第508話 ダチメシ
突然知っている伝承を全部話せと言われても無理、とお話を聞かせてはもらえなかった。
思い出す度に書いて送るからとは言われたので、待っていることにする。
まぁ、そりゃそうか。
俺だって御伽噺をすぐ喋れっていわれたって、桃太郎と浦島太郎と金太郎と三年寝太郎と……結構話せるな。
いやいや、人それぞれですよね、はい。
「書いて渡すのはいいんだが……皇国じゃなんて言うのか解らないものとか、ある」
「あ、マイウリアにしかないものか……んー……マイウリア語で全部、書いてくれ」
町の名前とか入っていたら、どの辺りにあった町かも教えて欲しいと頼んだ。
皇国語で読んだものは皇国語でもいいけど、できればマイウリア語とかガウリエスタ語とか、現地の言葉がいいよな。
ガイエスは、皇国でも他国でもそういう本を見つけたら買っておくか? と言ってくれたので、是非とも、とお願いしておいた。
かかった費用をその場で払うから早めに申告してくれといったら、菓子か玉子料理がいいとかいう。
……解りました。
ガイエスがリピ買いしたがるスイーツと玉子料理、送ってやるぜ。
そうだ、もうひとつ聞いておこう。
「マイウリアとかガウリエスタって、その国の文字で作られた方陣はなかったのか?」
あの絵本の方陣とかあったから、気になっていたんだが如何せん現地語の物が全くないから資料がなくてなー。
「いや、方陣は全部、皇国古代文字だけだった」
……ということは、シィリータヴェリル大陸で、古代文字や前・古代文字は共通の文字だった?
「マイウリアやガウリエスタは方陣を貴族や教会が秘匿していたから、殆ど見られなかった。たまに、教会の司書室で古い本に書かれたものがあっただけだから、俺が知らないだけかもしれないけど」
そしてどうやらガイエスが方陣を見たことがあった『古い本』は、皇国文字ばかりだったらしい。
んー……そうなると前・古代文字が共通語という認識ってわけでもなくなるなぁ。
マウヤーエートがどの時代に分裂して、各国がいつ頃できたのかがはっきりしないからな。
「それに、俺が見たマイウリアの本だと、方陣はもの凄く適当に書いていたみたいだったぞ? どれもまったく魔法にならなかったし」
「独自に作ろうとしていたのかもなぁ」
あの、ガイエスから預かっている血統魔法研究の石板の例もある。
自分達でなんとか、魔法を獲得しなくても使えるように模索していた時代もあったのだろう。
「オルフェルエル諸島でも見つけられるか、楽しみなんだ」
本当に楽しそうにそう呟くガイエスに、危険だから止めた方がいいんじゃないのか、なんて言えるわけがない。
魔法師が狙われているだけじゃなく、皇国籍の適性年齢前後が拉致の対象なのだとしたら皇国の外はどこであっても危険度は変わらない。
だからといって……こいつにどこにも行くなとは、言えない。
……偽造身分証とケースペンダントに付与している加護レベル、上げておこう。
無傷とか痛みも感じないってのはまずいけど、致命傷にはならないように。
あのプロテクター着けて、外套を着ててくれれば大体のことは平気なんだけどな。
それに、ガイエスが履いてるエトーデルさんの靴、どう見てもサバイバル仕様でスゲー格好いいんだけど!
いや、機能的に、ですよ。
ほぼ完璧に、防水なんだろうな。
「他国だと微弱魔毒が多いんだろ? 戻ってきたらちゃんと、オルツの司祭様の所に行けよ?」
さっき司祭様とそう約束させられた、なんて言ってやがったもんなー。
「大丈夫だよ、おまえが作ってくれた顔覆いに【清浄魔法】の方陣描いておけば」
「は?」
聞けば、マスクに【清浄魔法】の方陣を描けば、吸い込む空気が清浄になるから微弱魔毒は吸い込まない、なんて得意気だ。
……こいつ、全然理解していないなー。
「あのな、言っただろう? あの【清浄魔法】の方陣は『地系』だって。大気中の魔毒は浄化できないぞ?」
あーあ、何それって顔してるー。
確かにね、聖魔法の【清浄魔法】なら、全系統カバーだから使える。
でも方陣では、聖魔法の完全再現はできないんだよ。
それをするには、魔力を馬鹿みたいに吸い込む極大方陣くらいのサイズで組まない限り無理。
だが、フィールドを限定し、効果範囲を絞り込んで使うことによってのみ、聖魔法も方陣にできるのだ。
だから、聖魔法の『治癒の方陣』でも、時間差があったり、治せるものと治せないものが出てくるのはそのせいなのだ。
だって【清浄魔法】の方陣には、書いてあったでしょ?
