第476話 事前準備?

 朔月さくつきに入りまして、そろそろマリティエラさんの出産予定日ではないかとこっそりメイリーンさんにお伺い。

 こちらの世界では十月十日ではなくて、この界隈のお母様方はだいたい十三ヶ月ほどで出産だったはず。

 ……大変だよね、お腹に赤ちゃんがいる期間が長いって。

 でもどうやら、生まれる子供の身体の大きさはあちらよりかなり小さいらしいのだ。


 なのに、どうして妊娠期間が長いのか。

 それは勿論『魔力流脈』形成のせいである。

 魔力が流れる『流脈経路』は、身体がある程度ちゃんとできあがってからでないと形成されない。

 身体ができるのに九ヶ月から十ヶ月とすると、そこから流脈経路が作られ始めるのである。


「んー……まだ、もうちょっと、先だと思う」

 メイリーンさんにそう言われたので不思議に思ったのだが、大貴族の方々の妊娠期間は普通より長いらしいのだ。

「そうなの。魔力量が多かったり、血統維持がされている人ほど、長いの。子供に魔法が多い時も長いみたい」

 オプションの量で妊娠期間が変わるのか……


「だから、多分お姉様は……あと一ヶ月半くらいは、先かも?」

「そんなに?」

「お姉様の魔法だと胎児の状態も解るんだけど、もの凄く……魔力流脈が太い上に細かいみたい」


 太いだけなら魔力量が多そうだな、程度なんだが『細かい』となると、レア魔法が獲得されるか……血統魔法が生まれつきある確率が高いらしい。

 今まで長い歴史の中でも全くなかった、大貴族では婚姻の記録もない『聖神二位と賢神一位夫婦の子供』というだけでかなり注目の的なのだ。

 生まれてすぐに、持っている魔法までが特殊だとしたら……

 どちらも男系だけど、男の子だったら……ドミナティアの血統魔法の確率の方が高そうだなー。


 でもね、既にマリティエラさんは性別を解っていると思うんだよ。

 その上で、もの凄く楽しそうでウキウキのままだから……多分、女の子だと思うんだ。

 絶対に秘密、と教えてくれないけど。

 ライリクスさんは、気が気じゃないだろうなぁ。


 しかし、まだそんなに先なら……大丈夫かな。

 俺が心配しているのは、そろそろ『石板修理請負工務店』の開店時期だからである。

 もし俺が内緒の修復工事中に、マリティエラさんの出産が重なったりしたら夜中でも誰かが俺を起こしに来る可能性があるのだ。

 ……なにせ、出産は命がけなのだから【治癒魔法】が必要な事態にならないとも限らない。


 普通の臣民より、魔力量の多い貴族の出産は危険度が高いらしい。

 その上、秘密にしているがライリクスさんは『絶対遵守魔法』と『聖魔法』持ち。

 血統魔法があるマリティエラさんとの子供なのだから……かなりの魔力量が懸念されるのだ。

 何もないとは思いたいが、万一、はあり得るのだ。


 それにもし、俺がそんなことしている時にマリティエラさんやそのお子さんに何かあったら、俺が俺自身を許せなくなる。

 皇国全体なんてものより、俺は俺の周りにいる人達の方がはるかに大切なのだ。

 でも何があるか解んないから、今回の夜間工事はさっさと終わらせようとは思っている。



 ということで、事前準備である。

 まずはマントリエルとカタエレリエラのどちらかと思われる『虹瑪瑙』は、おそらく幾つかの層になっている縞瑪瑙のことだ。

 俺が持っているものは、五層のものと七層のもの。

 どちらも紅縞瑪瑙である。


 そしてもうひとつの解らない石……その予想は、今までの物から推測していくしかない。

 一番最初の、湿地から入った三角錐が『硬翡翠ジェダイト』カルラスは『青金石ラピスラズリ』リデリア島は『貴剛鋼』で超硬合金だった。

 ロカエ沖の海の中は『琥珀こはく』シュリィイーレの西が『真珠』二個。

 そして『瑪瑙』……


 ケイ酸塩鉱物、ミネラル固容体、金属炭化物、樹脂化石、生体鉱物、酸化鉱物……

 組成だと、全然共通点がないな。

 もしかして、これが被らないものってのが条件なのか?

 いろいろあり過ぎて絞れないじゃないか!


 他にヒントはないかなぁ……色もなんか、ピンと来ないし。

 鍵になっている聖典とも特に関わりのあるものじゃないし、法則性なんてないのかなぁ。

 ううむ、とにかく色々なものを持って行って、カタエレリエラの石板に入っているのが瑪瑙じゃないことを祈るだけかもなぁ。


 セラフィエムスの蔵書にも、神斎術とか三角錐の記載は全然なかったし文献は残っていない時代のものってことなのだろうか?

 石板……とか、粘土板とか……紙以外の記録保存方法のもので、探すべきなのかもしれないな。

 口伝だったら、完全にアウトだなーーっ!


 いや、意外と一番受け継いでいるのはレイエルス家門かもしれないぞ。

 早いところ遊文館を完成させて、レイエルス家門の蔵書の保管をしたい!

 そうだ、遊文館と言えばテルウェスト司祭にもちゃんと着工日が決まったら連絡しないとな。


 一応、現在の進捗の連絡はしておこうと、俺は教会へと向かった。

 真夏の暑さは一段落して、もうすぐ秋の味覚が美味しい季節だ。

 アイスはもう少しの間販売するが、秋……ということで、マロンアイスを作ってみようかと思い立った。なので氷菓大好き神官さん達に、試食としてお届け。

 彼らの評価が割と売上げグラフと似たような感じなので、評判がよかったら数量を増やそうと思っているのだ。


「こんにちはー……あれ? どうしたんですか、皆さん?」


 なんだか神官さん達のテンションが激烈に低い。

 おや、テルウェスト司祭も……?


「ああ……ようこそ、タクト様……」

「何かあったんですか? テルウェスト司祭様」

 テルウェスト司祭の遠い目と乾いた笑いなんて、かなりレアなものを見ている気がする。

 溜息混じりに、テルウェスト司祭がなかなか衝撃的なことを教えてくれた。


「実は……他領からの神務士を……数名、預からねばならなくなりまして」

「『神務士』?」

「元々、シュリィイーレにはいないですから、ご存じないですよね。適性年齢前だったり魔力量のまだ少ない者で、神典や神話を学び神官となるための準備期間の者達のことをそう呼ぶのです」


 シュリィイーレには第三位神官以上しか、教会での勤務は許されていない。

 これは現在の直轄地法の中に決められていることで、シュリィイーレで神官になりたいならば他領で神務錬士、神務士を経験して試験を受けて神官になる必要があるらしい。

 そしてその神官も第一位から第五位まであるので、第三位にならないと出身者であっても戻っては来られないというのである。


「厳密には神務士というのは『勤務』ではなく『課務』という扱いで、それも勉学に含まれるため直轄地法に触れない……などと屁理屈を言われてしまいまして」

「それもこれも、衛兵隊のせいですぅっ!」

「そうですよぉ! 去年の騎士位試験合格者がもの凄く優秀だったから、シュリィイーレに来れば優秀な神官になるなんて言われちゃうんですよぅーっ!」


 それは濡れ衣である。そして理不尽すぎるクレームだ。


「……まぁ……衛兵隊が優秀なのは解ります。しかしね、そのシュリィイーレ隊と比べられても困るのですよ、私達っ!」

 テルウェスト司祭の嘆きも尤もだ。

 なにせ、セラフィエムス卿率いるシュリィイーレ隊が優秀なのは魔力的にも魔法的にも、勿論フィジカル面もめっちゃ鍛えている方々だからである。


 それに対して、シュリィイーレ教会はのほほんというか、牧歌的というか、とてもではないが『期待される優秀な人材の育成』に向いているとは思えないのだ。

 しかし、中央に決められてしまったことは、仕方がない。


「その預かり期間というのはどれくらいなんですか?」

「半年です。来月……弦月つるつき初日には、もう来てしまうのです」

「え、シュリィイーレの冬を、いきなりですか?」


 来年の春からかと思ったが、これは確かに大変かもしれない。

 冬場は衛兵隊にも試験研修生がいるから、一切頼ることはできない。

 そして教会は年間予算が決まってて、既に春に一年分が支給されているはず。

 こんな中途で予定外の人が増えるなんて、負担が増えるだけだし……


「部屋はありますし、課務として手伝いが増えるというのはいいのですが……一番の懸念はその『食事』でして」

 神官さん達は、基本的に外食だもんなぁ。

 うちの食堂は他店より開店している日が多いし、来てもらえるのは別にいいのだが……

 そういう見習いさん的他領の人が来るって、嫌な予感しかしないんだよなぁ。

 となると、神官さん達の食事は外門食堂とうちから買う保存食頼みになるわけだ。


 なんといっても『シュリィイーレの冬』は、備蓄と保存がキモなのだ。

 氷結隧道ができたとて、全ての食堂や惣菜を作ってくれる店が開くわけではない。

 南東市場や東市場の一部を残して食材を売られることか殆どなくなり、物流がストップするのだから店で出す分まで確保できている所が少ないのは当然。

 そして価格も上昇するので、保存食や備蓄食材で各々凌ぐのが普通だ。


 やはり、試験研修生みたいに全て内食にしてよいのでは?

 外食は各自のポケットマネーだけでなら、許可するとか。

 教会には元々料理を作る大きめの厨房があって、自分達で料理を作って食べられるのだから今から食材買い込めばいいのでは?


「……そんな予算がございません」

「なら、その神務士を押しつけてくる教会に、神務士の分の食費や滞在費を全部負担させたらいいんじゃないですか? 他領の人の予算まではありませんって」

「あ、なるほど!」

「それと、課務には必ず教会での寝食を条件付けて、自分達で作ったものを食べさせればいいのですよ。そうしたら余分な保存食も必要ないですし、非常用を確保しておくだけでいいから予算も圧迫しませんよ」

「料理ができる神務士が……そんなにいるとは思えないのですが?」


 そこはお任せください!

 テッテレー!

 簡易調理魔具ぅっ!


 使い方とできることをご説明いたしましたところ、皆様歓迎の快哉を上げてくださいました。

 お試しモニター、更に追加ですぞ。

 ふほほほほ!


「食材の保管庫くらいは、整備いたしますよ?」

「是非っ! 是非ともお願い申し上げますっ! ああ、これでなんとか食事を削らず済みそうですっ!」


 ……結構切実だったんですね。


「で、階位を上げる試験とかもご担当なさるのですか?」

「いいえ、神務士の昇位試験は『複数の他教会司祭による日常課務試験』で、私だけが合否を決めるのではないのです。私が合否の判断をするにはしますがそれが『最終結果』ではないのですよ」

「二、三箇所だけの教会で昇位する人もいますし、何十箇所に行っても一向に上がれない人もいるのです」


 テルウェスト司祭の補足説明をしてくださる神官さんが必ずいる……なかなかいい連係プレーだ。

 でも、いつまでが試験っていう期間も決まっていないのかぁ。

 それは神務士さん達も大変だね。


「それで、何人預かるんです?」

「……五人ほどですが……問題のある神務士ばかりのようで……」


 テルウェスト司祭と神官さん達の顔が、またしてもどんよりと沈んでしまった。

 問題児の更生施設扱いなのかー。

 今のシュリィイーレ教会は司祭様ひとり、神官さん六人だから、問題児五人はきつそうだなー。


 まぁ、今日の所はマロンアイスでも召し上がって、食材の買い付けからスタートいたしましょう。

 事前準備、頑張ってくださいませ。

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