第509話 父さんの誕生日
そろそろ戻らないとカバロが拗ねるというので、ガイエスと食堂を突っ切ろうとしたらメイリーンさんを見つけた。
ライリクスさんと……最近はあまり来てくれてなかった、マリティエラさんも。
そろそろ臨月なので、ライリクスさんがピリピリしているのだ。
……マリティエラさんは、至って平常モードなのだが。
「こんばんは、タクトくん」
「いらっしゃいませ、メイリーンさん、お姉様……とライリクスさん」
「なんで、一拍おくのですか」
特に含みはございませんよー。
「こちら、タクトくんのお友達?」
マリティエラさんにそう言われて、ガイエスは……小さく頷いて会釈。
こいつ、マリティエラさんに見とれていたのかな?
「そう、ガイエス。セラフィラント在籍なんですよ」
食堂には他にも人がいるから冒険者とは言いづらいので、どこの人かってことだけをアピール。
ライリクスさんは制服じゃなかったんで、マリティエラさんとセットでご紹介、で、メイリーンさんは……
「俺の婚約者」
「……は?」
「まだ『仮』だけどね」
めっちゃ吃驚しとる。
しかも、一歩後ろに引いたぞ、こいつ。
そんなに全身で表すほどの驚きかよ。
どうしてそんな、空手の構えみたいな形で驚くんだよ。
てゆうか、そろそろ元に戻れ、こら!
「……すまん、あまりに意外な響きに、頭の中で理解が追いつかなくて」
失礼なやつめ。
その失礼なガイエスを、メイリーンさんがじーーっと見ている……?
え、なになに、なんで?
「タクトくんとガイエスさんは、あまり似ていないのね」
メイリーンさんが、ぽそっと呟く。
「お友達、って似ている人となるのかと思ってた」
「そうでもないと思うよ?」
まぁ、双子みたいに似ている人達も中にはいるだろうけど。
……メイリーンさんも、ぼっち系だもんなぁ。
そして、メイリーンさんがガイエスに挨拶をして……微笑む。
「タクトくんと、お友達になってくれて嬉しい。タクトくん、すぐひとりでいろいろやっちゃうから、一緒に何かできるお友達でいてあげてね」
……なんかもぉ、聖母かな……っ!
俺の婚約者(仮)、人間ができ過ぎてないか?
ガイエスが苦笑い……からの、若干の呆れ顔だ。
そんで、俺に囁く。
「おまえ、甘やかされ過ぎ」
そー思う。
でもいーんだよ、羨ましーだろー。
食堂の皆さんの視線が、生温かい……
昨夜のふわふわ気分のまま、父さんの誕生日はみんなで肉祭りである。
この時期、試験研修生準備でビィクティアムさんは大変みたいなんだが、ライリクスさんはしっかり半休取って参加です。
ライリクスさんは教官ではないから、さほど大変ではないのだろう。
肉祭りの会場、二階の食堂ではホットプレートを使ってのバーベキュー擬きである。
母さんがしっかり仕込んでくれたお肉や野菜達はキラキラピカピカ、それを目の前でじゅわーっと焼いての、熱々はふはふパーティなのだ。
「こういう、作りながら食べるというのは、新鮮ですね!」
ライリクスさんの左腕には、簡易調理魔具が煌めく。
同じものを右手に着けている父さんも頷きつつ、肉をひっくり返す。
「うん、自分好みにできるし、なんつっても楽しいな、こりゃ!」
メイリーンさんは母さんと一緒につけだれを作ったり漬け込んであるお肉を並べたり。
そして……マリティエラさんは、悠然と腰掛けて動かないままである。
「マリティエラさん、焼いてみます?」
俺が肉とトングを差し出すと、疾風の如くライリクスさんにひったくられた。
過保護ー。
「違いますよ、タクトくん。誰にでも、得手不得手というものがあります」
マリティエラさんは、まるで鬼監督のような厳しい顔のまま頷く。
「そして、してはいけない、越えてはいけない『死線』というものがあるのですよ!」
マリティエラさんは……ちょっと不本意というような面持ちであるが、ここでも頷く。
「人命を尊重するという観点からも、決してマリティエラに料理はさせられません」
「別に料理したからって、お腹の赤ちゃんに何かあると言うことでは……」
「……違うわ、タクトくん」
微動だにせず、戦場における司令官の如く厳しい顔でマリティエラさんが口を開く。
「医者としても人としても、私は料理に関わるべきではないのよ。これは……天命なの」
「君は、マリティエラの料理の破壊力を知らない……それは、幸福なことですよ」
そんなにか。
父さんは簡易魔具での料理が楽しくて仕方ないらしく、母さんにいろいろと教わっている。
……いや、厨房で母さんといちゃいちゃと料理ができるから、楽しいのかもしれん。
俺もいつか、メイリーンさんと一緒に料理……いや、俺の料理ってほぼ実験扱いだよな……?
