第477話 七枚目の石板

 今年もやって参りました、石板修復工事請負工務店の開店日『魔効素放出特異日』です。

 目的地はカタエレリエラ、ドゥライニア岬。

 お部屋から直接、エイリーコ農園の南端へ。



 おお、まだ蒸し暑いなこの辺りは。

 上空から岬の突端を目指す。

 あと少しで、日付が朔月さくつき七日に変わる。


 大地から、緑色の光の粒が徐々に立ちこめてくる。

 改日時になった途端にぶわーーーーっ、と上空に舞い上がり、皇国の中心に向かって吸い込まれていく。

 そして、その光が皇国中を満たす。


 カルラスから光の玉が出ないな。

 もしかして、魔力不足になっていた三角錐に魔力供給するためのシステムだったのか?

 修理が完了して魔力も充分になったから、補給システムが働かなくてよくなったのかもしれない。


 あ、青い線で三角錐のある場所が結ばれている。

 なるほど、あれが『星青の境域』……他の大地からの魔瘴素を跳ね返し、魔効素を逃がさないように閉じ込めている結界なんだな。


 西の方に視線を向けると……他国も弱いながら同じように、魔効素が立ち上っている場所がある?

 そうか。

 元々全ての国に、この循環システムがあったのかもしれない。

 人が後から創った国ではなくて、マウヤーエートの頃の吹き出し口だけなのかな。


 ガウリエスタとアーメルサスの国境付近にひとつ、弱い吹き出しがあるのはダティエルト山脈の中だ。

 かなり南下した場所にも細く見えるけど……その他は全く解らないな。

『遠視』で視ても真っ暗にしか見えないから、砂漠化しちゃうと表に出てこないのかなぁ。


 きっと皇国以外では、星青の境域システムの三角錐が作られてはいないのだろう。

 立ち上ってはいてももの凄く弱く、どこに向かうかが解らなくなっているのか、霧散してしまう。

 皇国は、どうしてちゃんと中心に向かっているんだろう?

 ……ああ、そうか、中心じゃなくて……樹海もりだ。

 魔効素は中心の、王都の旧教会付近だけかと思ったけど、大樹海にもかなり注がれている。


樹海もりを護りその周りを取り囲み日々を営み未来あす言祝ことほぐ』


 神典で最後に神々が人々に対して、樹海もりの周りに国を築き大地を護り暮らすようにと言った言葉を思い出す。

 神々の大地が作った魔効素めぐみは、樹海もりに蓄えられるんだ。

 そして、国中に少しずつ浸透していって大地に溜まってしまった魔瘴素を浄化しているのかもしれない。

 だから樹海もりを失ってしまった国では魔効素が足りなくなって、その地で生きる者達から魔力を奪って大地が浄化されているんだろうか。


 それすらも破綻すると、魔獣と砂だけになる……ということなのかな。


 大地の魔瘴素は樹海もりで吸収され、樹海もりの魔効素で浄化されて大地に行き渡り、その恩恵がまた大地に降り注ぐサイクルなのかもしれない。

 おっと、見惚れている場合ではない。

 ドゥライニア岬に向かって降下し、魔効素が吹き出している辺りをよーく観察。


 ありましたよ、『移動の方陣』。

 こんな岬の突端の、何もない場所にあるなんて珍しいなぁ。

 セレステの方陣にそっくりだから、やっぱ日付限定だな。


 ゆっくりと足を付くと、すすすーーっと、魔力が流れていく。

 ぬるっとした感じの移動が開始されたが、マントリエルみたいに横移動という感じじゃなくて深く沈む感覚だ。

 おお、出た途端、いきなり三角錐の前だぞ。


 ここもマントリエルと似たような状況だな。

 さあ……九芒星に嵌っている石は……っ?


「緑色……!」


 よーっし! 瑪瑙じゃないぞ!

 でも欠けちゃっているから、魔瘴素が漏れてるな。


 石を穿りだして、まずは石板の修復と複写。

 あれれ?

 この石板に書かれているのは『生命の書』じゃ、ないぞ?

 なんだ……?

 まさか、まだ神典や神話が……?


 違う。

 これ、歴史……かな?

 うーわっ、何これーーーーっ!

 ここに来て、とんでもないものを発見してしまったんじゃないのかっ?


 い、いかん、取り敢えず修理と設置が先だ。

 訳すのも読むのも後にしなくては。

 でも、そうすると『生命の書』の続きは、どこにあるんだろう?


 欠けていた石は緑色だったので、ベリル系かエメラルドかと思ったが『緑色の蛍石』だった。

 そしてなんと、不純物として『ネオジム』が入っている。

 レアアース入りの蛍石か……この魔法、めっちゃ気になるなぁっ!

 でも……でもっ!


 今は、いただかない方がいいような気がするっ!

 てゆうか、俺はこれ以上、どでかい魔法は要らないんだよなー。

 蛍石を修理しても琥珀の時と一緒で、すぐにぽろりと外れてしまったので新しく合成してセット。


 青い光がふわっと満ちて、魔効素がガンガン放出され始めましたよ。

 ……魔効素がライトグリーンに変わったんだが……これは光量が増えたってことなのかな?

 それにしても……『生命の書』の後半部分、手がかりが途絶えてしまったなぁ。

 完成させてから『発見しました』って発表したいんだけど……先に前半だけでも出しちゃうべきなんだろうか……


 そしてその足で……というか、転移でマントリエルの三角錐へ。

 中に入って『虹瑪瑙』をセットしなくては。

 一応、五層のものを試したが違うらしくてなんの反応もなかった。

 七層の紅縞瑪瑙……はい、ビンゴですねっ!

