第480話 忘れてました
最近、シュリィイーレよりの白森や南東の丘辺りは全く魔虫も魔獣も出なくなったということで、普通の小さい獣が増えているようだった。
昔の狩猟小屋なども整備し直して、猟を始める予定だ……と、猟師組合組合長バルトークスさんが息巻いていた。
と、いうことは、今年の冬場はお肉が増えるのかな?
そいつは素敵な……あれ?
狩猟、小屋?
あーーーーっ!
あの白森近くの、俺と父さんが初めてあったところもお直し対象だよねっ?
ガイエスが使った時のまんまだ! ベッドとか、テーブルセットとか!
片付けに行かなくっちゃ!
「……ふぅ……危なかった」
ランチタイム終了後にソッコー西門からでて、ボロ小屋へ。
ベッドとか、元々はなかったものを全部片付けた。
すーっかり忘れていたよねー。
俺が初めて来た時と同じレイアウトに戻ったその部屋は、やっぱり少し懐かしい。
そうそう、この瓶の中、気になっていたんだよな……
初めて【文字魔法】に気付いて、この部屋を浄化した後も虫とかいそうで開けなかった中の見えない瓶。
いくつかのコルクみたいな栓がされたものと、
今なら、開けなくても中を鑑定することができる。
神眼で瓶を視ていくと、ひとつはどうやら魔虫毒の中和剤だ。
随分古いからもう薬効はないだろうが、常備しておく必要のあったものだよな。
もうひとつには……カラカラに乾いてこびり付いているものだけのようだったが、これも薬みたいだ。傷薬……かな?
何かの植物を、魔法で精製したものだろう。
んー……ガマに似たものみたいだな。
あちらにはない『
もうひとつに入っていたこちらも乾燥して見る影もなくなっているが、これはキダチアロエみたいだぞ。
アロエなんて、この辺にはないから別の領地から買ってきたものだったのだろうな。
温室栽培ならシュリィイーレでもできるけど、作っていたとは思えないし。
……いや、南東地区ならあるかもしれない。
あの辺は各ご領地のリタイア様達が沢山いらっしゃるから、ご領地の植物を魔法で育てているってコレックさんも言っていたし。
今度また、調査に行ってみよう。
「おい、ここで何をしとる!」
おおっ? めっちゃ懐かしいフレーズだぞ。
「なんだ、タクトか」
「こんにちは、バルトークスさん。ここ建て替えるんでしょ?」
「ああ、ただここは少しばっか小さいんだよなぁ」
「大きくするには、あの川があるからね」
「昔はあの川も、もう少し水があったんだがなぁ。川が細くなっちまってから、獣が少なくなったんだよ」
へぇ……何か原因があったのかな?
バルトークスさんを置いて、俺はちょいと川上にある南の森の中へ。
南側の森はそんなに大きくはないし、高い丘というわけでもない。
ただ、小さい泉があってその周りには、蔦が多くて奥まで入りにくいんだよな。
おっと、滑りそう。滑り止め靴底を履いておこうかな。
岩が多いな。あ、あった。
泉だ……けど、随分水位が下がっているな。
水はこの泉の底がから湧いているみたいだが、なんだか水が濁っているなー。
浄化しちゃえー。
……あ、なんか、線虫みたいなのがいたっぽいぞ。
キラキラになって消えた。よかった……見ずに済んだよ。
崩れた岩が、泉を塞いじゃっているのかな?
浄化したから水は清浄水だけど、濡れたくはないな。
例の如く、空気を纏って泉の中へ。
ただの岩じゃないみたいな……
おおお、重いっ、のでっ、軽くして……と。
岸に上げて、あれ、これって……祠かなんかか?
えーと……あ、この辺に土台っぽいものがある。
あまり大きくない、道端でお地蔵さんがいるくらいのサイズの祠だね。
こっちが屋根で、これは壁で、扉はこれか。
もう一個、これなんだ?
あっ! 粘土板じゃーーん!
何か書いてあるけど……修復しないと読めそうもないな。
直して、複製をいただいてから本体は祠に戻しましょーっと。
おおっ!
祠が緑色の光を放ったぞ。
泉が……清浄水から……『育成水』……?
え、なにこれ? 初めて聞いたぞっ?
この粘土板には賢神二位の加護を賜り、恵みを願う神話の中に書かれた物語の一文が刻まれている。
シュリィイーレの周りの森は、大峡谷と接している西側に集中してて安全な場所ではない。
白森はあの白樺みたいだが、くたくたで登ることさえできないような『実らない木』があるし、魔獣も出る。
それらから離れた場所に湧く泉の周りに森ができるように、草木が育ちやすくなるようにと祠を作って祈りを捧げたんだ。
三角錐が大峡谷内にあったってことは、きっと太古にはあの辺りは『裂けて』なかったのかもしれない。
だけど、構造帯が分かれていることまで考慮されていなかったから、建設当初でもあの三角錐はろくに機能していなかったに違いない。
それでこの辺りに森を育てれば、加護を甦らせることができると思ったのかな。
境域の中に全く入っていなかったシュリィイーレは、ずっと必死だったのだろう。
英傑にも扶翼にも、護られることがなかった町。
なくなってしまった英傑も、この地の守護ではなかった。
今までも、これからもシュリィイーレはきっとこのまま誰の領地にもならない。
……町の人達が、負けず嫌いなわけだよな。
みんな解っているんだ。『英傑と扶翼に護られていない町』は、住んでいる自分達だけで守るしかないってことが。
脅威を退け、森を護り山を護り、自分達の手で育ててきた町だ。
誇りに思うからこそ、揺るがないし折れない。地元びいきは当然だよな。
この森がこの泉で育っていったら、あの何もないに等しい白森にも他の木々が芽吹くだろうか。
その先の大峡谷からの魔毒に冒されていつ崩れるか解らない境界山脈も、森が育っていったら崩壊を食い止めることができるだろうか。
泉の水が滾々と湧き出しはじめ、川には流れができる。
祠の扉に……あれ? 方陣、かな?
