第470話 公募、開始

 新しいグッズ作りでちょっと盛り上がってしまいましたが、雨の日用の『滑り防止靴底』は実用化に向けて動き出しました。

 細かい部分の修正を加えつつ、エトーデルさんのお店とうちの物販でお試し販売。

 子供用が大人気です。


 そして、意外と市場でお店を出している方々にも人気があった。

 荷物を持つ時や、踏ん張る時に滑らなくていいとか、雨の日は市場内でも通路が濡れるので滑らないようにしたいとか。

 それでいて濡れていない場所では、すぐに外せるというのもよかったらしい。

 商人組合にはエトーデルさんが登録し、俺が魔法処理ということで無事に販売開始。


 ただ、本日一件のクレームがありました。


「なんで、うちで売れないものばっかりしか作らないのよっ!」

 トリセアさんからの、割と理不尽な仰せです。

 しょうがないよねぇ。

 石細工で作りたいもので、売ろうと思うものはそもそもないんだもん。

 蓄音器とケースペンダントが順調なんだから、いいじゃあありませんか。


「だって、目新しいのが欲しいんだもん」

「そのへんは、レンドルクスさんと相談してよ」

「タクトくんが作るものって、相変わらずずっと人気なのよ! ねえ、なんか作らないの?」

「今は、その予定はないです」


 他にやりたいことがいっぱいなんですよ。

 レンドルクス工房に頼んでいるガラス製消しペンも、生産ラインができあがって安定しているから新しいことがしたいんだろうなぁ。

 シュリィイーレ以外の千年筆関連は、全部セラフィラントで作ってくれているから俺としてはもの凄く楽にはなったんだよね。


 千年筆を含む俺の商品・方陣全ての『使用者制限』について、魔法師組合から『他国での使用ができるのは皇国民だけ』にして欲しい……と言われた。

 それは元々そうしてあることだったので、特に問題はない。

 だが、どうして今更それを確認してきたんだろうと思ったら、千年筆や『移動の方陣』などを商人達が他国に売ろうとしている動きがあったらしい。


 他国民も、勿論皇国の中では千年筆も方陣も使ってもらえる。

 しかし、出国してしまったら使えなくなるということだ。

 当然、皇国人であれば、他国にいても問題なく使えるけどね。

 皇国の『魔法流出絶対阻止!』の観点から、それは当然のことだろう。


 技術や魔法を他国に利用され、それを使われて皇国に不利益なことが起こる可能性があるのだったら阻止するべきだ。

 ……全ての国々が、信用できる訳じゃないからね。

 全世界で約束事を取り決めて仲良くしましょう、なんてことができない状況なのだから防衛は当たり前のことである。


 皇国のスタンスは『辿り着いた者達には手を差しのべ支援をするが、去る者には一切の持ち出しを許さない、裏切り者は殲滅』なので、大変判りやすく自国ファーストなのだ。

 そのかわり、絶対に他国には攻め入らないし、干渉もしないのだから文句を言われる筋合いはないよな。


 ちょっとふくれっ面のトリセアさんだったが、本日のスイーツ『無花果の甘煮タルト』ですっかりとろとろ笑顔である。

 うん、うん、機嫌が悪い時は、美味しいものを食べるのが手っ取り早いよ。

 アーモンドたっぷりのタルト生地とカスタードクリームに生クリーム、甘く煮込んだ無花果盛り沢山。

 フレッシュ無花果と迷ったんだけど、ここは甘煮で!


