第479話 新たな一歩へ

 特異日の夕方、夕食後に部屋に戻ってから……すぐさま俺は今まで修理した三角錐に行ってみた。

 神斎術を受け取った三角錐の、石板の様子も見ておこうと思ったのだ。

 石をもらってしまった後に、新しい物を入れておいた方がいいのでは? と。


 まずはシュリィイーレ南方で、湿地から入った一番最初の一番大きな三角錐の中。

 ……翡翠をもらってしまった後、空いたままの穴からは……よかった、魔瘴素の漏れはないぞ。

 試しに同じような組成のジェダイトを複製し、嵌め込んでみようとしたが嵌らなかった。


 神斎術を受け取ってしまったら、新たな石は受け付けてもらえないんだろうか?

 その開いた穴をよくよく見てみると……なんか、ちっちゃい緑色のものが視える。

 俺の【顕微魔法】でギリ視えるくらいだから、何がなんだか……って感じだがもしかして『貴石』ができあがっていくのだろうか?


 この石ができあがったら、その時にまた誰かが神斎術を受け取れるってことなのか?

 何、このシステム……すげーな。

 やっぱ神々が創った物なのかなぁ……だとしたら、他国マウヤーエートにもあったんだろうか……壊しちゃったのかな。

 太古の人達が作ったんだとしたら、とんでもない魔法を持っていた人達なのだろう。


 毎回思うけど、どうしてその時代の魔法はなにひとつ残っていないんだろう。

 態と、残していないのかな?

 それとも『護り』のために封じることで、国を支える力にしたんだろうか。


 カルラスやリデリア島にも行ってみたが、正しい方法で石を取り出した石板にはやはり『芽』のように何かが生まれている形跡があり、魔瘴素はまったく溢れてはいなかった。

 そして石板の内部がどれも薄く光っていて、彫られている文字は『光の文字』のように浮き出て見える。

 やっと全部、できるところの修復は完了したわけだ。

 これにて石板修復工事請負工務店は、無期限の休業……かな。


 上空から眺めた魔効素の降り積もる景色は、日付が変わると同時に落ち着きを見せた。

 ちょっと、王都の上空に行ってみてなんとなく『区切り』のようなものが地面に視えたので辿ってみた。

 この『区切り』になって視えるところ、もともとの樹海もりのあった境界かもしれない。

 王都はその中にすっぽりと入り、ロンデェエストの東とセラフィラントの西は樹海もりで分かたれている。


 樹海もりの北はガストレーゼ山脈に接していたと書かれていたから、かつては西と東は行き来ができなかったんじゃないかな。

 南側を大きく迂回するか、今はヘストレスティアになってしまったシュディーヤに入り、川幅が狭かったというコーエルト川を越えるしかなかったのだろう。

 もしかして太古の『門』は、樹海や山脈を飛び越えられるものがあったのかもしれない。


 そうじゃなかったら……とてもじゃないけど移動が大変……

 あ、そーか、あの馬鹿みたいに魔力を使う移動方陣か!

 あれで『飛び越える』のではなくて、地下を『くぐり抜ける』方法だったのかもしれないな。


 もっと短距離だったり、上に樹海もりや山脈、川なんかがなければあそこまでの魔力は要らなかっただろうから、他の場所でも使われていたかも。

 昔の『門』の方陣って、そこ迄できたものがあったんじゃないのかな。

 ……まぁ、多くの魔力を使うところは、充分な魔力注入できる人以外は入れないためのセキュリティだったって感じだけどな。


 となると……町とかが上にできてしまって、埋もれている方陣とか……ありそー……

 そういう方陣は、きっと壊れちゃっているだろうから発動の心配はないかもしれないけど。

 いや……もし、うっかり何かの弾みで魔力が満たされて、暴走したら……?


 上に乗っていた町とか村とか……は、移動先にスペースがなかったら動かないだろうけど、ある程度の土とか岩とか……偶然そこに居た人とか……移動させられるのでは?

 ……もの凄く怖い想像をしてしまった……

 何もないことを祈るしかないなぁ。


 昔の樹海もりだった範囲を視てて、その中心がどうも旧教会の場所っぽいな、と思った。だから、あの場所からは魔効素が立ちこめていたんだ。

 樹海もりがあった頃は各地から吹き出した魔効素を樹海もりの木々で吸収し、旧教会の吹き出し口から樹海もりの土の上に広げるようにしていたのかも。


 だが、皇国も半分弱の樹海もりをなくしている。

 おそらく、それは『信仰が揺らいだ時代』のことだろう。

 今の王都に魔効素が少ないのは、本来そこにあるべき樹海もりがなくなってしまったせいなのかもしれない。残った樹海もりを絶対に守るために、皇家を立てて貴族達の魔法をまとめて結界を強固にする必要があったのだろう。


 皇家に政治や経済活動をさせず、所謂『祭祀王』としたのはその魔法に専念させるためだろう。

 貴系、皇系傍流の方々を王都に特区を作って住まわせているのも、決して他と交わらせずに血統を維持する必要があったからなのかな。

 特に直系だとご隠居以外は殆ど他領での一般的な暮らしを認めず、神官、司祭となっても血統を守っている者達と以外は婚姻を認めていない。


 これも全て、なくしてしまった樹海もりの分を補うためかもしれない。

 彼らの持つ血統魔法と魔力も、皇家の絶対遵守魔法で束ねられて樹海もりの代用として使われているのかも……と思うと貴族も皇族も、ていのいい人身御供……って感じだよな。

 今の貴族達は、過去に樹海もりの半分をなくしてしまった愚かだった過去の人々の禊ぎを……ずっとしているのだとしたら、胸が痛い。

 愚かだった過去の人達が、自分達の先祖ではなくて多くの臣民達だったのかもしれないのに。


 だめだ。

 違う。

 同情とか憐れみなんて、失礼だ。

 彼らはその行為に、その生き方に誇りを持っている。


『自由になって欲しい』なんて勝手な価値観を押しつけるのは、図々しくてくだらない自己満足だ。

 そもそも、彼らは拒否しようと思えばできるのだ。それをせず、全て知った上でその生き方を選んでくれるからこそ『皇家』であり『貴族』なのだ。

 ならば俺達にできることは、感謝だけだろう。彼らの生き様を否定せず、でも必要以上に讃えるのではなく『あなた方がいてくれて心から感謝している』と伝え続けることだけだ。



 うちに帰って、ベッドに潜る。

 ゆっくりと眠りに落ちながら、今日のスイーツは何にしようかな……と考えていた。

 ビィクティアムさんとかテルウェスト司祭の喜ぶもの、作ってあげよう。

 そういえば、神務士って人達の受け入れ……どうなったんだろうなぁ……



 翌朝早く、セラフィラントからの遊文館資材が到着した。

 事前に準備が整っていたヴェルテムス師匠や建築師の皆さん、セルゲイスさん筆頭の石工組合の皆さんは一斉に工事を開始してくださった。

 ……ま、土地はちゃんと俺が均しておいたし、ひとりで地鎮祭擬きもやってみた。

 神様へのご挨拶はしておこうと思って。


 地下一階地上二階だが、地上部分の一階分の高さが通常の五割増しくらいである。

 なので、全体の高さとしては三階分くらいになる。

 地下一階にしてもらったのは、地下二階以降は……秘密の蔵書スペースになるからだ。


 建築物の設計図で、承認が必要なのは地上部分だけ。

 これは一般家屋と一緒なので、地下はやりたい放題なのである。

 まぁ、あまり地下深くまで潜りたい人というのがいないからであろう。


 だからシュリィイーレ教会の秘密部屋も見つかりにくかったのかもなー。

 司書室の利用率が悪いのって、地下にあるからじゃね?

