是非ともスズヤ卿に訳文を依頼したい本がございまして……」
きたきたきたーーっ!
お待ちしていましたよ、各ご家門の蔵書!
ビィクティアムさんからも近いうちに動きがありそうだぞ、と連絡をもらっていましたからね。
ですが、ここですぐに餌に飛びついてはいけないのだ。
「それは……お引き受けしたいのは山々なのですが……なにせ、セラフィエムスの蔵書三万冊とレイエルスの蔵書二万冊がございますので……その……時間がかかってしまいますし……」
「「構いませんっ」」
ハウルエクセム神司祭とサラレア神司祭は、流石に息がぴったりである。
「長年に渡り、読める手立てすらなかった本を、あと数年待つことで読めるようになるのであれば待ちますとも!」
「左様。我が家門の八千冊、是非ともお願いしたい!」
おおおおー、これはなかなかの数量になりそうですぞ、ふほほほほ。
「……お時間いただいてよろしいということでしたら……ただし、こちらも条件、と言うか、お願いがございます」
「なんなりと!」
前のめりだな、ナルセーエラ神司祭は。
いや、リンディエン神司祭もか。
「セラフィエムス、レイエルスのどちらの家門も了承いただいているのですが……」
そう前置いて、要求を伝える。
俺は絶対にシュリィイーレから動かないので、訳して欲しい本がある場合はすべて持ち込んでいただけると言うこと。
その本は例外なく、複製を遊文館に寄付してもらえると言うこと。
永劫、複製本の返却要求や持ち出しをせず、シュリィイーレに置き続けること。
シュリィイーレ在籍の二十五歳以下の子供達と、適性年齢前の若者たちには全ての本の閲覧許可をし、そこから得た知識や魔法の行使を認め妨害や処罰などしないこと。
シュリィイーレ在籍の者に限り、成人以降も一定条件を満たした有資格者には閲覧を許可する旨に完全同意し、永劫異議を申し立てないこと。
「シュリィイーレの民の利になることでなければ、お受けできませんがよろしいですか? 勿論、この他にもセラフィエムス、レイエルスと交わした条件があります」
遊文館に入れる家門からの寄贈複製本はすべて原文のみで、訳文は添付しない。
閲覧は遊文館の中だけで、シュリィイーレ在籍有資格者と寄贈家門領地の有資格在籍者のみ可能。
他領在籍者には、別領地家門蔵書の閲覧許可をシュリィイーレのみでは与えない。
また、他国在籍者は帰化、資格取得後に、在籍領の蔵書のみ閲覧可能にする予定だ。
「自領の方々の資格は、各ご領地でお決めください。ただし、遊文館に入館できるかどうかの資格については、シュリィイーレ教会と衛兵隊で精査、そして所有者である俺が決めます」
「で、では、領地で許可したとしても、遊文館を確実に利用できるとは限らない……ということですか?」
「はい。シュリィイーレの子供達が最優先ですからね。子供達の邪魔になったり、子供達が嫌がる人はお断りです」
この施設はシュリィイーレのためのものだから、他領在籍者には制約の方が多いのですよ。
飲食も制限しちゃうつもりだし。
「……我が家門は、その条件、すべて承ります。お願いできますかな、スズヤ卿」
「こちらの条件のすべてを吞んでいただけるのでしたら、喜んでお引き受けいたしますよ!」
遠慮なしに出せる条件は全部出す。
でも、どの家門も他領の民に蔵書を見せたいとは思っていないし、ましてや他国在籍者にはどの領地で帰化するか解ってもいないのに見せたくはないだろうから、その辺は考慮してありますよアピール。
だが、シュリィイーレ在籍者には無条件で公開し、その全権をシュリィイーレに……まぁ、現時点では、ほぼ俺に一任していただく。
「あ、遊文館のお約束事を破った場合の罰則については、ご存知ですか?」
レイエルス神司祭とレイエルス侯に話したあの『赤い服の恥ずかしい罰』……どうやら、皆様ご存知のようだ。
「あんな怖ろしいことを……よく考えつかれたものだ……」
「貴系家門なら、間違いなく自決します」
「臣民達だって生涯の恥でしょう……なまじ牢などに入れるより、余程こたえる罰でございますよ」
皆さん嫌がってくださって何よりです。
リンディエン神司祭は想像しちゃったのか、ちょっと顔色が悪い。
「痛みは忘れるものですし、一過性で人々の記憶からもなくなりやすい。ですが恥辱は一生、下手したら代々語り継がれてしまう。罰を受ける情けなくも恥ずかしい様子は、それを見た人々の記憶にも残りやすく、いつまで経っても後ろ指さされて忘れられることがないですから。そしてそういう人は、すべての信頼をなくしますし」
「……それが一番怖ろしいです……」
「約束事をちゃんと守ればいいだけですから、簡単なことですよ」
皆様には『どんな条件でも訳文を!』と仰有っていただけましたので、快くお引き受けいたしました。
リンディエン五千冊、ナルセーエラ二千二百冊、ハウルエクセム一万冊、サラレア八千冊……ほっほっほっ、大量ですぞー!
さてさてさて!
どんな本が飛び出してくるかなぁ。
もう遊文館の『地下秘密蔵書部屋』は完成していますから、いつ持ち込んでいただいても大丈夫ですよー。
そしてレイエルス神司祭からも、お買い求めの本の三割ほどを持ち込んでくださるとか。
「今回はマントリエルとルシェルスが中心ですね」
「そのご領地は伝承が少なかったので、とても楽しみです!」
マントリエルはライリクスさんと衛兵隊もニカエストさんだけだったから母数が少なくて、ルシェルスは同じお話が多かったんでバリエーションがなかったのだ。
皆さんが躍起になって雪が降る前に必ず! と仰せなので、これからガッツリ集まるだろう。
さぁて、遊文館、本格始動だぞ。
レイエルス神司祭から、レイエルス家門の方々へ既に手紙でのお話が通っているらしいので、非常勤かパートのお誘いに行っても大丈夫のようだ。
そのリストもいただけたので、秋祭りのあとにでもお宅にお訪ねしよう。
やばい、めっちゃ楽しみすぎてニヨニヨがおさまらないぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます