第489話 魔具リニューアル
緊張と驚愕のスイーツタイム終了。
いつの間にかVIPルームにライリクスさんとノエレッテさんも入って行き、会話の続きのご報告だろうか……と横目に見ていたら、扉が閉まる直前に『お呼び立てして申し訳……』と聞こえた。
……道理で、ビィクティアムさんが通信機を付けて歩いていた訳だ。
多分、アトネストさんが町に入った時から、衛兵隊では警戒モードだった可能性がある。
滞在許可証があるとはいえ、法衣を着ている他国籍の人なんて今までシュリィイーレに来たことはなさそうだしね。
アトネストさんは町を巡りたいから、と西側へ。
店の外にいた衛兵がふたり、一緒に西側へと向かったので尾行だろう。
まぁ、衛兵隊に見守ってもらえていると思ってください。
……気付かないっぽいなー、あの人……ある意味、大物なのかもしれない。
さっき忘れていた蛍石布の馬着を渡したので、ガイエスはカバロの所へと戻った。
そして雰囲気にあてられちゃって、ちょっとヘロリンモードだったヒメリアさんは、自販機でのフルパワー購入で元気にウァラクへと帰っていった。
ショッピングは、女性を奮い立たせるものらしい。
俺は勿論、補充の鬼と化した。
ヒメリアさんが冬前にどれほどの保存食を買っていくだろうかと考えると、一刻も早く簡易調理魔具他領バージョンを完成させてあげなくてはと二階で作業に入る。
『毒性鑑定』が出たら成功率が高くなった……と言っていたのは、なかなか気づけないポイントだった。
本当に、ヒメリアさんは俺が見落としているところを拾ってくれる。
忘れていたのだ。
料理ができない人が、信じられないことを平然とすると言うことを!
カレーが辛過ぎるからと、砂糖を足すくらいならばまだいい。
味が濃過ぎるからと具を水洗いして激マズにしてしまったり、卵を入れるとまろやかになると言って生卵を煮込んでいる時に何個も入れて大惨事になったりということもあった。
いやいや、これらはまだ『食べられるもの』で対処しているのでマシだ。
包丁がコワイからと消毒すらしていない文具ばさみで野菜を切ったり、薬を一緒に煮込んだら食事といっぺんに済むといって粉末の胃薬を振りかけるやつだっていた。
だからこそ『食べられないほどの失敗』をした場合の警告が必要だ。
口に入れると身体に悪いものができてしまわないよう、変なものが入ったり、入れたものが多すぎたりして危険な味にならないように。
この魔法も『毒物鑑定の方陣』で対応する。
ということで、魔石は基本的には保持力の高い水晶。
加護神の色や持っている魔法の色相に殆ど影響されず、コンスタントに魔力を維持、消費できたのが水晶、ジルコン、ダイヤモンドだったのだ。
価格的にも、水晶が一番一般的。
真珠やムーンストーンもよかったのだが、真珠は入手が難しくてムーンストーンは内包物によってばらつきが大きかったので止めた。
そして更に魔力が低い人向けの『消費魔力極小方陣』を作ろう。
あの絆創膏に使った『微回復の方陣』の調理魔法バージョンである。
ただ、こいつはあまり魔力の再注入ができないので、魔石から魔力が完全になくなってしまったら消える。
それが解るように、方陣は可視化したままで魔力チャージ具合が解るゲージとしても使えるようにしておこう。
魔力が魔石に入っていれば方陣が消えることはないが、それでも定期的な書き直しが必要になる。
使い方にもよるけど……多分、一年もたないくらいかもしれない。
そして、補助できるメニューは三品だけだ。
うーむ、魔力が低い人向けって、難しいなぁ。
どうしてもあれもこれもできるようにって考えちゃうと、魔力が必要になるからな。
魔石で補うとしても、起動時と発動維持に自身の魔力も使う。
魔法が大きければ、その時に使う魔力も大きくなる。
方陣の魔法は、必ず二パーセント以上は使用者の魔力を入れないと発動しない。
これは、触れただけだと一パーセント程度しか吸い取られないのが普通であり、二度目に触れるかそのまま自身の意志でもう一パーセント以上を入れて発動させるのだ。