 虹瑪瑙は『轟水渦流』だから、水系のおっかなそうな魔法ですね!

 これは、俺には荷が重いし、必要ないです。


 ふぅ……よかったぁ。

 これで無事に七つの石板が……七つ……?

 シュリィイーレ西、エルディエラ海底、リデリア島南端、ドゥライニア岬、カルラス、ロカエ沖、マントリエル北……

 吹き出し口、七箇所だが……王都を入れて八箇所、だよな?


 なんで『七』なんだろう。


 最も魔力が安定する形は、八角形。

 結界作るなら、八角形の方が安定しそうだ。

 そして吹き出し口を『八』にして集める中心を『九』にする方が、符丁が合わないか?

 だけど、もう皇国中を全部カバーできているし……これでいいのかな?


 俺の考え過ぎなんだろうか。


 取り敢えず外に出て……吹き出し口の状況確認。

 指差し確認、よーし!

 今年は早めに片付いてよかった、よかった。


 これで『星青の境域』も、暫くは大丈夫だろう。

 三角錐の修繕業務日誌、いつかちゃんと書き記しておかないといけないよな。


 しかし『生命の書』はどこにあるのだろうか。

 やっぱ旧教会の地下を、もう一度見ないと駄目かもしれないなぁ。

 取り敢えず、お家に帰って眠ろう。

 ヤバイ、かなりお腹空いた……



 戻ってきました。

 さて、用意しておいたチーズサンドをちょこっと食べて……寝ないとね。


 ……


 うわーーーっ!

 気になって眠れないよ、石板の歴史!

 ええぃ、読んじゃえ!


 カタエレリエラで見つけてしまった『歴史文書』は、人々が神々から賜った樹海もりの周りに建国をする神話の後の物語。

 英傑たちが戦いを終え、平和と繁栄の国を創る創国史の始まりだ。


 まだ『三津みつ大陸だいち』が存在し、そこに神々が住まわせた人々の『国』は五つ。

 俺は各大陸に五つずつかと思っていたが、違ってたみたいだ。

 シィリータヴェリル大陸にふたつ、リューシィグール大陸にもふたつ、そして少し小さめの大陸ニファレントにはひとつ。


 そう、このシィリータヴェリル大陸に、ふたつ、だけなのだ。


 そのふたつが、マウヤーエートとイスグロリエスト。

 つまりアーメルサス、ヘストレスティアも、その前にあったディエルティですら神々が『住まうべき』と土地を与えた元々の種族ではなくて『他の大陸からやって来た者が作った国』なのだ。

 ドムエスタも、マウヤーエートからの入植者だけでは今ほどの大国にはならなかっただろうから同様であろう。


 リューシィグール大陸は南に、ニファレントは東の果てにある……と書かれているから、東の小大陸辺りはそのどちらかの子孫が住んでいるのかもしれない。

 ……どうやら、彼らがシィリータヴェリル大陸に移住せざるを得なかった理由はなにかありそうだが、そんな『後世』のことは書かれていない。


『シィリータヴェリル大陸・イスグロリエスト創国史』とでも言うべきだろうあの石板には、他のふたつの大陸のことは殆ど書かれてなかった。

 だが、シィリータヴェリル大陸も太古と今では、随分と様子が違っていたみたいである。

 今、アーメルサスが在る辺りと、ヘストレスティアの北半分は氷に覆われる大地で人が住めないが魔獣もおらず、魔魚も海岸に寄りつかない『氷壁の護り』となっていたようだ。


 そして、どちらかというとイスグロリエストよりマウヤーエートの方が、恵まれた大地だった。

 イスグロリエストの方が国としての面積は大きかったが、樹海もりの恵みはマウヤーエートの方が多かったのだろう。


 恵まれ過ぎてて当たり前だと思って、堕落したパターンなんだろうか。

 この記述の感じだと、樹海もりがガウリエスタからディルムトリエンの南端くらいまで縦長に続いていたみたいだ。

 かなりの魔効素が、供給されていたんだろうな。


 やっぱり太古の人達は、相当魔力量が多かったと思われる。

 おや、マウヤーエートは十二の英傑と扶翼、それと王家で治めていたようだ。

 ……あれ?

 数が違うとなると、神典は同じだろうけど神話って……その国ごとに違うのか?

 その辺は詳しく書かれていないな。


 この石板もまだ続きがあるのかな……?

 ここから先は殆どイスグロリエスト皇国のことだけだから、マウヤーエート版があるのかもしれない。

 ……あるとすれば、皇国内ではなくて旧マウヤーエートのどこかだろう。


『イスグロリエストの樹海もりは中央部に大きく広がり、北端はガストレーゼ山脈の南と接していた』

 ……ん?

 ガストレーゼ山脈の南端は、セラフィラントとロンデェエストの間、王都に届かないくらいだよね?

 ということは……今の王都って、昔は樹海もりの在った場所ってことなのか?


 皇国の二十の英傑と扶翼は、今大貴族として名を連ねている方々ばかりだが……ふたつ、今の貴族にはない家門が書かれている。

 ひとつはレイエルス、そしてもうひとつはシュヴィリオン……領地は『ガストレーゼ山脈の北西』?


 え?

 今、ヘストレスティアになっているところ……元々は皇国だったってことなの?

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