第466話 山の中の回廊
本当は
翌日の夜は一度考え直して踏みとどまったのだが、やはり期日指定なのかそうでないのかだけは確認しておこう、と思った次第。
相変わらず、好奇心には逆らえないお猿さんである。
うきー。
夕食のあと、翻訳作業をするから部屋に閉じこもると見せかけて錆山まで転移。
闇に包まれる少し前ではあるが、もう錆山に人影はない。
真上に飛び上がって、北北東のマントリエル・ヴァイエールト山脈麓付近を目指す。
上から見て、不自然に森にぽっかり空いた場所があったらそこが怪しいよね。
コーエルト大河が見え、南の方に向き直ると魔効素が少ないポイントがいくつか見える。
一番少ないのは……多分、王都の真ん中あたり。
夏場だからか、かなり減っているように思う。
そしてギリギリ見える魔効素の濃くなり始めが、大樹海の北端。
その王都を背にして、ヴァイエールト山脈を暗視モードとガイエスからもらった『
おおー、よく見えるなー。
針葉樹もあるけど、意外と広葉樹も多いぞ。
そうか、マントリエルの方がウァラクより標高が低いからか。
大河沿いの堤が万里の長城みたいだが、流石にあそこまでの長さはないな。
あれだけ対策しているのに氾濫が起きているってことは、一度にとんでもない水量が押し寄せるってことなのか?
今は乾期だからか、もの凄く水は少なく見える。
大河の上流に一箇所、多分一番北側の町から下流に二箇所、堤とは違う建造物がある。
あれが『可動堰』ってやつだろう。
動かせる魔法がなくなってしまっているのか、仕組み自体が壊れているのか解らないが動いてはいないと聞いたことがある。
水量調整のためなのかな?
……でも、全然対岸に届いていないみたいなんだけど……あ、ガストレーゼ山脈側が壊れたから、動かなくなっている残骸なのかもしれない。
さてさて……森の方は……あ、なんか、ぽこっと開いてる所、みっけ。
でも、リデリア島みたいに丸くはない。
小さめの扇形……だな。
マントリエルで一番ここに近いと思われる町から小さい山をひとつ越えた辺りなので、扇形の空き地に降りてしまうと町は全く見えなくなった。
こんなに近くなのに見つかっていないってことは『山々には入らない』ってのが徹底しているのかもしれない。
この山脈の向こうがアーメルサスって解ってるだろうし、魔獣がいるかもしれないんだから無闇には入らないよな。
鑑定系をフルに使って地面を視たが、方陣らしきものはない。
ただ、扇の要部分にあたる場所が、こんもりと盛り上がっている。
だいたい、俺の背丈の倍くらいの盛り上がり……鑑定すると、扉……?
方陣はないので、物理で開けないと駄目っぽい。
蔦のような植物に覆われていたその奥に、扉というか岩戸というか……材質は『石』だ。
ここは【星青魔法】さんの出番では?
柔らかくするイメージで、魔法を発動すると、くにゃり、と石が蒟蒻みたいに柔らかくなり溶けた。
……熱くは、ない。
熱ではなくて『石』を構成する組織の中に、水分やゼリーでも増やすかのような?
『液状化』って感じだなぁ。
出口付近に転移目標を置き、中へ入る。
部屋か階段でもあるかと思ったら、回廊である。
ルビー部屋に入った時のことを思いだし、浮遊しつつ静かに静かに奥へと移動。
横道は全然ないがくねくねと曲がっているので、掘りやすい場所を掘り進めて作ったのだろう。
壁と床は石畳と煉瓦積。
今までの三角錐部屋に使われていた切り込み接ぎと違うのは、違和感がある。
そのままふよふよと進んでいくと、なんだか右手側に水が流れるような音がする。
もしかしてコーエルト大河沿いなのか?
だとしたら、三角錐はなさそう?
俺は右側の石壁を、小さめの窓を開けるように溶かしてみた。
もし地下水脈で、いきなり水が大量に入り込んできたら大変だ。
しかし、その心配はなく、小窓からは外気がすぅっ、と入り込む。
もう少し大きめに開けてみるか……と、広げてみたら眼下にはコーエルト大河が流れていた。
うーむ……やはりここは、三角錐に続く道ではなさそうだな。
窓を閉じて戻ろうとした時に、ほんの五メートルくらい先にガンッと何かが刺さった。
吃驚して一瞬顔を引っ込めたが、もう一度頭を出してその辺りをみると……ピッケルのようなものが突き刺さっている。
いや……ピッケルっていうか、鎌?
鎖とその先についている縄へと視線を移していくと……え?
人っ?
壁に張り付き、斜め上に向かってスライドするように
ロッククライミングというよりは、素手で登るボルダリングみたいな登攀だ。
縄で体重を支えている訳ではなく、目標方向への目安と手や足が外れてしまった時のための安全装置的なものか?
……全然、安心できない命綱だけどな!
それにしたって、なんでこんな場所で……
あ、もしかして堤の整備とかしていて川に落下した人?
頑張って上がってきて、なんとかここまで戻ってきたとか?
