第485話 様々な試作品

 翌朝、カバロを連れて来いとは言ったものの、うちの前に馬留めがないことを思い出した。

 しかし、壁に鎖と金輪かなわだけでもいいのだが、それだと顔が壁側に向いてしまってプロテクターの試着がしづらい。

 ということで、壁向きにも壁と馬体を平行にしても止められるマジックハンドみたいな伸縮板を取り付け。

 手綱を止めておけるし、首は前に伸ばせるけど身体は進んでいかないように。


 普段は畳んで、壁にしまっておけるようにいたしました。

 ふぅ、間に合った。

 この辺まで馬で来る人はほぼいないだろうから、カバロ専用な気もする。

 これで、いつ来ても大丈夫。


 さてさて、昨日父さんを驚かせたやつでなんか作ろうかな。

 食べるのは俺と……ビィクティアムさんくらいだろうからね。

 ……多分、父さんは顔を顰めそうだ。

 料理したものを先に見たり食べたりしていれば大丈夫だっただろうけど、泳いでいるのを見ちゃうと尻込みしそうだもんなぁ。




「なんだ、こりゃ?」

赤鱏あかえいの揚げ物」


 ロカエからのサプライズは、河口付近の釣りでよくかかっては釣り人を若干がっかりさせる『アカエイ』だった。

 がっかりする人達は、多分鰻狙いなのだろう。

 俺は鰻よりこっちの方が嬉しいんだけどね。


 下処理が若干面倒ではあるが、アカエイは揚げ物にしたり煮付けにしたりと美味しい魚なのである。

 鮫と同じでアンモニア臭が出るが、新鮮であるとかちゃんと処理ができればノープロだ。

 ホント、米・味噌・醤油があれば、海のものすべてを美味しくいただける自信があるよね!

 魔魚は、論外だが。


 しかし、元の姿を見た父さんには、魚とは信じてもらえなかった。

 母さんに見せたら、食卓に上げるのさえ嫌がりそうだ。

 鰈の時も、鱧の時も、元々の姿を見せていないし、実は蛸も烏賊もいまだにシークレットなのである。

 いつか、開示できる日が来て欲しいものだ……


 というわけで、試食一号は昼食を食べに来たガイエスに頼んだ。

 俺とビィクティアムさんが楽しむ分は確保してあるが、まだ三匹ほど活魚水槽で泳いでいるのだ。

 勿論、ちゃんと本日のメニュー揚げ鶏の甘辛葱味噌風味は食べてもらって、奥の小会議室へと移動した時に。

 揚げ物ばっかりになっちゃったが……気にしてはいけない。

 カリカリのサクサクで、エイヒレ揚げは美味しいはずなのだ。


「うん、旨い……! 卵と酢の調味料が欲しくなる」

 揚げ物にマヨネーズ……なかなか腕白だな。


 マヨネーズは自動翻訳さんが、そのままでいいよと言ってくれるかと思っていたのだが『卵黄垂らんおうだれ』を主張している。

 ……慣れなくて、あまり使っていないが。

 由来がはっきりしていないとはいえ、あちらの地名とか人名だと謎変換率が高い。


 そういえば、調味料を欲しがっていたけどマヨネーズとか醤油とか欲しいかな?

 俺が聞いたら、ぱあああぁぁぁっ、てスポットライトでも当たった感じの笑顔になったので売ってあげることに。


「これ、探したけどなかったんだよ」

「うちでしか、作っていないからな。俺が商品製法登録しちゃっているから、作っていても売ってはいないと思う」

 料理として提供はされていても、調味料としての単品売りはないんだよね。

 ガイエスが怪訝な顔を向ける。

「……おまえって、なんで魔法師なんだ?」

「なんでって、旨いものを作るために魔法を使っていたら、色々できるようになったんだよ」


 俺の獲得魔法の半分以上は、そうだと思う。

 好きなことを好きにするため、美味しいものをより美味しくいただくために、俺は日々魔法を使っているのだから間違いではない。



 そして食後に店の前までカバロを連れてきてくれたので、できあがった肢巻プロテクターの試着。

 バンテージタイプではないので、一発装着だ。

 ちょっとだけ長さを調節……うん、いい感じかな。


 馬留めの位置も悪くなかったようで、いい子にしていてくれている。

 色々仕様説明したら、ぼそっと俺も欲しい……とか言うので、今度作ってやろう。

 野球のキャッチャーの、レガースみたいなのでいいのかな。

 それだと、ボコボコしすぎか?


 カバロは装着したあと、ちょっともじもじした感じの足踏み。

 でも、ガイエスが魔法発動の魔力を入れたら落ち着いた。

 手綱を取られたままカポカポと楽しげに歩き出し、ぶっふふぉんっ、とご満悦というような鼻息を漏らす。


 おおおおっ?

 突然首をスリスリしてきたぞっ?

 くっそ、可愛いなぁ!

 その後はガイエスにヒン、ヒン、って懐いてて、これまた和む風景だ。

 馬、カワイイよね。



「あらっ! ガイエスさんではありませんか!」


 突然、響いた女性の声。

 ヒメリアさん、ガイエスと知り合いなの?


