第470.5話 お伺いの人々

 ▶皇宮 皇王執務室


「……ほう……面白いことをしたがるのぅ、タクトは」

「如何でございましょうか、陛下」

「うむ、よい。子らのためになるのであれば、反対する理由もない。進めるよう伝えよ、レイエルス省院長」

「ありがとうございます」


「それにしても、そんなに沢山の本が集まるのかのぅ?」

「これから集めると仰有っていましたが、すでに蔵書の提供を申し出ている方もいらっしゃるとか」

「ふむ……エルディ、皇宮にある本で、出してもよいものがあったな。ほれ、随分と美しい装丁で揃えになっていたものがあったであろう、あれはどうだ?」

「……! よろしいのですか、父上?」

「神書でなくば、問題あるまいよ。そもそも、シュリィイーレは直轄地だ。皇家が寄贈して、おかしなことはなかろう」

「そう、ですが……あれは随分と、その、お気に召してお集めでいらしたのに……」

「儂は全部、読み終えておる。それにあのように美しい本であれば、子らも喜ぶであろう」


(父上がすっかり昔のように……いや、以前より遙かに『物品』に拘られなくなった……やはり魔法が、完全に抑えられていてお心が安定していらっしゃるのだ)


(陛下のお側にあっても、気持ちが逆なでされぬ。加護法具を変えられたと聞いたが、これほどまで落ち着かれるとは……たいした法具だ)


「そうじゃ、レイエルス、タクトの所に行くであろう? ちょっと……頼まれてくれぬか?」

「はい……なんでございましょうか?」


(父上っ! まさか、菓子を買わせに行くのでは……っ? 金証の士族にそんなことを口走られたら、この場の近衛達がまた……!)


「タクトに生誕日に菓子を作ってもらってのぅ。素晴らしく美味であったのだ。礼状を書いたので、届けてもらえぬか? あの町に行く者がなかなかおらんで、頼めなくてなぁ」

「左様でございましたか……! はい、喜んでお預かりいたしましょう。必ずやスズヤ卿に直接お届けいたします」

「うむ、頼むぞ」


(お許しください、父上っ! 私は父上に対してなんと失礼なことをっ!)



 ▶ウァラク ベスレテア衛兵隊詰め所


「……如何ですか、リニバルトさんっ?」

「うんっ! 美味しい!」

「よかったですーーーーっ! やっと美味しくできましたぁ!」

「ヒメリアが作ったにしては、全然香辛料が少ないから……あ、いや」

「ふふふっ、こちらの御指南は、シュリィイーレで一番美味しいお菓子を作られる方の直伝なのでございます」

「……菓子を作る人が、卵の調味料?」


「その方は非常に、お料理もお上手なのです。お母様が」

「あ、お母さんの料理なのか。へぇ、指南書をもらったのか。いいなぁ、この卵の調味料は何にでも合うよ」

「はいっ! わたくしもそう思います。よかったです……成功して!」

「……失敗も、したのか?」

「大したことはございませんわ。八回ほどでございますから。こちらの赤茄子煮込みは……十七回目の挑戦です」


「指南書の通りにしているんだよ、ね?」

「途中でどうしても、何かが足りない気がしてしまうので……胡椒を足すと、なんだか変な味に」

「足しちゃ駄目だろ」

「おかしいです……胡椒って、美味しくなるはずですのに」

「指南書に書いてないことはしない! 『指令通りに遂行する』ってのが、衛兵の基本だよ、エイシェルス・ヒメリア!」

「……! そ、そうでしたわっ! わたくしとしたことが……なんという愚行を! 今一度、今度こそ、指南書の通りに作り上げて見せます!」


(よ、よかった……これで味見で舌がひりひりすることもなくなるっ!)


「でも、今日の分は、ディセルスさんとカテアスさんにも差し上げて感想を伺いたいですね」

「それはいい! 是非呼んでやろう!」


(今日こそ、あいつらにも全部喰わせてやるっ! いつもいつも逃げやがって!)


(タクト様の魔道具、凄いですっ! わたくしの料理が、人様に召し上がっていただけるくらいにまでなるなんて! 今度帰った時にみんなを驚かせましょうっ! ふふふふっ、楽しみですーっ!)



