第469話 雨の日グッズ
メイリーンさんのお誕生祝いから五日が経ち、夏真っ盛りの蒸し暑い夜。
聖典となる『前・古代文字の神話五巻』ができあがったので、マントリエルのあの回廊に仕込みに参ります。
転移でサクッと移動したのは、ヴァイエールト山脈麓の石扉の前。
星が綺麗ですね。
入口はそのままで中へと転移で入り、回廊をちょっと進んだ辺りから蛇行がはじまるのでそこを真っ直ぐ進むように道を作る。
蛇行する方はすり抜け方陣へと続くので、間違って行っちゃわないように埋めておきましょう。
鑑定しても解らないように、空洞を感知できないくらいの厚みにしておこう。
……うっかりあの方陣に触っても魔力強制搾取はないけれど、極大方陣扱いになっちゃったらあとあと面倒なのでね。
で、新しく作った道を、ちょっとだけ別方向に延ばしてお部屋を作ります。
造りはレクサナ湖霊廟を参考にしつつ、細部を変えて……煉瓦積だけど上の方はドームで切り込み接ぎっぽくしてみました。
というか、切り込み接ぎ風のレリーフ的?
石造りの台を作って、縁取りに模様を付けるのだが……どこかの家門の花なんかにしちゃうのもまずいから、幾何学模様にしておこう。
おっと、方陣ぽく見えちゃうのもよろしくないね。
よし、できた。
それでは本をそのまま置くのではなく、石造りの箱に入れておこう。
これもちょっとだけ、開けづらくしておこうかな。
意地悪だなー、俺。
魔効素変換だけ付けておけば、何年経っても劣化はしない。
年単位で見つからない可能性も……セインさんのカンの悪さなら、あり得る。
ここは、そんなに魔効素が少なくはないんだな。
なんだって王都やレクサナ湖聖廟はあんなにも少なかったのか、ますます疑問だ。
で、魔力注入の扉を……旧教会の地下部屋の扉、五人がかりってサラレア神司祭が言ってたよなぁ。
流石にそこ迄だと開けるのが大変だから……んー、二千ちょっとくらいの魔力に設定しておこう。
それなら、大貴族様ひとりで開けられそうだよな。
魔力不足寸前になりそうだが、それくらいは頑張っていただこう。
通りすがりの誰かに開けられないためにも、それくらいにしておいた方がいいと思う。
……セインさんより先に、別の人が入り込む可能性の方が高い気がするんだもん。
扉には、魔力チャージの演出を付けておこう。
部屋の中に入ったら灯り……は、自分達で点けてもらうとして、部屋から全員が退出したらまた閉まるようにしておこうかな。
で、開く時はもう一度魔力を入れ直していただく……と。
魔力残滓は三日は残るらしいから、ここの外扉は五日後までは開かないようにしておくか。
そうしたら調べられたとしても、俺の魔力との照合もできまい。
仕込みは完了。
お家に帰って、あとはセインさんが早めに見つけてくれますようにと祈るだけですな。
あの整備士さんがどこから上陸したのかを誰かに話してくれていたら、捜索がはじまりそうだけど……まだ誰も来た形跡がないから、話していないのかな?