ただ、二パーセントで発動させるには、予め方陣に九十八パーセントの魔力をチャージしておく必要がある。
一度発動させてしまうと持続させるか、小刻みに発動させるかはその人の魔力の入れ方や指示次第でどうにでもなる。
指示……というより、こうしたい、という操る力次第、だな。
イメージというか、具体的にどうしたいかがはっきりしていればいるほど、思うように扱える。
その辺りは自分の魔法とあまり変わらないのだが、魔法を使う経験値が低いと上手くいかない。
二段発動とか、三段発動にするには、一段目を発動させた時に相手の魔力を覚え込ませられるから、次にその魔力を感じ取ったらどの程度発動する……と予め方陣に指示しておけばいい。
ここまでは方陣魔法大全にも書かれていたし、知識として知っている人は多いだろうが、ちょこっと触れただけでも発動できる方陣なんて、多分方陣魔法師だけしか作れないと思うけど。
上皇陛下の方陣による魔法教育が今ひとつだったのは、こういう『方陣魔法師しかできそうもないこと』が、さも簡単であるかのように書かれていたからだ。
しかし、経験値がさほど高くなく、方陣魔法師でなくてもなんとかできるようになる方法もある。
それをサポートするのが、持っている技能だ。
何かを作る時には『操作系』『鑑定系』『錬成系』があると作りやすくなる。
おそらく、ヒメリアさんには当初そういう技能がなかったか、段位が低かったのだろう。
だから、それを補うために試行回数が必要だったのだ。
魔力が低い人は魔法の数も多くはなく、技能に関しても身体を使うものは獲得していても、魔法と組み合わせて使う技能の獲得はあまりないと思われる。
というわけで、ものすごーーーくシンプルで、それだけでは何もできないが魔法と組み合わせやすいという超基本技能『作成補助の方陣』を組んでみました。
こんな技能、方陣魔法大全を見るまで知らなかったんだよねー。
【加工魔法】をもっていると、特に必要ないのかもしれない。
『作成補助』は何を補助するかを指定して、鑑定系と補助する魔法を橋渡しする役割。
四角の描線と簡単な
もともと【調理魔法】の方陣には技能を示す四角形も入っていたし、簡易版にも入れてはいた。
だがそれは『方陣の魔法と本人』を結びつける技能であり、その他の技能を応用して使用することは難しかった。
そもそも『料理技能』がないと【調理魔法】は十全な効果が得られない魔法なのだから、考えれば当然だったのだ。
という訳で、作成補助&毒物鑑定付き簡易調理魔具の一般用と極小魔力バージョンの二種ができあがりました。
……これ、子供お料理教室とかできるんじゃね?
誰かやってくれないかな、遊文館で……
あ、キッチン、ないか。
ということでその日の夕方前に、魔法師組合に簡易作成補助の方陣を登録、ラドーレクさんとビィクティアムさんに監査依頼。
明日から、神務士さん達来ちゃうからね。
早めの方がいいでしょ。
魔法師組合から東門の詰め所近くに行ったら、ガイエスの姿を見かけた。
何かを探しているようで、付近の店に入ってはすぐに出て来るの繰り返しだ。
言ってくれたら探すのにー。
「あら、タクトくん!」
「こんにちは、チェルエッラさん。ビィクティアムさんいらっしゃいますか?」
「長官は……あ、今は二階ね」
……通信機セットで、居場所確認されているな。
お仕事、お疲れ様ですー。
長官執務室でラドーレクさんからは承認をもらった『作成補助&毒物鑑定付き簡易調理魔具・一般バージョン』と『極小魔力バージョン』別名『お子様料理魔具』のお披露目。
子供でも使える鑑定機能付安全設計です。
「これは、なかなかいいな……子供というと、魔力がどれくらいから使えるんだ?」
「八歳から十歳を想定して、七百からにしました。それ以下だと、どうしても一品作るのももたないと思うので」
「神務士達は、かなり大変だな」
「魔法発動訓練を兼ねている感じですね。ご本人がいい技能を持っていたらそんなに魔力も要らなくなるでしょうし、早く覚えられるからすぐに魔具の必要もなくなると思います」
そして、ヒメリアさんレポートの話をしたら流石だな、とご満悦顔だ。