 ▶シュリィイーレ 南地区


「おかーさん、これ滑らない!」

「そうねぇ、歩きやすいねぇ」

「走れるっ!」

「あっ、危ないからっ! 走るのは駄目よっ! あーあ、雨なのに外に出るから……濡れてもすぐ乾く服も作ってくれないかしら」

「タクトにーちゃんに聞いてみるーっ!」

「ああー……もうっ、今拭いたばかりなのにぃ」



 ▶シュリィイーレ 採掘師組合


「うん、こりゃいいな。靴を買い直さなくていいってのが一番だな」

かかとが減った靴でも滑らねぇな」

「これ、錆山の東側で使えますね。あの辺は、水がしみ出て来るとこがあっから」

「そうだな、滑りやすかったもんなぁ、あそこ」


「飲めるような水はないのに、ぬかるんでいるとこもあったし……でも泥がついたら使えないか?」

「そしたら、外して少し洗えばまた使えるだろ? 靴を洗うより楽だぜ」

「そっか、湧水水筒がありゃ平気だな」

「猟師組合でも頼むって言ってましたよ」

「何っ? こうしちゃおれん、どれくらい作れるか聞きに行かにゃ!」



 ▶シュリィイーレ 試験研修生用宿舎食堂


「なんです? もう今年の試験研修生用の献立と、その講義用資料の作成ですか?」

「みたいですね。なんか試食して欲しいって連絡が来たみたいで」

「……十人も? あれ? 教官を増やすんですか?」


「揃ったか」

「長官、随分早くから準備するんですね」

「まずは食べてみろ。話はそれからだ」


「あ、これタクトくんの新しい献立じゃないですか。カツ丼、でしたっけ?」

「うん、旨いですねやっぱり。甘藍と昆布も……この醤油を使った掛けダレ、旨いよなぁ」

「これも教材にするのかぁ……なんだかどんどん、試験研修生達が贅沢になりそうですよ」


「味は、どうだ?」

「甘めで旨いです!」

「はい。あの食堂のものとそっくりですが……ちょっとだけ、卵が固めですね」

「そうか、次はもう少し気をつけるか」

「え?」

「は?」


「全部、俺が作ったものだ」


「「「「「えええっ?」」」」」

「「「「「長官がっ?」」」」」


「ふむ……ガイハックさんは五回といってたが……七回もかかってしまったな」


「う、嘘……」

「ありえませんよ、セラフィエムスの次期当主が……料理っ?」

「しかも、タクトくんやミアレッラさんと遜色のない味だなんて……!」

「……なんだろう、もの凄い敗北感……」


「簡易調理の方陣が付与されている魔具だ。これを使って同じものを何度か作ると、その内魔具なしでも作れるようになる。まぁ、その献立だけ、だが」


「……! タクトくん、ですか」

「相変わらず、とんでもないもの作るなぁ!」


「今後、シュリィイーレ隊では各自最低二品、何か作れるようになれ」

「「「「「はいぃっ?」」」」」

「外門食堂があるとは言っても、食事の提供時間を過ぎてまでは料理人を留め置くわけにいかん。それに、非常時にも常に料理人がすぐに来られるとは限らない。保存食だけでしのげない場合も考え、衛兵隊でも緊急時にひとり二、三食は作れるようにしておく。今年の試験研修生には、以前のように自分達で調理したものも食べる日を設けるつもりだ。教官であるおまえ達ができんのでは、話にならん」


「「「「「えええーーっ?」」」」」

「そんな実習まで、するのですか?」

「魔具があるのだから簡単だ。それに、この魔具を使った調理は、方陣と自身の魔法の同時使用訓練にもなる」

「あ……なるほど……」


「俺ができたのだから、おまえ達ならばできる。近々タクトにこの魔具の依頼をするから食材の準備をしておけ」

(((タクトくん……っ、なんてもの作ったんだッ!)))

((まさかこんなことまで、試験になさるとは……))

(他人が作ってくれるから美味しいのにーー!)

(((意外と、面白そう……)))



 ▶セラフィラント ロートレア病院


「んーーっ! 美味しいねっ!」

「そうでしょう、院長っ! 自分が作ったとは思えない美味しさに仕上がりました」

「いい魔道具ですねっ、この『簡易調理具』って!」

「自分で作るなんて……って思ったけど、材料に触れるだけでこんなに簡単に素早くできるなんて……!」

「これなら、仕事の合間の息抜き程度で料理ができますぅ」


「やっぱりいい物を作るねぇ、シュリィイーレは!」

「料理の見本なしでも、この魔道具欲しいです。お婆ちゃんの作ったお菓子の再現とかしたいですっ」

「わたしも、母の料理で作りたいものがあります!」

「これで、料理人さんが帰っちゃっても、夜中でも食事ができます……!」

「でも、魔具ひとつでは三品しか作れないのが残念ですわ」

「【調理魔法】じゃなくて『簡易』の方陣だから、それは仕方ないよね」

「せめてふたつずつは欲しいですわ、この魔具」


「そうだねぇ、どれくらい頼めるか、ティム坊に聞いておかなくちゃ」

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