第482話 東市場の再会
さて、
特に葉物野菜はこの時期がラストチャンスと言っていいので、今日はその辺を中心に買いまくりである。
ルッコラとキャベツだけでは、メニューも偏ってしまうからね。
東市場のキラキラ野菜、待ってろよ!
……なんだろう、市場全体がやたらめったら、キラキラキラキラ煌めきまくっているぞ!
ミラーボールでも設置されたんじゃないかと思うくらいなんだけど、今年は大豊作だったのだろうか?
なんと、素晴らしいっ!
しまった。
いい気になってまだ半分も回っていないのに、手持ちの袋がなくなってしまった……
袋に詰めては【収納魔法】に入れるような振りをして、転移の方陣で地下倉庫へダイレクト納品しているので回収にもどらないと。
しかし、今ここで転移してしまう訳にはいかない。
人目が多過ぎる。
いや、家までだったら『移動の方陣』ですよ、という言い訳は使えるな。
実際にそれで町中を移動する人は増えているから、自宅までだったら問題はない。
そして、移動の目標方陣を緊急避難先として教会とか、外門エントランスに置くことも推奨されているのだ。
だが市場は、常設で自分の店でも持っていない限り設置している人はいない。
だから、またこの市場に来る時にいきなりここに移動しては来られないし……歩いている途中で別の食材に引っかかって、このキラキラ白菜を買いのがしてしまったら……
最近、俺の後をくっついてきて、俺が買ったものと同じ物を買う人が何人かいるのだ。
市場に入った俺は、常に数名の食材ハンターに尾行されている。
故に素敵食材を放置して移動してしまうわけにはいかないのである……が、ここでキープしておいてくれと言うのも、うーむ……
白菜の前で考え込んでしまった俺に、店主も尾行班も固唾を吞んで見守っている。
買うかどうか迷っていると、思われているのかもしれない。
正解は『買いたいが運べないぞどうしよう』なのだが。
「タクト、何やってんだおまえ」
突然声をかけられた。
ある意味やたら注目されている俺に、今声をかけるなんてなかなか……と思って振り返って吃驚した。
「ガイエス?」
なんでこんな所に?
って、冒険者なんだからどこにいてもおかしくはないか。
最近『転送の方陣』GPS、確認していなかったなー。
いやいや、ガイエスくん、いいところに!
「袋、持ってる?」
「……? ああ、あるけど……」
「貸してくれ。できるだけ沢山」
地獄に仏、渡りに船。
ナイスタイミングですよ、流石、ガイエスくんっ!
なんと、七枚も出て来た大型トート。
六枚分に、白菜をガンガン詰め込みお買い上げ。
ついでに
「助かったよー、ありがとうなっ! あ、袋は後で返すから」
「全部おまえの所で、保存食買った時にもらったやつだから別に……」
「それなら、後で新品を渡すよ。保温機能もつけた新しいの作ったからさ」
実はあの蛍石布、やたらめったら魔力の保持力が高かったのである。
元々が蛍石なんだから当然なのだが、布状にしたことによって微量の魔力を小刻みに使いながら、長時間の魔法発動が可能になったのだ。
で、保温したい商品が増えたこともあり、保温袋として自販機で単品販売を始めたのである。
冬場でも温かいまま持って帰ってもらえるし、夏場でも冷たい飲み物が冷たいままなのだ。
そして温かいものと冷たいものを同じ袋に入れても、それぞれの温かさや冷たさが変わらないのである。
これはかなり、画期的だと思うのですよ。
そして原材料が蛍石なので、魔石のように魔力注入してもらえたら再利用も可能なのである。
……勿論、皇国内だけ。
皇国人であれば他国でも使えるけど、他国人の魔力が入ったり袋に触れたりしたら魔法は停止してしまう。
他国の人でも皇国内にいる時には、使ってもらえるけどね。
魔法師組合と衛兵隊にその制限は必要だと言われているので、俺の作るものは基本的に全部そうなっている。
まー、他国で使うのなんて多分、ガイエスくらいだろうけどなぁ。
で、そのガイエスくんは、どうしてシュリィイーレにいらしたのでしょうかね?
「取り敢えず、香辛料を買わせてくれ。色々、調味料もなくなってるんだ」
「料理でもするのか?」
「いや、他領や他国だと食事の時に結構……調整が必要なことが多い」
そうか、あちらの世界みたいに、テーブルに調味料がセットされている食堂なんてないからなぁ。
どこの領地だって母さんの作っている保存食ほどの味はないだろうから、調味料が欲しいのも納得だな。
俺もサラーエレさんの店に行くつもりだったし、丁度いいので良い香辛料の店を紹介すると言って連れていく。
「あら、あらららら? タクト、友達?」
なんでそんな不思議そうな顔をするんだ、サラーエレさん。
「だって、タクトはお菓子ばかり作って、友達できないと思っていたのよねー。よかたねー!」
「……友達くらい、いますよ。まったくもー……」
サラーエレさんもミューラの人だからか、ガイエスがちょっと吃驚したような顔をしている。
「マイウリア人もいるのか……」
「んふふっ、ワタシ達は『ミューラ』ねー。アナタ、マイウリア、なのね?」
マイウリアとミューラ?
発音の違いだけじゃないのか?
どう違うんだろう?