 いや……レイエルスの蔵書が多かったっていうなら、あまり人の手に触れさせずに保管しておくためかもなー。


 ……自宅の地下がパツパツになってきたら、食糧保存庫も半分こっちでもいいかなーとか思っている。

 移動の方陣を設置してしまえば、地下の移動もなんのその、である。

 ふふふ、地下に巨大な植物プラントを作るのも、ありだよな。


 そして地上部分も内装は俺がやるので、外側のハコをしっかりと作っていただければいいのだ。

 できあがり予定は雪が降り出す前、三カ月後の待月まちつき初日には完成してて欲しい。

 当初は一ヶ月とか言っていたが、やっぱもう少し延ばすということになったのでギリギリに設定し直した。無茶はいかんからね。


 そして絵本コンテストの方もなかなか順調なようで、我こそはという画家の方々だけでなく大勢の方が参加してくれるみたいだ。

 思惑通り南東地区の方々も、楽しんで描いてくださっているようだ。

 こちらの締め切りは充月みつつき初旬なので、審査と選定、俺の文字書きも併せて遊文館完成の頃には『シュリィイーレ絵本』が数冊できあがるだろう。



 お昼ちょっと前に、俺は遊文館建設現場から教会へ。

 するとテルウェスト司祭とガルーレン神官が超にっこにこだった。


「ありがとうございます、タクト様!」

「タクト様のご提案のおかげで、預かる神務士がふたり減ったのですよ!」


 提案? あ、食費と滞在費を負担させればっていう、あれ?


「どうやら、元々予算が厳しいからうちにと企んだ教会があったようでして、直轄地であれば予算も多かろうと大食らいを押しつけようとしたらしいのです」

「……なんだ、その教会……いるんですねぇ、そんな駄目司祭が」


 横領とかしていたのかな?

 どうやらある商会と組んで輸入しようとしていたものが、毒物が混じっていると解りオルツで差し止められてしまって投資した分すら回収できなかったのだとか。


「いいんですか? 教会の予算で、そんな商取引して?」

「駄目です。司祭の私財でしたら問題はございませんでしたが、足りなかった分を教会に割り当てられていた予算から着服してました」

「なんとか取り返そうとしていたようでしたが、その商会自体が実質営業停止状態になってしまったとかで。食い扶持を減らすために神務士を研修で追い出せば、少しは回復するし冬の間の作物が少ない時期もやり過ごせると考えたみたいです」


 これを機に教会の経理に監査が入ることになり、やましいところがあったのか、もうふたりの教会も今年は辞退すると言ってきたそうだ。

 他の二人は純粋に他教会で学べることを喜んでいるという手紙が届くほどだったので、費用の出し惜しみもなく……残念ながら断れなかったらしい。

 ま、やる気のある人達が来てくれるなら、いいんじゃないのかな?


 あれ? ふたり……だよね。もうひとりは?

「……聖神司祭様の推薦の神務士が……おりまして。為人というより、魔力量がとにかく問題でして」

 テルウェスト司祭は、軽く溜息をつく。

 でも、性格に難ありよりは……いや、魔力量の少なさは、冬のシュリィイーレではかなりキツイか。

 神官さん達のサポートが大変、ということですな。


 俺はお料理バングルとレシピを取り出し、先ずはここの皆さん達でお料理をしてみてくださいね、と神官さん達六人分のお渡し。

 そしてこっそり、衛兵隊でも今年から『魔具と魔法の並行利用』の実地訓練に、この魔具を取り入れた料理を作るのですよ、とお知らせ。


「衛兵隊が、ですか?」

「ええ。もう既にセラフィエムス卿はこの魔具で、二品の料理が作れるようになっています……しかも、めちゃくちゃ美味しかったです」

「セラフィエムス卿……が? え? タクト様、召し上がったんですかっ?」

「はい。他の衛兵隊員にも履修させ、もしも外門食堂で非常時に料理人が来られなかったとしても、衛兵隊員達である程度賄えるようには鍛える……と」


 教会にだって、緊急時は避難してくる人もいるかもしれない。実際に、避難用の目標鋼を置いているという人達もいる。

 その時に神官が何もできない、神々に祈りましょう! だけでは、あまりに情けない……と、ちょっと煽ってみたら乗っかってきてくださった。

 シュリィイーレの神官さん達も、町の方々同様なかなかの負けず嫌いである。


 そうそう、みんなで美味しいものが作れるようになりましょう!

 ふほほほほ、来年の春にはお料理好きが増えているかもしれないぞっ!


 新しい料理とか、できていたら最高なんだけどな!

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