第484話 賃貸物件紹介と肢巻作り

 本日のスイーツ、木の実たっぷりの蜂蜜タルト・フロランタン風を食べ終わった頃母さんからインターホンでお呼びだし。

〈タクトー、ちょっと舞茸、取ってきてー〉

「はーい」


 俺が返事をして立ち上がると、ガイエスがインターホンに釘付けだ。

 家の中の別の場所から声を届ける魔道具だと説明すると、皇国の家ってのはこんなものが付いているのか……なんて呟く。

 いや、多分シュリィイーレ……てか、うちだけだと思うよ。

 あ、衛兵隊の詰め所には、付いているけどね。


「おまえ、今から山まで茸採りに行くのか?」

「いや、うちの地下」

「は?」

「見る?」


 新しいトートバッグも地下に置いてあるから、ついでに渡そう。

 エレベーターに乗せると、ビィクティアムさんと同じようにびくってして、一瞬『膝かっくん』になる。

 ……笑っては、いけない。


 地下三階、茸栽培部屋にご案内。

 途中の廊下で通行する人の服や髪の毛なんかは完全除菌済みなので、マスクだけはつけてもらう。

 おお、なかなか良いサイズの舞茸ができあがっているぞ。


「地下で……茸? 畑……とは違うのか? 灯りが全然違う……」

「茸を育てるのに適した環境にしているからね。この栽培方法だと、虫がついたりしないから調理が楽なんだよ」


 そりゃ天然物は美味しいんだけど、採取では数量が確保しづらいしなかなか市場でも売ってないからね。

 いつも使いたい平茸、榎、舞茸はローテーションで栽培中である。

 椎茸となめ茸は、あまり皆様のお好みでないのか俺だけの楽しみになっている。

 舞茸を採って先に母さんに届けてから、もう一度戻って今度はガイエスに渡す袋を採りに地下四階へ。


 保温トートを渡して、一階へと戻ろう。

 何も言わずに終始キョロキョロしている姿が……ちょっと微笑ましいとか思ってしまった。

 ヴェルテムス師匠と、セルゲイスさんを案内した時を思い出してしまう。


「……おまえがあれだけ食材を買い込んでも、平気な訳が解った……あんなに沢山あるとは……」

「シュリィイーレの冬は長いからなぁ。あれくらいないと、保存食が作れなくなる」


 ガイエスがぼそっと、それは困る、って言ったのがちょっと嬉しい。

 あ、こいつの泊まっている宿を聞いておかないと。

 すると、まだ決めていない……と言う。


「え? じゃ、今、カバロは?」

「明日までは宿が取れたんだが、それ以上は空いていなくて……これから探す」


 それ、多分難しいぞ。

 秋祭り前までは、今年最後の市場での売り切り期間だ。

 あとひと月近くいるつもりらしいから、既に宿が取れたのかと思っていたんだよなぁ。


 どの宿も、秋祭りの終了時に全て引き上げてシュリィイーレを出る予定の商人達や行商人が、長期で抑えているはずだ。

 そして彼らは自分達の馬車や馬で来ているから、厩舎のある宿は秋祭りが終わるまでは空かないだろう。

 ……ひと月いるなら、いっそのこと賃貸物件を借りれば?


「そんな短期間で、借りられるのか?」

「シュリィイーレは夏場だけ、とか祭りの前後だけでも二十九日単位なら平気なんだよ。今からなら秋祭り終了までっていう借り方もできるだろうし、多分普通の宿よりは安いよ」