翌朝は早くから雨模様だったが、ざーざー降る感じではなくてしとしと雨だ。
こういう時はあまりランチタイムもスイーツタイムも混まないことが多いのだが、今日は随分と混んでいる。
どうしたのかと思って、夏場はあまり来ないのに久々に来ていたルドラムさんに聞いてみた。
「碧の森で昨夜、崖崩れがあったみたいでさ。二、三日は通れそうもないんだよ」
「それで朝から誰も入れないから、南側にも来てるのか……」
碧の森を通れないと錆山にも入れないから、採掘に来ている人達が時間を持てあまして東側や南側に来ているのだろう。
「うん、こういう雨の時は滑るから、余計に危ないしね。まぁ、俺はエトーデルの靴だから全然平気なんだけど!」
ルドラムさんはエトーデルさんに作ってもらった靴が
衛兵隊員達の靴を作り終えても、エトーデルさんは猟師組合とか採掘師組合の人達からも作成を頼まれていてなかなか忙しい。
うちにはよく食事に来てくれるのだが、いつもヘロヘロである。
ただ……もの凄く楽しそうなので、健康面でのサポートをしてあげるつもりで緑属性多めの保存食などもお勧めしている。
エトーデルさんも仕事が立て込むと、食べに来なくなるからね。
ビィクティアムさんと同じか、それ以上のワーカホリックさんなのでその辺は心配である。
『趣味は仕事』って、やり過ぎでも止めようとする人が少ない困った趣味だよな。
でもさ、こういう雨の日って、石畳は結構滑って危ない時があるよね。
ゴムがあるんだから、長靴的なものが作れればいいのに……いや、エトーデルさんが倒れるか。
せめてちょっとだけ滑らないようにできる便利グッズとか?
かんじきみたいに靴にセットできたら、簡易滑り止めができそうだな。
魔法付与があるから滑りにくい靴も多いけど、道具でもサポートできる方がいいよな。
その時、丁度エトーデルさんが食事に来てくれた。
ちょいとご相談してみましょうか。
食べ終わったくらいのタイミングで、お声がけをしてみよう。
「ん……ん、靴につける、道具?」
「滑りにくい靴をいつも履いている人ならいらないと思うけどさ、そうじゃない人もいるでしょ?」
「うん、あの滑りにくい靴の底が、あ、あんまり好きじゃないって人、いるんだ……見た目、あんまりよくないから」
晴れている時の町中で、ゴムの付いた登山靴みたいな無骨な靴を履きたくないってのは解らなくもない。
服とのバランスもあるだろうし。
「だけど、突然雨が降ったり、雪が降ってきた時にそういう靴は危ないよね。でも、滑らない靴を持ち歩くこともできないから、簡単に取り付けられる『滑り止めの靴底』を作ったらどうかなーって思ったんだ」
「そっ、そうかっ、いつもの靴に、底だけ……うんっ、それは、いいね! でも……何で作るの? ゆ、雪の時の靴は、鋲を打ったりするけど、普段は石畳を削っちゃうし……」
「セラフィラントから『
エトーデルさんの瞳がきららん、と輝いた。
自分で調達していた頃は、割高だったりで入荷量が少なかったから、なかなか思う通りに使えなかったのだそうだ。
しかし衛兵隊の靴底に使用することが確定して、ルシェルスからセラフィラント経由で入れてもらえることになった。
……が、その靴を欲しがるのは決まった職業の人達だけだし、折角沢山使えるようになったのに『滑りにくい靴』の需要自体はあまり上がっていなかったらしい。
「子供達がね、走り回ってて滑ったりすると……ドキドキしちゃうんだ……大怪我しそうで」
エトーデルさんが心配するのは尤もだ。
子供達の靴は布や革製でも木靴でも成長によって履けなくなったり、走り回ってすぐに駄目になるから、買い換えが激しい。
しかも、どの靴も滑りやすくて力加減が難しかったり、滑ることで変な力が加わって歩きにくさを感じる子供も多い。
だが、この世界でのゴム製のズックや運動靴的なものは、まだまだ技術的にも魔法的にも素材の確保的にもハードルが高く、安価で作れるものではない。
ましてや……お子様向けは、ゴム自体がもっと生産数が上がって皇国中に広まらない限り難しいだろう。
そして残念なことにゴムは再利用が困難で、現時点では使い捨てにならざるを得ない。
