第491話 デモンストレーション?

 ガイエスからの素晴らしい提案で、ウァラクの養鶏場にお問い合わせいただけることになった。

 結果が出るのはおそらく今日の午後、スイーツタイム頃だろう。

 その卵と鶏肉を見て、品質などに問題がなければ今後は直接取引をしたい。

 養鶏場の方々に今回の卵と鶏を今後も使わせてもらえるのであれば、取引契約をしたいという旨の依頼状を作っておこう。

 ガイエスの機動力、素晴らしい……!


 輸送手段は【収納魔法】持ちの人がいたら一番手っ取り早い。

 エイリーコ農園と同じ手法が取れるからな。

 だけど、そうそう上手くいくはずもないだろう。

『卵と鶏肉運搬専用番重』を作って、馬車で運んでもらう感じになるかも。

 でもウァラクなら、カタエレリエラよりははるかに短時間で届くはずだ。

 どうか、上手くいきますように!



 今頃、教会では新しい神務士さん達が来て、OJTが行われている頃だ。

 ガイエスからの連絡待ちなので、今日のところは外出を控えてお家で翻訳作業とランチ準備だな。

 レイエルスからの蔵書が届くのはもう少し先だから、とにかく次々届くセラフィエムス蔵書分の訳文を作っていく。


 これは別にビィクティアムさん達に頼まれているわけじゃなくて、俺が勝手に作っているものだ。

 読ませてもらって、複製本を作らせてもらうという約束だけだから。

 訳文は俺が『セラフィエムス家門でどうしても読んで欲しい!』というものと、タイトルを見てセラフィラント公が別途依頼してきたものだけである。

 各ご当主様の日記は、全文訳して欲しいということなので……なかなかの分量だが。


 これがねー、どうにも『歴史史書』と違うところが多くてですねぇ……

 死海文書並みのトンデモ発見では? ってのもありそうなんだよねぇ。

 ただ、日記というものは『個人の感想』が多分に含まれているものなので、備忘録として書かれていたとしても『事実』とは認められない可能性があるんだよね。


 その事象や事件に関わったその他の人の書き記した物があれば、事実を絞り込める。

 日記に書かれているのは真実であるかもしれないが事実とは限らない……というのは、どこの世界でも変わらないのだろう。

 ……ホント、他領の蔵書も見たいよねぇ……



 だが、目下の所で一番の衝撃的事実は、マントリエルの三角錐石板だなー。

 あの情報は開示すべきかどうかというか、皇国の人達に知らせていいものかどうかすら問題だ。

 元皇国だった土地をまったく違う国に乗っ取られているのだから、貴族たちも臣民たちもヘストレスティアに対して今以上にマイナス感情を持つだろう。


 実は同じルーツだったねって、仲良くできるならいいのだが……それは、ない。

 おそらく同じルーツだった可能性が残るのは、今住んでいるヘストレスティア人の先祖に滅ぼされてしまったディエルティ王国だろうから。

 そのヘストレスティアの先祖たちの中に、もしかしたら崩落で削れた領地で生き延びたかつてのマントリエルの人々もいたかもしれないけど。


 他の島や大陸からの人なども北東側から入ったせいで、ディエルティ王国が滅んだ後に三国に分かれていた時代があった……なんて可能性もある。

 その辺が全然はっきりしていないのに、短絡な憎悪を生み出してしまうような情報を解禁したくはない。


 信仰が揺らいだ時代というのは……所謂宗教的対立というより、物理的な天変地異も重なって魔法やその知識が失われた可能性もあると考えられるよな……

 もしかしたら、このシィリータヴェリル大陸は、西側も東側ももう少し大地が広かったのかもしれない。

 生きる場所を削り取られるような大災害があったら……神々に絶望したっておかしくない。

 今までの全てを完全に抹殺し、神の言葉も神の恩寵の魔法も否定した時代があったから知識がすべては継がれていないのだろう。


 どっかで廃棄や焼却から免れていた、太古の本が発見されて欲しいよね……シュリィイーレ教会の秘密部屋みたいにさ。

 それでも、全部の歴史なんてものは解らないのかもしれないけどなぁ。



 んーーーーっ! と思いっきり伸びをする。

 ちょっと疲れてきたので、一休みしようかな……

 お、ランチタイムが始まりそうだ。

 手伝ってこよう。

 身体を動かすと、頭もはっきりするしね!


 今日のランチはなんだっただろう……と厨房を覗き込むと、なんと父さんが作っている!

 吃驚して目を瞬かせていたら、母さんがクスクスと笑う。


「なんだかね、もの凄く香草蒸し焼きが美味しく作れるようになったのが嬉しいらしいのよぅ、この人ったら」

「まぁ……ビィクティアムさんも美味しいって言ってたし……でも、いいの、母さん?」

「ふふふっ、今日はね、みんなとお食事会するの」


 なるほど、そのお食事を父さんが作るということに。

 お食事会はご近所の奥様方の集まりで、会費制にして三、四日に一度くらいあちこちの家に集まってやっているらしい。

 必ずしも自分達で作ったものという訳ではなくて、買ってきたものをアレンジしたり綺麗に盛りつけたりして振る舞うのだそうだ。

 うちはずっとお菓子だったようなのだが、父さんが作れるようになったと言ったら奥様方から是非食べてみたいとお願いされたのだとか。


「天気がいいから、今日は裏庭に卓を出して食べようと思っているのよ。子供達も遊び回れるし、安心だからねぇ」

 それは素敵だ!

 父さんの作っている鶏肉の香草焼きは、この間ビィクティアムさんに出したものより緑属性が強くなってキラキラも増えている。


 ……も、もしや……調理系の技能か魔法が出た……のかっ?