崖上に上がろうとしているのか。
小窓からこれからその人が行かねばならない方向をみると、壁はぐぐーんと大河に向かってオーバーハングしている。
……無理じゃね?
ピッケルでどうこうできる感じじゃなくね?
ハーケンとかアイゼンとかないんだから!
しかし、俺がここで助けるってのは……まずい。
真夜中に山の中で、部屋着としか思えない格好で歩き回っているやつとか、怪し過ぎる!
だが、頑張っている人を見捨てたくはないし……よし、この壁を溶かしてこの回廊に入れるようにしよう!
ここから出口までは、暗いが一本道だ。
マントリエル側に出られれば、町までは小山ひとつだからこの壁を登攀できる猛者ならば一晩かければ越えられるだろう。
獣くらいはいるかもしれないけれど、魔獣は出ないと思う。
なるべく不自然ではない感じで、人が通れるくらいの『入口』を作る。
見過ごさないように飛び出した足場も作っておけば、解りやすいだろう。
わ、わ、わ、登攀、早いなっ!
ちょっと奥に入ってから、外へ出られる方にだけ道があるように壁を作ってしまおう!
道をふさいだ壁が薄かったのか、足場に辿り着いた音が聞こえた。
〈……な、なんだ? 道があるのか……?〉
なんとか回廊に入れたみたいだな。
よかった、大河に落ちちゃわなくて。
折角上がってきたのに、あのオーバーハングは可哀相だよな。
無事に、堤の整備隊に戻れるといいね。
足音が遠ざかっていき、大河の流れる音だけが聞こえるようになった。
隠れていた壁を溶かして、大きく開けた入口も元通りに修復した。
ふぅ……焦ったぁ。
もう少しだけ進んでみようかなぁ。
奥に視線を動かした時に地下深くへの階段が見え、川とは反対側へと伸びている。
本番はこっからか。
暫く緩やかな階段を螺旋状に降りていくと、不自然極まりない壁に阻まれた。
階段に入ってからの壁は、石積の方法が変わってきた。
正面の遮る壁も。
……やっぱり、方陣が書かれている。
移動のための方陣のようだが、魔力は入らないので壊れているみたいだ。
端の一部の岩が割れてしまっているせいだろう。
では今のうちに魔力吸収少なめで済むようにブラッシュアップ、その後に方陣の図形を修復……と。
強制搾取は、されないようにしておこうかな。
移動というよりは、壁をすり抜ける方陣みたいだ。
平行移動ということなのだろうか?
魔力をチャージして、移動スタート。
飛ぶという感覚ではない。
……ちょっと、ぬるっとする感じで、変な気分。
空間を移動しているというより、何かの中を通り抜けている。
出た先には……予想通り、三角錐のお目見えである。
壁は、大きめの岩で作られた切り込み接ぎのドーム状に変わっている。
いつもの通りの雰囲気だね。
内部の大気にはあまり魔瘴素はなくて、魔効素多めではあるが……三角錐の中は……ちょっと不穏な感じだな。
反応した鍵の書は、聖典三巻。
二面が開いて石板が現れると……九芒星側が見えたが、石が嵌められていない。
おおー……結構、限界ギリギリだったっぽいぞ。
石があるはずの穴から魔瘴素がだだ漏れだが、石板自体はまだ壊れていないみたいなのでなんとか変換が間に合っているという感じだ。
足下がグズグズになってきていて、もう少ししたら石板が浮いて倒れちゃったかもしれない。
取り敢えず、できる修繕はしておこう。
魔瘴素の魔効素変換を付与して……反対側は何が書かれているかなっ?
……多分、神話五巻の前半部分だ。
あ、ハウルエクセム神司祭が言ってた『夜空を舞う神の使い』の話もある。
不死鳥ってより、渡り鳥っぽいけど。
さて全部写し終わったところで、三角錐自体も殆ど壊れていないのでこのまま閉じていいんだが……魔瘴素が漏れ出していたことを考えると、神斎術譲渡で石がなくなった感じではないよな。
んー……ここのは、何が入っていたんだろう?
外れている石も転がっていないってことは、誰かが物理的にとっちゃったのかなー?
でも、カルラスのみたいに刳り抜いた痕跡もなかったんだよな……
最後のひとつを確認してからかなぁ。
ともかく応急措置はできたから、すぐにここの三角錐が壊れることはないだろう。
転移目標だけ置いて、この部屋を出ようか。
あ、表の『すり抜けの方陣』をちゃんとメモっておこうっと。
でも、他の三角錐となんら変わった箇所はないし、レイエルスとの関わりもここでは解らないなぁ。
石板のサイドとか、三角錐の裏とかに、子孫にだけ解るように何かを残している……なんていう細工らしいものも見当たらなかったし。
勿論、ドームの壁にも何も視えない。
方陣をしっかり書き取って、帰ろうかと思った時に……横道を発見。
この回廊、どこまで続いているんだ?
もしかして……この奥に秘密があったりするのかな?
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『アカツキは天光を待つ』第23話と一部リンクしております。
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