第487話 法衣の来訪者
ガイエスだけでなく、入ってきた法衣のお客さんも微動だにしない。
「まさか、アドー……か?」
おっと、まさかのお知り合いとのエンカウントか。
「ああ……ありがとう、全て君のおかげだ!」
ガイエスの手を握り感極まっていらっしゃる感じだが、お席に着いてからお話ししてねー。
「ごめんね、他のお客さんもいるから、座って話してもらってもいいかな?」
「あ、申し訳ありません……えっと、」
今気付いたのか、キョロキョロして席を探しているが今の時間は結構混むんだよな、うち。
お知り合いなら、一緒で構わないかな?
「ガイエス、相席でいいよね?」
こくこくと頷くガイエスは、まだちょっと吃驚モードのままだ。
だろうなぁ、こんな辺境の町で知り合いに偶然出くわすのはなかなかないことだよな。
食堂内の皆さんも、珍しい法服の彼に興味があるのだろう。
耳だけがおっきくなっているみたいだ。
ではお水をお出しして、オーダーをとりましょうか。
その人の目の前にコップを置くと、ちょっとぴくっとする。
断ろうとしたのか、それをガイエスが止めてくれた。
「ああ、へーき、へーき、この店は水が無料で出て来るんだよ」
驚いていたみたいだが水が無料で出るのは、やはり他領の人には珍しいことなのだろう。
まだ食事もできるけど、どうするのかな?
伺うとお食事をということなので、そのように。
ガイエスは菓子だけ……って当然だよな。
ランチだけでなくエイヒレの唐揚げとヒメリアさんのお料理も食べているんだから。
あ、今日のスイーツ、ホットアップルパイだけど……入るかな?
甘いものは別腹、かな?
小さめの方がいいか聞こうかな、と思った時にガイエスから特大の『はぁっ?』が聞こえた。
何、何?
「冒険者、辞めた?」
「私にはやっぱり、向いていないと思って。だから私の名前は、アトネスト、だ」
そーか、冒険者仲間だったのかー。
仲間だった人が辞めちゃうのは、確かにショックだもんなぁ。
聞き耳を立てていた他のお客さんたちが、うん、うんと納得顔で頷いている……この町の冒険者嫌いは健在だね。
いかにも『そんなもの辞めて正解だ』と言っているかのようだ。
だが、ガイエスはなんだか、ちょっと変な雰囲気だな?
「でも、ヘストレスティアからセラフィラントに行って、マントリエルに入ったんだろう?」
おや、マントリエルの人だったのか。
「ヘストレスティアを出られたんなら、冒険者としては充分だろう?」
ああ、そうか、きっとかなりの実力者だったんだな。
そういう人の引退ってのは、余計になんでって思うもんだよなぁ。
そんなことを思いつつ、別テーブルに紅茶のサーブをしていた俺の耳に、衝撃の言葉が飛び込んできた。
「コーエルト大河を遡って……マントリエルのラーミカに入った」
はぁぁぁ?
それって、ヘストレスティアからの密入国ってことぉ?
いや、凄くないか?
無双過ぎるだろ、コーエルト大河越えてヴァイエールト山脈突っ切って来るとか!
ああっ、衛兵隊員達が全員ストップモーション状態にっ!
「そんな顔しないでくれ。ちゃんとそのことはラーミカの司祭様にも、ドミナティア神司祭様にも申し上げて、お許しをいただいた」
「あそこから、そんなことするやつがいるとは思ってもみなかった……」
ガイエスが頭を抱えて俯き、溜息をつく。
それと同じ格好なのは……端の席にいたライリクスさんである。
セインさんが、密入国者を許しちゃったってことだもんなぁ。
領主で聖神司祭様のセインさんが『お咎めなし』にしているなら、何も言えないよね……
他のお客さんたちは『ご領主で聖神司祭であるマントリエル公がお認めなら、大丈夫だろう』って感じで緩んでいるが、衛兵たちはそういう訳にはいかない。
「……コーエルト大河の可動堰は、どうやって越えたんだよ……」
可動堰?
ヴァイエールト山脈を突っ切ってきたんじゃなくて、コーエルト大河沿いを歩いてたのか?
いや、それもすげぇな……
「そこ迄は、辿り着かなかったよ」
ガイエスの呟くような問いへの答えに、衛兵隊員達が更にその声に集中する。
「岩壁を昇って崖上に上がろうとした時に、岩壁の途中に穴があったんだ」
「……穴?」
あれ?
「そこに入ったら、回廊だった。そこを出たら……マントリエルのラーミカという町に着いた」
あれれれれれー?
それ……まさか、あの三角錐への回廊のことかなっ?
この人、あの時の鎖鎌で無茶な登攀してきた人?
堤防の整備士さんじゃなかったのかーーっ!
そしてその回廊に、後日セインさんを案内したという話まで飛び出した。
ああ、ライリクスさんが机に突っ伏してしまった。
ファイラスさんとノエレッテさんが苦笑いだ。
がたんっ!
「あ、悪いっ、ぶつかった」
俺もあまりの衝撃的事実に、足がもつれてテーブルの脚につま先をぶつけた。
エトーデルさん特製の安全靴タイプなので、指は大丈夫。
……お食事、ひっくり返さなくてよかったです……
しかし、会話から考えるに……この人はヘストレスティア人なのか。
そっかー、俺、密入国の手助けしちゃったのかー。
だけどその後にセインさんを案内したっていうなら、そろそろ神話第五巻発見が発表になってもよいのでは?
