第507話 毒情報

 厨房に入ったら、もう母さんが戻っていて夕食の仕込みを始めていた。

 手伝おうかと思ったら……止められた。


「友達、来てるんでしょ?」

「そうだけど……まだ食事には早いから、待ってもらっているし」

「夕食時間より早く来たってことは、あんたと何か話がしたかったんじゃないかねぇ?」

 俺と?

「こっちはいいから、話しておいで。あんまり会えない子なんだろう?」

「……うん」


 夕食時間も気にしなくっていいよ、と笑顔で厨房から追い出されてしまった。

 なぜか、プリンをふたつ、持たされて。

 なんだかあいつ、落ち込んでいるみたいだから丁度いいか。

 これを食べたら少しは元気になるだろう。

 卵たっぷりぷるぷるプリンだからね。



 小会議室に入ると、テーブルの真ん中当たりにぽつんと座ってぼんやりしている。

 ……迷子センターのお子様みたいだ。

 目の前にプリンを置いてやると、ちょっと背筋が伸びてニヨってした。

 ヤバイ、なんか面白い。


「なんか、あった?」

 紅茶を入れて、向かいの席に腰掛けて尋ねる。

 ちょっとだけ手を止めて、考えが上手くまとまらなくて、と言う。

 ほほぅ?

 何についての考察かね?


 軽い気持ちで聞き始めたのだが、やたらめったら毒の話が出て来るんだが?

 東の小大陸でタルフ毒の話を?

 八年前は革命に使われた魚毒だけじゃなくて、タルフはマイウリアから来たと思われるやつに黄毒を売っているって話を聞いた?


 ほぅ、タルフから逃げてきたご家族の子供が、微弱魔毒を……?

 あ、それは治ったのか、よかったね。

 その辺はセラフィラントで把握しているのか。


 黄色い塗料と血赤色の塗料は、魔毒で精製している?

 オルツで止められた塗料を……コデルロ商会が?

 なにやってんだ、あのおっさん。

 その塗料の製品が、アーメルサスとオルフェルエル諸島にも?

 こっちはウァラクで……ってことは、当然大貴族たちは共有しているね。


 ……蛙の人……って、ガイエスは名前を言ってないけど、もの凄くある人物が浮かぶ……

 は?

 自分自身もうっかり海に入って、魔魚にメタクソやられた……と。

 ロートレアで会った時って、その治療だったのか!

 まったく……無事で良かったよ……


 それにしても、あっちもこっちも毒ばっかだな。

 なんだ、その毒まみれの冒険は。


「……なるほど、今あちこちでタルフ毒が蔓延しているということか……で、何がどうまとまらないって?」

「東市場の南東側で、探検援助機構団ってやつらから絡まれて」

 んん?

「俺のことをタルフ人と間違えて『何か』の取引のことを話された。で、麻袋に入った磨き粉を、それと勘違いして受け取って教会に……」

 ああああーーーーっ!

 あいつらかぁ!


 思わず声を漏らしてしまった俺を、ガイエスが覗き込む。

 顛末は言っておくか。


「その時、俺も教会にいた」

「えっ?」

「アトネストさんがそいつらに絡まれてさ、俺のことをおまえが渡した『何か』との交換品だと思ったらしくて……飛び込んできた衛兵隊にとっ捕まって行ったよ」

 突然立ち上がったガイエスの顔色が、さっと暗くなる。


「あ、アトネストさんは大丈夫だよ? 怪我もしていないし、ファイラスさんとオルフェリードさんが話を聞いただけだろうし……」

「おまえはっ? おまえはどこも、なんともなかったのかっ!」


 それはほら、ご覧の通り無傷ですよ。

 平気、平気!

 腕を振り回して、立ち上がって元気アピール。

 安心してくれたかな?


「あいつら、剣を抜かなかったんだな……」

「そんなヒマなかったと思うよ?」

 テルウェスト司祭の炎熱、めっちゃ速かったもん。

「……よかった」

 ガイエスはやっと、小さく息を吐いて腰掛ける。

 随分心配してくれたんだな。

 ありがとね。


 そして、ガイエスは少し目を伏せて言う。

「解らないんだよ、どうしてアーメルサスにあんな遠いタルフからの毒物が入ったのか。それに、赤い瞳はタルフの貴族だけなのに、なんでそのタルフ貴族が赤月の旅団と関わっているのか」

「……現段階では情報不足だ」

「え?」


「外部からの、それも一部分しか接触していない情報だけでは、判断はできない。この段階では何をどう考えても、単なる憶測で意味はない。ただ、毒物が蔓延しているという事実があるだけだ。だから、できることは『警戒する』だけ」

「でも、何に警戒していいかが、解らないじゃないか」

「自分が信用できる『確実に安全なもの以外の全て』だよ」


 沢山の情報があるように思えるが、現時点ではすべて一方通行で確認が取れていないものばかりだ。

 絞り込みどころか、あたりさえも付けられないのに纏まる訳がない。


「同じ『毒』という括りだから関連があるように感じるが、全てがひとつになるとは限らない。時系列でも、関連している国も人も広範囲だ。そして、彼らが勘違いしていないとは言いきれないんだよ」

「勘違い……?」


 だって、ガイエスがタルフの貴族に間違われたという一点だけでも、そいつらは『赤い瞳はミューラやマイウリア人の可能性もある』ということを無視している。

 それは現在既にミューラもマイウリアもなく、タルフが毒というものと紐づくイメージが強いから『毒をやりとりする取引で出て来る赤い瞳の人』は『タルフ貴族』という、勝手な方程式を作り出している可能性があるのだ。


「その印象を利用して、元ミューラや元マイウリアの赤い瞳のやつが関与していることだって考えられる。と、なれば、毒も出所はタルフとは限らない。タルフとマイウリアは同じ起源を持っているかつての同一民族で、昔はマイウリアにもタルフと同じ植物があり薬も毒も作られていた。その精製技術が残っていないとは、言いきれない。そして、マイウリアやミューラがそれを持っていたのなら……ガウリエスタもディルムトリエンも持っている可能性がある」


 そう、ガウリエスタ、マイウリアとミューラ、ディルムトリエンはかつてひとつの国だった。

 俺は、ガイエスが持って来た『タルフ歴史書』の話をした。

 古代マウヤーエートの分裂の話を。

 ガイエスはぽかんとしつつ、時折考え込むようにして聞いていた。


 そして、呟いた。


「……それで、似たような伝承があるのか……」


 ガイエスくんっ!

 そこんところ、詳しくっ!



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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第143話とリンクしております。

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