第473話 モニター結果

 翌日、朝からビィクティアムさんのお呼び出しがあり、モニター結果などをお伺いした。

 まずは『簡単調理バングルつきお料理チャレンジセット』だが、レシピ本だけとバングルだけという販売もあった方がいいというご意見だった。

 レシピ本は途中行程がやはり不安ということで、絵付きが求められているようだ。

 ……カメラを作ろう。

 そして調理途中を撮影して、そいつを【複写魔法】で絵に起こせばいいだろう。


「今年の試験研修では、試験研修生にも料理を作らせることにしたんで教官達用に作って欲しいんだよ」

「えっ? 衛兵隊でも料理するんですか?」


 作るのは構わないけど……シュリィイーレは金証銀証のお坊ちゃんお嬢さん育ちの方々ばかりですよね?

 料理、やったことないのに大丈夫なのでしょうか?


「俺ができたんだからやらせる」

「ビィクティアムさん……が? 料理、作ったんですかっ?」


 俺が思わずそう叫んでしまったら、笑顔でカツ丼と赤茄子煮込みの皿を差し出された。

 まさか、これ……?

 食べてみろと言われたので、恐る恐る……

 俺が作るより甘めだが、このカツ丼、ありーーーーっ!

 うまーーい!

 赤茄子煮込みは、母さんの味に似ているけどもう少しピリ辛かも。

 でも、ちゃんと美味しい。


「な?」

「……吃驚しました……美味しいです」


 ビィクティアムさんのこの時の笑顔は、俺が料理を褒めた時の父さんとそっくりである。

 ここまでにはカツ丼で七回、赤茄子煮込みで十一回の試行が必要だったらしい。

 ということは、これは……


「魔具なしで作れるようになった。ただ、時間が経つとやっぱり魔具がないと忘れている部分も出て来るから、魔具は期間限定じゃなく使用者限定の方がいいな」


 まさか、ビィクティアムさん自身がモニターになっているとは、思いもしませんでしたよ……

 その他にも、セラフィラントではなんと普段全く料理などしない医師の方々が、モニターとして実践してくださったようで感想が書かれたまるで論文のような使用レポートが渡された。

 ……あざーーす……


 ざっと読んだ感じ、やっぱり期間限定ではない方がいいみたいだな。

 モニター用は三品にしたけど、五、六品は作りたい……と。

 そっか、何日かもつ副菜、汁物、それと三品くらい作れたら、三日間はメニューを変えて作れるか。

 お母さんと同じものが作りたい……という方もいるんだな。

 それだと確かに、バングルだけの単品売りの方が嬉しいよな。


 元々その料理自体は食べたことがあって、甘くしたいとか辛くしたい場合は、サンプル保存食なしで手順レシピ本があれば魔具のサポートで作れるってことらしい。

 これは結構、何人も試してくれているな。

 ……失敗した人は、途中の行程でどうしていいか解らなくなっているから『絵』が欲しいってことなんだな。


「どうだ? 頼めるか?」

「はい、ご要望もだいたい理解しましたので。衛兵隊用をまず作りますね。それを試していただいてから試験研修生用と一般向けを作りましょう」

 その時に調理実習用の食材分類をというので、去年のものを改訂してお渡しすることにした。


「よろしく頼む。ああ、言い忘れていたが、遊文館の資材調達はいつでも大丈夫だ。あとは陛下の許可だけと聞いたから、もうすぐだろう?」

「もしかして……レイエルス神司祭にだけ話をって言ってくださったのは、今のレイエルス侯の役職もあったから、ですか?」

「……! レイエルス侯のこと、よく解ったな」

「いらっしゃったので」


 やっぱりか、と呟くビィクティアムさんだが、それ俺の台詞ですよ。

 ホント、セラフィエムス卿は根回しが早い……

 おかげでトントン拍子ですよ。

 なんだかんだ言って、もの凄く助けてもらっちゃってるよなぁ。


「なんにせよ、そちらは返事待ちだな。それと、あの牡蠣殻に描いた方陣だが」


 おっと、別案件ですな。

 結果は成功もあり失敗もあり……ということのようだった。


「魔法によってだが、最も海上で使用したい『錯視』は、何に誰が書いても方陣が海水に触れると魔力が簡単に抜ける。船の上で人が身につけているのであれば発動するが、船体の海側だと駄目だった。船の内側に貼っておいても、人が身につけているよりは効き目がない」