その後の会話でもそのことは言わないし、何か問題でもあったのかな?
驚いた表情のままのガイエスをよそに、アトネストと名乗ったその人は美味しそうに揚げ鶏の甘辛葱ダレを口へ運ぶ。
お腹が空いていたのか、結構な勢いで食べている。
ヘストレスティアの方のお口にも合ったみたいでよかったよ。
お次はガイエスに、ホットアップルパイのお届け。
サイズは……そのままにしておいた。
こいつなら食べられそうだ。
今のシーズンは、アイストッピングはない。
その代わり、ホイップクリームがたっぷり乗っているのだ。
チョココーティングの干しぶどうも数粒乗せてある。
それを放心状態で半分ほど食べ終え、少し落ち着いたのかガイエスがぽつりと呟く。
「だけど……本当に許してもらえて良かった……その古い回廊、やばいんじゃないのか、穴が開いたままなんて」
それは平気。
ちゃんと埋め戻したし。
「いや、実は二度目に聖神司祭様方と行った時には、そんな穴なんてなかったんだ」
「道を間違えたんじゃなくて、か?」
「一本道だったから、間違えようがない。でも、聖神司祭様や衛兵隊員が探したけど、そんなものは全くなかったんだよ」
三角錐への道は、見つかっていないみたいだな。
いくら書き替えたからといっても、あの移動方陣が危ないことには変わりないからなぁ。
そっか、変なミステリーが残っちゃったから警戒して発表していないのかな、セインさん。
でもどうやらそれも神様のせいになってるようで、アトネストさんはさほど問題じゃないみたいな言い回しだ。
神々のお導き的な解釈をしてくださっているみたいで、なんか、もう、ごめんなさい……
でもそれならば、どうしてだろう?
『神々に導かれた回廊の部屋』にあったってことになるんだし、セインさん、さっさと終わらせたいだろうに。
終わらせることで、セインさん的には新たな問題が出て来ちゃうんだけどね。
……まさか、あの石の箱がまだ開けられていない、なんてことはないよね?
旧教会に仕込んだ寄せ木細工よりは、圧倒的に簡単だったよっ?
俺の疑問に答えは出ず、話は元冒険者のアトネストさんがどうして法衣を纏っているかに移ったようだ。
そして、彼の生家は元々神職家系だったが『忌み神の加護』で切り捨てられてしまったらしい。
ん……?
聖神二位……ヘストレスティアで嫌われていたっけ?
ヘストレスティアのことって、カタエレリエラの石板歴史にもまったく書かれていなかったからなぁ。
石板の時代には、その前時代のディエルティ王国すらなかったんだから当然だけど。
彼は神々のことを正しく学びたいという思いで、国を出た……ということのようだ。
そりゃ、そんな思いでの国境越えだったら、聖神司祭様達は許しちゃうだろう。
食堂のお客さんたちも、感動しているようだ。
衛兵隊員たちは、微妙そうな顔だが。
これでウァラクの大河沿い警備、めちゃくちゃ厳しくなりそうだよねぇ。
マントリエルの衛兵隊に、ペナルティがないといいんだけど。
ごめん、本当に。
「いつか、故郷で『正しい神々の言葉』が伝えられたら、と思っている」
アトネストさんのその発言に、衛兵隊員たちの空気がびりっと、張り詰めた。
……ヒメリアさんまで、緊張しているのが解る。
ファイラスさんの表情……こわぁ……
これは、この人に対する警戒が跳ね上がったぞ。
神典や神話を学んで、正典を広めるだけならば問題はないだろう。
むしろ願ったり叶ったりだ。
だが、魔法や魔具まで持ち出されることは、看過できないと思っているはずだ。
彼が神職に就き皇国に帰化するというのであれば別だろうが、他国在籍のままだったら……
当面は監視と、移動制限がかけられることになるかもしれない。
万一、彼が何か皇国に対して不都合・不利益である……などと判断されてしまったら、招き入れたセインさんに累が及ぶ可能性も大いにあるだろう。
皇国は、他国人に敏感だからなぁ……
帰化するとか、皇国から出るつもりがないなら問題ないんだけどねぇ。
皇国で知識や魔法だけを得て、現在付き合いがなく将来付き合う気もない国に流出させるなんて、許さないだろうからね。
実際、難民扱いのミューラ、ガウリエスタ、ディルムトリエンの人達は教会で受け入れている。
五年以上経って魔力が千を越えないと帰化まではできないけど、帰化の意志があると確認できていれば『帰化予定誓約証』が出されるはずだ。
……これは……セインさんもラーミカ司祭も、思い込んでいるだけで本当にちゃんと手続きをしていないっぽいなー。
マントリエルにはセラフィラントやウァラクみたいな『国境の領地』としての意識が薄そうだし、教会も役所もこういう人を扱うのが滅多にないことなのかもね。
その辺は皆さん、怒られてください。
ふたりは……再会と無事を喜んではいるけど、アトネストさんはこれから大変だろうな。
このまま帰化しないというスタンスならば、どれくらい周囲を信頼させることができるかにかかってくるだろう。
ガイエスほど貢献できるとは……思えないからなぁ。
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『緑炎の方陣魔剣士・弐』の第123話・『アカツキは天光を待つ』の第46話とリンクしております。
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