第472話 新しい布製品

「うーん、やっぱり袖口と肩が、一番の問題かぁ」

「腕を伸ばすと全部が引っ張られるし、上には上げにくいなぁ」

「そうなのよ、タクトくん、裾が上がっちゃうのよ」


 ルドラムさんと、ルエルス……の、お母さんであるリレリアさんからのご意見だ。


 上着とズボンのセパレートで作ったものと、ちょっと長めのコートタイプで試してもらったがどうしても伸縮性に難があるのだ。

 ズボンも膝を曲げた時に背中が出ちゃうとか、引っ張られて動きにくいとか。

 でも素材自体はもの凄くいいと言ってもらえたので、取り敢えずワンサイズ大きめにする感じで袖ぐりを大きく袖丈を長目にして手首は細く。


 ズボンも見た目は少し微妙ではあるが、腰の辺りに余裕を持たせて全体的にだぼっとさせ足首部分だけ細める。

 ちょっと、ニッカボッカっぽい。

 細くする所は数カ所ゴムを入れて、伸び縮みできるようにしてみた。


 袖口や足首のとば口だけにゴムが付いているものは、だぶ付いている布がもの凄く邪魔になることがある。

 だから、三箇所に段階的にゴムの強さを変えて付けてみた。

 圧迫感はあまりなく手の甲に布があたる不快感もないし、裾だって靴に入れ込んだ時にもごろごろしないだろう。


 そしてフードだけだと結構顔が濡れるというので、大人用は短め、子供用は野球帽くらいのつばを付けることにした。

 このつばだけで、余程風が強い時でなければ濡れないものなのだ。

 ジムの人達にサッカー観戦に付き合わされた時に雨が降り出して、ひとりだけ野球帽を被るという顰蹙ひんしゅくなことをした時の実体験である。


 もっと使い勝手のいいデザインは……その内考えよう……

 というか、俺に服装センスは多分、ない。

 絵本公募でお絵かきが上手い人の中に、デザインセンスのある方はいないものだろうか……


 シュリィイーレには、残念ながら服飾組合はない。

 商人組合で布の登録だけして、服を作る人を紹介してもらった方が早いかもしれない。

 うん、現実的なのはその方向かな。

 一応改良版でふたりにはまた、モニター使用をお願いしておいた。



 暫く雨が降らず、モニターさん達はなかなか着用の機会がないだろうと思っていたのだが、ルドラムさんから要望が届いた。


つばは、もちっと小さめでいいんだけどよ、横まで広げて欲しいな」

 フードが頬にあたるのが煩わしいから、空間確保のためにつばが欲しいということのようだ。

「でよ……これ、雨の時だけじゃなくて晴れてる時でも、岩とかにぶつけても擦れないし、切れないから着ていたいんだけど……もう少し涼しくは……ならねぇよなぁ?」


 晴れている時も……?

 作業着的に、と言うか、防護服的に着ていたいということか。

 まぁ、普通の服より耐摩耗性に優れているし、魔法がなくても布として強いから擦ったりちょっとくらいの石が当たった程度じゃ怪我しないのは確かだ。

 汗を逃がす構造にはなっているが、晴れている時の体温上昇にまでは考慮されていないからなぁ。


 ううむ……そんな使い方をするのは大人だけだから……採掘作業用や、運搬作業の方々向けに晴れている夏でも使える使用をプラス……

 できるね。

 うん、あの『寒風の方陣』が使えるね!


 あちらの世界の作業着でも、風を取り込んで服の中の温度を下げるものがあった。

 以前、錆山に行く時にそういうのがあったらいいかと思って『旋風の方陣』を使って、風を送るってのを作ってみようと思ったのだ。

 でも、外気が暑いと熱風になってしまって、逆につらかったのである。


 去年の夏はまだ、方陣を重ねて使おうとか考えていなかったからねぇ。

 組み直すにしてもバランスが上手くいかなかったんだけど、ガイエスが『寒風の方陣』を見せてくれたおかげで、どこをどう直せばいいのか解ったんだよね。


 あの時もエイリーコさん達用に涼しい作業着が作れるかと思っていたんだが、布の通気性とかいろいろ考えてたんだよねー。

 このフッ素樹脂の布となら、いい作業着もできそうじゃないか?

