第471話 濡れない布

「……濡れてもすぐに乾く服……?」

「うん、おかーさんが、そういうのあったらいいのにねーって」


 ご近所の元気なお子様から、なかなか難しいリクエストが届いた。

 どうやら、このルエルスは靴が滑らなくて楽しくなったらしく、雨の中でわきゃわきゃと走り回った時に母親に言われたらしい。

 すぐ乾く……は、きっと『着替える』のではなくて、そのままで乾く服という意味だろう。


 無茶である。

 いや、小さい子供でなければ、風系の魔法や方陣でどうにかなる。

 しかし、お子様には『自分で調整できない魔法』を、あまり使わせるべきではない。

 魔力切れの心配もあるし、予想以上に大きい魔法ができてしまったら怪我の原因にもなる。

 せめて年齢が二桁になってからにすべきなのだが……多分、一桁年齢の子供だからこそ『雨の中ではしゃぐ』のだ。


 方陣であればその心配は少なくなるが、そうなるといつでもどこでも簡単に発動できてしまうから、これまたあまりよろしくはない。

 魔法を付与したところで、全ての服になど付与できない。

 いつでも雨の時にはその服を着る……というのも、なんだかなーって感じだ。


 濡れても撥水する服『レインコート』を作るべきだな。

 それを上から着れば、家に帰ったら上着を脱ぐだけでよくて、あっという間に水が切れる。

 これならば、一着だけ『下の服が水に濡れず、すぐ乾く服』があればいい。


 ルエルスに『検討しよう』と約束し、その日は送っていった。

 ……びしょ濡れで来やがったから乾かしたのに、またそのまま帰ろうとしたからさ。



 だが、レインコートより先に、ガイエスから届いた『印章を作りたいから誰か紹介してくれ』メールがね、問題なわけですよ。

 印章の図柄とか、どうしていいか判んないとか書いてきてますよ、あいつ。

 なんで俺に頼まないかなっ!