 ただ、馬の世話は自分ですることにはなるけど。


 ガイエスがそれでもいいと言うので、コレックさんの仲介屋にご案内。

 丁度店にいたコレックさんに、事情を説明したらまだ幾つか物件があるという。


「馬が一頭なら南門の近くか、南東門近くだな」

「馬房が広い方がいい」

「じゃあ、南だ。今、見に行くかい?」

「頼む」


 サクサクと話が進み、早速マンスリー物件の内覧へ。

 ……主に、馬房の。

 どこまで『馬ファースト』なんだ、こいつ。

 ま、カバロは可愛いけどな。

 そしてどうやら、ここに決めるみたいだ。


「ありがとう、コレックさん。保証人は俺だから」

「ああ、おまえさんが保証してくれるなら、南東地区の庭付きだってかまわねぇよ」

 しまった、そっちを勧めて庭を物色させてもらえばよかった。

 セレブのお庭調査は、また今度だなー。



 ガイエスは支払後に宿に戻り、俺は家に戻ってカバロ用プロテクター作りだ。

 コレクションさんから買った本のお薦めによると、素材は伸縮性があって柔らかめの方がいいらしい。

 動く時用は、蹄があたる位置だけを部分的に硬くするのはあり、か。


 魔法を付与するなら、やっぱり蛍石布がいい。

 クッション素材はゴムスポンジで、内側をやわやわふわふわ仕上げにしてあげたら嫌がられないだろう。


 なかなか見ないものだから、形が解りづらいけど……こんな感じかな?

 本の写真を見ながら、なんとか作り上げた。

 あとは、カバロに装着する時に調整かなー。

 ……思っていたより時間がかからずにできてしまった。

 既存の素材ばかりだったからなぁ。


 んー……ついでに馬着も作ってあげようか。

 足下だけでは、毒虫の予防は難しいかもしれないし。

 こちらは休む時用だから、特に伸縮性は要らないだろうが柔らかさは必要だ。


 さて……お次はメインの魔法付与だが、【解毒魔法】は当然として……虫除け、か。

 ていうか、人間と同族、草食獣以外をシャットアウトとかがいいのか?

 魔獣がいなければ、襲ってくる獣がいるってことだもんなぁ。

『錯視の方陣・肉食獣バージョン』みたいなものはないし。


 虫除けだけの場合は、大抵は弱めの風系魔法を動いていない時に身体の周りに発生するようにしておく。

 でもこれだと吸い付く系の虫なんかは、撃退できないことも多い。

 なので、どうせなら【文字魔法】でガッツリ防虫・防菌・防汚ついでに防肉食獣・防鳥にしておこうかと。

 ……カバロが好きな鳥とかいたら、近づけるようにしてあげよう。



 夕食の支度を手伝うか、と下に降りたら二台の馬車がやってきた。

 レイエルス侯からの書簡と、陛下からの寄贈本を乗せた馬車が到着したのだ。

 書簡によれば、これはまだ一部なので、後日もう三台分、届くらしい。


 お馬さん達、重くて大変だったねぇ。

 角砂糖でもあげよう。

 本は軽量化して箱のまま、一旦秘密書庫へ転送っと。


 それから数日間は、食材確保と遊文館建設進捗確認などでくるくる動き回ってて、ガイエスとは話せていなかった。

 あいつはあいつで、あちこちの食堂を回って食べ歩きをしているらしい。

 うちに来たお客さんたちから『お友達を南門で見た』とか『北門で玉子焼き食べてニコニコしてたよ』なんていう目撃情報が入っている。

 俺の『友達』って、そんなに珍しいものなのだろうか……

 ……カバロのプロテクターができたって報せは入れたから、明日辺り来るだろう。


 そしてまた本の馬車が来て、更にセラフィラントからの牛乳&お魚便到着!

 ゴムタイヤとサスペンションシステムは非常にご好評で、セラフィラント便の御者さん達から大絶賛していただけた。

 お役に立てたようでよかった。

 あとは、耐久性だなー。


「この外套も素晴らしいです! ロンデェエストで暴風雨に見舞われましたが、全く濡れませんでした!」

「僕もです! しかも汚れも水もすぐに払えば落ちるし、暑くないし寒くないですっ!」

「この形はどうですか? どこか引っ張られたり、短すぎたりはしませんか?」


 俺がそう尋ねると、やっばり袖の付け根が問題で、腕を伸ばすと手首が出てしまうと言っていた。

 布の伸縮性というよりは『手を下向きにしていることが前提』の服の作りが問題なのだろう。

 だがそうなると、肩口や脇の下に布がもたついてしまう。

 取り敢えず袖を長目にすることで対応したけど、根本的にデザインを変えるべきか……


「タクト、魚が来たのか?」

「ああ、父さん! 今、奥に運ぶよ」

 物販スペースに積み上げてあった番重と活魚水槽を眺めて、ウキウキ顔だった父さんがなにやら渋い顔に変わった。

「なんだ、こりゃ?」

 ん?

 今回は鰯と鰹がメインの筈だが、サプライズがあるのかな?



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『緑炎の方陣魔剣士・弐』の第120話とリンクしております。

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