いくつかの魔法を組み合わせればできるような気もするんだけど……おそらく全てのリサイクルを均一に使える状態には、なかなかできないかもしれない。
特に加硫済みで経年劣化品は無理だろうから、そういうものを仕分けしながらやったとしても元のものより性能的には劣化しそうである。
そこまでして、ゴムの再利用をするほどの需要もない。
しかし、今後の研究次第なのかもね。
「今持っている靴にそのゴム底を装着できたら子供でも使えるし、つま先と踵だけにゴムを使えばいいから大きさの変更も簡単にできるよ」
「そ、それはすごくいいねっ! 山とか沢は……難しいかもしれないけど、町中なら、それくらいでも、雨や少しの雪くらいなら滑らないかも、だから、いいよ!」
食堂で聞き耳を立てていらした方々も、興味津々のご様子。
では奥の小会議室で、スイーツなど食べながら相談しましょ、そうしましょ。
いかん、ちょっとマダム・ベルローデアっぽかった。
スイーツ摂取がエネルギーになったのか、エトーデルさんの覚醒モードというか……
あっという間に俺が提案する間もなく、よく見た靴に装着するタイプの滑り止めパーツの形に辿り着いてしまった。
天才だな、この人本当に。
つま先部分に引っかけ、土踏まず辺りの中央部は伸び縮みするゴムで橋渡しをしてあり、踵へと続いている。
踵も引っかけるようになっていて、全体が引っ張り合うので外れにくい。
だが、子供用はベルトが着けられて、足の甲辺りで外れにくくするバージョンも考えていた。
文句の付けようがないですよ。
「凄いね! 流石、靴職人だなぁ」
「ぼ、僕は、靴の『底』だけを、作ろうなんて思っても、いなかったよ」
俺が元々考え出したものじゃなくて、知っていただけだからね。
さて俺の手持ちの生ゴムで、ちょいと試作品を作ってみましょうか。
そして店の前の石畳でテスト歩行。
態々滑りやすい靴に履き替えて、濡れたつるつるの石畳を普通に歩くと……うおおっ、滑るっ!
歩けなかったよ、ああーびっくりしたー。
では、この『雨用ゴム底』をふたりとも装着して、いざ!
「ふぉおっ! す、滑らないよ、タクトっ!」
「うん、これは歩きやす……あっ!」
踵が外れてしまった。
足が、がばっと開いて止まったが、すっ転ぶところであった……危ない、危ない。
引っ張る力が強すぎて、ちょっとずれると外れやすくなるみたいだ。
わたわたと物販スペースに入って、踵だけに引っかけるのではなくてサイドにも靴にかかる部分を作る。
そして踵のゴムの内側……靴に接触する所も、滑りにくく靴に吸い付く感じに。
もう一度、ふたりで雨の中へ。
今度は大成功だ!
つま先だけでも、踵だけでも滑らないしはずれにくい。
「いい感じだよ、エトーデルさん!」
「んっんっ! これいいよっ……えっと、突っかけ靴でも、つ、使えるかなっ?」
突っかけ靴ってのは、こちらバージョンのサンダルみたいなやつで踵のない靴だ。
サボシューズが一番近いかもしれないけど、もう少し足の甲を覆わないもので簡易靴とも呼ばれている。
俺は持っていないので、父さんの靴をちょっと借りた。
「おっ、大きくても伸びるね」
父さんの足は俺より一センチくらい大きいが、突っかけ靴だと踵部分が長めなので二センチ以上は大きくなる。
「カパカパしなくて、歩きやすい、ね! これなら雨の時も危なくない!」
足が少し小さめでも踵が引っかかるから、中でのズレやすっぽ抜けが防げる。
長時間は歩きづらいだろうが、ちょっとお買い物、くらいなら雨の日でも大丈夫だろう。
あとは耐久性だな。
雨に濡れながらわきゃわきゃと実験を繰り返す俺達に、父さんも食堂のお客さん達もちょっと呆れ顔だ。
こういう実験は、楽しいんですぅ!
みんなだって、やってみたら解りますよーだ!
楽しいってのを隠すのが大人だとか、落ち着くべきとか言う方がガキの証拠だよ。
大人に見られたくてそう振る舞う方が、余程子供っぽいってもんだぜ。
そうだよねーっ、エトーデルさん!
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