 あ、知らないのか、俺が『文字を書くのが仕事』って。

 ちゃんと『書師』ってのは、主張しておこうかな。

 てゆうか、印章は『図』で『字』じゃないから、俺には書けないと思っているのかもしれん。

 ならばここは俺の方から『作らせろプレゼン』をしてしまおうか。


 何種類か描いて送ってみよう。

 加護神の花……とかは、あまりイメージじゃないけど海柘榴つばきをモチーフにしたものをひとつ。

 その縁取りだけで、中にカリグラフィー的に装飾した名前の一文字目を入れたもの。


 それと……ちょっと、遊んでしまおうかなってのがひとつ。

 あいつの魔力文字はなかなか綺麗な『緋色』だった。

 ならば聖神三位の火属性を補助する三角形をふたついれると『炎』になるのでそれっぽい縁取りに。


 中には全くこの世界には存在しない『形』のものを。

 このダブル三角背景のものは、名前の一文字目の奴も皇国文字とミューラ文字で作ったものも書いておこう。

 ふっふっふー。

 どれを選ぶかなー。


 全部嫌だって言いやがったら、その時は他の誰かを紹介すっか……そんな人、心当たりないけど。

 はい、発送完了っと。



 さて、では改めて、レインコートを考えていこうか。

 お子様用が今回のメインではあるが、大人用も勿論作っておきたいところだ。

 町中着用から、鉱山採掘までカバーできたら最高である。

 ……錆山で採掘中に雨が降られると、マジで最悪なんだよね……


 勿論、今でも服の上から着る雨具はある。

 しかしそれは『マント』のようなものであり、脇に腕が出せる穴が開いているが出してしまったら腕はびしょびしょだ。

 俺みたいに空気を固めるようにコーティングして、水滴を弾いているなんてことを普通はしないだろうし。


 腕が濡れるのを諦めたとしても、腰帯に付けている道具を取るためにはマントの中に濡れた腕を突っ込むかマントをたくし上げなくてはならない。

 この時点で中の服も結構濡れてしまい、マントなんか脱ぎたくなってしまうのだ。


 転びそうになった時も、マントだと前開きになっていてもすぐに手が出せなくて実は結構危ない。

 なので、この形から変えていく必要がある。

 更に素材も考慮する必要がある。


 撥水・防汚・耐摩耗は当然なのだが、通気性もよくなくてはいけない。

 理想は身体の熱を暑くもなく寒くもない状態にキープしつつ、湿度を溜め込みすぎない構造の加工が望ましい。


 当然、【付与魔法】でなら簡単にオールクリアできるのだが、布というのは残念ながら魔力保持力がいいとは言えない。

 一回か二回の着用で効果が薄れてしまう魔法付与では、割高過ぎて汎用性に乏しいのだ。

 だから素材そのものである程度それを実現せねばならないのだが……こちらの世界では石油製品がないのである。


 てか、石油がない。


 海の底を掘削したら出るのかも知れないが、そこまでして石油を必要としていないのだろう。

 地上ですら、石油を掘り出してはいないのだ。

 でも、皇国界隈は海流の流れがかなり速いし、そもそもプランクトンが堆積している層などないのかもしれないが……

 魔魚が蠢く海では、堆積するほどプランクトンの死骸がないなんてことも考えられるかも。


 ということで、ビニール製などは簡単には作れないということなるが、ここで諦めてはいけない。

 スポーツジムの筋肉自慢トレーナーさん達!

 ありがとうっ!

 あなた方が俺の顔色を全く読まずに語り聞かせてくださったことが、こんなにも役に立つ日が来ようとは!

 思ってもおりませんでしたよ!


 そう、彼らはジムで鍛え上げていただけの、ただの筋肉ヲタクではない。

 中には登山やアウトドアという、俺にはまっっったく縁もゆかりもない世界を楽しむ方々が結構いらしたのだ。

 その時に着ていたもの……それはまさに今、俺が求めている機能性着衣そのものである。


 そこに使われているものの説明までも懇切丁寧に教えてくれた理系筋肉……じゃない、化学系マッチョ……いや、同じか。

 まぁ、そのへんはいい。

 その方が教えてくれたのだ『フッ素樹脂』を使った登山用品を!


 これは一見石油製品のようだが、なんと蛍石から作られるのである。

 それを聞いた時にちょっと吃驚して興味が出たので、調べたことがあったのだ。

 加工は硫酸を加えてフッ化水素を作ったり、クロロホルムを触媒にして塩酸除いて加熱して重合して……と、なんやかやの加工が必要だ。


 だが、必要なそれらの素材は、数あるコレクションや迷宮品ばくはつぶつの分析やらで手に入れているのである。

 つまり【加工魔法】で、一発作成が可能であるということだ。


 そしてできあがったフッ素樹脂は、元々は戦車の撥水加工のために開発されたもの……テフロンである。

 あのフライパンなどに施されている『こびりつかないコーティング』に使われるものだ。


 こいつをぎゅんっ! と強めの力で引っ張ると……といっても、俺の物理ではなく魔法でだが、あら不思議。

 素材の構造が蜘蛛の巣状になって、細かぁーーーーーーーーい『孔』が空くのだ。

 ま、目で見えるものではないんだけどね。

 俺だって【顕微魔法】なかったら、解りませんよ。


 そしてこいつを薄いシート状に整形すると、水を通さず水蒸気を逃がす『布』のできあがり。

 これに表地を貼り付ければ、レインコート用の布になる。


 疎水性が高く、蜘蛛の巣構造は風の塊を散らして身体に当たりにくくするから風による寒さも、熱風のダメージも減らせる。

 フライパンのテフロン加工レベルだから、この樹脂は余程高温でなければ溶けない。


 ただ、ポリウレタン加工はしていない……というか、今の俺には知識がなくてできない。

 だから湿度調整になっている『孔』が汚れで塞がれないように、着る前か脱いですぐに洗浄か浄化をかけてくれたら機能はばっちり保持できるのである。


 生ゴムがあるからなんとか水との親和性をもたせる加工ができて、空いている『孔』に埋め込む感じで加工したら更に汚れはつきにくく湿度調整もできるようになると思うんだけど……その辺が書かれている本を発見できていない。


 多分、企業秘密というか特許とかで、一般の本では明かされていないのだ。

 魔法で作りたいところだが、せめて何と作用するか解れば……あ、いや、凝りすぎだな。


 素材はできたが、これを実際の『レインコート』に仕立てるには既存の雨具のデザインでは駄目だ。

 うーん……ちょっと普通の服みたいに作って、ルエルスに試してもらうか。

 大人用はルドラムさんにでも。


 実際に着てもらった方が不具合が解りやすいし、俺と同じような箇所に不満を持つかも聞いてみたいからねー。

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