第490話 市場巡り

 朝もはよからお買い物モード突入の弦月つるつき一日。

 秋風が空を渡りさわさわと涼やかに音を奏でる中、使命感に燃える神官さん達と一緒に教会前に集合。

 神官さん達は使い込んでしまった食材の買い物をさっさと終えて、神務士さん達が来るのを待たねばならない。

 まずは朝採れ野菜ゲットのために、西の朝市へ!


 西市場の朝市は、シュリィイーレで一番早くから開く。

 ここで売り買いする人達は、ほぼ全てがシュリィイーレに住んでいる人達だけだから。

 そしてここの朝市が閉まる頃に、東市場の朝市が始まるのだ。

 今日はそのふたつを一気に周りますよーっ!


「さぁ、葉物野菜を手に入れる機会は、もうあまりありませんよ! 頑張ってくださいっ!」

「「「はいっ!」」」


 西市場組は、ラトリエンス神官、ガルーレン神官、ヨシュルス神官の三名だ。

 この三人は機動力が高く、なんとヨシュルス神官は【収納魔法】持ちなのである。

 気付いたら獲得していたそうで、大層喜んでいらした。


 ……俺が、ガシガシ買い物をさせたせいだろうか……

 神官さんにはあまり必要ない魔法だって言われそう、と思っていたら、シュリィイーレ教会の面々からは、やたらと羨ましがられたのだとか。

【収納魔法】の地位、向上したのかな?

 良いことです。


「タクト様っ、菠薐草と白菜は買えました!」

「私は、甘茄子と甘藍!」

「赤茄子と火焔菜も、大量買いできましたぞ!」


 素晴らしいですよ、皆さんっ!

 でも『様』って呼ばないように注意してねっ!

 キラキラ野菜達を四人でガンガン買い込んで、一度『移動の方陣』で教会へ帰還する。


 帰宅に『移動の方陣』を使えるのは、この町の特権と言える。

 この町の魔法師組合でだけ、俺が作った方陣鋼を売っているからだ。

 これは、遊文館利用のための布石である。


 遊文館への移動は徒歩でも馬でも勿論大丈夫だが、冬場は子供達だけでは危なくて外に出せない。

 なので『遊文館利用パス』は、移動方陣鋼になっているのである。

 そして魔力が八百以下、または七歳以下の場合は必ず『保護者同伴の同行者用移動方陣鋼』になっている。


 ひとりで来させるにはちょっと早いというか、親の方が心配しそうだからね。

 だが、あくまで子供が主体。

 親が同行者、なのである。


 以前、あの大雪災害の時にライリクスさんから聞いた『助けを求めに出てどこにも辿り着けなかった子供達』で、一番幼い子は八歳だった。

 その年以下の子供達は逆に親にべったりになり、側を離れようとしない子が多いらしい。

 家の外と交流を多く持ち始めるのがその頃だから、他の人に助けてもらおうという考えが浮かぶのだろう。


 そういう時に、移動できる場所……誰かがいる場所が、遊文館であって欲しい。


 誰もいなくてもそこに行けば食べ物があり、飲み物があり、誰かと連絡が取れる。

 そういう場所だ。

 大人が元気なら、外門の避難施設や衛兵隊官舎に行けるだろう。

 でも、子供だけだったらどこに行くのも遠過ぎる。

 それらの施設では、子供達だけの目標方陣鋼は預かっていないのである。


 そして……大人から逃げたい場合にも。

 だから、遊文館だけは、子供達が確実に移動できる遊び場で避難所なのだ。

 そんな遊文館に神官さん達がいてくれたら、親も子供達も安心できる。


 いやー、魔道具ひとつでまさかこんなに恩が売れるとは!

 ほっほっほっ!

『お子様向け極小魔力バージョン簡易調理魔具』は、今手習いに行っている子供達と蓄音器体操の子供達にも渡してあるから、その内使用状況の連絡が来るだろう。

 レザムは魔力が千二百を越えているらしいので、一般バージョンにしてみた。

 さて、エゼルとどんな違いがあるかなー。


 教会で西市場チームが買ってきたものを保管庫にしまっている間に、残り三人のもうひと組で次は東の大市場!

 小麦と豆と果物、そして香辛料なども買いますよー!


 アルフアス神官、ミオトレールス神官、ヒューエルテ神官の三人は若干の力不足ではあるが、軽量化背負子に小麦と豆をがっつり。

 エベレスト登山のシェルパさんみたいに、もりっと積み上がっていますよ!