 やはり錯視は、海中の魔魚に対しての効果が全くないのだな。

『空系』『地系』の魔法なのだろう。

 魔魚が海面より上に出て来ていれば、有効というのは方陣の位置が『大気中』だからだな、きっと。

 そして魔魚が海中であっても、錯視を付けている人がやはり大気の中にいれば魔魚の魔力センサーには引っかからないと思われる。


「生石灰三椏紙に描いた【回復魔法】の方陣も、聖神三位や賢神二位の加護がある魔法師より、聖神一位、賢神一位の加護の魔法師の方が海上では効きがよかった。加護神の違いでまで、差があるとは思わなかったが……」

「その理由は、お借りしたこの『魔法系統の書』をご覧いただければ解ります。訳文がこちらですので」


 賢神一位と聖神一位は共に『空系』『海系』だが、賢神二位は『地系』『空系』。

 しかし二属性があってもどちらの方が強いか、影響があるかという点では、賢神一位は『海系』が最適であり聖神一位は『空系』の方に偏る。

 同じく聖神三位は『空系』、賢神二位は『地系』。

 聖神二位は『地系』『海系』で、『地系』が強いという感じだ。


「……こんな、領域ごとに加護の強さが、神によって違いがあるのか……」

「魔法もその影響下にあるので、大地でなければ使えない魔法と空、というより、大気のある場所でなければ使えない魔法、海でも使える魔法……などの区別があるようです。そしてその系統が同じであれば、同時発動が可能……と思っています」

「これは……また、大きな発見だな……」

「流石、セラフィエムスの蔵書ですよ。失われている知識の発見がまだ出てきそうです。発表する時期とか、結構重要かもしれませんね」

「だろうな。その辺は父上やカルティオラとも相談するよ。それと、あの藻石のこともだ」


 ストロマくんとクマ丸のことだな。

 藻石はストロマトライト擬きなので『ストロマくん』水生生物はクマムシみたいだけど丸まったままで足がないから『クマ丸』と呼んでいる。

 金魚鉢みたいな入れ物に入れていたら、ちっこいクマ丸がいくつか増えた。


 ガイエスが海草にくっついていた……なんて言ってたから、海草も入れてみたらそれにくっついてゆらゆら揺れながらストロマくんに近付いてるんだよな。

 ちっこい方が海草の上の方に行きたがってて、大きい個体は下にいる。


 勿論、海水は『清浄水』になってて、その水をアコヤ君達に使うと……キラキラが倍増するのだ。

 ビィクティアムさんから聞いたこともだいたい同じようなことで、その清浄水だと魚体が大きくなるものがいたりしたという。


「それとその海水の清浄水は、真水で作った清浄水と違って、今まで除去が難しかった魔魚の毒による『溜まり』や『栓』の浄化ができる」

「えっ! それは凄いですね!」


 魔魚の毒って、かなり特殊でそれが混ぜられた毒薬は身体から消えにくいって、ロートレアの教会で複製をもらってきた毒の本に書かれていた。

 海のもので精製された清浄水だから、海の毒に効くのかもしれない。


「患部に傷がある時はかけるとしみて堪らないが、応急措置には有効だ。希釈して飲むと体内に溜まっていた昔の毒も薄まっていくから、飲み続ければ消えるかもしれん」


 なんと素晴らしい!

 これで漁師さん達の早期治療や完治にも、希望が出て来たってことですね!

 ……でも、海水を飲むのは難しいから、時間はかかるだろうけど。


 沿岸で『飼う』のは、やはり海老やプランクトンなどが豊かなセラフィラントの海では難しいようだ。

 貝類などがあまりいないルシェルスの海ならと、そちらでの研究も進められているみたいだ。

 そして、ストロマくんがなくてクマ丸だけでも生息はできるらしく、リバレーラではクマ丸が藻石ストロマくん以外からだと何をどのように変化させるかの研究が開始されているという。


 海のものだから、海の毒に効く……大地のものだと大地の毒に……加護神によって魔法にもその系統がプラスになるから、フィールドによっても魔法の効果に差が出るってことか?

 何人ものデータをとる必要があるから断言はできないけど、この系統を考慮した魔法の使い方や方陣の選び方、そして方陣を描いた人の加護神やそこに魔力を入れた人の加護神も関わってくるとしたら……


 ビィクティアムさんも同じようなことを考えているのだろう。

 魔法系統の訳文に釘付けでブツブツと、組み合わせによる効果を考えているみたいな呟きが聞こえる。

 セラフィラントでしっかりとデータをとって検証してもらえそうだな。

 ほんとに、魔法って面白くてわくわくするよ!



 あ、そうだ、ビィクティアムさんに言っておかなくちゃ。

「実は新しく作ったものがあるんですよ」

「ああ、あの底だけの靴か? 衛兵隊でもいくつかエトーデルに頼んだぞ」

 素早いですな。

 それじゃなくてですね……と、蛍石布で作ったもののことを話したら……動きが止まった。


「は……? ばんそうこう?」

「はい。この水を弾く布を使いましてね、簡易的な『回復の方陣』を描いた傷口に貼る短い接着型包帯のことです」

「水を弾く布……で?」


【回復魔法】があれば、簡単な傷は治るから必要はない。

 でも【回復魔法】を持つ人は、さほど多くはない。

 中には回復の方陣札を持ってはいるが、小さい傷で札を使うのは使い捨てになっちゃうから勿体ない……ということで、切り傷程度なら放置する人も少なくない。


 すぐに治ればいいけれど、うっかりばい菌が入ったり、水がしみて痛かったり、治るのに時間がかかって跡が残ってしまったり……ということもしばしば。

 そういうちょっとした怪我に貼っておける、魔力があまり必要ない『簡易型・微弱回復の方陣』を描いた『絆創膏』を作ったのだ。


 フッ素樹脂には、全くと言っていいほど粘性がない。

 だから表だけではなく裏地も貼り付け、傷に触れない部分に粘性のある肌にやさしい糊が塗布してある。

 マスキングテープみたいに巻いてあるが、十枚ほどのすぐに剥がして患部にくっつけられるシールになっている。

 腰帯に付けられる『常備用金具』に取り付けてもらえば、いつでもすぐにぴっと剥がして小さい傷に貼れるのだ。


 この蛍石布のフッ素樹脂はあちらの世界では産廃指定品なので、廃棄のことも考えた。

 普通フッ素樹脂を燃やすと出るガスには毒性があるが、ゴミ廃棄の時に使われるという炎熱の魔法でも燃えなかったので魔法で作ったこいつが毒ガスを発生させるかは未確認だ。


 しかしそれでは廃棄に困るので、蛍石布自体に温度が【炎熱魔法】程度に高くなったら、粘剤に使ったカルシウム入りデンプン糊と反応させてフッ化カルシウム、つまり蛍石にしてしまう魔法を組んだ。

 素材さえそこにあれば【調理魔法】の方陣を使った応用で反応させる魔法はできるのである。

 これで燃え残っても大丈夫だし、燃えてしまったとしても皇国では必ず最後に浄化がかかるので毒ガスの毒性はなくなる。


「簡易的な方陣はその場で魔力を入れてもらう感じになりますが、子供でも負担の少ない十くらいの魔力です。魔力を入れなくても、傷口に貼っておくだけで汗などの湿度を逃がしつつ患部を守ることができますし、貼った上から水がかかっても剥がれません。指をちょっと切ったとしても、これで巻いておけば水洗いしても怪我した所にしみないのです」