 父さんはニヤリ、と笑って『料理技能』が手に入ったからよ、と得意顔だ。

 うぁぁぁぁぁぁっ!

 先を越されたぁぁぁぁ!

 いや、まだだ!

 俺の目標は【調理魔法】だ。

 まだ、ゴールされたわけじゃない!

 ……だから、勝負事じゃないんだって。

 落ち着け、俺。


 ランチタイムの『特製・鶏肉と赤茄子の香草蒸し焼き』は、大好評であった。

 別に、悔しくなんかないもん。

 俺だって、美味しく作れるんだから。

 おや、セルゲイスさんが難しい顔をしているけど、どうしたのかな?


「なんかよぅ、いつもと味が少し違わねぇか?」

「鋭いなぁ、今日のは父さんが作ったものなんですよ」


 俺がそう言った途端に、食堂中が響めいた。

 そして、したり、とばかりに父さんが厨房から顔を出すと更に驚愕の声が上がる。


「ガガガガガ、ガイハックが、作っただとぅー?」

「旨かっただろう?」

 超、ドヤ顔だね、父さん。

「まぁぁぁぁっ……信じられないわー……美味しかったわー」

「いったい、いつの間に【調理魔法】なんて……?」

 奥様方の言葉に、しゅたっ、と左手を挙げる父さん。

「この『簡易調理魔具』だ。これを使うとな、覚えていた料理を『美味しいと思える味』に調整してくれる」


 ざわり、とさっきとは違う種類の響めき。

 そうでしょうとも。

 これは図らずも、いいデモンストレーションになったかな。


 セラフィラントの医師様達とかヒメリアさんと教会の神官さん達、そしてビィクティアムさんをはじめとする衛兵隊の皆さんからも使用感レポートやご要望をいただいておりますので後はカメラを作って手順本を作れば、いつでも販売できるのですよ。

 ……カメラ、作り忘れていたんだけどね!

 すぐ作ろう!


 食堂の皆さんから、冬前までに絶対に作って欲しいと懇願され、なんとご予約までいただきました。

 そうか、冬だと食材があってもメニューが偏るから、バリエーションを増やしたいと?


「それに、鍛冶師のガイハックが、ここまでのものを作れるのよ? うちの夫にできないとは言わせないよ」

「そうよね。作るのが好きでも、下手な人だったら余計につらいし!」

「子供達にも料理を覚えてもらいたいわー。魔石があるなら、魔力も心配ないもの!」


 そうか、家庭内で作り手を増やせれば、それだけメニューも増えるね!

 外に出られない日もあるだろうし、氷結隧道ができるまで最低でも四日か五日はかかる。

 ……ライリクスさんの体力と、モチベ次第だが。

 その間も美味しいものが食べたいですよね、解ります!

 では、レシピ本作りとお子様用販売分もソッコー作ることにいたしましょう!

 お子様用の使用感レポートは、次回販売分から取り入れることにしよう。


 ランチタイムからスイーツタイムに切り替わる頃、母さんたちのお食事会もお開きになったよう。

「楽しかったわよー、ありがとうね、ふたり共!」

 母さんの笑顔に、父さんも俺もニヨニヨ。

 こういう『お休み』も必要だよね。


 父さんは次のメニューにもチャレンジしたいらしく、保存食を幾つか物色して候補を探している。

 ……魚料理を覚えて欲しいところだが、そうすると……魚専用のキッチンを、なんて言われそうだ。

 母さんは、まだ魚の姿と生臭さは……苦手っぽい。


 今日のスイーツ、ココアシフォンケーキは既に準備ができているので、俺はお部屋でカメラ作り。

 俺の目線位置で撮影できる、ゴープロみたいなカメラにするのだ。

 コマ撮影の連写モードで撮影し続け、それを見て説明に良さそうなコマを俺が【複写魔法】で書き取っていく。


 解像度が高ければ細密画なんてものじゃない写真クオリティだが、敢えて解像度を落としているので写真というほどではなくなっている。

 どこにフーシャルさんのような『繊細さん』がいるか判らないから、うっかり俺の複写した物を見て筆を折ってしまわないように。

 大丈夫、父さんに見てもらったら『これなら解りやすい』って言ってもらえたから!


 取り敢えず、レシピ本は三種類。

 うちの人気メニュー『赤茄子とシシ肉の煮込み』『イノブタの生姜焼き』『蒸した鶏肉と青菜のピリ辛和え』にしてみた。

 一般的に市場で買える材料でできるし、基本の『煮る』『焼く』『蒸す』が覚えられる。


 レポートの中に『食材だけでなく必要な道具も書いて欲しい』というお願いがあった。

 確かに料理をしない人にとっては、おたまひとつでも未知の道具であろう。

 道具も一般的で、すぐにどこででも買えるものを指定。

 その形も解るように、写真絵を添えておく。

 ない時の代替品や、別の方法も書いておくか。

 説明文はなるべくオノマトペをなくし、曖昧とも取れる表現を排除しつつ……目に見える『やること』を列記していく。


 ふぅ、こんな感じかなー?

 父さんに完成した冊子を見せて、解るかどうか確認してもらったら早速シシ肉の煮込みに挑戦すると言ってくれた。

 レシピ本は中とじにしてあるので、手を放しても勝手に閉じたりはしないし水にも強いので濡れても平気。

 そして一読してくれた父さんからの指摘で、解りづらいところをちょこちょこ修正……

 明日までに三品とも作ると息巻いているので、内容確認と校正よろしくお願いいたします!


 よしよし、これでメニューを増やす時も大丈夫だな、と部屋に戻ったら……ガイエスからの卵と鶏肉が、転送の方陣に届いていましたよ!

 おおおー!

 流石、仕事が早いぞ、特派員!


 お?

 おおおおおおおおっ?

 なんだ、こりゃーっ!

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