第468話 お菓子の玉手箱
さぁ、もうすぐ愛しのメイリーンさんのお誕生日である。
予てからの計画通り、ミニケーキをたくさん作る予定である。
まずは、お誕生日用幕の内式ミニケーキを入れるための、お菓子箱を考えよう!
デザインはシンプルな仕切り付きの箱だが、お誕生日用なので飾りが欲しい。
可愛い系でいくか、綺麗系にするか……
シンプルイズベストで、メロン様がよく入っているような桐の箱みたいにするのもいい。
寄せ木細工もいいし、螺鈿も捨てがたいが、どちらもちょっと決め手に欠く。
何か良いアイデアはないものか……と、買い出しついでに東の大市場を歩いていた。
目新しいものはなさそうだなぁ。
一番奥まで入ってふと見た反対側出口を抜けた所に、見たことのない材木が積み上げられている。
もしや、もしや?
近寄ってみると、やっぱり思った通り!
漆である!
話を聞くと、マントリエル北部のテイエートという町で切り出されたものだという。
寒冷地の漆は品質が良いし、木材としても桑に比べて経年劣化がないこともあり家具としても人気だ。
「え、木工製品を作るんじゃないんですか?」
木材を入れているということは材料として使うのだと思っていたが、全く売れていないのだという。
「なんだか、触ると肌が痛痒くなるらしくてよ」
どうやら初めて取り寄せてみたものの、樹液がしみ出してきて使い物にならないのだとか。
そっかー、漆塗りなんてないんだなー。
樹液を掻き出してないままだったから……しみしみになっちゃって、触った所が炎症起こしたんだね。
……漆塗り……いいよね?
綺麗だし、蒔絵をやったらめちゃくちゃいい器ができちゃったりするよね?
「その樹液が出ちゃっている材木、俺が買ってもいい?」
「そりゃあ、買ってくれるなら助かるけど……いいのか? 手が荒れるらしいぞ?」
「大丈夫だよ。ちゃんと扱い方は知っているから!」
カルチャースクールで、輪島塗教室をやってみたらどうか……なんて案があったんだよね。
コストの関係でぽしゃったけど、調べていた先生の話が凄く面白かったんだよなぁ。
蒔絵で文字を入れたら格好いいよね! なんて言われて。
だが、流石に漆を作るところからは聞かなかったので、コレクションさんから本を購入しよう。
荷車を借りて漆の木を積み込んで、ガタゴトと家まで運ぶ。
うーむ、この大きさだと鞄に入れられないから、こうやって運ぶしかないのだがこの車輪に伝わる振動が結構骨に響いて痛い。
ゴムもあることだし、タイヤを作ってサスペンションとかきちんとしたら衝撃吸収できる荷車になるよね?
……その内、作ろう。
遊文館建設時には資材の運搬とかに使う荷車なんかは、ゴムタイヤの方が多分いいだろう。
だが、今日のところは漆作りである!
掻き出さなくても、魔法で樹液をしっかりと抽出。
ゴミを取り除いたりして精製生漆を作る。
掻き混ぜて均質化、四十度くらいの温度で加熱……更にゴミを取る……
おーっ!
透明になってきたー!
『
これに、顔料を混ぜて色を作るわけですな。
錆山産の酸化鉄は、赤い顔料『弁柄』になる。
既にシュリィイーレで作られている顔料なので、そいつをそのまま使用。
次に作るのは黄漆。
クロムイエローの原料、黄鉛を同量混ぜて作る。
毒性が強いので、無毒化しておく。
そしてこの黄漆に藍を混ぜると青漆になる。
藍色はすでにコレイル領で『
『
赤、黄、緑ができあがり、ついでに煤を混ぜた黒漆も作っておこう。
ふっふっふっ、漆塗りの菓子箱にケーキや和菓子を詰め込む『お菓子のお重箱』にするのだー!
ひゃっふー!