 でも中位魔法だから、魔力消費を抑えつつ風量を調整できた方がいいな。


「へぇ……涼しい風が出る方陣鋼がついてるのか……?」

「まだこれも試作だから、魔力量がどれくらい要るかもあわせて試してみてもらえると助かるな」

「うんっ、解った! すげぇなぁ、タクトは! 方陣でこんなことができるんだなぁ」

「【方陣魔法】が得意な……友達、が、教えてくれたんだよ、この方陣。ちょっとだけ呪文じゅぶんを書き替えたけど」


 友達って言うの、ちょっと照れくさいな。


 あれ?

 なんでルドラムさんが吃驚したような顔を?


「タクト、よかったなぁぁ! 友達、できて!」

 そこか!

 どうして泣き出しそうな顔されるのだ!

 そんなに意外なのかなっ?


「だってよ、この町ではタクトは全然、同い年くらいのやつらと話したり一緒に仕事したりすることもないだろ? 手習いとかを一緒に習ってれば、知り合いもいただろうけど……そういうのも、なかったろ?」


 どうやら……俺に同年代の『友達』ってのが全然いなくて、衛兵と一緒だったり神官としか喋ってなかったりと、結構皆さん心配してくださっていたようだ。

 いい人達だなぁ、みんな。

 ルドラムさんがめっちゃニコニコしてる。

 なんか、理想の『お兄ちゃん』だな、ルドラムさんって。



 取り敢えず先に、布の方だけは商人組合に登録にいこう。

 またきっと、名前を聞かれるよな。

 フッ素樹脂と言ってもフッ素も樹脂も説明がもの凄く難しいので、原材料の名前から『蛍石布けいせきふ』とでもしておこう。


 商人組合では例の如く、ベンデットさんに不思議そうな顔をされた。

「また売らない物を作ったのか」

「この町では少しは、売るつもりですよ」

「……今度は、なんだい?」

「布……というより、布の材料? ですかね」

 単体ではなくて、表布と貼り付けて使ってもらうものだからね。


「薄い布を表に貼って使うと……水を通さない布にできるってことか?」

「はい、雨具用に作ったので」

「雨具……だけじゃないだろうな、これを使いたいと思うのは」


 はて?

 あ、作業着のことも思いついたのかな?

 流石、組合長だなぁ。


「荷馬車の幌、鞄や靴にだって、この布を使う用途は沢山ある」

 そうか……ビニールがないんだもんな。

 ビニール製品でまかなうような所でも、この撥水する布は使えるってことか。


「それに、水を汲むこともできる。短時間であれば漏れ出すこともないだろう?」

 手巾ハンカチの様なこの布があれば、手で掬うだけでは指の隙間から流れてしまう水も溢さない。

 ということは、緊急時の止血にも、普通の布より血を止められる?

 簡易包帯、か!

 そういえばフッ素樹脂って、人工血管としても使われていたっけ……


 これは……どこかに作り方を教えて、作ってもらった方がいいのでは?

 いや、作り方の説明には、分子とか原子とか色々説明が必要になるから……今の俺では教えるのは無理だなー。


 でも水を通さない簡易包帯は、怪我の時じゃなくても便利だよな。

 方陣鋼とか方陣札を腕とかに巻き付けておくこともできるし……ただそうなると、ある程度の伸縮性が欲しいし自着の方がいいから粘性も……


「タクトー、新しい品でも考えているなら、できあがってから来ておくれー」


 あ。

 すみません、つい。


 ベンデットさんに見送られて商人組合を出た後、自室に閉じこもり思いつくまま色々と作ってみたことは……言うまでもない。

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