「そねー、ミューラは王制反対派だったのねー。ワタシの夫さん、ミューラなの。でも、おにーちゃん、マイウリアなのねー。だけど、今は仲良しなの、変ね」
「俺の生まれたマハルはずっと王族派だったけど、俺が出る頃には半々だったな」
「マハルみたいな古い町でも、半分、ミューラになっちゃってたの? だけど、どっちも間違いだたのね。だから、どっちもなくなったなの」
なかなか、難しい問題だな。
マウヤーエートの頃から分裂を繰り返していた国だから、余計に拘る一派と革新を望む一派で溝が深かったのかもしれない。
「ミューラやマイウリアでも、加護神の序列とかあったの?」
「そねー、ミューラは、賢神二位が一番ていうのはあったけど、それだけねー」
「マイウリアは……というか、マハルでは聖神三位以外には、序列なんてなかった。でも『宗神』ってのは、皇国に来て初めて知った」
「それは、皇国でも最近だからな。正典ができあがってから、解ったことだから」
「そなのよねー! 宗神様のこと知って、初めてハムトの教会のことわかたのよねぇ」
「ハムトの教会に何かあったの? サラーエレさん」
「壁に彫られていたのね『緑の瞳の神の加護』て。そんな神様いなくて、不思議だったのよぉ」
宗神を祀った教会、ミューラにはあったのか!
これは、各地の教会でもどこかに残っているのかもな。
いや、もしかしてミューラでも邪教徒的に迫害を受けてて、こっそり信徒がいた教会なのか?
それもありそうだな……
今度エイリーコさん達にも話が聞きたいけど、そういう話ってデリケートな問題かもなぁ。
「あ、だいじょぶ、だいじょぶ! おにーちゃんもおねぇさんも、教会に行くの好きなのですので、神様のお話も好きなのね」
あいかわらず、かるーく笑うサラーエレさんだが、話すならかなり気をつけないとな。
「タクト……なんだってそんなことを聞きたがるんだよ?」
ガイエスが不思議そうな顔だが、そりゃおまえがあの歴史書をくれたからだよ。
「え? タルフの?」
あ、馬鹿、それ言っちゃ……
サラーエレさんの顔がぴくん、と引き攣った。
「……あの国のことは、言わない方がいいのね。特に『ミューラ』の人は、あの国、嫌いなの」
「そう、なの?」
「そ。あの国、ミューラに毒を渡したの、とても有名……らしい。ワタシ知らなかたのだけど、夫さんに話したらそう言われましたの」
「それって、八年前の革命ってやつか?」
ガイエスに、心当たりが?
サラーエレさんは、ふるふるっと首を横に振った。
「違うのね。もっともっと前。七十年くらい前から、あの国、ハムトやミウーアに毒のもの売りつけていたのですて」
「ミウーアって、東の小大陸から船が行っていたのか?」
ガイエスが食い付いたが、何かあるのか?
「直接じゃなかたみたいのね。あの国、毒作るのじょーずなドムエスタと昔、取引あったのよ。その毒、西側から入ってたのね。それ使った王族暗殺、ミューラのせいにされたの事件らしいなの」
「どうして、ドムエスタの毒だと解ったの?」
「毒に使われた植物、元々はミューラにもあったけど、なくなっていたのね。もう全然、三百年くらい見つかてない植物の毒だったの。それあるの、
『時事記紙』と呼ばれるものに書かれて、多くの人達が信じたらしい。
新聞ほどではないが、号外のように町中で配られるものだそうだ。
内容は……カストリ雑誌的なゴシップから政治まで、陰謀論とか都市伝説的なものなども書かれていたようだから、信憑性については疑問だが大衆を煽るにはいい媒体なのだろう。
本当にドムエスタが絡んでいるのか、それとも情報操作でドムエスタを悪者に仕立てているやつらが居るのかは判断できないな。
なんにしてもその事件で決定的に対立した
毒物の原材料が豊富なタルフ、それで毒物を作って他国に流すドムエスタ……か。
……なーんか、でき過ぎな構図だよなぁ。
裏になんかありそうって思うのは、陰謀論に偏った思考なのかなー。
おっと、いかん。
今は国際情勢の闇に切り込むより、この冬の備蓄に専念する時期なのですぞ!
ちょっとガイエスに断ってその場を離れ、近くだったからウァルトさんの所で紅茶もと寄ったが、代理の人が販売していた。
なんでも、息子さんの所に行っているので戻りは秋祭り頃だという。
お会いできなかったのは残念だが、買えるだけの紅茶を買っておうちの地下へ転送っと。
ガイエスは出身国のことだから気になるようで、まだサラーエレさんと話していた。
この後うちで昼を食べるなら、ちゃちゃっと香辛料買って戻るぞー。
声をかけたらサラーエレさんに礼を言って付いてきたので、そのまま食堂へ歩き出した。
今日のランチは久々のシシ肉カレーのオムライスなので、熱烈ファンの皆様で満席状態……
仕方ない、ガイエスは小会議室で食べてもらおう。
俺が連れてきちゃったのに、待たせるのは悪いからな。
話したいことがあるから、母さんに断って小会議室で一緒に食べちゃうことにした。
物販スペースにも人がいたのでその間をすり抜けて奥へ向かう途中、食堂にいたみんなに声をかけられた。
「あらあら、友達?」
「ええっ? 本当にいたのかよっ?」
「よかったなぁ、タクトぉ」
……うちのお客さん達は、何気に失礼である。
そりゃ、いませんでしたけどね、同年代の友達なんて!
********
『緑炎の方陣魔剣士・弐』の第118話とリンクしております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます