第474話 遊文館、着工準備

 それから数日後、夏も真っ盛りで湿度は低いが日差しが強いシュリィイーレの夏を満喫していたある日。

 神官の皆さんがこぞってアイスを食べにいらしていた時に、レイエルス神司祭からの『来てますよ連絡』が通信石に届いた。

 スイーツタイムも一段落していたので、魔力を入れてソッコー教会へと転移。


 着くのが早すぎて……テルウェスト司祭に吃驚されてしまった。

 いや、だって、聖神司祭様をお待たせする訳にもいかないじゃないですか。

 ねぇ?


「丁度、近くを歩いておりまして」

 という苦しい言い訳をして、王都との方陣門がある部屋へと入る。

 レイエルスのお二方共、いらっしゃっているのですね。

 いいんですか、レイエルス侯、こう度々直轄地にいらしてて?


「何、儂らは領地を持たぬからの」

「つまりこの皇国全てが、我らの在るべき場所でございますので」


 なんというポジティブ解釈。

 何処にもない、ということは『全てである』と等しいということか。


「直轄地にご在籍なさってて、移動制限がないというのでしたらスズヤ卿も同じでございますよ」


 いえ、皇国全部が俺の家とか無理です。

 シュリィイーレだけで充分。


 おふたりがお越しの理由は勿論、遊文館建設許可!

 しっかり陛下の御名御璽付き建設許可証……だけでなく、なななななんとっ!

 陛下から誕生日の時のケーキの御礼状と、皇家からの蔵書寄贈のお約束までっ?


 どうした、陛下……何が……あ、法具がいい仕事してて、上皇陛下達とセラフィラント公達の再教育がいい感じに?

 だとしたら、グッジョブ、俺!

 感謝感激です、更生教育チームの皆様方!


「ありがとうございます! こんなに素晴らしいお土産まであるなんて、思ってもいませんでした!」

「遊文館完成の折には、レイエルスの蔵書もお受け取りくださいね」

「はいっ! 大切に保管して、多くの子供達に読んでもらえるようにします」


 よぅし、オールクリアだ!

 ビィクティアムさんにお願いしていた資材の調達もいつでもいいって言われたし、コレックさんに用地は抑えてもらっているし。

 資材の届くタイミングで、着工に取りかかっていただくべく人材は見繕っておいてくださいと師匠にもお願い済みだ。

 設計図は既に渡してあるから、号令待ちだと言われている。


 雪が降り始めるまではあと五ヶ月……ギリギリ間に合うかどうかってところかな。

 ……いや、ハコじゃなくて、シュリィイーレオリジナル絵本が!


 今販売しているものも勿論買い集めるのだが、もっとも大切なのは『シュリィイーレオリジナル書籍』なのだ。

 俺が訳しているものは、どうにか間に合う。

 だが、図鑑と絵本が……ギリ、間に合うかどうか、だ。

 図鑑は難しそうだなーー。


 毎年改訂版も出すつもりの図鑑と辞典だが、初年度のオープン時にはそれなりのものを用意したい。

 まだまだ頑張れ、俺っ!


「では、我々の蔵書のお預けは、遊文館がある程度できあがってから……ですな」

「お待たせいたしますが、よろしくお願いいたします」

「……今までの遙かな年月を思えば、半年弱、さほどでもない」

「あ、でも、古代文字や前・古代文字のもので訳文をお望みのものがございましたら、先にお預かりいたしますよ?」


 俺の提案に、おふたりの顔がさっと明るくなる。

 レイエルス家門こそ一番、過去の読めなくなってしまった本や文書が読みたいはずだもんね。


「よろしいのですか……?」

「はい、俺も読みたいですし」

「しかし、書師である貴公に訳文を依頼するとなれば、それなりの対価を請求してもらわねば」


 おおっと、別に蔵書の寄付をいただくのだから、いらないんだけど……

 あ、そーだ。

 各地に行っているレイエルスの方々だからこそ……っての、お願いしよう!


「では、各領地にいらっしゃるレイエルスの皆様を見込んでのお願いなのですが……よろしいでしょうか?」

「勿論だ! なんなりと」

「各地で売られている絵本……できるだけ、そのご領地ならではのものを買っておいて欲しいのです」

「遊文館用、ですか?」

「はい。それと、もうひとつ」


 おふたりがずいっと、身を乗り出す。

 いや、そんなに身構えなくても平気ですよ?


「各ご領地で、よく使われている香辛料と調味料を買ってきて欲しいのです!」

 予想通り呆れられたが、こういう反応はよくあるので今更である。

「調味料……?」


「結構知らないものとか、珍しいものがあると思うんですよ。セラフィラントに行った時にも、リエルトンとロートレアだけしか行ってないのにシュリィイーレでは手に入らなかったものがありましたから」

「……本当に、それだけでよいのか?」

「結構大変だと思いますよ? ありとあらゆる町で、ご確認いただくことになるかと思いますし」

「なるほど。よし、お任せいただこうではないか! 皇国中の絵本と香辛料、調味料を調達して見せようぞ!」


 楽しみにしておりますー!

 ほっほっほっ、これで労せずして必要な冊数の絵本と、各地の食文化を手に入れられますぞ!

 ガイエスに全部を頼むのは、流石に申し訳ないからなぁ。

 ……皇国には、迷宮もないしねぇ。


 スパイス辞典とか調味料大全とか作ろう。

 絶対に楽しい!



 さてさて、おふたりから受け取った陛下からの許可証を持ってまずはコレックさんの所へ。

 用意してもらっていた場所の借地権をお買い上げ。

 そして今、残っている上もの撤廃は、俺の魔法でやってしまう。

 使えそうな石材はそのまま取っておいて、木材も表面を削ればいけるものとか捨てなきゃいけないものとかもあるので後で処理に行く。


 コレックさんの所の手続きが済んだら、その書類を持って役所にGO。

 登記登録と、個人宅ではない『職場』になるので、他の従業員も雇えるように申請をする。

 勿論、レイエルス司書書院管理監察省省院長の省院章印と、陛下の御名御璽入りの許可証があるのでするっと認可。

 維持にかかる俺の財産状況も、問題なしだからね。

 聖魔法師の配当金が地域貢献に使われるというのは、本来あるべき使い方なのだ。


 そして、お次は現場作業依頼。

 石は西の石切場から入れてもらうのがメインだが、既にセルゲイスさんに依頼して石工組合を通し、切り出し加工も始めてもらっている。


 ヴェルテムス師匠にも建築組合に話を通していただいているので、組合の方から鍛冶師組合にも既に連結部品などの作成を依頼済みだ。

 その両組合に、認可と手続き完了のお知らせを持っていく。


「……ということで、木材などの資材がセラフィラントから届き次第の着工をお願いいたします」

「正直、こんなに早く話がまとまるとは思ってなかったが……今年中なのは助かるな」


 石工師組合組合長のドライアンスさんが大変だと呟くが……かなりワクワクモードである。

 この町ではなかなかない、大型施設の建設だからね。


「てぇしたもんだな……だが、この『遊文館』は楽しみだ。色々な本を置くんだろう? 建築もあるよな?」

「集めようとは思っていますが……すぐには難しいかもしれないです。ただ、寄贈いただける予定の本の中に、昔の建築様式の本が何冊かありましたから」

「ほうっ! そいつは楽しみだな! 昔のもんは、すげぇ建物が多いからな!」

「聖殿のことも書いてありましたよ」


 師匠だけでなく、建築師組合、石工師組合の皆さん達の目が輝く。

 職人さんにとっては、なかなか見られない古代の資料だから面白いと思う。

 勿論、中のレリーフなどのことも書かれているから、石工師組合の方々にも楽しんでもらえると思う。

 ……ただ、セラフィエムス蔵書の『古代文字』の本だから、頑張って訳しながら読んでねって感じだけどね。


 そしてかねてより作ろうと思っていた、ゴムタイヤ製の荷車について、皆さんに聞いてみた。

 やはり運搬時の振動などは、結構痛みを伴うことがあるというので導入を決定。

 ゴム、少しセラフィラントから入れてもらおう。


「で、タクト、こっからはちっとばっか……言いにくいんだがよ」

「はい?」

「……当初の予定より……金がかかりそうだ」

「どれくらいですか?」


 差し出された金額は、どうやら最初の見積もりの五割増しくらいになりそうだということだった。

 ふぅむ……俺も結構条件やら増やしてしまったし、計画時より広くなったからなぁ。


 ノープロブレム!


「解りました……ただ、もしできあがりがこの金額に見合わないと思ったら、追加料金なしでの作り直しを要求しますがそれでもいいですか?」

「ああ、それは勿論、構わねぇ!」

「そんなことにはしねぇよ! 陛下の承認付きの建物なんだからよ!」

「でしたら、お支払いは大丈夫ですので、お願いします」


 着工時に半金、できあがったらもう半分、というのが基本なので、どちらの組合にもドカンと半金をゲンナマでお渡し。

 ほっほー気持ちいいなー、こういう『お大尽』的なこと、やってみたかったんだよねーっ!

 ええ、どうせ俗物凡人ですよ、俺は。

 これでも持っている金額の三割弱くらいなので、全然余裕っ!


 ……内心、めちゃくちゃドキドキしているけどねっ!

 一生の中でも、ここまでの大金を一括で支払うなんてなかなかないよ。

 だけど俺としては、この大金をずっとコレクションに入れていなくてもよくなるのは嬉しいのだ。

 みなさーん、そんなに大金貨に釘付けになっていないでくださーい。



 そしてお次はお仕事が終了してご帰宅なさったタイミングで、ビィクティアムさんに資材のお願い。


「木材と生ゴムエヴェア、それと三椏紙だな?」

「よろしくお願いいたします。届き次第着工しますので、だいたいの日取りが解ったら教えてください」


「ああ、解った。が、建物に生ゴム?」

「机とか椅子の脚、尖った角とか、子供がぶつかって危なそうな所に保護材として取り付けたり、荷車の車輪を作って衝撃吸収ができるようにしようと思いまして」


 ポリウレタンはないが、魔法で加工すれば中に気泡を閉じ込めてふわふわにしたり、中身がスポンジタイプのパンクしないタイヤが作れると思うんだよね。

 中空タイヤじゃないと重くはなるが、それは軽量化魔法で、なんとでもなるしー。


「弾力のある車輪か……よさそうだな、それは」

「懸架装置を工夫したら、防振機構になります。ゴムの車輪の方が、より緩衝装置として優秀かと」


 シュリィイーレ内の小さめ荷馬車にも使ったら、お馬さんの負担も減ると思うんだよね。

 そして、できればセラフィラントとの往復便でも、使ってもらえたらいいんだけど……


「……今度のセラフィラント便でも、試していいですか?」

「大歓迎だな」


 よかったー。

 資材運搬は軽量化番重が使えなくて重くなりそうだったから、荷馬車自体に軽量化の魔法かけちゃいたいと思っていたんだよね。

 このサスペンションが作れたら、載せているもの全部の軽量化も指示できそうだ。


 次のセラフィラント便はきすすずきいわし鯣烏賊するめいかが届く予定だから、その馬車を改造させてもらえることになった。


「次のお魚は、いつになりそうなんでしょう?」

「……明後日には、来るんじゃないのか? 二日前に出たと言っていたから」


 おっと、じゃあ作っておかなくちゃ!

 ゴムはまだ、試作車輪分くらいなら足りそうだ。

 足りなかったら……できあがったやつを魔法で複製、だな。


 さあ、いろいろ始まるぞっ!

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