「その簡易……方陣というと、今までのものとどう違うんだ?」


「まず、使用魔力が少なくて済みますが、効果はちょっと弱めです。でも一日くらいは効果が持続するので、貼っている間は回復を続けます。もの凄く単純な形と呪文じゅぶんですから魔力を予め溜めていなくてもすぐに魔力を入れて発動できます。小さい場所に描くことができて、子供でも覚えられます。でもこの方陣は、魔力注いだ後に完全に魔力を使いきると方陣自体が消えてしまいます。魔力の再注入はできない脆弱な方陣ですから」


 あ、頭を抱えられてしまった。

 既存の方陣の『弱体簡素バージョン』だから、そんなに困られるとは思っていなかったのだが。

「今までの魔法師達がやってきたことを、全てなかったことにするような、方陣……だな」


 ……そうか。

 より長く、より効果的に、より多く魔力を保持できるように……が、方陣開発の基本コンセプトだもんな。

 退行にもほどがある、ってことか。

 でもなー、この程度でいいんだもん。

 絆創膏は汎用品だし、手軽に使って欲しいものだし。


「小さい魔法が必要な時もありますし、ね?」

 ホント、すみません。

 空気読めてなくて。


「いや、こういう方陣があるのは、構わんが……この素材だ。かなり高価になるだろう?」

「いいえ、元は蛍石ですから。蛍石は皇国中で、割と沢山取れる石だと思うんですけど」

「……蛍石から布? あ、【星青魔法】か! 『柔』というのは……こういうこともできるのか」


 できるのかな?

 俺【加工魔法】のつもりで使っていたんだけど……そっち使っていたのかな?

 確かにできあがり……早かったなぁ、そういえば。


 元素とか解っていたからそちらに意識があったけど、言われてみたら【文字魔法】ではあったけど【星青魔法】も使っていた可能性あるな。

 ……しまった、またしても無意識発動か!

 ううむ、気をつけねば。

 そういえば、俺、全然身分証確認していないぞ!

 確認しておかなくちゃって思っていたのに!


 絆創膏は方陣としては全く問題ないが、布自体がまだ特別ということもあり販売委託はせずにうちだけで売るなら大丈夫だろうと言われた。

 蛍石布の作り方は公開してもいいのだが、硫酸とか硫酸カルシウム、クロロホルムの取り出し方が解らないと……多分、誰も作れないのでその辺が宿題だ。

 上手いこと作れる方陣とか、組めないかなぁ。


 そして昼過ぎに魔法師組合に行って『簡易微弱回復方陣』と『簡易調理方陣』を登録。

 これは誰でもすぐに描いて使ってもらいたいのだが、条件として『この方陣を修記者登録して販売するのは不可』としてもらった。

 修記者の印なんてものを入れられて、方陣に無駄なものが入ったら使えなくなるくらい単純な方陣だからだ。


 方陣自体が壊れてしまっては意味がないということで、ラドーレクさんもその辺は納得してもらえた。

「まぁ、特に回復なんて、こんな弱い方陣の札を売ろうなんて人は、いないだろうけど……何に使うんだい?」

「方陣が弱かったとしても、知識とか自分の魔法と組み合わせると色々できるし、大きい魔法が必要ない時には自分でちょっと描いて使えたら便利……って感じでしょうか」

「そうか、魔法師じゃない人が描いて使える方陣か……! 面白いねぇ」


「簡易でも調理の方はちょっと難しいですけど、慣れれば描けるくらいの難易度です。子供達の魔法学習用にも使えそうかなって」

「それはいい! そうか、千年筆なら魔力も簡単に入るね」

「実は、その内子供達に教えてあげたいと思ってて」

「うん、いいことだと思うよ! 魔法師が増えるかもしれないし、魔法師とまで行かなくても魔力量を増やすには凄く良さそうだ」


 魔法師組合のお墨付きももらえたぞ。

 これで遊文館で子供達に『方陣教室』が開けるなー。

 レイエルス侯とレイエルス神司祭、上手くいったかなぁ?

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