 食堂全体がほわほわ気分になっているところで、自販機の補充をしちゃおうかな。

 本日のスイーツも入れまして、更に丼物も追加。


 ガイエスから『親子丼って名前が可哀相で食べにくい』なんていうカワイイ感想が来たので、売れ行きを調べたところ他の二品に比べて出が悪かった。

 で、名前を『鶏玉子丼』に変えたら……ガッツリ出るようになった。

 親子が何を指しているか判りづらかったのと、子供に『可哀相……』って言われて食べにくかったってご近所さんに苦笑いされたので……ホント、イメージって大切だなって。

 ガイエスって意外とピュアなのかもしれない……冒険者なのに。

 キャラ弁とか泣きそう……


 お子様向けも完全栄養食も、卵系はやはり人気があるみたいだ。

 黄系も保ちやすいし、卵はとても使い勝手の良い食材だよね。

 そのせいもあるからか、市場では卵はなかなかの売れ筋なのだろう。

 売り切れていることもしばしばである。


 どっかから仕入れられないかなぁ……ウァラクでは、養鶏をやっているって言ってたよなぁ、ヒメリアさんが。

 確認してみたいが、どなたか伝手はないだろうか。

 あまり……上の方の階位じゃない人が、いいんだけどなぁ。


 まぁ、その辺は今後の課題だな。

 もしも北側の衛兵隊詰め所に自販機を入れるとしたら、卵みたいな万能食材は更に必要になるもんな。

 冬が来る前に、なんとか目処を付けたいところだ。



 さてさて、補充も一段落しましたのでちょいと教会へ行きましょうか。

『絵本コンクール』の公募要項を検討したいので、テルウェスト司祭にも相談に乗ってもらうのだ。

 教会ではテルウェスト司祭だけでなく、もうふたりの神官さんが笑顔でお出迎えくださった。


「実はタクト様、このふたりはとても絵が上手いのですよ」

 にっこにこのテルウェスト司祭が紹介してくれたのは、食堂にもよく来てくれている方々。

 ひとりは茶髪で背の高いアルフアス神官と、背はあまり高くはないが法衣を来ててもマッチョだと解る緑がかった黒髪のガルーレン神官だ。

 およそ、ふたりとも『絵が得意』と思えない方々である。

 イメージ的に。


「司祭様から話を聞き、なんと素晴らしい試みかと感動いたしました!」

 ちょっとリアクションが大袈裟だな、アルフアス神官。

「私もです! 今まで絵画の品評会はあれど、絵本の絵描きはございませんでした」

 子供が見るものこそ、素晴らしい絵が求められるのですよね! と熱い思いを語るガルーレン神官。

 でも、ご賛同いただけて嬉しい限りですよ。


「今回の公募というものは、絵の技能や魔法がなくてもいいし、魔法や技能の何を使ってもよい……ということでございますよね?」

「はい。応募資格は『シュリィイーレ在籍者』ということだけですね」

「年齢にも制限はかけないのですか?」

「かけません。応募資格は誰でもありますが、応募条件に当てはまるものだけが審査対象ですので、規定を守れていないものの受付はできないこともあります」

 お子様が応募してきたら……それはそれでカワイイかなーって。


 条件は

 必ず指定した伝承の始めから最後までを一冊の本として考えて、最低でも七枚以上の場面の絵を描くこと。

 登場する実在のもの(神々のお姿を除く)については、正しい知識を元にしての誇張のみが認められるので想像では描かないこと。

 話の中に書かれていないものは、絵にしないこと。

 勝手に話を作り変えないこと。

 神々のお姿は、必ず正しい神衣の色で描くこと。

 画材の指定はないので、何で描いてもいい。


「……と、これくらいでしょうか?」

「そうですね……確かに正しい神々の色を、守れていなくてはいけません」

「想像では描かない……となりますと、知っている伝承であっても見たことのない生き物だったら描けないということですよね?」

「そうです。子供達は『正しい姿』を知りません。なのに、大人が知りもしないものを描くなんて、嘘を教えるのと一緒じゃないですか」


 神々は大人達に『吾子のみならず全ての子等に正しきを与うるが勤め』と言っておられますからな!

 ま、その神話のお話は、渡り鳥が人間に指南するという不思議な話ではあったが。

 テルウェスト司祭も神官達ふたりも大きく頷く。


「と、なると……自分の出身地の伝承を描くのが、一番でございますね」

「おお、左様ですなぁ!」

「なるほど……この町には、他領からいらしている時間が沢山あって、知識をお持ちの方々が大勢いらっしゃいますね、そういえば」


 その通りでございますよ、アルフアス神官。

 技能も魔法もなくても、絵が好きな方々は沢山いらっしゃる。

 そういう方々は、冬の間に家の中でお絵かきを楽しむための道具も買いそろえている。


 そして南東地区の小さい家をそのままギャラリーみたいにして、趣味で販売もしていらっしゃる訳なのですよ。

 更に、流行と画風が合わず売れていない画家の方々とか、自作絵ではイマイチだが『お題あり』なら素晴らしい絵が描ける方とかもいるわけです。

 ヴェルテムス師匠も奥様も、そういう絵を探し歩くのが楽しいと言ってましたからね!

 潜在的絵本画家は、山ほどいるのですよっ!

 てか、いてください!

 俺が画力向上できるとしても、かなり先なので!


「画材の指定をしないとは、どういうことなのですか?」

「色墨でも、顔料絵の具でも……ということでしょうか?」

「木炭でもいいし、木の実や草の染料でも構いません。劣化して色が変わったりしない魔法が使われているのであれば、乾燥させた草花そのものを貼り付けてもいいです」


 切り絵でもなんでも『絵』が表現されていればいいのですよ。

 刺繍とかでも素敵だよねぇ。

 神官さん達も、それは面白そうだ、と頷いてくださったので枠に囚われない……でもあまり立体的すぎない『絵』を期待しておりますよ。

 でも、そういうのも本にする時には、紙に俺が画像を写し取るって感じになっちゃうんだけどね。


 そして最初は十作品、募集をかけることとなった。

 まずはマントリエル、ロンデェエスト、エルディエラ、コレイル、そしてウァラクのそれぞれからひとつずつ。

 なぜこの五領地かというと、在地変更でシュリィイーレに来ている方々の多い地域なのだそうだ。

 流石、教会では全て把握していらっしゃるようだ。

 全体的に北側の領地なのは、シュリィイーレに住むのは南方の方々にとって冬がつらいからかもしれない。


 残りの五作品は地域によって違いがある広範囲に知られているお話で、どの地域の物が描きたいかで選んでもらえるようにしてみた。

 同じタイトルだが、登場する動物や日用品が地域によって差があるので面白いと思うんだ。

 ロンデェエストで羊になってても、リバレーラでは魚になっているものまであるのだから。


 描いてもらう伝承の薄い冊子を作り、応募したい人達にはお安い価格で買ってもらう。

 売上金は、各話の最優秀者への賞金に上乗せされる。

 できあがった絵と一緒に、その小冊子最終ページに必要事項を記入して『申込用紙』として提出してもらう。

 どの絵がどの部分であるかの指定なども、その小冊子に書いておいてもらうのだ。


「つまり、自分の知っている伝承と違っていても、この冊子に則って描かないと失格ということなのですね?」

「そうです。あくまで募集するのは『この伝承の絵本』ですから」


 自由にしちゃったら、それこそ審査なんかできなくなっちゃうからねー。

 だから、お話改竄もNGなのだ。


 こうして公募要項もまとまり、申し込み用冊子は教会で販売してくれることが決まり、あちこちに『絵本画家公募』のポスターが貼られた。

 ……勿論、ビィクティアムさんには了承済みだ。

 上手いやり方を考えたな、と言われたが……事前に相談しなかったのは、ちょっとご機嫌を損ねてしまったかもしれない。


『シュリィイーレのための絵本』だからね。

 次期セラフィラント公を、煩わせるわけにはまいりませんでしょ?

 なんてね。


 これ以上ビィクティアムさんの仕事増やすような真似、できませんって。

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