前回の合格者達には、特別な思い入れがありそうだよな、シュリィイーレ隊では。
今年の試験研修生は『調理実習』があるらしく、成人用簡易調理魔具での全員分の食事を作るという授業があるらしい。
それは、なかなか面白そう……
「衛兵隊員達も八割くらいの者達が、既に二品以上作れるようになっているからな。何かあっても外門食堂も休まずに済むだろう」
だがその八割に、ライリクスさんとファイラスさんは入っていないらしく、未だに悪戦苦闘のようだ。
技能がないんだろうなぁ……作成系の。
金証のお貴族様には、必要ないんだろうけど。
やっぱり、北門と北西門には温かいものが食べられる自販機を入れてあげようかな。
丼物シリーズ、増やそうか。
「緑魔法は、技能がかなり強く影響するのだな。道理で、獲得者が少ないわけだ」
「技能先行型なんでしょうね。先に技能が獲得できていると、それを活用できる緑魔法が出やすいのかもしれません」
「……そうか……楽しみだな」
【星青魔法】獲得の時と同じ『試したぁい』っていう笑顔だ。
なんか、面白そうな技能が出たんだな?
またしても、新規魔法で魔力不足になったりするのかもしれない……
ただでさえ緑系は足りなめなんだから、無理しないで欲しいよなぁ、ビィクティアムさんは。
そして無事に『一般用』『お子様用』共に認定。
教会へ納品に参ります。
おっと、早く行かないと夕食時間に間に合わないぞ。
そしてサクッと説明してサクッと……お帰りしたかったのに、なんで引き留められているのだろう?
目の前には、テルウェスト司祭のしょんぼり顔。
神官さん達も全員が……お料理、上手くできなかったのかな?
「いいえ、料理はひとり二品ずつできるようになりました」
「それなら一体どうして?」
「どんなに節約しても……食材が足りないのです」
どうやら、料理ができるようになったら楽しくなっちゃって、みんなで試作を作りまくってしまったらしい。
予算がないって言ってたのに、何をやっていらっしゃるのだか。
……ふむ、それでは……ちょっとお願いしてみようか。
「ならば、冬の間『仕事』を手伝っていただけるのでしたら、その分を前払いでお出ししますよ?」
「えっ?」
「……仕事、とはいったい……?」
「今年の冬になる頃に、ひとつ施設ができます。そこで働いてくださる方々を募集するのですが、決まるまで神官の皆様に交代でそこの仕事をしていただきたいのです」
遊文館スタッフ、やはり全員が見知らぬ人というよりは神官さんも何人かいていただけたらと思うのだ。
テルウェスト司祭がもう言ってもいいのですか? と耳打ちしてきた。
「はい、既に着工していますし、あとふた月もしないうちに完成するでしょう。勿論……陛下からのお許しも、いただいておりますからね」
ここで初めて『遊文館』の情報が、教会内で全て共有された。
神官さん達がめっちゃキラキラの瞳で、テルウェスト司祭の説明を聞き入っている。
「それで……絵本の公募、だったのですねっ!」
「なんと素晴らしい……子供達のための真冬でも学べる施設なんて!」
「しかも、セラフィエムスとレイエルスの蔵書が寄贈されるなど! 前代未聞の大司書館でございますね!」
「実は、皇家からも五百冊ほどの寄贈をいただいております。まだ詳しく見てはいませんが、素晴らしい本ですよ」
装丁がとにかく素敵で、ずらっと並べると背表紙が一枚の絵画になるというシリーズものだ。
一シリーズ十冊で二十五シリーズがツーセットあるのだ!
もー、飾っておくだけで箔がつく、そんな本なのである。
「それに今、各地のレイエルス家門の方々が、子供達のための本を皇国中から買い集めてくださっています。それが揃ったら、更に充実した学びと遊びの場になりますよ」
神官さん達のモチベは上がったが、遊文館に行くローテーションで譲れない戦いが始まってしまった……
明日、朝市に行きますからねー。
準備しておいてくださいねー!
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