「ウァラクの市場で何度かお会いしましたの」

 あー、そうか。

 アーメルサスの救出作戦の時に、ウァラクに行ってたんだったよな。

「土産の乾酪のことは、彼女に教えてもらったんだ」

 おや、あの気の利いたお土産がヒメリアさんのお薦め品だったとは。


「そうだったのか。あの乾酪は熟成させたやつも美味しいから、暫く楽しみだよ」

「……『熟成』?」

「山羊の乾酪は、ゆっくり乾燥させながら冷暗所で一ヶ月から二ヶ月くらい保存すると、水分が抜けたちょっとだけ硬めの食感とこっくりした味わいで栗みたいな感じになるんだよ」


 一気に乾燥させすぎないような注意が必要だし、水分が溜まったりしても駄目になるから毎日様子見をしなくてはいけないので面倒ではある。

 だが、手間をかけるほど美味しくなるのが発酵食品なのだ。


「し、知りませんでしたわ……そのように『熟成』させたら、冬でもあの山羊の乾酪が食べられるのですかっ?」

「風味は違うから、夏に食べるのとは違った美味しさがあるよ。蜂蜜をつけたりすると、お菓子みたいで凄く美味しい」


 ガイエスも彼女と一緒に、衝撃を受けたような顔を……うん、ガイエスはマダムっぽくなくてよかった。

 どっちかというと、敵に初めて必殺技を止められた時の特撮ヒーローみたいな驚き方だ。

 ふたり共、面白すぎる。

 熟成した頃に、食べさせてあげよう。



 ヒメリアさんが我に返ったように、そうでしたっ、と【収納魔法】から焼き菓子の保存袋を取り出す。

 やはり、焼き菓子の空き袋は『簡易保存袋』として利用されているのだろう。

 そしてなんとうちの蓋付き牛丼どんぶりに入れてある、彼女が作ったという『料理』を取り出した。


 蓋付きどんぶりの再利用まで……タッパーないもんなぁ、この世界には。

 どんぶりの容器、回収されないのが三割くらいあるんだよな。

 こういう風に使われて、各ご家庭で利用してくれているのかもしれない。

 これはこれで、いいことだな。


「魔具を使ったお料理と、魔具なしで作ったものを持って参りましたの! 召し上がっていただけますでしょうかっ?」

「……この間の料理、タクトの魔具で作ったのか」

「はいっ! ガイエスさんに美味しいと言っていただけましたので、あれからも練習してあのお料理だけは魔具がなくても、皆さんに食べていただけるようになったのですっ!」


 ほほぅ、流石ヒメリアさんだ。

 てか、皆さん……って、ウァラク衛兵隊の人達だよな。

 喜んだだろうなぁ、可愛い後輩が料理作ってくれるなんて。

 ガイエスのやつは、いつの間に……と思ったが、衛兵隊と組んで作戦をしていたのだろうから事務所とかでご馳走になったのかもしれない。


「でも、三十一回目と三十三回目は……失敗だったのですが」


 試行回数が半端ねぇ。

 恥ずかしそうに笑うヒメリアさんだが、そんなに試してくれたことが嬉しいし吃驚だ。

『壊滅的』な人だと、それくらい必要なのか……父さんとビィクティアムさんは、器用なんだなぁ。

 もしかして、その失敗とやらも……衛兵隊員の皆様の口に?

 ウァラク衛兵隊の健闘を、心から讃えよう。


 カバロの首が何気に、ヒメリアさんとガイエスの真ん中に割り込んでいる気がするのは……飼い主に近寄る人へのヤキモチかな?

 そしてヒメリアさんは、馬が苦手?

 いや、大きいからかなぁ。


 防虫肢巻プロテクターはお気に召してもらえたようなので、カバロは先におうちに帰りガイエスだけ戻ってきた。

 なにやら、まだ話があるらしい。

 それならば、一緒にヒメリアさんの三十四回目……試食しようではないか!



 小会議室で、シシ肉の赤茄子煮込みを試食。

 どっちもキラキラしているから、多分美味しいだろう。

 魔具なしの方が、赤のキラキラが多いね。

 魔具ありと魔具なしを交互に口に運ぶ。


「うん、どっちも美味しい!」


 ガイエスも思いっきり頷き、ヒメリアさんが天に拳を突き上げてガッツポーズ……

 武道の全国大会総合優勝の選手みたいである。

 料理って、こんなにワイルドに達成感を味わうものだっただろうか。

 それだけ頑張ってきた、ということかな。

 なんせ三十四回目だし。


 そして、ノート一冊分の試作レポートをいただきました。

 ありがとう、じっくり拝見して正規品の参考にさせていただきます。


「はぁ……安心したら、お腹が空いてしまいましたわー」

「そんなに緊張しなくても……」

「いいえっ! 一等位魔法師様の魔具をちゃんと使えなかったなどということになったら、どれほど無能かと誹られても当然ですっ」


 重く考えすぎだよ。

 魔具だって、人によって使いやすいものも、全然役に立たないものもあるんだから。

 持っている魔法や技能次第で、相性のいい魔具は変わって当然だ。


「相性……あ、そういえば、最近『毒性鑑定』が増えておりましたけど……それが出てから、失敗が少なくなりましたわ」

 身体にとって害になるほどの失敗をしていたのかな?

 塩が多すぎとか、胡椒ドバドバとか。


「胡椒は美味しいので、入れすぎてしまっていたとは……思います。たまに、お塩も……」


 ヒメリアさんは苦笑いしてそう言う。

 ……よかったよ、それが身体に良くないって解るようになって。

 まぁ、元々毒物摂取経験があったから、要注意から警戒態勢にレベルアップしたんだろうなぁ。

 だけど塩分過多、刺激過多は、確かに危険だっていう神様からのお知らせだからね。

 注意してね!


 そうか、神様が解って欲しくて技能を目覚めさせるほどだったのか……ウァラク衛兵隊に改めて敬礼!

 うちのモニターさんの礎になってくださって、ありがとうございましたぁっ!

 二品目、三品目もどうぞよろしく!


 課題提出(?)を無事に済ませ、ヒメリアさんは食堂でお食事タイム。

 正規品ができたら、すぐにでも送ってあげよう。

 で、ガイエスくんはなんの御用ですかな?




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『緑炎の方陣魔剣士・弐』の第121話とリンクしております。


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