 ヨシュルス神官の【収納魔法】に容量がもっとあったら、こっちを手伝ってもらったのだが出たばかりの魔法では殆ど入らない。

 ……ヒメリアさんほどとは言わないけれど、もう少し鍛えれば……


 その時、何やってんだよ、と声が聞こえた。

 ガイエスだ。


「おい、なんで神官さん達がこんな大荷物を……まさか、おまえのうちの分じゃないだろうな?」

「いくら俺でも、そんな酷いことはしないよ」

「そ、そうでございますよ、ガイエスさん。わたくし達はタクトさ……んに、何を買うべきかの御指南をいただいておりまして」


 ミオトレールス神官、今『様』って付けようとしたよね。

 駄目ですよー。

 教会の神官さん達が『様』付けで呼んだりしたら、俺が聖魔法持ちだってばれちゃうんです。

 聖魔法師保護のお約束に、引っかかっちゃいますからねー。

 まぁ、既にばれているとは思うのだが、だからと言って神官さん達教会の方々が喋っていいことではないのだ。


 だから、普段から『様付けで呼ばないでくださいね』って言ってあるのに、聞かないから咄嗟の時に出ちゃうんですよ。

 ヒメリアさんとかアリスタニアさんみたいに、銅証か鉄証と思われる人が『様』を付けるのは、俺が一等位魔法師だからまだいいんだよ。


 だけど、貴系の方々で神官さんとなれば銀証以上の可能性がある。

 そういう階位が高いと誰もが知っている人達が、一等位魔法師であろうと貴系でも皇系でもない俺に『様』を付けたら、俺が銀証以上と解る。


 他領で銀証を提示するだけなら、鑑定板の情報を全て読まない限り俺が聖魔法持ちなのか、貴系や皇系の傍流なのかは解らない。

 だけどシュリィイーレでは、俺が傍流家系でないと知ってる人も数多くいる訳で。

 となると、それは……まずいということですよ。


「神官のあんた達が……買い物?」

「今日から、神務士達が研修に参りますからね。彼らのための食料です」

「あまり予算がございませんので……なんとか美味しいものを沢山買えるようにと、目利きができるタクトさんにお願いしたのですよ」

「……こいつの言う通りに買っていたら、金がいくらあっても足りなそうだけどな……」


 やだなぁ、ガイエスくん、ちゃんと予算内に収めるよー。

 重いだろうからって【収納魔法】貸してくれるって?

 え、何、めっちゃ親切じゃん!

 ガイエスくんったら、イケメーーン。


「大丈夫だよ。このまま歩いて運ぶ訳じゃないから」

「え?」

「移動の方陣鋼で、そのまま戻れるからさ」

「そういう使い方するのかよ……?」

「元々は、カカオを運搬するために作ったんだもん」


 神官さん達が笑顔で頷き、ガイエスがそれを見て『マジかよ?』って顔に書かれているような表情だ。

 俺の魔法の理由は、常にそんな感じだって。

 それをね、周りの人達が上手く応用して、人々のために役立ててくれているんですよ。

 神官さん達三人がお戻りになり、市場には俺とガイエスが取り残された。


「俺、卵を買いに行かなくちゃ」

 忘れていたよ。

 そろそろレーデルス便が入って来るから、卵をゲットしなくてはいけないのだ。

 するとガイエスが、柑橘便が入ってくるのを見たという。

 柑橘とは一緒に来ないから、次か……もしくは、今日は届かないか、だなぁ。

 最近、入荷が少ないんだよねぇ。


「……卵、少ないのか?」

「シュリィイーレはエルディエラから卵入れているんだけどさ、なんだか今年はいつもの年より少なくって。このままだと春までもたせられない」

「玉子焼きの保存食も?」

「多分、作れなくなるだろうなぁ……」


 そうか、ガイエスは玉子料理やマヨネーズも好きだったよな。

 保存食でそれがなくなるのは、俺も避けたいんだよねぇ。

 いざとなったら複製でもいいとは思うんだが、料理にしてしまえばいいんだけど卵そのものって……コピーできないんだよねぇ。

 正確には、できるものとできないものがあるのだ。


 無精卵はできるんだけど、有精卵はできないみたいなんだよ。


『成長する命』ってもののコピーが駄目なのかもしれないと思っているのだが、植物は……できる。

 多分、神聖魔法の完成形とか神斎術で、動物関連を手に入れちゃったりしたらできちゃうようになるのかも。

 植物ができるのは、おそらく【麗育天元】さんのお陰だろうからね。


「……卵、俺が買ってきたら使うか?」

「どこかに伝手でもあるのか?」

「聞いてみないと解らないが、ウァラクで鶏肉と卵はやたら沢山売っていたから」

「鶏肉も卵も、旨けりゃ全部買い取る!」


 なんと素晴らしいっ!

 鶏肉も卵も結構人気メニューが増えたから、いくらあってもいいぞ!

 買ったらすぐに『転送の方陣』で送ってくれてもいいからな!

 卵と鶏肉が、現地直送便で届くとは素敵過ぎる!

 流石、金段一位の冒険者さんだねっ!


「解った。この後、行ってみる」


 頼もしいです、ガイエスくんっ!

 特別派遣購買員として、素晴らしい卵と鶏肉を調達してきてくれ給え!

 袋とクッション付き卵専用箱を貸与しよう!


 よろしくお願いいたしますっ!




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『緑炎の方陣魔剣士・続』弐第126話・『アカツキは天光を待つ』の第49話とリンクしております。

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