俺も、簡易調理魔具、使ってみようかなぁ。
プレゼントは、黒い革のホルスターバッグ。
腰から太腿にかけて装着するバッグで、錆山に行く時はかなり重宝するタイプだ。
いいなー……かっこいいー。
ベルト部分への刺繍はマリティエラさんで、革製品だからメイリーンさん作だが……ライリクスさんは?
と思っていたら、革がなかなかシュリィイーレでは売られていないものらしく、調達してくれたのがライリクスさんらしい。
昔いた領地のもの……と言っていたので、どうやらルシェルスにいたことがあるようだ。
さて、最後に登場はスイーツですね。
今回は『サントノレ』にしてみました!
俺の大好きな、カスタードにイタリアンメレンゲを加えたクレーム・シブーストをちっちゃめのブリオッシュにいっぱい詰めて折りたたんだパイの上に何個か飾る。
よく見るのはミニシューをカラメルで接着させて盛り上げたクロカンブッシュみたいになっているものだが、もともとはブリオッシュである。
元は、なんて言い出すとクリームはカスタードなのだが、そこは俺の好きな方で。
ついでに林檎の甘煮も入れて、王冠みたいに積み上げてから更にクリームを絞り出してトッピングしてある。
全体に甘さは抑えめだが、卵とミルクたっぷりの贅沢ケーキだ。
「このパンの部分は、よく食べるものと似ていますね?」
「ええ、もっと甘さを抑えたものが、皇国で一般的に好まれている『食事パン』ですね」
冬場の硬いパンは卵と牛乳が入っていないパンで、その他のシーズンは柔らかいこちらが好まれるのだ。
日持ちしないのが難点だが、うちではノープロなので保存食でもこのパンを使っている。
「苺クレマに使っているのと同じものかい?」
「そうだよ、母さん。この『クレマ』はもっと泡立てた卵白が多めだからふわふわだけどね」
「これ、なんていうお菓子なの、タクトくん?」
うちの店ではカスタードクリームのことは『クレマ』で統一している。
生クリームには自動翻訳さんが『乳脂』を表示したのだが、カスタードクリームには何も表示がされなかったから。
多分皇国では、作られたことがなかったものだからかもしれない。
勿論、このブリオッシュは『パン』と同義だが、クレマ・パンだと今自販機に入っている『クリームパン』の名称として使ってしまっている。
うぬぬ……どうしようか。
昨日までに思いつかなかったんだよなー……
しかし絶対に、俺の名前なんてものは避けたい!
全力で!
「これは…… お菓子で山を作った感じで、錆山を参考に……という……」
く、苦しいが元のサントノレが、積み上げて『冠』を表現したものと言ってしまう訳にはいかないのだ。
冠というと『皇冠』を指すことになるので、流石にまずい。
「なるほど、あちこちからいろいろなものが出てくるってのは錆山っぽいな!」
「そうね、林檎の甘煮とかクレマとか……あら、干し葡萄も入っているのね」
そうっ、そんな感じでっ!
「元々は俺が昔食べたもので、作った人の名前とか町の名前が付けられていたんだけど……皇国じゃそういう名前にするのも違うし、俺が考えた訳じゃないから『錆山のクレマ』とか、かなぁ?」
「あら、いいじゃない! この町を表したお菓子って感じで凄くいいよ」
え、思いの外でかい認証名だったか?
いや……でも、今後この命名のやり方は良いな。
俺の名前ではなくて、この町とか錆山とかに肖った感じの方がみんなが作りやすいよな。
全部この町に普通に入ってくる食材だし、林檎は西の果樹園で採れるものだ。
『この町の菓子』になってくれたら、素敵だ。
……メイリーンさんがちょっと不満そうだが……俺の名前を入れたかったのかなー。
三回目は流石に、回避したいですよ?
ほらほら、そんな顔しないでって。
そして『錆山のクレマ』……音にすると『シュリィルヤ・クレマ』って聞こえるからちょっと格好いいんだよね。
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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第145話とリンクしております。
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