おおっ【清浄魔法】の方陣か!
ふむふむ、この形が聖魔法系の特長なのかな。やっぱり八角形と五星は共通か。
ふーむ……
聖魔法は、前・古代文字の方がいいのかな?
いや、ただ単に作られた時代の問題か?
この扉の方陣もブラッシュアップバージョンで有効にしておこう。
定期的に魔力を入れに来ていたんだろうな、昔は。
魔獣が出るようになってここいらにも近付かなくなったから、忘れられちゃっていたのかと思うとちょっと寂しいね。
魔効素は結構森の中にあるので、そいつも使わせてもらおう。
……祠の緑色の光が強くなった。
育成水に浄化作用が加わったみたいだな。
これって畑に使ったらどうなるんだろう……?
うわーー、試してみたーい!
ホクホク顔で家に戻ると、食堂ではスイーツタイムの真っ最中。
今日のお菓子は母さん特製の『柑橘たっぷりスフレケーキ』である。
後で一切れもらおうっと。
「あ、タクト、今日はもう出掛けない?」
「うん、そのつもりだけど」
「それならちょっと、厨房を手伝ってちょうだい」
母さんがにっこりと微笑みつつそう言うので厨房に入ったら、じゃあ頼むわね、とそそくさと二階へ。なんだろう?
珍しいなぁ……スイーツタイムに来てくれる奥様方と話すでもなく、二階に行くなんて。
スイーツタイムの終わり頃に戻ってきた母さんはやたらご機嫌で、夕食準備に取りかかる。
そしたら今度は父さんにこっちも手伝ってくれよ、と工房に呼ばれた。
図鑑のことで何かあるのかな、と工房に行くとトリティティスさんから楽器のメンテナンスが来たらしい。
そうか、秋祭りの準備か、とバグパイプ擬きだけでなく横笛や太鼓なども整備。
先月音源水晶を作った新曲も結構評判が良くて、冬場だけでなく今の時期も外門エントランスでのミニコンサートは盛況なようだ。
こんなに音楽にも関わっているのに、俺には【音響魔法】以外にはそれ系の技能や魔法、出ないよなー。
緑属性系はやっぱり殆ど出ないのかもしれない……
ここでは【麗育天元】さんは、仕事をしてくれないみたいだ。
……音楽は植物じゃないから当然だが。
夕食は……なんだかお客さん達が、やたら早めに来て早めに帰る。
不思議に思っていたら、父さんがやっぱり気付いていなかったのかと呆れた声を出す。
「今日は、おまえの生誕日だろうが」
あ。
それもすーーーーっかり忘れていましたよっ!
そーか、誕生日かーー!
ビィクティアムさん宛のプレゼントは、ちょっと前に作ってしまっていたから失念していましたよ。
二階に上がると既にライリクスさんマリティエラさんがにこにこと座ってて、母さんとメイリーンさんが台所にいる。
こここここここれはっ!
もしかして『お誕生日に彼女の手料理』ってやつですかいっ?
やだもーなにそれすげーうれしーーーーっ!
出て来た料理は勿論、イノブタの生姜焼きだが醤油を使った甘辛ダレ風味になっている。
旨い……
なんかもう、めちゃくちゃ旨い。
「ホント? 本当に、美味しい?」
不安げに何度も聞いてくるメイリーンさんに、高速で何度も頷く俺。
嘘もお世辞もなく、本当に美味しいです!
ああっ、俺の婚約者(仮)素晴らしすぎるでしょうっ!
どうやらここ最近ずっと、母さんと一緒に練習していたらしい。
泣きそうなくらい嬉しい……!
その感動もさめやらぬ食後に、ライリクスさんと父さんから俺の部屋の隣にある物置替わりの部屋を開けてみろと言われた。
中はすっかり片付いていて、ぴかぴかの本棚が三方の壁に!
「これって……?」
「君がセラフィラントに行っている時から、少しずつ改造していたのですよ。いや【加工魔法】がないと、本当に大変ですね」
「おまえの部屋は、本が随分増えただろう? あのまんまじゃ寝る場所がなくなりそうだったからなぁ」
「そうよ、タクトくんの部屋に本がありすぎるから、ちゃんと寝ないで本ばっかり読んじゃうのよ。書斎は分けた方がいいわ」
なんて、素晴らしい……! 最高の贈り物をもらってしまった……!
父さんとライリクスさんがめっちゃドヤ顔だけど、本当に凄い贈り物なので仕方ないよな。
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