そしてこれらの色漆は、今後千年筆にも使うのだ。
輪島塗の万年筆があったもんな。
またしても、プレミア千年筆ができてしまうぞ。
さてさて、時間魔法の方陣を使いつつ時短モードの漆塗り。
この箱もプレゼントなので、メイリーンさん用は中は赤、表は青漆で緑色の仕上げである。
器のコーナーは、赤でラインが出るようにちょっとだけ削ってある。
結構いい感じに塗り上がったので、ここまでの行程は【集約魔法】にしておこう。
最終仕上げの少し前で、お次は蒔絵を施したりいたしましょう。
金もいいんだが、銀メインで蒔絵を施していく……といっても、絵は描けない。
お得意のステンシル技法である。
漆の仕上げ一段階前での蒔絵は、研ぎ出し蒔絵にするためだ。
この前の段階までで一度【集約魔法】を区切ったのは、平蒔絵とか高蒔絵の時にはちょっとやり方が変わるから。
賢神二位の花は『
白い花の中心が黄緑色で、クレマチス白万重にそっくりの花である。
……もう少し、小さめの花ではあるが。
なかなか込み入った感じの花弁なので、ステンシルも大変だったのだが、頑張った!
結構、綺麗にできましたよっ!
所々に金も入れ、絵付けは完成。
本当なら粉蒔、粉固め、塗込みとかいろいろな行程があるのですが、その辺は【加工魔法】でちゃちゃっとやっちゃえる。
いや、魔法なかったらできないよね、こんなに早く……しかも初心者がさ。
摺漆作業までできたら、仕上げ研ぎ、胴摺りも『表象技能』【造型魔法】込みの【加工魔法】でサクサク。
植物由来なので【麗育天元】さんも大活躍。
仕上げ研ぎを含むツヤ上げも何度か繰り返し、銀粉金粉の輝きがいい感じになったころでやっとできあがり……!
ふぃー……魔法があっても大変な作業量だなぁ。
確かにこりゃ、カルチャースクールだと高額になるのも解るなぁ。
あちらだと【時間魔法】とかないから、何日もかかっちゃうだろうしね。
艶々漆塗りの『漆器』が完成。
幕の内みたいに細かい仕切りも取り外しができるものなので、入れ込むものの大きさで調節可能。
【強化魔法】【浄化魔法】付与なので、漆が傷つくこともない。
うん、なかなかいい仕上がりだぞ。
みんなの分は【複合魔法】&【集約魔法】でオートマ作成である。
お菓子は何を入れようかなーーっ!
「はわわわわーーっ! 綺麗ーーーー!」
お誕生日のお祝いの席で、メイリーンさんが漆器のお重を見た第一声である。
ライリクスさんとマリティエラさんも無事に出席、ビィクティアムさんもなんとか仕事を切り上げて来ていただけた。
お重はメイリーンさんのものより少々小振りではあるが、皆様の分も黒塗りの漆器である。
「随分と艶やかな……木工……なのか?」
「漆という塗料で仕上げた『漆器』というものです。マントリエルから漆の木が東市場に入っていましたので、作ってみました」
ビィクティアムさんへの説明に、ライリクスさんがそんなものあったか? という表情である。
「……漆、という木があることは知っていましたが、こんな芸術品になるような塗料が取れるなんて思ってもいませんでした」
「金や銀で絵が施されているが……タクトが描いたのか?」
「型紙を作って、上から粉を振りかけるというやり方ですので、描いたというよりは作ったとか置いた、かと」
ビィクティアムさんは、蒔絵が随分とお気に召したようだ。
父さんも蒔絵は好きみたいだね。
母さんとマリティエラさんは、蓋の中の弁柄色がお好みの様子。
「素敵な紅色ねぇ……!」
「ええ、こんな美しい艶やかな紅の塗料の木工……えっと、漆器? は見たことがなかったわ」
まぁまぁ、皆様、中のミニケーキ&和菓子詰め合わせも召し上がってくださいよ。
メイリーンさんはどれが好きかな?