「あの方陣で清浄にできるのは、大地のみ。それも、発動者が見える範囲だけだな。あ、遠視と組み合わせるともう少しは遠くまで浄化できるけど、空気は無理だからね」
「……だって、水は浄化できているじゃないか」
「水は大地から湧いていれば、浄化できる。でも、大地に触れていない水は真水であってもダメだな。池や湖では使えるけど、降ってくる雨とか大地と接していない水は【清浄魔法】の方陣では浄化できないよ」
うっわー……すっごい落ち込みっぷり……【浄化魔法】の方陣は『空系』『地系』だから、こっちの方はそのやり方で使えるよ。
そんな時、母さんが晩ご飯のカツ煮卵とじ定食を持ってきてくれた。
……ふたり分。
手伝うよ、と言ったが今日はいいから! と、扉を閉じられてしまった。
落ち込んでいたはずのガイエスが、玉子たっぷりのカツ煮に釘付けである。
まぁ……ダチと、メシってのも、いいか。
それから、食事をしながらいろいろな話をした。
食べ物の好き嫌いから、ガイエスが今まで行った国のこと、俺が読んだ本のこと。
なんかの情報交換とか報告とかそんなんじゃない、無駄話みたいな話。
ただ、楽しむためだけの。
そして『遊文館』の話をしたら……ガッツリ食い付いてきた。
だがオープン予定が秋祭りのあとだというと、ちょっと、しおってする。
まぁまぁ、この冬ずーっとシュリィイーレにいるならいいが、カバロがなんて言うかなー。
氷結隧道に、馬は入れないからねぇ。
「その、系統の本だけは、先に読みたいがなぁ……」
「セラフィエムスの蔵書からの複製本だから、前・古代文字の本だよ」
「……訳せねぇな」
「もうすぐ前・古代文字の辞書ができるから、それまで待てよ」
「どうせそれも、遊文館に置くんだろう?」
それは、勿論。
ま、慌てなさんなって。
来年の春に、もう一度来たらいいじゃないか。
あ、冬の間いるなら、それはそれで歓迎するけど。
遊文館でバイト、する?
そしたら、屋上でカバロを歩かせるのもありかな?
……狭いか。
厨房 〉〉〉〉
「タクト、ちゃんと話、しとったか?」
「うん、なんか楽しそうだったわよ」
「友達なんて初めてだからなぁ……メイちゃんの時より変に緊張するぜ」
「えーと、ガイエス、だっけ? あの子、玉子料理が大好きなのねぇ」
「新しい養鶏場、ガイエスの紹介だってタクトがはしゃいでいたからなぁ」
「あらら、養鶏場と知り合いなくらい玉子が好きなんだねぇ。ミューラだと、珍しいねぇ」
「そうだな。あの国は、玉子をあまり食わないって話だったもんなぁ」
「魔獣の多い国は、玉子を食べないらしいからね。皇国で安心して食べられるようになって良かったねぇ」
「タクトのやつ、最近やたら玉子の料理増やしたのは、ガイエスに食わせるためか?」
「あら、妊婦が多いからだと思うよ? 妊娠中にはいい栄養だって言ってたから」
「どっちでもいいが……また遊びに来てくれるといいがなぁ」
「本当ねぇ……セラフィラントからだと、ここって遠いものねぇ……」
食堂 〉〉〉〉
「最近、タクトくんはあまり食堂にいませんねぇ」
「ガイエスくん、来ているからだろうね。色々話しているんじゃないの?」
「まさか、ふたりが友人関係とは、思いませんでしたよね」
「あの帰化の時は、結構衝撃だったよねぇ。まぁ、ガイエスくんにセラフィラントでの実績があったから問題はなかったけど」
「あら、タクトくん、いないのね?」
「……お仕事忙しいのかも、ですね」
「今、セラフィラントからタクトくんの友達が訪ねてきているらしいですよ?」
「まぁ! ライ、会ったの?」
「紹介はされていませんが、見た……という感じですね」
「タクトくんの、お友達……」
「紹介して欲しいわね。でも……セラフィラントの人なのね……」
「ミューラからの帰化のようです」
「それは、珍しいわね。ミューラからなら大概、カタエレリエラとかルシェルスにいたがるのに」
「気候的に暮らしやすいのが、その領地ですからねぇ」
(会ってみたいなぁ……タクトくんのお友達って、どんな人かなぁ……タクトくんと一緒で、格好いいのかなぁ)
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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第144話とリンクしております。
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