……真っ先に、あんこものに行ったね。
「あんこ、ぽくぽくしてて美味しい……っ」
「このサクサクしたものにショコラがかかっているのは、食感も口の中で溶ける感じもいいですねぇ」
ライリクスさんは、焼きメレンゲのチョコかけタルトに眼を細める。
アーモンドチャンクも入っていて美味しいでしょ?
マリティエラさんはマーマレードケーキ、ビィクティアムさんは檸檬クリーム入りのミニパイがお気に入りみたいだ。
「タクトくん、こんなに沢山ありがとうっ! 全部、全部、美味しくて綺麗でカワイイっ!」
「喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」
自然と笑顔になる。
やっぱり、美味しいものを食べている時の笑顔は最高である。
ふと、ライリクスさんが真面目な面持ちで、お願いがあるのですが、と言いだした。
あの身分証隠蔽依頼の真剣な顔だ、と思って何事だろうと居住まいを正す。
「生まれてくる子供の食器を、タクトくんにお願いしてもいいでしょうか?」
「はぃ?」
「私からもお願いしたいわ」
ご夫婦揃って、一体どうして俺に?
「子供に一番初めに与える食器というのは『神餌の器』と呼ばれて、その子供の生涯の食を祝福するためのものになるのですよ」
……お食い初め的なものなのかな?
ライリクスさん曰く、銀のカトラリーと木工の器、陶器の杯を生まれてくる子供のために用意するのだとか。
その『神餌の器』に使われる素材は、両親の出身地を取り合わせたものが望ましいとされる。
「銀はセラフィラントから取り寄せて、陶器の土はシュリィイーレの物を使う予定ですが……マントリエルのものが、どうしても調達できなかったのです」
マントリエルには陶器に適した土もないし、銀もとれないから『木』をどうしようかとお悩みだったとのこと。
確かに、家具として作られたものは入って来るけど、日用品は全然ないよなぁ。
「そもそも、マントリエルでは、自領の木々での食器は作ってないのです。神餌の器のためだけに一本、木を買って木工製作工房に持ち込んだり自分の家の庭で育てたものを切って作るのですよ」
その『神餌の器』っていう風習……きっと貴族とか、皇族の方々の間だけのものじゃないかな?
庶民には、なかなかハードルの高いベビー用品だと思うよ?
父さんと母さんは、確かに……なんて頷いているから錯覚するけど、このふたりもほぼ確実に貴系の傍流だもんな。
その証拠に、メイリーンさんがそんなの知らないって顔で首を傾げている。
「解りました。他ならぬおふたりのお子さんのためですからね。漆塗りの器をご用意致しましょう」
「ありがとうっ! タクトくん!」
「対価として僕らが用意できるものは、何かありますか?」
んー……あ。
「ライリクスさんって『絵』は描けますか?」
「いいえ、全然。まったく無理です」
「マリティエラさんは?」
「無茶を言わないで」
堂々とできないと言い放たれると、なにも言えん。
「それじゃあ、お金でいいです」
「えっ?」
「本当に、お金でいいんですかっ?」
そんなに意外ですかね?
これからも継続的に、お金がかかりそうなものがあるのですよ。
まだ、言えませんけどね。
ビィクティアムさんも欲しがるかなーと思ったが、陶器はロンデェエスト公が『
そして木工の器は、セラフィエムスの侍従の方々が丹精込めて作ってくれると申し出があったのだそうだ。
なるほど、それは素晴らしい。
メイリーンさんが、俺の肘の辺りをちょいちょいと引っ張る。
なんだろう、と振り返ると、耳打ちをされた。
……
「……どう、かな?」
「うん、そうしよう」
周りのみんなに首を傾げられたけど、俺達ふたりは笑って誤魔化しただけだった。
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